薬物性肝障害(Drug-induced liver injury: DILI)は、発症機序と病理学的特徴に基づいて主に4つの病型に分類されます。
肝細胞障害型薬物性肝障害(Hepatocellular injury type)
肝細胞障害型は最も重篤な病型の一つで、肝細胞の直接的な損傷が特徴です。アミノトランスフェラーゼ値(ALT、AST)の著明な上昇を伴い、一般的に倦怠感と右上腹部痛として発現します。重症例では高ビリルビン血症を続発し、肝細胞性黄疸として知られる状態に進行することがあります。Hy's lawによると、この状態の死亡率は50%にも及ぶとされており、肝細胞性肝障害に黄疸、肝合成障害、脳症が併発した場合は、自然回復の可能性が低いため肝移植を考慮する必要があります。
代表的な原因薬物には、アセトアミノフェンやイソニアジドなどがあります。アセトアミノフェンによる肝障害は用量依存性で、過量摂取時には急性肝不全を引き起こす可能性が高くなります。
胆汁うっ滞型薬物性肝障害(Cholestatic type)
胆汁うっ滞型肝毒性は、血清アルカリホスファターゼ値の著明な上昇を伴うそう痒および黄疸を特徴とします。通常、この種類の肝障害は肝細胞障害性の重度の症候群より軽度ですが、回復に時間を要する場合があります。まれに、胆汁うっ滞型肝毒性から慢性肝疾患や胆管消失症候群(肝内胆管の進行性崩壊)に至ることがあります。
アモキシシリン/クラブラン酸、クロルプロマジンなどがこの型の肝障害を引き起こすことが知られています。特にアモキシシリン/クラブラン酸による肝障害は、抗菌薬関連肝障害の中でも頻度が高く、注意が必要です。
混合型薬物性肝障害(Mixed type)
混合型では、アミノトランスフェラーゼ値とアルカリホスファターゼ値のどちらにも明らかな優位性が認められません。症状も肝細胞障害型と胆汁うっ滞型の両方の特徴が混在することがあります。フェニトインなどの抗てんかん薬によって発生することが多く、診断や治療方針の決定において慎重な判断が求められます。
急性肝不全型
急性肝不全型は最も重篤な病型で、急激な肝機能の低下により肝性脳症や凝固異常を呈します。この病型では、迅速な診断と適切な治療介入が生命予後に直結するため、集学的治療が必要となります。
薬物性肝障害を引き起こす薬物は多岐にわたり、日常診療で使用される多くの薬剤が原因となり得ます。以下に主要な薬物分類別に詳述します。
抗菌薬
解熱消炎鎮痛薬(NSAIDs)
抗てんかん薬
抗うつ薬・精神科薬
循環器系薬物
抗真菌薬
漢方薬・健康食品
薬物性肝障害の症状は非特異的で、他の肝疾患との鑑別が困難な場合が多くあります。
初期症状
薬物性肝障害の初期症状として以下が挙げられます。
進行時の症状
病状が進行すると以下の症状が現れます。
診断基準と検査
薬物性肝障害の診断は除外診断が基本となります。以下の検査項目が重要です。
診断には薬物使用歴の詳細な聴取が不可欠で、処方薬だけでなく市販薬、健康食品、漢方薬の使用歴も確認する必要があります。
薬物性肝障害の治療は、原因薬物の中止が最も重要で基本的な治療方針となります。
急性期治療
重症例の管理
重症の薬物性肝障害では以下の対応が必要です。
モニタリング方法
薬物性肝障害のモニタリングには以下の項目が重要です。
定期的な肝機能検査。
検査頻度。
画像検査。
回復の判定
薬物性肝障害の回復は以下の基準で判定します。
回復には数週間から数か月を要することがあり、胆汁うっ滞型では特に回復に時間がかかる傾向があります。
薬物性肝障害の予防は、適切な薬物選択と継続的な患者モニタリングが鍵となります。
リスク評価とスクリーニング
薬物投与前のリスク評価では以下の項目を確認します。
薬物選択の工夫
患者教育と啓発
患者・家族への教育内容。
医療機関での体制整備
薬剤師の役割
薬剤師による薬物性肝障害予防への貢献。
電子カルテシステムの活用
現代の医療現場では、電子カルテシステムを活用した予防策が効果的です。
これらの予防策を総合的に実施することで、薬物性肝障害の発生率を大幅に減少させることが可能です。特に、早期発見・早期対応により重篤化を防ぐことができるため、医療従事者全体での意識向上と体制整備が重要です。
厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュアル(薬物性肝障害)
https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1i01.pdf