慢性腎臓病(CKD:Chronic Kidney Disease)は、2002年に米国腎臓財団から提唱された概念で、従来の「慢性腎不全」という診断名をより理解しやすく、早期発見を可能にするために導入されました 。CKDの定義は、①推定糸球体濾過量(eGFR)が60mL/分/1.73m²未満が3カ月以上持続する、または②蛋白尿、血尿などの異常尿所見が3カ月以上持続する状態を指します 。
参考)https://harahospital.jp/koramu/koramu05/20210721.html
診断においては、血液検査による血清クレアチニン値の測定が重要で、これを基にeGFRを算出して腎機能を評価します 。
尿検査では蛋白尿の有無を確認し、蛋白尿/クレアチニン比(g/gCr)で正確な評価を行います 。画像検査として超音波検査やCT検査、必要に応じて腎生検も実施されます 。
参考)https://www.tokushukai.or.jp/treatment/internal/nephrology/jinzoubyou_jinfuzen.php
CKDの重症度分類は、eGFRによるG1からG5までの6段階と、蛋白尿の程度によるA1からA3の3段階を組み合わせて評価されます。例えば、eGFRが35.2mL/分/1.73m²で蛋白尿が0.36g/gCrの場合、G3bA2と分類されます 。
CKDの特徴的な問題は、初期にはほとんど自覚症状がないことです 。多くの患者は健康診断や偶然の検査で発見されるため、「サイレントキラー」とも呼ばれています。
参考)https://www.hosp.hyo-med.ac.jp/disease_guide/detail/21
腎機能が50%程度に低下すると、最初に現れる症状は夜間頻尿です。これは腎臓の尿濃縮力低下により夜間の尿量が増加するためです 。腎機能が30%前後まで低下すると、高血圧や腎性貧血が出現します。腎臓で産生されるエリスロポエチンの減少により、十分な栄養摂取をしても血液が作られなくなります 。
さらに進行すると、電解質バランスの崩れによる手足のつり、むくみ、疲労感、息切れなどが現れます 。末期腎不全(G5)では、尿毒症による消化器症状(食思不振、吐き気、嘔吐)、皮膚症状(かゆみ、色素沈着)、さらには心不全や肺水腫による呼吸困難、意識障害まで進行する可能性があります 。
参考)https://www.toseki.tokyo/blog/progrenalfailure/
腎臓は①老廃物の排泄、②水分量の調節、③電解質バランスの維持、④造血ホルモンの産生、⑤ビタミンDの活性化といった重要な機能を担っており、CKDではこれらすべての機能が徐々に低下していきます 。
現在、CKDの最大の原因は糖尿病性腎症で、人工透析導入患者の約43%を占めています 。糖尿病に罹患しコントロールが不十分な場合、10〜15年で糖尿病性腎症が発症する可能性があります。
高血糖が持続すると糸球体血管が硬化し、タンパク尿から始まって最終的に尿毒症に至ります 。
参考)https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/001026605.pdf
20年前まで最も頻度が高かった慢性糸球体腎炎、特にIgA腎症も依然として重要な原因疾患です 。また、高血圧性腎硬化症も近年増加傾向にあり、糖尿病性腎症とともに生活習慣病による慢性腎臓病が問題となっています 。
参考)https://hp.kmu.ac.jp/hirakata/visit/search/sikkansyousai/d02-008.html
その他の原因として、遺伝性疾患(多発性嚢胞腎、Alport症候群)、薬剤性腎障害、血管性疾患(腎動脈狭窄症)、免疫性疾患(ループス腎炎)などがあります 。
予防において最も重要なのは生活習慣の改善です。肥満、運動不足、喫煙、ストレスなどから生じるメタボリックシンドロームはCKD発症に大きく関与します 。定期的な健康診断による尿検査と血液検査での早期発見、血圧管理、血糖コントロール、適正体重の維持が重要な予防策となります 。
参考)https://j-ka.or.jp/ckd/check.php
CKDの治療において食事療法は基本中の基本です 。主要な制限項目は、①たんぱく質制限(標準体重あたり0.6〜0.8g/kg、約35〜45g/日)、②塩分制限(6g/日程度)、③カリウム制限(高カリウム血症がある場合)の3つです 。
たんぱく質制限を行う際は、低たんぱく米などの治療用食品の利用が不可欠です。同時に十分なカロリー(標準体重あたり30〜35kcal、1600〜2000kcal/日)を確保することで腎臓の負担を軽減できます 。カリウムを多く含む生野菜は、細かく刻む、茹でこぼす、加熱するなどの工夫で含有量を減らすことが可能です 。
重要なのは、自己流の食事療法は危険であり、管理栄養士による専門的な栄養指導を受けることです 。24時間蓄尿検査により推定たんぱく摂取量や塩分摂取量をフィードバックし、継続的な指導を受けることが治療成功の鍵となります。
運動療法も腎機能維持に重要で、有酸素運動や筋力トレーニングが血圧低下や体重管理に寄与し、透析導入を遅らせる効果があります 。禁煙、ストレス管理も含めた包括的な生活習慣改善が必要です。
参考)https://www.homerion.co.jp/topics/gtes-dialysis-7/
従来のCKD治療はACE阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)などのRAS阻害薬が中心でした。これらは尿タンパクの減少と腎保護効果が確立しており、特に蛋白尿のあるCKD患者には第一選択薬です 。
近年の画期的な進歩は、SGLT2阻害薬の登場です。もともと糖尿病治療薬として開発されましたが、DAPA-CKD試験やEMPA-KIDNEY試験により、糖尿病の有無を問わずCKDの進行抑制と心不全リスク低減に有効なことが証明されました 。ダパグリフロジンは主要複合エンドポイントの発現リスクを39%低下させ、エンパグリフロジンは腎疾患進行や心血管死のリスクを28%抑制する効果が示されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10218404/
さらに、非ステロイド性ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(nsMRA)のフィネレノンも、FIDELIO-DKD試験で2型糖尿病合併CKDにおいて腎不全や腎機能低下のリスクを18%減少させました 。最新のCONFIDENCE研究では、エンパグリフロジンとフィネレノンの同時投与により、単剤投与と比較してアルブミン尿が52%低減する結果が得られています 。
参考)https://dm-rg.net/contents/jsdt70/f8955b96-3366-486a-b560-51f4e8b02427
現在のCKD診療ガイド2024では、これらの新規薬剤を含む「Five Pillars」(5つの柱)によるアプローチが推奨されています 。治療目標は①末期腎不全への進展抑制、②心血管イベントの発症抑制、③死亡リスクの減少です。
SGLT2阻害薬使用時の注意点として、投与開始初期にeGFRの一時的な低下(initial dip)が認められることがあります 。CKD患者では3〜5程度のeGFR低下が予想されるため、事前に患者への十分な説明と定期的なモニタリングが必要です。eGFR15以下での新規開始は禁忌とされています 。
参考)https://dm-rg.net/ckdsdm/serialization02/vo1
チーム医療の重要性も強調されており、腎臓病療養指導士の資格を有する看護師、管理栄養士、薬剤師による包括的なケアが推進されています 。医師単独や医師と看護師のみでの指導では限界があるため、特に低たんぱく療法を行う場合は管理栄養士の専門的な関与が不可欠です 。
参考)https://dm-rg.net/ckdsdm/serialization01/vo3
多職種連携により、薬物療法の最適化、食事療法の個別指導、服薬管理、定期的な腎機能評価を組み合わせた総合的なアプローチが、CKDの重症化予防と患者のQOL向上に寄与しています 。
参考)https://team-ckd.umin.jp/PDF/abstract2024.pdf
腎臓病療養指導士のためのCKD指導ガイドブック