脱髄疾患の症状と治療薬による神経保護対策

脱髄疾患は神経髄鞘の損傷により様々な神経症状を引き起こします。本記事では主要な脱髄疾患の症状と効果的な治療薬について医療従事者向けに最新知見をまとめました。あなたの臨床現場でこの知識をどう活かせるでしょうか?

脱髄疾患の症状と治療薬

脱髄疾患の理解と治療アプローチ
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病態生理

神経髄鞘の損傷により信号伝達に障害が生じる自己免疫性疾患

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主要症状

神経系症状の出現と消失を繰り返し、進行性の機能障害をもたらす

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治療戦略

ステロイド、免疫調整薬、対症療法を組み合わせた包括的アプローチ

脱髄疾患の種類と発症メカニズム

脱髄疾患は中枢神経系または末梢神経系の髄鞘が損傷される疾患群の総称です。髄鞘は神経線維を覆う脂質とタンパク質からなる絶縁体のような構造で、神経インパルスの素早い伝達を可能にしています。この髄鞘が障害されることで、神経の信号がうまく伝わらなくなったり、間違って伝えられたりしてしまうために様々な症状が発生します。

 

脱髄疾患の主な種類としては以下が挙げられます。

  • 多発性硬化症(MS):中枢神経系に影響を及ぼす最も一般的な脱髄性疾患
  • 視神経脊髄炎(NMO):主に視神経と脊髄に影響を及ぼす疾患
  • 急性散在性脳脊髄炎(ADEM):主に小児に発症する急性の脱髄疾患
  • 慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP):末梢神経系に影響を及ぼす慢性疾患

発症メカニズムについては、多くの脱髄疾患で自己免疫的な機序が関与していると考えられています。特に多発性硬化症では、ウイルスあるいは何らかの未知の抗原が引き金となり、神経髄鞘に自己免疫反応が起こり、眼、脳、脊髄でミエリンの破壊、髄鞘・神経線維の損傷を生じています。

 

脱髄疾患の発症には、遺伝的要因と環境要因の両方が関与していることが示唆されています。多発性硬化症は女性に多く(男性より女性に多い)、20〜40歳での発症が最も多いとされています。世界での患者数は約250万人、米国ではおよそ40万人、日本では約1万人と報告されており、難病として特定疾患に指定されています。

 

脱髄の原因となりうる他の要因としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 脳卒中
  • 感染症
  • 免疫疾患
  • 代謝性疾患
  • 栄養欠乏症(ビタミンB12の不足など)
  • 有毒物質(一酸化炭素など)
  • 薬物または薬剤(抗菌薬のエタンブトールなど)

これらの要因による脱髄では、根本的な原因を特定し対処することが重要です。

 

多発性硬化症における症状と診断方法

多発性硬化症(MS)は、中枢神経系の炎症性脱髄疾患の一つで、比較的症状の緩やかな寛解期と、症状が再びひどくなる再発期が交互に現れる特徴があります。病気は時間とともに徐々に悪化していく傾向にあります。

 

【主な症状】
多発性硬化症の症状は非常に多様ですが、代表的なものには次のような感覚症状と運動症状があります。

  • 感覚症状:しびれ、痛み、異常感覚
  • 運動症状:筋力低下、痙縮、協調運動障害
  • 視覚症状:視力低下、霧視、眼球運動障害
  • 膀胱・直腸障害:排尿困難、尿失禁
  • 認知機能障害:記憶力低下、集中力低下
  • 疲労感:日内変動を伴う強い倦怠感

多発性硬化症の症状が不安定なのは、髄鞘の損傷、修復、再度の損傷が繰り返されるためと考えられています。これらの症状は患者によって大きく異なり、同一患者でも時期によって変化します。

 

【診断方法】
多発性硬化症の診断は、臨床症状、画像所見、検査所見を総合的に評価して行われます。

  1. 神経学的診察:症状と神経学的所見の評価
  2. MRI検査:時間的・空間的に多発する脱髄性病変の確認
  3. 脳脊髄液検査:オリゴクローナルバンドの検出、IgG index上昇
  4. 誘発電位検査:視覚誘発電位(VEP)、体性感覚誘発電位(SSEP)などの検査
  5. 血液検査:他の自己免疫疾患や感染症の除外

マクドナルド診断基準が国際的に使用されており、この基準では臨床的発作と画像所見を組み合わせて、時間的・空間的多発性を証明することが重要視されています。また、視神経脊髄炎(NMO)や他の類似疾患との鑑別も重要です。

 

日本人の多発性硬化症は西欧型と比べて視神経脊髄型の頻度が高いという特徴があるため、診断時には注意が必要です。また、従来の視神経脊髄炎(NMO)は視神経炎と脊髄炎を主徴とする炎症性脱髄疾患とされており、これらとの鑑別診断も重要となります。

 

炎症性脱髄性多発神経炎の臨床像と治療選択

慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)は、末梢神経に脱髄が起きることで様々な症状を引き起こす神経の難病です。慢性炎症性脱髄性多発根神経炎と呼ばれたり、神経炎をニューロパチーとするなど学会や組織によって表記のゆれがあります。

 

【疫学と病態】
CIDPは10万人あたり3-5人程度に発症する稀な病気で、医療受給者証を保持している人は全国に5100人(令和2年度)とされています。特定疾患に指定されており、公費対象となっています。

 

病態としては、末梢神経の髄鞘を標的とした自己免疫反応が主体と考えられています。人の神経細胞では軸索という長く伸びる構造が信号を通し隣の神経細胞に伝えることで、運動の指令や感覚の情報が伝達されます。軸索は髄鞘と呼ばれる膜に包み込まれており、それにより素早く情報を伝えることができる仕組みになっています。

 

【臨床症状】
CIDPの主な症状は以下の通りです。

  • 手足に力が入りづらくなる
  • 感覚が鈍くなる
  • 深部腱反射の低下または消失
  • 自律神経症状(発汗異常、起立性低血圧など)

特徴的なのは、2ヶ月以上にわたり徐々に進行、または再発する疾患であるため慢性という名前がついています。症状の程度は軽度から重度まで様々で、重症例では歩行困難や日常生活動作の著しい制限をきたすこともあります。

 

【治療アプローチ】
CIDPの治療は主に以下の三つの方法が中心となります。

  1. 免疫グロブリン療法:免疫グロブリンを5日間連続して点滴投与するのが標準的です。再発を繰り返す場合は間欠投与(間をあけて複数回薬剤を使用すること)が行われます。
  2. ステロイド療法:内服とステロイドパルスの双方が行われます。ステロイドパルス療法と内服療法の比較の報告もあります。純粋運動型CIDPではステロイド無効例が多く注意が必要です。
  3. 血漿浄化療法:症状の増悪を繰り返す場合は免疫吸着も行われます。

再発を繰り返す場合は免疫抑制剤の内服も検討されます。また、MADSAM型も亜急性進行例ではステロイドに反応することが多いですが、慢性進行を示す場合は免疫グロブリン依存性になることがあります。

 

免疫グロブリン大量療法とステロイドパルス療法の併用も検討されており、患者の状態に応じた最適な治療選択が重要です。

 

脱髄疾患治療に用いられる免疫調整薬と症状管理

脱髄疾患の治療では、病態の中心となる自己免疫反応を抑制するための様々な免疫調整薬や免疫抑制薬が使用されます。ここでは、主に多発性硬化症(MS)と慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)の治療に用いられる薬物について解説します。

 

【多発性硬化症の治療薬】
多発性硬化症の治療には、コルチコステロイドの短期間投与、インターフェロン製剤の注射、および種々の免疫調整薬・免疫抑制薬が用いられます。

 

  1. 急性期治療

    急性増悪時には主にコルチコステロイド(プレドニゾロン、メチルプレドニゾロン)の投与が行われます。ステロイドの効果は免疫系の抑制によると考えられています。ステロイドは症状が再発している期間を短縮しますが、長期にわたる身体障害の進行までは防ぐことはできません。

     

  2. 再発予防・進行抑制治療
    • 第一選択薬。
    • インターフェロン製剤
    • グラチラマー(免疫調整薬)
    • フマル酸ジメチル(免疫調整薬)

    これらは多発性硬化症の再発予防あるいは進行抑制の第一選択薬とされています。

     

    • 第二選択薬。
    • フィンゴリモド(スフィンゴシン1リン酸受容体機能的アンタゴニスト)
    • ナタリズマブ(抗α4インテグリン抗体)

    これらは第二選択の治療薬として位置づけられています。

     

  3. 症状に対する対症療法

    特定の症状の治療薬として、以下のようなものが使用されます。

    • 筋肉のけいれんを緩和する筋弛緩薬(バクロフェン、チザニジン)
    • 鎮静薬のジアゼパム
    • 尿失禁の制御にオキシブチニン、ベタネコール、タムスロシン
    • 痛みを和らげるために抗てんかん薬のガバペンチン

【慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)の治療薬】
CIDPの治療は急性期治療と維持療法に分けられます。

  1. 急性期治療
    • ステロイド療法
    • 免疫グロブリン大量療法
    • 血漿浄化療法

    いずれも自らの免疫を制御し、コントロールするための治療法です。

     

  2. 維持療法
    • 免疫グロブリンの間欠投与(間をあけて複数回薬剤を使用すること)

    一回の治療で症状が落ち着く場合もあれば、再発を繰り返す場合もあります。そのような場合は維持療法として、免疫グロブリンの間欠投与が行われます。

     

【脱髄疾患の薬物療法における注意点】
脱髄疾患の薬物療法においては、以下の点に注意が必要です。

  1. 治療反応性の個人差

    同じ疾患でも患者によって治療反応性が異なることがあります。例えば、CIDPの純粋運動型ではステロイド無効例が多く、MADSAM型の慢性進行例では免疫グロブリン依存性になることがあります。

     

  2. 長期使用による副作用

    ステロイドの長期使用では骨粗鬆症、糖尿病、高血圧などの副作用に注意が必要です。免疫抑制剤では感染症リスクの増加に留意する必要があります。

     

  3. 治療効果の評価

    定期的な神経学的評価を行い、治療の効果や疾患の進行を適切に評価することが重要です。必要に応じて治療計画の見直しを行います。

     

  4. 併用療法の検討

    単剤での効果が不十分な場合は、複数の治療法の併用(例:免疫グロブリン大量療法とステロイドパルス療法の併用)を検討します。

     

脱髄疾患の薬物療法は、疾患の種類、重症度、患者の状態などを総合的に評価して、個別化された治療計画を立てることが重要です。また、症状管理のための対症療法と組み合わせることで、患者のQOL(生活の質)の向上を目指します。

 

脱髄疾患患者の長期管理と生活指導のポイント

脱髄疾患は多くの場合、慢性的な経過をたどるため、薬物療法だけでなく包括的な長期管理と適切な生活指導が患者のQOL(生活の質)向上において非常に重要です。ここでは、医療従事者が脱髄疾患患者に提供すべき長期管理と生活指導のポイントについて解説します。

 

【多職種連携によるケア】
脱髄疾患患者の包括的なケアには、多職種チームによるアプローチが効果的です。

  • 神経内科医:診断、治療方針の決定、薬物療法の調整
  • リハビリテーション専門家(理学療法士、作業療法士):機能回復訓練、日常生活動作の改善
  • 言語聴覚士:嚥下障害、構音障害への対応
  • 看護師:症状管理、自己注射指導、生活指導
  • 心理士:疾患受容の支援、不安・うつ症状への対応
  • ソーシャルワーカー:社会資源の活用、就労支援

定期的なカンファレンスを通じて情報共有し、患者の状態変化に合わせた統合的なケアプランを提供することが重要です。

 

【リハビリテーションの重要性】
脱髄疾患患者へのリハビリテーションは、病期や症状に合わせた個別化されたプログラムが重要です。

  1. 機能維持・改善のためのリハビリテーション
    • 筋力強化訓練
    • バランス訓練
    • 協調性訓練
    • 歩行訓練
  2. 日常生活活動(ADL)の支援
    • 移動・歩行の補助具の適切な選択と使用法指導
    • 自助具を用いた食事・入浴・更衣などの自立支援
    • 住環境の整備と改善提案
  3. 職業リハビリテーション
    • 職場環境の調整に関する助言
    • 作業能力評価と職種マッチング
    • 復職支援プログラム