BP製剤を2年以上服用している患者の骨露出は、単なる外耳炎ではありません。
外耳道骨壊死(osteonecrosis of the external auditory canal:以下、外耳道骨壊死)は、骨吸収抑制薬、特にビスホスホネート(bisphosphonate:BP)製剤やデノスマブ(denosumab)の長期投与による副作用として近年注目されている疾患です。かつては顎骨や大腿骨ばかりが骨壊死の標的として語られていましたが、現在では外耳道が同様のリスクにさらされることが明らかになっています。
BP製剤は骨のハイドロキシアパタイト結晶と強い親和性を持ち、骨石灰化面に付着した後、骨吸収の際に破骨細胞に取り込まれ、その細胞死(アポトーシス)を誘導します。これにより骨吸収が強力に抑制されますが、同時に骨のリモデリングも阻害されます。代謝が活発な部位ほどBP製剤が選択的に蓄積し、骨代謝・血流が低下するため、感染や壊死を起こすリスクが高まります。
特に重要なのは、BP製剤の半減期が約10年と非常に長いという点です。そのため、投与を中止した後も薬剤は長期間にわたって骨に留まり続けます。つまり投薬中止だけで即座にリスクが解消されるわけではありません。
デノスマブは半減期が約1か月とBP製剤に比べて短く、骨への残留も少ないため、当初は骨壊死リスクが低いと期待されていました。しかし近年の報告では、デノスマブ投与例においても外耳道骨壊死が発生することが確認されており、BP製剤と同様に注意が必要です。2025年に発表された症例報告(International Cancer Conference Journal誌)では、甲状腺がん骨転移患者においてゾレドロン酸とデノスマブの長期使用により両側外耳道骨壊死が生じたことが示されています。
デンマークからのデータでは、BP製剤投与例の外耳道真珠腫(骨壊死に伴う病態)の発生頻度は0.026%と、非投与例の0.007%と比べて有意に高く、外耳道への影響は統計的にも裏付けられています。外耳道は常に耳垢、感染、外傷(耳掃除など)にさらされており、骨のリモデリングが障害された状態ではわずかな刺激でも骨露出・壊死が進行しやすくなります。リスク因子としては以下が挙げられています。
- 窒素含有BP製剤(アレンドロン酸、ゾレドロン酸など)の長期使用(2年以上)
- 静脈投与(ただし経口投与でも発生する)
- がん治療目的の高用量投与
- ステロイド長期投与、関節リウマチ、糖尿病などの全身疾患
- 耳手術歴、習慣的な耳掃除、局所感染などの慢性刺激
「BP製剤による骨壊死は顎骨だけ」という思い込みは危険です。2016年5月31日、厚生労働省の指示によりBP製剤の添付文書に外耳道骨壊死が重大な副作用として追加記載されました。医療従事者はこの事実をすべての処方・診察の場で念頭に置く必要があります。
参考:BP製剤の重大な副作用として外耳道骨壊死が追加記載された経緯と内容について(PMDA)
https://www.pmda.go.jp/files/000212228.pdf
外耳道骨壊死の臨床像は非特異的なため、診断が遅れやすい疾患です。主な症状は耳漏・耳痛・骨露出の3つが中心ですが、これらは一般的な外耳道炎や外耳道真珠腫、さらには悪性腫瘍とも共通しており、問診なしでは見落とされるリスクがあります。
典型的な耳内所見は、外耳道前下壁の陥凹・皮膚びらん・骨露出です。感染を伴う場合は黄白色の耳漏が増加し、咀嚼時の耳漏や開口障害など、顎関節周囲への波及を示す症状が加わることもあります。鑑別が特に重要な疾患は以下の3つです。
まず「悪性外耳道炎(頭蓋底骨髄炎)」は、緑膿菌感染を主因とする壊死性骨髄炎で、高齢糖尿病患者や免疫不全患者に多発します。外耳道の肉芽組織・骨露出・頑固な耳痛・難聴が主症状であり、重症化すると第7脳神経(顔面神経)を皮切りに、第9〜第11脳神経まで障害が及びます。致死率は欧米では10%以下とされますが、本邦では再燃率・致死率ともに高く、診断の遅れが直接予後に影響します。痛みが強い割にCRP値が低値(1.0以下)のことがあり、炎症反応だけで病勢を判断してはいけません。
次に「有棘細胞癌(外耳道癌)」との鑑別も重要です。骨露出や肉芽組織は、悪性腫瘍の所見と肉眼的に酷似することがあります。必ず生検を行い、腫瘍性変化を除外することが診断の大前提です。
そして「外耳道真珠腫」は、角化上皮が外耳道内で増殖し骨を破壊していく疾患ですが、BP製剤関連の骨壊死が原因となって真珠腫を形成するケースがあることが近年報告されています。これらの症例は頻回の処置を要する難治性の経過をたどることが多く、通常の外耳道真珠腫の治療戦略そのままでは対応できない場合があります。
鑑別のための検査としては、側頭骨の高分解能CT(骨条件)が第一選択です。外耳道前壁の骨菲薄化・骨欠損・周囲の軟部組織陰影を確認します。MRI T1強調画像での骨髄内信号低下は骨髄炎の存在を示唆します。細菌培養・生検は必須であり、MRSA・緑膿菌・真菌の可能性を念頭に置いた検索が必要です。ガリウムシンチグラフィーも病変の範囲や治療効果の評価に有用とされています。
外耳道骨壊死の診断基準はARONJ(骨吸収抑制薬関連顎骨壊死)の基準に準じる考え方が有力です。具体的には、①BP製剤またはデノスマブによる治療歴がある、②顎骨への放射線照射歴がない・骨病変ががん転移でないことが確認できる、③8週間以上持続する骨露出または瘻孔から骨が触知できる、という3条件を満たすことが目安となっています。ただし、現時点で外耳道骨壊死に特化した確立された診断基準はなく、症例蓄積による今後の整備が待たれる状況です。
つまり現時点では、ARONJの基準を参照しつつ総合的に判断することが基本です。
参考:MSD Manualによる悪性外耳道炎(頭蓋底骨髄炎)の診断・治療の概説(医療従事者向け)
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/16-耳鼻咽喉疾患/外耳疾患/悪性外耳道炎
外耳道骨壊死の治療方針は、骨壊死の原因・感染の有無・病変の範囲によって大きく異なります。確立された標準治療は存在せず、顎骨壊死(ARONJ)の治療エビデンスを参考にしながら個々の症例に合わせた対応が求められます。これが現場で最も難しい点です。
まず、BP製剤またはデノスマブを服用中の患者が対象であれば、原則として当該薬剤の休薬が必要です。ただし、BP製剤の骨内半減期は約10年と非常に長いため、休薬しても骨に蓄積した薬剤が即座に消失するわけではありません。ARONJの知見では、外科的治療前に6か月以上休薬した群のほうが炎症改善率が高いとされており、外耳道骨壊死においても同様の方針が参考にされています。
感染を伴わない軽症例では、局所処置(外耳道の清掃・デブリードマン)と抗菌薬点耳が中心となります。炎症の程度に応じてオフロキサシン点耳薬やベタメタゾン含有点耳薬が使用され、経過観察が行われます。
感染が重篤な場合(CRP高値・発熱・開口障害を伴う例)は入院のうえ、静脈内抗菌薬投与が必要となります。起炎菌の同定を行いながら、MSSAならばセファゾリン(CEZ)、MRSAが疑われる場合はバンコマイシンやダプトマイシンが選択されます。真菌(アスペルギルスなど)が検出された場合は、抗真菌薬の追加が必要です。
悪性外耳道炎(頭蓋底骨髄炎)を合併または契機とした骨壊死では、6〜8週間の静脈内抗菌薬投与が基本となります。主な選択薬はフルオロキノロン系(シプロフロキサシン)であり、緑膿菌耐性が疑われる場合はピペラシリン・タゾバクタムまたはアミノグリコシド系との併用が推奨されます。投与終了後も、CRPが陰性になってから6か月を目安に経口薬を継続する場合もあります。長期にわたる抗菌薬投与が必要な点は、耳鼻咽喉領域の一般感染症とは根本的に異なります。
外科的治療(病巣骨削開・外耳道再建術・乳突削開術など)は、感染を伴う進行例や保存療法で改善しない例に対して行われます。海外のARONJ症例データでは、感染を伴うステージに進展した場合、保存的加療よりも外科的治療の方が治癒率が高い傾向が示されています。ただし、外耳道骨壊死で外科的治療と保存的治療の転帰を比較したデータはいまだ限られており、手術の適応は慎重に検討する必要があります。
高気圧酸素療法(HBO)は、頭蓋底骨髄炎の補助治療として一部の施設で実施されていますが、外耳道骨壊死における有効性のエビデンスは現時点では確立されていません。補助的手段の一つとして念頭に置く程度の位置づけです。
治療の成否を左右するのは、早期の薬剤特定と休薬、そして起炎菌に基づいた的確な抗菌薬選択です。感染症専門医・内分泌内科医(糖尿病管理)・歯科口腔外科医との連携が、実臨床では不可欠となります。
参考:J-Stage掲載の悪性外耳道炎(頭蓋底骨髄炎)に関する総説(新潟大学、高橋ほか2019年)
「難治性外耳道炎」として長期間治療が続いているケースの中に、BP製剤関連の外耳道骨壊死が含まれている可能性があります。見落とされやすい理由は明確です。患者が「骨粗しょう症の薬」として認識していても、その薬がBP製剤であるとは認識していないケースが多く、自発的な申告につながらないからです。
実際に岡山大学での症例報告(2018年)では、関節リウマチ・骨粗鬆症を持つ80歳女性が両側難治性外耳道炎として近医で約4年間治療を受けていたにもかかわらず改善せず、当院受診後にBP製剤(アレンドロン酸ナトリウム水和物)による外耳道骨壊死と診断されたことが記録されています。問診の徹底だけで診断が大きく変わった典型例と言えます。
確認すべき服薬歴のポイントは次の通りです。
- 経口BP製剤(アレンドロン酸・リセドロン酸・ミノドロン酸など)
- 注射用BP製剤(ゾレドロン酸・パミドロン酸・イバンドロン酸など)
- デノスマブ(プラリア®・ランマーク®)
- テリパラチド(フォルテオ®):PTH製剤での外耳道壊死報告例もあり
服用期間が2年以上、または悪性腫瘍の骨転移治療目的での高用量静注例は特にリスクが高いです。重要なのは、処方医・かかりつけ医・薬局などからの情報照会も含め、複数経路での服薬確認を徹底することです。
耳漏・耳痛・外耳道の骨露出が続く患者に対し、初回問診で「骨粗しょう症の治療を受けていますか」「注射で骨の薬を使っていますか」と直接的に質問する習慣を持つだけで、診断の見落としリスクを大幅に下げることができます。外耳道骨壊死の疑いがある場合は迅速に耳鼻咽喉科・頭頸部外科へ紹介することが推奨されます。
それだけで診断が変わることがあります。
なお、テリパラチドによる外耳道壊死については、全日本民医連の副作用モニター情報で90代後半女性の症例が報告されており、骨粗しょう症治療薬全般への注意喚起がなされています。
参考:テリパラチド(フォルテオ皮下注)による外耳道壊死の副作用モニター情報
https://www.min-iren.gr.jp/news-press/shinbun/20190402_37447.html
外耳道骨壊死は一度発症すると、骨露出が長期間残存したり、感染を繰り返したりするケースが多く、治療は数か月から場合によっては1年以上にわたることがあります。この長期管理の局面で特に重要なのは、多職種連携と患者への適切な教育です。
長期経過の観点から、まず糖尿病の厳格なコントロールが治療成否を左右します。悪性外耳道炎・頭蓋底骨髄炎への進展を防ぐためにも、血糖管理は最優先課題のひとつであり、内分泌内科との連携が不可欠です。免疫抑制状態(ステロイド長期服用・化学療法中など)の患者では免疫療法の中止や減薬を含めた対応も検討します。
再発・増悪のサインとして、耳漏の増加・耳痛の悪化・体温上昇・開口障害が挙げられます。これらが現れた場合は外来での経過観察から入院管理へ速やかに移行する判断基準を事前に共有しておくことが重要です。
患者への教育として、以下の点を明確に伝えることが推奨されます。
- 耳掃除(特に綿棒など)による機械的刺激は骨露出部への感染を悪化させるため、原則として禁止
- 耳に水が入らないよう入浴・水泳時に注意する
- 耳漏・耳痛が再燃した場合は速やかに受診する
- BP製剤・デノスマブを自己判断で再開しない
再発率・予後についてのデータはまだ限られていますが、J-Stageの報告では既知の外耳道骨壊死13症例において、全例でBP製剤の休薬が行われた一方で、局所処置のみで経過した症例から外科的再建手術を要した症例まで、病変の広がりや感染状況によって転帰に差があったことが記録されています。感染が重篤化した場合は、骨破壊が進行して顎関節や乳突腔にまで波及するケースもあることを医療従事者は認識しておく必要があります。
外耳道骨壊死は希少疾患であるがゆえに、多くの医療機関での認知度はまだ十分とは言えません。耳鼻咽喉科・整形外科・内科・腫瘍科・薬剤師が情報を共有するチーム医療体制が、早期発見と重篤化防止において最も有効なアプローチとなります。これが原則です。
参考:J-Stage掲載のビスホスホネート製剤による外耳道骨壊死症例報告(岡山大学、片岡ほか2018年)