肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)は、グラム染色でランセット型双球菌として観察される病原性細菌です。この細菌は特有の莢膜を持ち、現在まで100種類以上の血清型が確認されています。莢膜は病原性において重要な役割を果たし、宿主の免疫系からの攻撃を回避する機能を持っています。
参考)https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/kensa/column/column20140128.html
感染経路は主に飛沫感染で、保菌者の咳やくしゃみに含まれる唾液を介して人から人へ感染が拡大します。多くの人々は肺炎球菌を保有していても症状がない状態で生活しており、これが無症候性キャリアとなって感染源となることがあります。集団生活が始まる環境では、ほとんどの小児が肺炎球菌を保有するといわれています。
参考)https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/name63.html
肺炎球菌は常在細菌として上咽頭に定着しますが、宿主の免疫力が低下した際に病原性を発揮します。風邪や過労などで体調を崩すと、普段は問題のない肺炎球菌が様々な症状を呈し始めます。特に小さい子どもほど発症しやすく、0歳児でのリスクが最も高いとされています。
参考)https://ucc.or.jp/symptoms/pneumonia
肺炎球菌感染症の症状は感染部位によって大きく異なります。最も頻度の高い肺炎球菌性肺炎では、突然の発熱、悪寒、全身倦怠感、息切れ、咳が主要症状として現れます。特徴的なのは赤褐色の痰を伴う咳で、これは肺炎球菌性肺炎の典型的な所見です。
胸痛は肺炎球菌性肺炎の約40%の患者で認められ、深呼吸や咳をすると痛みが増強する刺すような痛みが特徴的です。胸水の貯留も約40%の症例で観察され、これが呼吸困難の原因となることもあります。重症例では意識障害を呈することもあり、特に高齢者や基礎疾患を持つ患者では致命的な経過をたどる可能性があります。
肺炎球菌による髄膜炎は発症頻度は低いものの、極めて重篤な感染症です。主な症状は意識障害、頭痛、発熱ですが、頭痛や痙攣が起こり、首の動かしにくさ(項部硬直)も認められます。髄膜炎をきたした場合には2%の患者が死亡し、10%に難聴、精神発達遅滞、四肢麻痺、てんかんなどの深刻な後遺症を残すとされています。
肺炎球菌の薬剤耐性は、細胞壁合成酵素であるPenicillin-Binding Protein(PBP)の遺伝子変異によって生じます。肺炎球菌には通常6種類のPBPが存在しますが、耐性に関わる主なPBPとして、細胞壁を長軸方向へ伸長化するPBP1A、隔壁合成を行うPBP2X、ランセット型形成に関わるPBP2Bの3種類が重要です。
参考)https://strep.umin.jp/pneumococcus/drug_resistance.html
耐性化に関与するPBPの変異は、常在細菌として棲息する上咽頭環境で暴露される薬剤濃度と密接に関連しています。
ペニシリン系経口薬のアンピシリンやアモキシシリン、経口セフェム系薬の通常投与量で得られる血中濃度や組織濃度は極めて低いため、耐性化に関与するPBPが変異していても、感受性の低下は微妙で生物学的感受性測定では識別困難なことが多いとされています。
参考)https://spn-vac.umin.jp/cont02_understructure.html
薬剤の種類によってPBPへの結合様式が異なり、カルバペネム系薬やペニシリン系薬は主としてPBP1A、PBP2Bに強く結合して短時間で溶菌・殺菌性を発揮します。一方、セフェム系薬は主にPBP2Xに強く結合し、隔壁合成を阻害することで抗菌力を発揮するため、溶菌に至るまでにやや時間を要します。
肺炎球菌感染症の診断には複数の検査法が用いられます。最も基本的な検査はグラム染色で、痰や鼻腔拭いなどの検体をスライドガラスに塗抹し、顕微鏡で確認します。肺炎球菌はろうそくの炎のように一端がやや伸びた小さな形のグラム陽性球菌で、双球状に対をなしています。
培養同定検査では、肺炎球菌の集落は血液寒天培地でα溶血の緑色環を形成し、自己融解のために中央がくぼんでいるのが主な特徴です。莢膜膨化試験は、型特異的な抗血清を添加した後に墨汁で染色すると、微生物の周りに莢膜が暈のように観察される検査法で、肺炎球菌の同定に有用です。
近年では迅速診断法も導入されており、尿中肺炎球菌抗原検査が代表的です。この検査は肺炎球菌が持つ特有の莢膜抗原を特異的に認識する抗体を用いたイムノクロマト法で、15分で検査結果が得られます。培養同定検査には2~3日を要するため、迅速診断法は早期診断と治療開始において重要な役割を果たします。
肺炎球菌感染症のリスクは年齢と基礎疾患によって大きく異なります。年齢別の10万人・年あたりの罹患率は、19-49歳で24.9、50-64歳で46.8、65歳以上で150.8となっており、高齢になるほどリスクが上昇することが明らかです。0歳児は特に発症リスクが高く、侵襲性感染症の頻度が最も高い年齢群とされています。
参考)https://www.msdconnect.jp/products/capvaxive/disease/risk_factors/
基礎疾患を有する患者では、疾患のない患者と比較して肺炎球菌性肺炎の罹患リスクが著しく上昇します。慢性肺疾患では5.2倍、慢性心疾患・慢性腎疾患では2.6倍、慢性肝疾患では2.1倍、糖尿病では1.9倍、がんでは1.7倍のリスク上昇が報告されています。
免疫不全状態にある患者は特に重篤化リスクが高く、HIV/AIDS、機能的・解剖学的無脾症、原発性免疫不全症候群などが代表的なハイリスク病態です。これらの患者では侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)の発症リスクが健常者の数十倍から数百倍に上昇するとされています。また、アルコール依存症も重要なリスクファクターの一つとして挙げられています。
参考)https://www.jsvac.jp/pdfs/o65haienV_240925.pdf
曰本内科学会雑誌 肺炎球菌ワクチン