現在日本で認可されている直接的レニン阻害薬は、アリスキレンフマル酸塩(商品名:ラジレス)のみです。この薬剤は2009年に国内で承認され、新しい作用機序を持つ降圧薬として注目されました。
アリスキレンの最大の特徴は、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAA系)の最上流であるレニンを直接阻害することです。レニンは血中のアンジオテンシノーゲンを位置特異的に切断してアンジオテンシンIを産生する酵素であり、この反応を阻害することで、下流のアンジオテンシンII産生を抑制します。
アリスキレンの薬理学的特性として以下の点が挙げられます。
ただし、アリスキレンは脂溶性が低く、血液脳関門を通過しにくいため、中枢神経系への影響は限定的とされています。
直接的レニン阻害薬の研究開発は、実はACE阻害薬やARBよりも歴史が長いという興味深い事実があります。1970年代後半から1990年代中頃まで、多くの製薬企業が直接的レニン阻害薬の開発に取り組んでいました。
初期に開発された薬剤には以下のようなものがありました。
これらの初期の薬剤は、in vitroでは高い活性を示したものの、以下のような問題により実用化には至りませんでした。
これらの課題を克服するため、長年にわたる研究開発の結果、ようやくアリスキレンが実用化に成功したのです。この開発の経緯は、新薬開発の困難さと、基礎研究から臨床応用まで長い時間を要することを示す典型例といえるでしょう。
直接的レニン阻害薬は、同じRAA系を標的とするARBやACE阻害薬とは異なる特徴を持ちます。これらの薬剤との主な違いを理解することは、適切な薬物選択において重要です。
作用部位の違い
理論的な利点
直接的レニン阻害薬がRAA系の最上流で作用することにより、以下の理論的利点があります。
副作用プロファイルの違い
各薬剤の主な副作用は以下の通りです。
直接的レニン阻害薬は、ACE阻害薬で咳嗽が問題となる患者や、ARBでも副作用が生じる患者の代替選択肢として位置づけられています。
アリスキレンを含む直接的レニン阻害薬には、特有の副作用と禁忌があります。医療従事者はこれらを十分に理解し、適切な患者監視を行う必要があります。
主な副作用
重篤な副作用として以下が報告されています。
軽度から中等度の副作用には、下痢、めまい、疲労感などがあります。
禁忌と注意事項
以下の患者では使用が禁忌または慎重な検討が必要です。
薬物相互作用
アリスキレンは以下の薬剤との併用に注意が必要です。
2012年にはALTITUDE試験の結果を受けて、糖尿病患者におけるACE阻害薬やARBとの併用に関する使用制限が設けられました。
直接的レニン阻害薬の臨床での位置づけは、他の降圧薬との関係で慎重に検討する必要があります。現在の臨床ガイドラインでは、第一選択薬としてではなく、特定の状況での使用が推奨されています。
臨床での使用指針
アリスキレンは以下のような場合に考慮されます。
使用上の制限事項
ALTITUDE試験の結果を受けて、以下の制限が設けられています。
今後の展望
直接的レニン阻害薬の分野では、以下のような研究が続けられています。
また、心不全や糖尿病性腎症などの特定の疾患における直接的レニン阻害薬の役割についても、継続的な研究が行われています。
臨床使用時の注意点
実際の臨床現場では、以下の点に注意してアリスキレンを使用する必要があります。
現在のところ、直接的レニン阻害薬は限定的な使用にとどまっていますが、将来的により安全で効果的な薬剤の開発により、その臨床的価値がさらに明確になることが期待されています。
日本医薬情報センターでは、アリスキレンの適正使用に関する詳細な情報を提供しています。
アリスキレンの添付文書情報
厚生労働省の医薬品医療機器総合機構(PMDA)では、アリスキレンの安全性情報を継続的に更新しています。