TNF阻害薬は炎症性腸疾患治療における重要な生物学的製剤ですが、重篤な禁忌事項が存在します。最も重要な禁忌はコントロール不良の細菌感染で、実際にTNF阻害薬使用後に複数の患者が敗血症で死亡した報告があります。
感染症関連の禁忌事項。
治療開始前には必須のスクリーニング検査が求められ、潜在性結核のスクリーニング(ツベルクリン検査、インターフェロンγ遊離試験)とB型肝炎のスクリーニングが必要です。水痘に対する免疫確認も推奨され、一部の医師はエプスタイン-バーウイルス(EBV)やサイトメガロウイルス(CMV)の血清学的検査も実施しています。
TNF阻害薬による長期治療では、その他の重篤な副作用としてリンパ腫やその他のがん(非黒色腫皮膚がんを含む)、脱髄疾患(多発性硬化症、視神経炎)、心不全、肝毒性、血液毒性が懸念されます。
5-アミノサリチル酸製剤(5-ASA)は炎症性腸疾患の基本治療薬ですが、特有の副作用と注意点があります。サラゾスルファピリジンは古くから使用されている薬剤で、大腸内の腸内細菌によって有効成分の5-ASAと副作用の主要原因となるスルファピリジン(SP)に分解されます。
サラゾスルファピリジンの主要副作用。
5-ASA製剤による症状悪化(5-ASA不耐)は開始後早期(多くは2週間以内)に認められ、急な発熱、腹痛や下痢などの腹部症状悪化、関節痛、頭痛が出現した場合は薬剤中止を検討する必要があります。
稀ながら重篤な副作用として間質性肺炎、心筋炎、間質性腎炎、肝機能障害、膵炎、血球減少なども報告されており、症状に応じた画像評価と血液検査、尿検査によるモニタリングが必要です。
また、サラゾスルファピリジンは葉酸の吸収に干渉するため、葉酸欠乏にも注意が必要です。
JAK阻害薬は比較的新しい治療選択肢で、現在日本では3剤が承認されています。
承認済みJAK阻害薬。
JAK阻害薬の主要副作用として、帯状疱疹、血栓症、感染症リスクの増加が挙げられます。各薬剤で副作用プロファイルに違いがあり、フィルゴチニブは帯状疱疹などの副作用が比較的少なく、ウパダシチニブは効果が強い分副作用にも注意が必要で、トファシチニブはその中間的な位置づけです。
JAK阻害薬は免疫抑制作用を持つため、感染症のスクリーニングと継続的なモニタリングが重要です。特に高齢者や免疫不全状態の患者では、使用前の十分な評価が必要となります。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は潰瘍性大腸炎患者において特に注意が必要な薬剤です。主要な処方薬としてロキソニン、バファリン、ボルタレン、ナイキサン、セレコックス、ブルフェン、ポンタールなどがあり、市販薬ではロキソニン、バファリン、イブ、ノーシンなどが該当します。
NSAIDsの潰瘍性大腸炎への影響。
頭痛や生理痛での頓服的・短期間使用は通常問題ありませんが、慢性腰痛などで毎日服用する場合には潰瘍性大腸炎症状が悪化する可能性があるため注意が必要です。
消化性潰瘍の既往がある患者では特に慎重な投与が求められ、長期投与が必要な場合にはミソプロストールによる胃粘膜保護療法の併用が検討されますが、ミソプロストール抵抗性の消化性潰瘍も存在するため十分な経過観察が必要です。
炎症性腸疾患患者では、治療薬以外の併用薬についても十分な注意が必要です。
抗生物質の使用注意。
抗生物質は炎症性腸疾患患者でない場合でも下痢を引き起こすことがありますが、炎症性腸疾患患者では特に下痢を起こしやすいとされています。抜歯後や細菌感染で抗生物質が必要な場合には、整腸剤(ミヤBMやビオスリーなど)の併用が推奨されます。
下痢止め薬の原則禁忌。
潰瘍性大腸炎患者では下痢止めの使用は原則として推奨されません。特にロペミンの添付文書には、潰瘍性大腸炎患者で中毒性巨大結腸を起こす恐れがあるため原則禁忌と記載されています。
下痢症状は炎症に伴って生じるため、炎症をコントロールすることで改善するのが基本的な治療方針です。ただし、治療薬で炎症は落ち着いているが過敏性腸症候群様の症状が出現する場合や、外出時のトイレが心配な場合には、イリボーなどの使用が有効な場合があります。
免疫抑制薬の併用時注意。
複数の免疫抑制薬を併用する場合、特にコルチコステロイド、シクロスポリン、代謝拮抗薬の併用時にはPneumocystis jirovecii感染症の予防を考慮する必要があります。
シクロスポリンの長期使用(6カ月以上)は腎毒性、痙攣発作、日和見感染症、高血圧、神経障害などの複数の有害作用により禁忌とされています。血中トラフ濃度を200~400ng/mL(166~333nmol/L)に維持する必要があり、厳格なモニタリングが求められます。
MSDマニュアルの炎症性腸疾患治療薬に関する詳細な禁忌・注意事項
IBD研究班による最新の診断基準・治療指針(2025年3月改訂版)