局所麻酔薬は化学構造の違いにより、アミド型とエステル型に大別されます。この分類は中間鎖の結合様式によって決定され、薬物動態や代謝経路に大きな影響を与えます。
アミド型局所麻酔薬は現在使用されている局所麻酔薬の大部分を占めており、肝臓で代謝されます。代表的な薬剤には以下があります。
エステル型局所麻酔薬は血中の偽コリンエステラーゼによって加水分解されるため、作用時間が短いのが特徴です。主な薬剤には。
興味深いことに、脳脊髄液中の偽コリンエステラーゼ活性は血中の1/20から1/100であるため、エステル型局所麻酔薬は脊髄くも膜下麻酔に適しているという特性があります。
局所麻酔薬の作用機序は、神経細胞膜のナトリウムチャネルを非特異的にブロックすることで活動電位の発生と伝播を抑制することです。この作用には塩基型と陽イオン型の両方の形態が関与します。
局所麻酔薬は弱塩基性の物質で、溶液中では塩基型(B)とイオン型(BH+)の平衡状態で存在しています。神経膜を透過するには脂溶性の高い塩基型が必要ですが、実際にナトリウムチャネルに作用するのは陽イオン型です。
Henderson-Hasselbalchの式により、pKa(解離定数)は塩基型とイオン型が等しくなるときのpHを示します。pKaが低い薬剤ほど生理的pHにおいて塩基型の割合が多くなり、神経膜透過性が高く、作用発現が速くなります。
薬理学的特性と効果の関係。
これらの特性により、各局所麻酔薬の臨床的な使い分けが決定されます。
主要な局所麻酔薬の薬理学的特性を詳細に比較すると、臨床での使い分けの理由が明確になります。
アミド型局所麻酔薬の詳細特性。
薬剤名 | 蛋白結合率(%) | pKa | 分配係数 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
リドカイン | 64 | 7.8 | 43 | 汎用性が高く中等度の持続時間 |
メピバカイン | 77 | 7.7 | 21 | 血管収縮薬なしでも効果持続 |
ブピバカイン | 96 | 8.2 | 346 | 長時間作用、強力な麻酔効果 |
レボブピバカイン | 93 | 8.2 | 346 | ブピバカインより心毒性が低い |
ロピバカイン | 94 | 8.2 | 115 | 感覚神経選択性が高い |
エステル型局所麻酔薬の特性。
薬剤名 | 蛋白結合率(%) | pKa | 分配係数 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
プロカイン | 6 | 9.1 | 1.7 | 短時間作用、アレルギーリスク低 |
テトラカイン | 76 | 8.5 | 221 | 強力な表面麻酔効果 |
歯科領域での主要な局所麻酔薬。
現在日本で使用されている主な歯科用局所麻酔薬は使用頻度順に以下の4製品です。
特に注目すべきは、スキャンドネストには防腐剤(メチルパラベン)が含まれていない点です。メチルパラベンはアナフィラキシーの原因となることがあるため、アレルギー体質の患者には重要な選択肢となります。
日本臨床麻酔学会のガイドラインでは、これらの薬剤の適応と使用法について詳細な指針が示されています。
局所麻酔薬の選択は患者の状態、手術の種類、麻酔の持続時間などを総合的に考慮して決定します。特に重要なのは血管収縮薬の使用可否です。
血管収縮薬配合薬剤の選択基準。
アドレナリン配合の局所麻酔薬(キシロカイン、オーラ注)は以下の場合に適応されます。
しかし、以下の患者では禁忌または慎重投与となります。
血管収縮薬非配合薬剤の適応。
シタネストやスキャンドネストは以下の場合に選択されます。
特殊な適応における選択。
興味深い臨床知見として、シタネストに含まれるフェリプレシンは不整脈を増強する作用がないため、不整脈が出やすい患者に使用されていた歴史があります。現在はスキャンドネストの使用が増えていますが、これは血管収縮薬を全く含まないためです。
作用発現時間の違い。
血管収縮薬の有無により、作用発現時間にも差が生じます。
この違いは、メピバカインという長時間作用型の麻酔薬を使用することで補完されています。
局所麻酔薬の使用には様々な副作用のリスクが伴いますが、適切な知識と準備により多くは予防可能です。
主な副作用の分類。
1. アレルギー反応
2. 局所麻酔薬中毒
中毒症状の進行段階。
3. 血管迷走神経反射
予防と対策。
投与前の準備。
安全な投与法。
モニタリング。
通常の歯科治療では、これらの副作用が生じることはまれですが、万一の事態に備えた準備と知識が医療安全の基本となります。
特に注目すべき新しい知見として、局所麻酔薬中毒に対するリピッド・エマルション療法の有効性が報告されており、重篤な局所麻酔薬中毒の救命率向上に寄与しています。
局所麻酔薬の安全使用に関する最新情報は、日本歯科麻酔学会や日本麻酔科学会のガイドラインで定期的に更新されており、医療従事者は常に最新の知識を習得することが求められています。