セリアック病は小麦、大麦、ライ麦に含まれるグルテンに対する自己免疫反応により、小腸の粘膜に慢性炎症を起こす疾患です。臨床像は極めて多彩で、典型的な症状パターンは存在しません。
消化器症状
全身症状
特に注目すべきは、無症状の患者や栄養欠乏の徴候のみを呈する患者も存在することです。小児では発育不良、筋緊張低下、筋萎縮が特徴的で、成人では月経異常や不妊症も報告されています。
セリアック病の診断には統一された基準がなく、複数の検査を組み合わせて総合的に判断します。
血清学的検査
組織学的検査
小腸生検(十二指腸)により絨毛萎縮の程度を評価します。Marsh分類が用いられ、Stage 3以上で典型的なセリアック病の組織像とされます。グルテン除去食開始から3-6ヶ月後の再生検により、組織学的改善を確認することが推奨されています。
遺伝子検査
HLA-DQ2またはHLA-DQ8の存在を確認します。一般人口の30%がこれらの遺伝子型を有していますが、セリアック病を発症するのは約3%のみです。これらの遺伝子型を持たない場合、セリアック病は基本的に除外されます。
鑑別診断
過敏性腸症候群として誤診されるケースが多いため、慢性的な消化器症状を有する患者では積極的にセリアック病を疑うことが重要です。
現在のセリアック病治療の中核はグルテン除去食(Gluten Free Diet: GFD)です。小麦、ライ麦、大麦を完全に除去し、生涯にわたって継続する必要があります。
グルテン除去食の効果
実践上の注意点
グルテンは予想以上に多くの食品に含まれており、患者教育が極めて重要です。
栄養士による指導
専門的な栄養指導により、他の栄養素の不足を防ぎながらグルテン除去食を継続することが必要です。患者支援団体(Beyond Celiac、Celiac Disease Foundationなど)への参加も推奨されています。
治療抵抗性の対応
約20-30%の患者でグルテン除去食のみでは症状が持続します。この場合、難治性セリアック病(Refractory Celiac Disease: RCD)を考慮し、プレドニゾロンなどのコルチコステロイドや免疫抑制薬の使用を検討します。
セリアック病に対する薬物療法は現在、活発に研究開発が進められており、複数の製薬企業が新薬候補を臨床試験段階に進めています。
武田薬品工業の開発パイプライン
中外製薬の取り組み
バイスペシフィック抗体「DONQ52」を開発中です。HLA-DQ2.5/グルテンペプチド複合体とT細胞受容体の結合を阻害し、25種類以上のグルテンペプチドをカバーできる革新的な治療法として期待されています。
海外企業の動向
これらの新薬により、将来的にはグルテン除去食と併用、または代替する治療選択肢が提供される可能性があります。
セリアック病では小腸粘膜の炎症により、様々な栄養素の吸収障害が生じます。適切な栄養管理は症状改善と合併症予防に不可欠です。
栄養欠乏症とその対策
骨代謝異常への対応
セリアック病患者の約70%で骨密度低下が認められます。ビスフォスフォネート製剤、デノスマブなどの骨粗鬆症治療薬の適応を検討します。
長期的な合併症
適切な治療を行わない場合、以下のリスクが増大します。
予後改善のポイント
早期診断と厳格なグルテン除去食の継続により、多くの患者で良好な予後が期待できます。定期的な栄養状態評価、骨密度測定、血清抗体価のモニタリングが重要です。
近年、日本でも食生活の欧米化に伴いセリアック病患者が増加傾向にあるとされており、医療従事者の疾患認識向上と適切な診療体制の構築が求められています。
セリアック病の診療における詳細なガイドライン情報
MSDマニュアル プロフェッショナル版 - セリアック病