細胞壁の骨格を構成するセルロースは、D-グルコースがβ(1→4)結合で直鎖状に連結した多糖類です。グルコース分子は千から数千個、場合によっては2,000~15,000個程度まで連なり、β(1→4)-D-グルカンと呼ばれる細長い分子を形成します。この分子は、β-グルコース単位が表・裏・表・裏と交互に配置されることで、まっすぐな繊維状の構造を持ちます。
参考)セルロースの構造はどうなっているんですか? 
セルロース分子は単独では存在せず、複数の分子が水素結合によって整然と並び、束状の結晶構造を形成します。約30~40本のセルロース分子が集まって結晶性ミセル(直径約5nm)を形成し、さらに複数のミセルが集合して微繊維(直径約30nm)となります。この微繊維構造により、セルロースは高い機械的強度を発揮します。
参考)細胞壁 - Wikipedia
天然のセルロース結晶は、細胞膜上の合成酵素によって全ての分子が同じ方向を向いて並んだ「セルロースI」と呼ばれる結晶構造をとります。この規則正しい配列が、植物細胞壁の強度と柔軟性を両立させる鍵となっています。
参考)https://www.wdb.com/kenq/dictionary/cell-wall
セルロース微繊維の配置方向(配向)は、細胞の伸長方向を決定する重要な要素です。細胞壁中では、結晶性セルロース繊維が伸長軸に対して垂直方向に配列し、ばね様の構造をとることで、細胞側面の肥大を抑制し、縦方向への細胞伸長を促進します。
参考)植物細胞壁: その形を決める仕組み
この配向制御には、細胞膜直下に並ぶ表層微小管が重要な役割を果たします。表層微小管は、セルロース合成酵素複合体(CSC)とリンカータンパク質(CSI1)を介して相互作用し、CSCの移動経路を規定します。CSCは微小管に沿って移動しながらセルロースを合成するため、結果として微小管の配置方向に沿ったセルロース繊維が形成されます。
参考)https://www.nig.ac.jp/nig/images/research_highlights/PR20170811.pdf
一つのCSCロゼット構造は最大36分子(実際はそれより少ない)のセルロースを同時に合成でき、合成されたセルロース分子はすぐに水素結合で多量体の束を形成し、強固な微繊維となって細胞壁に沈着します。この精密な制御メカニズムにより、植物は細胞の成長方向や強度を調節しています。
参考)植物細胞壁
細胞壁はセルロース単独ではなく、ヘミセルロースやペクチンといった他の多糖と協調して機能します。セルロースが骨格を形成し、ヘミセルロースがそれを支える鉄筋、ペクチンがすき間を埋めるコンクリートとして機能するとイメージされています。
参考)【高校生物】「細胞壁の構造と働き」 
ヘミセルロースの代表格であるキシログルカンは、セルロース微繊維と相互作用することで細胞壁に物理強度を付与します。キシログルカンは主鎖にキシロースが結合し、さらにガラクトース残基やフコース残基が結合した構造を持ち、セルロース微繊維間を架橋することで格子状の基本骨格を形成します。
参考)植物細胞壁多糖の生合成
ペクチンは植物の伸長時に合成される一次細胞壁や中葉に多く存在し、セルロース微繊維間を満たすマトリクス多糖として間隙を充填します。化学的に安定なセルロース微繊維間を切断やつなぎ換えの容易なヘミセルロースで架橋することで、一次細胞壁は硬さだけでなく伸展を許容する柔軟性を兼ね備えています。
参考)植物の細胞壁の成分であるペクチンの生合成にかかわるラムノース…
セルロースは細胞膜に埋め込まれたセルロース合成酵素複合体(CSC)によって合成されます。CSCは3種のセルロース合成酵素(CesA)タンパク質6分子を主成分とする構成単位が6単位集合し、ロゼット超構造と呼ばれる特徴的な形態をとります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4897727/
植物のセルロース合成酵素遺伝子は、酢酸菌のセルロース合成酵素遺伝子のホモログとして発見されました。セルロース合成酵素は、細胞内から供給されたショ糖をつなげてセルロースポリマーを細胞壁に吐き出します。一つのセルロース合成酵素は1分子のセルロースを合成する能力があり、CSCロゼット構造全体で同時に複数のセルロース分子が合成されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/57/2/57_570206/_pdf
セルロース合成の本質は、常温常圧水系溶媒下での高分子の集積制御という極めて高度なタンパク質機能です。合成されたセルロース分子は、合成と同時にセルロース分子同士が水素結合で多量体の束(結晶性セルロース)を形成し、強固な微繊維となります。この一連のプロセスは、細胞膜上で連続的かつ精密に制御されています。
参考)https://www.rish.kyoto-u.ac.jp/projects/mr202003/
セルロースの高強度、親水性、生体適合性といった特性は、医療分野での応用に大きな可能性を秘めています。特にセルロースナノファイバー(CNF)は、軽量でありながら鋼鉄の1/5の重量で5倍以上の強度を持ち、線熱膨張係数が極めて低く、比表面積が大きいといった優れた特性を有します。
参考)破れない金箔~フレキシブル金薄膜
再生医療分野では、セルロースナノファイバーは細胞培養のための足場材として利用されています。植物の細胞壁に存在するセルロースナノファイバーは繊維状の構造を持ち、強度と柔軟性を兼ね備えているため、細胞培養の足場材として適しています。樹木由来のセルロースナノファイバーの表面を硫酸化することで、動物由来コラーゲンに匹敵する細胞接着・増殖性を発現することも報告されています。
参考)再生医療におけるセルロースナノファイバー|治療法・メリット・…
細菌由来のセルロース(Bacterial Cellulose: BC)は、創傷治療への応用も進められています。BCは高い生体適合性、ナノ多孔性の形態、優れた機械的特性を持ち、傷の保護や再生を促進する創傷被覆材として利用されています。さらに、セルロースナノファイバーを用いたエクソソーム捕捉ツール「EVシート」が開発されるなど、がん医療への応用も期待されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8776065/
📊 セルロース系材料の医療応用例の比較
| 材料種類 | 主な特徴 | 医療応用分野 | 参考文献 | 
|---|---|---|---|
| セルロースナノファイバー | 高強度、表面機能化可能 | 細胞培養足場材、組織工学 |  | 
| 細菌性セルロース | 高生体適合性、ナノ多孔構造 | 創傷被覆材、再建外科 |  | 
| 硫酸化CNF | 細胞接着性向上 | 幹細胞培養 | 
 参考)https://ag.kyushu-u.ac.jp/85b681952c365b0e70b5a5cbb300eb4030450bcf.pdf  | 
| CNFベースEVシート | エクソソーム捕捉能 | がん診断・治療 | 
国立がん研究センターによるセルロースナノファイバーを用いたエクソソーム捕捉ツールの開発に関する詳細情報
日本植物生理学会によるセルロースの結晶構造に関する解説
表層微小管によるセルロース繊維配向制御の詳細な解説