ヘプシジン拮抗薬として注目されているのが、PHD(prolyl hydroxylase domain)阻害薬です。これらの薬剤は直接的にヘプシジンを阻害するのではなく、HIF(hypoxia-inducible factor)の安定化を通じて間接的にヘプシジンを制御します。
通常の酸素条件下では、HIF-αはPHDによって水酸化され、von-Hippel Lindau蛋白に認識されてユビキチン化され、プロテアソームによって分解されます。しかし、PHD阻害薬投与下ではHIF-αは水酸化されずに安定化し、核内へ移行してβ鎖とヘテロ二量体を形成します。
このメカニズムにより以下の効果が得られます。
ヘプシジンは体内唯一の鉄排出体であるフェロポルチン(ferroportin)を阻害するため、その抑制により鉄代謝が大幅に改善されます。
現在日本で承認されているヘプシジン拮抗薬の代表格がroxadustatです。2019年11月に血液透析患者の腎性貧血治療薬として発売され、2020年6月には保存期CKD患者にも適応が拡大されました。
roxadustatの臨床効果は以下の通りです。
保存期慢性腎不全患者における効果
維持透析患者における効果
roxadustatの最大の利点は経口投与が可能であることです。従来のESA(erythropoiesis-stimulating agents)は皮下注射が必要でしたが、roxadustatは内服薬として低侵襲で治療が可能になりました。
roxadustat以外にも複数のPHD阻害薬が開発されており、その中でもdaprodustatとvadadustatは2020年6月に製造販売承認を取得しています。
daprodustatの特徴
vadadustatの特徴
その他の開発中のPHD阻害薬。
これらの薬剤は従来のESA治療よりも生理的なEPO上昇を示し、鉄動態の最適化も期待されています。特に保存期腎不全患者では、ESAによる皮下注射が不要になることで、患者のQOL向上と治療アドヒアランスの改善が期待されます。
PHD阻害薬によるヘプシジン拮抗療法には、HIF活性化に伴う特有の副作用があります。
重大な副作用
理論的な副作用
HIFの標的遺伝子にはVEGF(血管内皮増殖因子)も含まれるため、血管新生の促進による網膜症悪化や悪性腫瘍への影響が懸念されています。現在報告されている第II相試験ではVEGFの上昇は認められていませんが、長期的な安全性については継続的な監視が必要です。
中国で行われた第III相臨床試験では、roxadustat群において保存期CKD患者と血液透析患者ともに、高K血症と代謝性アシドーシスの合併症が有意に増加したことが報告されています。
投与時の注意事項
ヘプシジン拮抗薬であるPHD阻害薬は、単なる腎性貧血治療薬を超えた多面的な作用が期待されています。
腎保護作用への期待
PHD阻害薬は低酸素適応の中心的役割を担うHIFの安定化をもたらすため、虚血を背景とする腎障害に対して保護的に作用する可能性があります。急性腎障害(AKI)モデルでの基礎実験では、腎保護効果が示唆されています。
代謝異常への効果
基礎実験や臨床実験から、以下の代謝異常に対する効果が報告されています。
新たな治療戦略
従来のESA治療では解決困難だった以下の問題に対する解決策として期待されています。
今後の課題
長期的な安全性の確立が最重要課題です。特に以下の点について大規模臨床試験での検討が必要です。
ヘプシジン拮抗薬は腎性貧血治療における画期的な選択肢として位置づけられており、今後の臨床データの蓄積により、より安全で効果的な使用法が確立されることが期待されます。