イロプロスト商品名ベンテイビスの作用機序と使い方

イロプロストの商品名「ベンテイビス」について、作用機序・用法・副作用・販売中止の経緯まで医療従事者向けに解説。代替薬の選択や患者指導のポイントも押さえておく必要がありますが、知っていますか?

イロプロストの商品名・作用機序・臨床での使い方を正確に理解する

ベンテイビスの1回投与量は5μgなのに、1日最大9回も吸入しなければ治療効果が維持できません。


この記事の3ポイント要約
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商品名はベンテイビス(販売中止済み)

イロプロストの国内商品名は「ベンテイビス吸入液10μg」(バイエル薬品)。2024年3月に正式販売中止。国内初の吸入型PAH治療薬でしたが、専用ネブライザの供給問題が廃盤の引き金となりました。

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PGI2受容体を介した肺血管拡張薬

プロスタサイクリン(PGI2)誘導体として、IP受容体を介しcAMPを上昇させることで肺動脈を選択的に拡張。血小板凝集抑制作用も持ちます。

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1日6〜9回吸入が必要な高頻度投与薬

半減期が短く(約20〜30分)、吸入間隔は少なくとも2時間以上必要。失神・気管支痙攣・過度の血圧低下など重篤な副作用への対応も求められます。


イロプロストの商品名「ベンテイビス」とは何か——国内初の吸入型PAH治療薬

イロプロストの国内商品名はベンテイビス吸入液10μg(製造販売:バイエル薬品株式会社)です。一般名はイロプロスト(Iloprost)、プロスタサイクリン(PGI2)誘導体に分類されます。米国では「AURLUMYN」という商品名でBTG International社が販売しています。


2015年9月28日に厚生労働省が承認し、2016年5月16日に国内発売が開始されました。これは日本で初めての吸入型肺動脈性肺高血圧症(PAH)治療薬という歴史的な位置づけを持っています。それ以前のPGI2製剤はすべて静脈注射や皮下注射など注射剤に限られており、吸入という新しい投与経路の登場は患者の侵襲軽減という観点から大きな意義がありました。


効能・効果は「肺動脈性肺高血圧症」のみとなっており、適応は成人に限定されています。なお、小児を対象とした国内臨床試験は未実施のため、小児への投与は適応外扱いです。


薬効分類上は「プロスタグランジンI2製剤(プロスタサイクリン製剤)」に属し、日経メディカル処方薬事典では抗血小板薬のカテゴリーにも分類されています。これはイロプロストが血管拡張作用だけでなく血小板凝集抑制作用も有するためです。


残念ながら、2022年10月にバイエル薬品が販売中止を医療関係者へ案内し、2024年3月をもって正式に販売中止となりました。原因は専用吸入器「I-neb AADネブライザ」の製造元における供給問題です。ベンテイビスはI-neb AADネブライザ以外の吸入器を使用できないという規定があったため、ネブライザの安定供給が途絶えると製品の維持自体が困難になりました。


ベンテイビス吸入液(イロプロスト)の作用機序【肺動脈性高血圧症】|PASSMED(薬学生・薬剤師向け解説)


イロプロストの作用機序——PGI2受容体とcAMPを介した肺血管拡張のしくみ

イロプロストの作用機序を理解するには、まず肺動脈性肺高血圧症(PAH)における3つの病態経路を押さえておく必要があります。PAHの進展に関与する主な経路は、①プロスタグランジンI2(PGI2)経路、②一酸化窒素(NO)経路、③エンドセリン経路の3つです。


この中でイロプロストが関与するのはPGI2経路です。生体内ではプロスタサイクリン(PGI2)が血管内皮細胞から産生され、平滑筋細胞上のIP受容体(プロスタサイクリン受容体)に結合することでアデニル酸シクラーゼが活性化され、cAMP(サイクリックAMP)の細胞内濃度が上昇します。cAMPはプロテインキナーゼAを活性化し、最終的に血管平滑筋を弛緩させて血管拡張をもたらします。


つまり原則は「PGI2受容体→cAMP↑→血管拡張」という流れです。


イロプロストはこのPGI2の化学構造を一部改変した合成PGI2誘導体であり、天然のPGI2よりも化学的に安定しているのが特徴の一つです。天然のPGI2の血中半減期はわずか1〜2分程度しかありませんが、イロプロストの半減期は約20〜30分と延長されています。それでも短い部類に入るため、1日6〜9回という高頻度の吸入が必要になります。


🔬 吸入というルートが持つ意味も重要です。イロプロストを吸入投与すると、薬剤が肺胞を通じて直接肺動脈周囲の血管平滑筋へ到達するため、全身の血管への影響を最小限に抑えつつ肺血管を優先的に拡張させることができます。これが静脈注射剤に比べた吸入製剤の最大の利点であり、全身性の血圧低下リスクを軽減する理論的根拠でもあります。


血小板凝集抑制作用については、cAMP上昇によって血小板内のシグナル伝達が変化し、フィブリノゲンへの結合能が低下することで発揮されます。これが抗凝固剤との相互作用として鼻出血・喀血リスクを高める要因となります。


イロプロスト(D02721)の薬理情報・分子ターゲット一覧|KEGG DRUG(ゲノム情報統合データベース)


イロプロストの用法・用量と投与時の注意点——1日9回吸入の実態と腎・肝障害時の調節

添付文書に記載されたベンテイビスの用法・用量は以下のとおりです。


対象 初回量 維持量 最大投与回数
成人(標準) 1回 2.5μg 1回 5.0μg × 1日6〜9回 1日9回
腎障害(CCr 30mL/min以下) 1回 2.5μg 1回 5.0μg × 最大1日6回 1日6回
肝機能障害患者 1回 2.5μg 1回 5.0μg × 最大1日6回 1日6回


初回は必ず2.5μgから開始し、忍容性(特に血圧低下・失神・気管支痙攣の有無)を確認した上で次回以降5.0μgへ増量するという段階的な投与設計になっています。5.0μgへの増量が難しければ、2.5μgのまま継続することも許容されています。これは慎重な漸増が原則です。


吸入間隔は少なくとも2時間以上確保することが義務付けられています。1日9回吸入を行う場合、仮に起床から就寝まで18時間を投与に充てたとすると、最低限の2時間間隔では数学的に9回の投与が可能ですが、実際の生活パターンへの組み込みは容易ではありません。患者指導の際に見落とされがちなポイントです。


吸入器はI-neb AADネブライザのみ使用可能で、他のネブライザへの変更は添付文書上で禁止されています。吸入ごとに新しいアンプルの全量を使用直前にネブライザへ移し、4〜10分かけて吸入する手順が定められており、吸入後にネブライザ内へ残った液は廃棄します。


🚫 禁忌となる患者像を確認することも不可欠です。禁忌に該当する主な状況は下記のとおりです。


  • 出血中または出血リスクの高い患者(活動性消化管潰瘍、外傷、頭蓋内出血等)
  • 肺静脈閉塞性疾患(PVOD)を有する肺高血圧症患者(肺水腫誘発リスク)
  • 重度冠動脈疾患・不安定狭心症・6ヵ月以内の心筋梗塞患者
  • 3ヵ月以内の脳血管障害(TIA・脳卒中)患者
  • 医師管理下にない非代償性心不全・重度不整脈患者


また、WHO機能分類クラス1については有効性・安全性が確立していないとして、効能効果に関連する注意に明記されています。PAHとひと口に言っても、重症度ステージによって本剤の適用可否が異なる点に注意が必要です。


ベンテイビス吸入液10μgの基本情報・添付文書・副作用一覧|日経メディカル処方薬事典


イロプロストの副作用と相互作用——失神3.1%・気管支痙攣の見落としが重大リスクに

副作用については、発現頻度が高いものから重大なものまで幅広く把握しておく必要があります。まず発現頻度10%以上の副作用として、潮紅・頭痛・咳嗽・顎痛/開口障害の4つが挙げられています。これらは投与初期から生じやすく、患者が服薬継続を諦めてしまう原因にもなり得るため、事前の情報提供が求められます。


重大な副作用として添付文書が特記するものは以下の通りです。


  • 出血(脳出血・頭蓋内出血等):頻度不明。致死的な場合があります。抗凝固剤を併用中の患者では鼻出血1.9%、喀血1.3%が報告されています。
  • 気管支痙攣:頻度不明。致死的になり得るため、気道疾患(COPD・重度気管支喘息等)を合併する患者では特に注意が必要です。
  • 過度の血圧低下:頻度不明。致死的な場合があります。
  • 失神:3.1%。低血圧に続発して発生することが多く、特に投与初期のリスクが高いです。
  • 頻脈:1.3%
  • 血小板減少症:頻度不明


失神が3.1%という数字は意外に高い印象があるかもしれません。100人に約3人は失神を経験するという計算です。このため、添付文書では「失神の既往のある患者では大きな負荷となる労作を避けること」と注記されており、外来投与開始時の院内観察が推奨されます。


相互作用の面では、降圧剤・血管拡張剤(カルシウム拮抗剤、ACE阻害剤、利尿剤、PGE1誘導体など)との併用が血圧低下を増強するため注意が必要です。PAH患者はカルシウム拮抗剤を既に使用していることが少なくなく、この組み合わせは臨床現場で実際に遭遇する場面です。


もう一つ見落とされやすいのが抗凝固剤・抗血小板薬との組み合わせです。ヘパリンワルファリンクロピドグレル、アスピリン、NSAIDsすべてが出血リスクを高める薬剤として挙げられています。PAH患者の多くが抗凝固療法を並行して受けているため、この相互作用は実質的に全例で考慮すべき問題です。


ベンテイビス販売中止後のイロプロスト——代替薬トレプロストと海外での適応外使用

2024年3月のベンテイビス販売中止は、PAH治療の現場に実質的な影響を与えました。国内ではイロプロスト製剤が現在入手できない状況です。


ベンテイビスの代替として実際に移行先として検討されたのが、2023年3月に薬価収載されたトレプロスト吸入液1.74mg(一般名:トレプロスチニル、製造販売:持田製薬)です。トレプロスチニルもPGI2誘導体に属し、同様にネブライザを用いた吸入投与の形式をとります。ただしトレプロストの投与スケジュールは「1日4回・吸入間隔約4時間」と、ベンテイビスの1日6〜9回より頻度が少ない設計です。投与回数の違いは患者のQOLに直結します。


これは使えそうです。ただし、用法・用量や用いるネブライザ(TD-300/Jネブライザ)が異なるため、切り替え時には添付文書を改めて確認することが基本です。


🌍 一方で、海外では「イロプロスト」という成分自体は依然として使用されています。特に注目されるのが、欧州ガイドライン(EULAR)での立場です。EULARは全身性強皮症(SSc)に伴うレイノー現象・指尖潰瘍に対して、イロプロスト静注(点滴)が推奨度Aとして位置づけられています。国内ではPAH吸入薬としての承認のみで、強皮症・レイノー現象への静注使用は適応外となりますが、東北大学病院皮膚科の診療ガイドラインでも小児を含む膠原病患者への使用経験が紹介されています。


国内で利用できるPGI2系薬の現状を整理すると次のようになります。


薬剤名(一般名) 商品名 投与経路 投与回数 状況
イロプロスト ベンテイビス 吸入 1日6〜9回 2024年3月販売中止
エポプロステノール フローラン 持続静脈注射 持続投与 継続販売中
トレプロスチニル トレプロスト 吸入・注射 吸入:1日4回 継続販売中
ベラプロストNa ドルナー、プロサイリン等 経口 1日3〜4回 継続販売中


イロプロストが持っていた「吸入・国内唯一の地位」はトレプロストに引き継がれた形ですが、使用するネブライザ・用量・吸入方法など細部が異なるため、過去にベンテイビスを処方した経験のある医師・薬剤師も、トレプロストの添付文書を改めて確認することが求められます。


強皮症の治療(皮膚科学会ガイドライン準拠)|宇多野病院皮膚科(EULARでのイロプロスト静注推奨内容を含む)


PAH治療薬トレプロスチニルに吸入薬が登場(ベンテイビス販売中止との関連に言及)|日経メディカル