近位筋力低下を主訴に来院した患者が、実はステロイドミオパチーだったために治療を強化するほど悪化することがある。
近位筋力低下を呈する疾患は、病変の局在によって大きく三つに整理できます。すなわち「筋そのものの障害(筋原性疾患)」「神経筋接合部の障害」「神経原性疾患」です。この分類を最初に頭に置いておくと、その後の鑑別作業がぐっと効率的になります。
筋原性疾患(ミオパチー)では、近位筋優位・両側対称性の筋力低下とCK上昇が典型的な組み合わせです。代表疾患としては多発筋炎・皮膚筋炎・免疫介在性壊死性筋症(IMNM)などの炎症性筋疾患に加え、筋ジストロフィー各型、先天性ミオパチー、糖原病(ポンペ病)、内分泌性ミオパチーや薬剤性ミオパチーが含まれます。
神経筋接合部疾患では、重症筋無力症(MG)とLambert-Eaton筋無力症候群(LEMS)が代表です。MGは眼瞼下垂・複視を伴いやすく日内変動が特徴的ですが、LEMSは下肢近位筋の筋力低下と腱反射消失・自律神経症状の三徴で疑います。重要な落とし穴として、近位筋力低下に深部腱反射消失が加わった時点でLEMSを積極的に考慮すべきです。これは筋疾患やMGでは通常、腱反射が保たれるからです。
神経原性疾患では通常「遠位優位・非対称性」が特徴ですが、例外として脊髄性筋萎縮症(SMA)・球脊髄性筋萎縮症(SBMA)は近位筋優位に障害されます。つまり「近位優位=必ず筋原性」という図式は成立しません。この例外を知っているかどうかが、診断精度に直結します。
| 分類 | 筋力低下の分布 | CK | 腱反射 | 代表疾患 |
|---|---|---|---|---|
| 筋原性疾患 | 近位優位・両側対称 | 上昇(例外あり) | 正常〜低下 | 多発筋炎、筋ジストロフィー、ポンペ病 |
| 神経筋接合部疾患 | 近位優位・易疲労性 | 正常 | MG:正常/LEMS:低下〜消失 | 重症筋無力症、LEMS |
| 神経原性疾患(例外型) | 近位優位(例外的) | 正常〜軽度上昇 | 低下〜消失 | SMA、SBMA |
つまり、近位筋力低下の分布だけで「筋原性確定」と判断するのは危険です。
近位優位に障害される神経原性疾患・遠位優位に障害される筋原性疾患の例外まとめ(つつみ内科・脳神経内科)
近位筋力低下を訴える患者の問診では、症状が「いつ、どのように始まったか」を丁寧に確認することが出発点になります。発症時期の同定には、学童期の運動能力(徒競走の順位、体育での状態)や「浴槽をまたげるようになったのはいつまでか」といった具体的な日常動作を遡って聞くことが有効です。
特に下肢近位筋の障害を示す病歴として、「しゃがんだ姿勢や低い椅子からの立ち上がりが困難」「階段の昇降がつらい」「Gowers徴候(床から立ち上がる際に自分の膝や太ももに手をつく動作)」が代表的です。上肢近位筋では「腕を肩より上に挙げ続けるのが難しい(洗髪・洗濯干しなど)」が典型的な訴えとなります。
身体所見では、徒手筋力検査(MMT)による筋力低下の分布確認に加え、以下の点を必ず確認します。
これは使えそうです。
家族歴も重要な情報源です。遺伝性筋疾患では直接本人に聞くだけでなく、家族写真を持参してもらい顔貌の特徴を確認するという方法も、臨床的に有用とされています。
筋疾患へのアプローチ(問診・身体所見・検査の系統的解説)(医學事始 いがくことはじめ)
近位筋力低下の精査において、まず行うべき血液検査の中心はCK(クレアチンキナーゼ)です。筋原性疾患では筋細胞破壊によりCKが著明に上昇することが多く、炎症性筋疾患(多発筋炎・皮膚筋炎・IMNM)では数百〜数千IU/L以上を示すことがあります。ただし、CK正常=筋疾患なしとはなりません。これが原則です。
ステロイドミオパチーはCKが正常〜軽度の範囲に収まることが特徴的で、炎症性筋疾患の治療中に「CKは下がっているのに筋力低下が進行する」という場面ではステロイドミオパチーへの移行を必ず考慮すべきです。また甲状腺機能低下症に伴う筋症(hypothyroid myopathy)ではCKが著明に上昇する場合もあり(報告例ではCK 7,000 IU/L以上)、多発筋炎と酷似した臨床像を呈することがあります。甲状腺機能低下症患者の30〜80%に何らかの筋症状が影響するとされており、見落としが多い疾患群です。
筋電図検査では、筋原性変化(短持続時間・低振幅MUP・early recruitment)と神経原性変化の鑑別が主目的ですが、判断には熟練が必要です。客観性の高い所見は「MMT3以下の筋肉で最大収縮時に干渉が保たれている」ことで、これは神経原性変化では起こらない所見です。反復神経刺激試験はLEMSやMGの鑑別に必須で、LEMSでは強収縮後にCMAP振幅が増大するpost-exercise facilitationが確認できます。
筋MRI(特にSTIR像)は、炎症を起こしている筋の同定と筋生検部位の決定に役立ちます。「近位筋が障害される」という大枠のなかでも、疾患ごとに障害される筋のパターンが異なり、MRIはその違いを可視化します。例えば遅発型ポンペ病では傍脊柱起立筋の萎縮が特徴的で、CTでの脂肪置換所見が診断の補助になります。
筋力低下の病態生理・病因・検査の全体像(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
日常臨床で特に見落としリスクが高い三つの疾患群を整理します。まずステロイドミオパチーです。グルココルチコイドの慢性投与により2型筋線維萎縮が起こり、近位優位の筋力低下を呈します。重要な鑑別点は「血清CKが上昇しない」という点で、炎症性筋疾患の治療としてステロイドを使用しているなかで筋力低下が続く・悪化する場合、CKが正常であってもステロイドミオパチーを鑑別のトップに据えるべきです。診断的治療(ステロイドを減量して3〜4週後に筋力が改善するかを確認)が鑑別に有用です。減量で改善すれば、ステロイドミオパチーということですね。
甲状腺機能低下症に伴う筋症は多発筋炎に類似した近位筋力低下・高CK血症を呈し、TSHを測定しなければ見逃します。甲状腺ホルモン補充によって症状が劇的に改善するため、早期発見が直接的な治療につながります。甲状腺機能亢進症(バセドウ病)でも近位筋萎縮は高頻度に認められますが、患者が筋症状を主訴として来院することは少なく、意識して評価していないと見落とします。これは痛いところですね。
LEMSは近位筋力低下として最初に筋疾患の印象で受診してくることがあり、鑑別への入り口が見えにくい疾患です。しかし見逃しが重大な理由は、LEMS患者の50〜70%に悪性腫瘍が合併しており、そのうち小細胞肺癌(SCLC)が42〜61%を占めるからです。腫瘍随伴症候群としての性格が強く、LEMSの診断が腫瘍の早期発見につながる可能性があります。診察上の手がかりは、近位筋力低下+深部腱反射の低下〜消失+自律神経症状(口渇・勃起不全・発汗障害など)の三徴です。腱反射が消失しているのに筋疾患を疑っているなら、一度LEMSを強く疑うべきです。
LEMSの悪性腫瘍合併率と病態:50〜61%が悪性腫瘍合併、うちSCLCが42〜61%(ダイドーファーマ)
甲状腺機能低下症患者の30〜80%に影響する筋症の臨床像と多発筋炎との鑑別(CareNet)
遅発型ポンペ病(late-onset Pompe disease)は、成人になってから徐々に発症する近位筋優位のミオパチーで、酸性α-グルコシダーゼ(GAA)の先天的な欠損によってリソソームへのグリコーゲン蓄積が生じる糖原病です。発症年齢は小児から60歳代まで幅広く、「成人のミオパチー」として稀ならず存在します。
見落とされる最大の理由は、「遺伝性疾患は幼小児期に発症するもの」という先入観です。実際には成人以降に発症する遅発型では、下肢近位筋力低下・翼状肩甲・高CK血症を呈し、肢帯型筋ジストロフィーや多発筋炎と誤診されるケースが報告されています。さらに、近位筋力低下が明確になる前から呼吸筋力低下が進行していることがあり、「早朝の頭痛」や「臥位での息苦しさ」という訴えを問診で拾い上げることが早期発見のカギになります。
つまり、座位と仰臥位で呼吸機能を比較することが有用です。
スクリーニングには乾燥ろ紙血によるGAA酵素活性測定が使われ、比較的簡便に実施できます。酵素補充療法(ERT)が有効であるため、早期診断が患者の予後改善に直結します。「筋力低下の原因が確定しない成人ミオパチー」では、必ずポンペ病のスクリーニングを検討するのが原則です。
炎症性筋疾患のなかで最も頻度が高いのは皮膚筋炎・多発筋炎であり、数週〜数ヶ月の亜急性経過で進行する近位優位・対称性の筋力低下が特徴です。CKは多くで著明に上昇し、筋電図での筋原性変化と筋生検による炎症所見が診断の柱となります。
皮膚筋炎では皮膚症状(Gottron徴候・ヘリオトロープ疹・V-sign・Shawl signなど)が診断の重要な手がかりになります。ただし皮膚症状のない「clinically amyopathic DM(CADM)」の場合は筋力低下が目立たず、急速進行性間質性肺炎として発症することがあります(抗MDA5抗体陽性例に多い)。
IMNMは近年注目が高まっており、スタチン系薬剤を契機に発症し、抗HMGCR抗体が陽性となるタイプが重要です。スタチン中止後も症状が改善せず悪化し続ける場合、薬剤性ミオパチーではなく自己免疫性のIMNMが誘発されている可能性があります。スタチン中止後も改善しないなら問題ありません、とは言えない状況です。
見落としてはならない合併症として、間質性肺炎と悪性腫瘍があります。抗TIF1γ抗体陽性例では悪性腫瘍合併頻度が高く、積極的な腫瘍検索が推奨されます。また皮膚筋炎では特に60歳以上の患者での悪性腫瘍合併リスクが高いことが知られており、診断確定後の系統的な腫瘍スクリーニングが標準的な対応です。
頸部屈筋・体幹筋の筋力低下は見落とされやすい部位です。四肢近位筋力が改善した後も頸部屈筋と体幹筋の筋力低下が残存するケースが皮膚筋炎では報告されており、機能的な日常生活動作(寝返り・起き上がりなど)の評価を継続することが重要です。
ミオパチーの種類・診断・治療(日本神経学会 患者向け疾患解説)