ANCA陽性でも血管炎が「ない」ことがあり、それを見逃すと不要な免疫抑制治療が始まります。
抗好中球細胞質抗体(ANCA)とは、白血球の約65%を占める好中球の細胞質内顆粒に含まれるリソソーム成分を標的とする自己抗体の総称です。間接蛍光抗体法(IIF法)では染色パターンの違いによってP-ANCA(核周囲型)とC-ANCA(細胞質型)に分類されます。現在の臨床現場では、EIA法やCLEIA法を用いたMPO-ANCA・PR3-ANCAの定量測定が主流となっています。
MPO-ANCAは顕微鏡的多発血管炎(MPA)および好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)の疾患標識抗体であり、PR3-ANCAは多発血管炎性肉芽腫症(GPA)の疾患標識抗体です。基準値はいずれも3.5 U/mL未満(陰性)で、これを超えると陽性と判定されます。重要なのは、この抗体が「病原性を持つ」という点です。
つまりANCAは単なるマーカーではありません。ANCAが好中球細胞膜に発現したMPOやPR3に結合すると、好中球が過剰に活性化し、血管内皮細胞を直接障害します。近年では、これに加えてNETs(好中球細胞外トラップ)の誘導も発症機序に関与することが明らかになっています。病原性という視点は、フォローアップ戦略を立てるうえで非常に重要です。
陽性と判定された場合は必ず、臨床症状・他の検査所見との統合判断が必要です。数値だけを切り取って「血管炎確定」と判断することは、医療上のリスクにつながります。
参考リンク(ANCAの基本的な概念と臨床的意義について)。
日本リウマチ学会:抗好中球細胞質抗体(ANCA)の解説
ANCA陽性が出たからといって、直ちにANCA関連血管炎(AAV)と確定してはいけません。これが現場では見落とされやすいポイントです。
AAVにおける各疾患でのANCA陽性率は以下のとおりです。
| 疾患名 | MPO-ANCA陽性率 | PR3-ANCA陽性率 | ANCA陰性率 |
|---|---|---|---|
| 顕微鏡的多発血管炎(MPA) | 97% | 3% | 1% |
| 多発血管炎性肉芽腫症(GPA) | 54% | 46% | 9% |
| 好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA) | 50% | 0% | 50% |
注目すべきは、EGPAでは約50%がANCA陰性であるという事実です。逆に言えば、ANCA陰性でもAAVを完全に否定できません。
AAV以外でANCA陽性になる疾患・状況には以下が挙げられます。
特に見落とされやすいのが感染性心内膜炎との鑑別です。ANCAが陽性で全身症状があると血管炎と判断されやすいですが、発熱・血尿・腎障害を伴う感染性心内膜炎もANCA陽性を示すことがあります。免疫抑制治療を始める前に、必ず血液培養や心エコーも確認する必要があります。鑑別を誤ると治療が逆効果になるケースもあります。
参考リンク(AAV以外のANCA陽性例の詳細と鑑別診断)。
MBL臨床検査薬:ステイシアMEBLux™テスト MPO-ANCA・PR3-ANCA FAQ(AAV以外でのANCA陽性について)
薬剤誘発性ANCA関連血管炎は、日常臨床で遭遇する可能性が意外と高い病態です。特に内分泌系を管理する医師は注意が必要です。
最も重要な薬剤はプロピルチオウラシル(PTU)などの抗甲状腺薬です。PTUを9か月以上投与すると、ANCAが誘導されやすくなると報告されています。MPO-ANCAが陽性化したバセドウ病患者のごく一部がANCA関連疾患として発症しますが、大多数は無症状のままです。これは重要なポイントです。
薬剤誘発性AAVが疑われる際に確認すべき関連薬剤は多岐にわたります。
薬剤誘発性AAVの重要な特徴は、多くのケースで「原因薬剤を中止するだけで血管炎の病勢が改善する」点にあります。これは原発性AAVとの大きな違いです。免疫抑制療法が必要な場合でも、通常は月単位の短期間で済みます。
ただし、原因薬剤を中止した後も臨床症状が改善しているのにANCA値だけが高止まりする症例や、逆に増加する症例も存在します。これはANCA値のみで治療判断しない根拠のひとつです。薬剤歴の確認を徹底することが早期診断につながります。
参考リンク(薬剤誘発性ANCA関連血管炎の実際と対応マニュアル)。
PMDA:重篤副作用疾患別対応マニュアル「血管炎による腎障害(ANCA関連血管炎)」
ANCA値と疾患活動性が「必ずしも一致しない」という事実は、臨床現場で特に意識しなければならない点です。
一般的に治療開始後は疾患活動性の低下に伴いANCA力価が低下していきます。しかし、MPO-ANCA陽性のAAV患者では治療開始後に約70%でANCAが陰性化するものの、その後薬剤を減量していくと約30%の患者で再びMPO-ANCAが陽転します。これが問題です。
岡山大学と東京女子医科大学の研究(2018年、Arthritis & Rheumatology掲載)によると、治療中にMPO-ANCAが陽転した患者は、陰性のままの患者と比較して再発リスクが約26倍高いことが明らかになりました。東京ドーム5個分の面積を1個と勘違いするくらい、その差は大きいイメージです。定期的な血液検査によるMPO-ANCA測定が、再発予測に直結します。
一方で注意すべきは、ANCA陽性が持続しているのに臨床症状が安定している「ANCA持続陽性・臨床的寛解」という状態も存在することです。この場合、値の上昇だけを根拠に治療を強化することは適切ではありません。
ANCA値のみを指標にするのはNGです。臨床症状・尿所見・腎機能・CRP・胸部画像などを組み合わせた総合的な評価が原則となります。フォロー中に確認したいポイントをまとめると以下のとおりです。
参考リンク(MPO-ANCA陽転と再発リスクの関連研究)。
AMED成果情報:血液検査でANCA血管炎の再発が予測可能に(岡山大学・東京女子医科大学)
ANCA陽性を確認し、AAVの診断が確定した後の治療は大きく「寛解導入療法」と「寛解維持療法」の2段階で構成されます。
寛解導入療法の目的は速やかに血管炎の活動性を消失させることです。標準的な治療はステロイド(グルココルチコイド)に加えて、シクロホスファミドまたはリツキシマブを併用します。最新ガイドラインでは補体阻害薬のアバコパンを寛解導入時に併用することで、ステロイドの使用量を大幅に削減できることが示されています。早期診断と迅速な治療開始が条件です。
治療成績を確認すると、初期に適切な治療を行えば、MPA患者の8割以上が寛解に至ります。ただし寛解導入療法(通常6か月が目安)のみでは半数以上が再燃することが知られており、長期の寛解維持療法が必要です。維持期間の目安は2〜4年です。
重症例(肺出血・急速進行性糸球体腎炎など)には血漿交換療法を追加することも選択肢に入ります。難病指定のため、一定以上の症状がある患者には医療費助成制度が適用されます。これは患者さんにとって大きなメリットです。
治療中の感染症リスクにも注目が必要です。ステロイドや免疫抑制薬を長期使用するAAN患者では、ニューモシスチス肺炎(PCP)の予防投薬を検討することが推奨されています。副作用管理も治療の一部として計画に組み込むことが重要です。
疾患が難病であることから、患者への疾患説明・服薬継続の重要性の共有・定期受診の徹底が、長期的な予後改善において医療者の重要な役割となります。
参考リンク(ANCA関連血管炎の最新治療アルゴリズム)。
難病情報センター:顕微鏡的多発血管炎(指定難病43)の診断・治療について
ここで注目すべき独自の視点として、「ANCA陰性にもかかわらずAAVが存在するケース」について整理します。
大阪大学などの報告によると、ANCA関連血管炎の名称にANCAが含まれているにもかかわらず、ANCA陰性例も一定数存在します。EGPAでは約50%がANCA陰性です。また、顕微鏡的多発血管炎でさえ、まれにANCA陰性で診断されることがあります。ANCA陰性だから否定できません。
この事実は、特に急速進行性糸球体腎炎(RPGN)を呈する患者の鑑別診断において重要な意味を持ちます。ANCA陰性であっても、尿所見(変形赤血球・赤血球円柱)・腎機能の急速悪化・全身症状(発熱・体重減少・関節痛)が重なる場合は、腎生検を含めた精査を検討する必要があります。ANCA値だけ見るのは危険です。
逆に、ANCA陽性でも組織学的証明なしには確定診断できないケースも存在します。IIF法のみ陽性でELISA法陰性という結果が出た場合、minor ANCAと呼ばれるMPO・PR3以外の対応抗原(BPIやエラスターゼなど)に対する抗体の可能性も考慮が必要です。測定法の違いにより結果が乖離することも珍しくありません。
整理すると、ANCAは診断の「補助ツール」であり「確定証明」ではないということです。臨床像・画像・組織所見・検査所見の4つの柱を組み合わせた診断アプローチが、ANCA陽性・陰性にかかわらず求められます。
参考リンク(ANCA関連血管炎の診断基準と検査所見の詳細)。
日本リウマチ学会 医師向け:ANCA関連血管炎の診断・分類・疾患活動性の解説