抗甲状腺薬は甲状腺機能亢進症、特にバセドウ病の治療において第一選択薬として用いられます。日本で使用される抗甲状腺薬はメルカゾール(チアマゾール)とプロパジール(プロピルチオウラシル、PTU)の2種類であり、いずれも甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)を阻害することで甲状腺ホルモンの合成を抑制します。しかし、これらの薬剤は高い有効性を持つ一方で、全体で10%以上という比較的高い頻度で副作用が発生することが知られています。koujosen+4
副作用は軽症のもの(皮疹、軽度肝障害、筋肉痛、関節痛)が1~6%、重症のもの(無顆粒球症、重症肝障害、多発関節炎、ANCA関連血管炎)が0.1%前後の頻度で認められます。重要な点として、ほとんどの副作用は内服開始後2~3ヶ月以内に発症しますが、ANCA関連血管炎については1年以上経過してから発症する頻度が高いという特徴があります。本記事では、医療従事者として知っておくべき抗甲状腺薬の主要な副作用の発生メカニズムと、臨床における注意点について解説します。jstage.jst+1
無顆粒球症は抗甲状腺薬の副作用として最も注意すべきものであり、発症頻度は約0.1~0.5%(約300人に1人)とまれですが、対処が遅れると生命にかかわる重篤な合併症です。発症のほとんどが内服開始後2週間から3ヶ月以内に集中しており、長期間服用している場合はまず起こりませんが、一定期間休薬後に再開した際には再発リスクがあります。morigaminaika+3
無顆粒球症の発生機序は大きく2つに分類されます。第一は免疫学的機序であり、抗甲状腺薬が好中球の細胞膜に結合してハプテンとして作用し、抗好中球抗体の産生を引き起こします。この抗体が結合した好中球は貪食細胞によって補足され破壊されるため、血中の顆粒球数が急激に減少します。プロピルチオウラシルなどの抗甲状腺薬は特にこの機序で無顆粒球症を惹起しやすいとされています。mhlw+1
第二は直接毒性による機序で、薬剤あるいはその代謝産物が骨髄の造血機能を直接抑制することで顆粒球産生が低下します。この両者の機序が複合的に関与することもあり、すべての症例が明確にどちらかに分類されるわけではありません。臨床的には、発熱(38℃以上)、咽頭痛、口内炎などの初期症状が出現した際には、直ちに内服を中止し白血球数を測定する必要があります。好中球数が1000/μL未満であれば抗甲状腺薬の即時中止とG-CSF投与を検討します。hiruma-thyroid+3
厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュアル(無顆粒球症)では、薬剤性無顆粒球症の発生機序と対応について詳細に解説されています。
ANCA(抗好中球細胞質抗体)関連血管炎は、プロピルチオウラシル(PTU)の長期投与によって特に起こりやすい重篤な副作用です。PTU投与では使用期間が9ヶ月以上になるとANCAが誘導されやすく、約30%の患者にMPO-ANCA(ミエロペルオキシダーゼに対するANCA)が産生されると報告されています。臨床的には1日4錠以上を数年から数十年服用している症例でANCA関連血管炎が発症するケースが多く、1日2錠以下では発症頻度が低いとされます。morigaminaika+3
ANCA関連血管炎の発症メカニズムとして、現在2つの主要な仮説が提唱されています。第一は薬剤によるNETs分解阻害説です。NETs(neutrophil extracellular traps:好中球細胞外トラップ)は通常、DNaseⅠによって速やかに分解されますが、PTUの添加で誘導されるNETsは形態異常を呈し、DNaseⅠ抵抗性であることが示されています。この分解されにくいNETsに含まれるMPOが自己抗原として認識され、MPO-ANCAが産生されます。産生されたANCAはさらなる好中球の活性化を誘導し、血管炎を発症させると推測されています。anca-aav+2
第二はアポトーシス説で、スルファサラジンなどの薬剤と同様に、PTUが好中球のアポトーシスを誘導し、細胞表面に細胞質内の標的抗原(MPOなど)を表出させます。表出したMPOとANCAが結合し好中球を活性化させることで血管炎が惹起されると考えられています。これらのメカニズムにより、PTU投与患者では腎障害、紫斑、関節痛、炎症反応高値などの症状が出現します。臨床的には検尿検査、血清クレアチニン、CRP、MPO-ANCAを測定し、ANCA関連血管炎が疑われる場合は直ちにPTUを中止する必要があります。mhlw+3
ANCA関連血管炎の診療ガイドラインでは、NETsとANCA産生機序について最新の知見がまとめられています。
抗甲状腺薬による肝機能障害は0.1~0.5%程度の頻度で発症し、内服開始後2週間から3ヶ月目までに起こることが多い副作用です。肝障害の臨床像は、血液検査でALT、ASTが異常値を示すパターンと、検査値異常に加えて黄疸を伴うパターンがあります。メチマゾール(メルカゾール)とプロピルチオウラシルでは肝障害の様式が異なり、メチマゾールでは胆汁うっ滞型肝障害、PTUでは劇症肝炎を引き起こすことが報告されています。nagasaki-clinic+3
抗甲状腺薬による肝障害のメカニズムについては、完全には解明されていませんが、複数の因子が関与すると考えられています。第一に、薬物代謝の個人差が重要です。メチマゾールとプロピルチオウラシルは肝臓で代謝されますが、その代謝特性には個人差があり、一部の患者では肝毒性を持つ代謝産物が蓄積する可能性があります。年齢、性別、代謝特性、アルコール消費、基礎疾患などが肝障害の発症に影響を与える感受性因子として報告されています。pmc.ncbi.nlm.nih+1
第二に、免疫学的機序の関与が示唆されています。抗甲状腺薬あるいはその代謝産物が肝細胞に結合してハプテンとなり、免疫応答を誘発することで肝細胞障害が生じると考えられています。バセドウ病自体がすでに肝機能を悪化させている症例も存在するため、抗甲状腺薬投与前の肝機能評価と投与後の定期的なモニタリングが重要です。臨床的には、白目が黄色くなる、尿が濃くなる、食欲がないなどの症状が出現した場合には、速やかに受診し肝機能検査を実施する必要があります。pmc.ncbi.nlm.nih+1
Mechanisms of antithyroid drugs-induced liver injury(抗甲状腺薬による肝障害のメカニズム)では、肝障害発生の詳細なメカニズムと予測因子について論じられています。
抗甲状腺薬の副作用発生には明確な時期的特徴があります。軽症・重症を問わず、ほとんどの副作用は内服開始から3ヶ月までに発症しますが、ANCA関連血管炎については例外的に1年以上経過してから発症頻度が高くなります。皮疹や蕁麻疹は服用開始後3週間以内、多くは2週間前後に起こりやすく、無顆粒球症や肝障害も同様に2週間から3ヶ月以内に集中します。ikyo+3
この時期的特徴から、抗甲状腺薬開始後の最初の2~3ヶ月間は2~4週間ごとに血算と肝機能を測定する必要があります。最低でも2ヶ月間は2週間ごとの副作用チェックが推奨されており、この期間を過ぎると副作用の頻度は大幅に低下します。ただし、長期間内服していた患者が一定期間休薬後に再開した場合には、再び副作用発生リスクが高まるため注意が必要です。sugimoto-heart-cl+2
重要な点として、抗甲状腺薬の副作用には用量依存性があります。メルカゾールの副作用は用量依存性に上昇するため、治療では必要最小限の用量を使用することが推奨されます。ブロック補充療法(高用量の抗甲状腺薬と甲状腺ホルモンを併用する方法)と漸減療法(低用量の抗甲状腺薬のみを使用する方法)を比較した研究では、漸減療法の方が副作用が少なく、有効性も劣らないことが示されています。ANCA関連血管炎についても、PTU 1日4錠以上を長期服用している症例で発症リスクが高く、1日2錠以下では発症が少ないという臨床的知見があります。masatsugu-clinic+2
| 副作用の種類 | 発症時期 | 頻度 | 用量依存性 |
|---|---|---|---|
| 蕁麻疹・皮疹 | 2~3週間 | 1~5% | あり |
| 無顆粒球症 | 2週~3ヶ月 | 0.1~0.5% | あり |
| 肝機能障害 | 2週~3ヶ月 | 0.1~0.5% | あり |
| ANCA関連血管炎 | 9ヶ月以上(1年以上) | まれ | 強い用量依存性 |
抗甲状腺薬の副作用を早期に発見し適切に対処するためには、系統的なモニタリング体制と患者への十分な説明が不可欠です。投与開始時には、患者に必ず副作用の可能性を説明し、特に重篤な副作用の初期症状について具体的に指導する必要があります。tanimura-clinic+1
無顆粒球症の早期発見には、患者教育が重要な役割を果たします。発熱(38℃以上)、咽頭痛、口内炎などの風邪様症状が出現した際には、直ちに内服を中止し受診するよう指導します。これらの症状は新型コロナウイルス感染症の症状と見分けがつきにくいため、特に治療開始から時間が経過していない患者では必ず医療機関に相談するよう徹底します。夜間などの診療時間外であっても、内服を中止して翌日必ず受診し、休診日の場合は救急医療機関を受診するよう説明します。morigaminaika+3
肝機能障害の早期発見のためには、定期的な血液検査に加えて、黄疸(白目が黄色くなる)、濃い尿、食欲不振などの自覚症状について患者に説明します。軽度の肝機能異常や皮疹は内服継続中に軽快することもあり、早急な休薬は必要ない場合もありますが、重症の場合は即時休薬が必要です。koujosen+2
ANCA関連血管炎については、PTU長期投与例で特に注意が必要です。紫斑、関節痛、血尿、むくみなどの症状が出現した場合には、検尿検査、血清クレアチニン、CRP、MPO-ANCAを測定します。PTUの長期投与(特に9ヶ月以上)では定期的なANCAのスクリーニングも考慮されます。pmda+3
抗甲状腺薬の変更が必要な場合には、交差反応性を考慮する必要があります。一方の抗甲状腺薬で副作用が発症した場合、他方の抗甲状腺薬でも副作用が出現する可能性があるため、十分説明したうえで変更します。軽度な副作用が理由で変更する場合には、一度無機ヨウ素に変更して副作用が消失してから新しい抗甲状腺薬を開始し、変更後2ヶ月間は2週間ごとの副作用チェックを行うことが推奨されます。webview.isho+2
日本甲状腺学会のバセドウ病診療ガイドライン2019では、抗甲状腺薬の副作用モニタリングの具体的なプロトコールが提示されています。