抗躁薬の種類と一覧:気分安定薬の分類と効果

双極性障害の治療に使用される抗躁薬について、主要な薬剤の種類と特徴を医療従事者向けに詳しく解説します。リチウムから非定型抗精神病薬まで、臨床で必要な知識を網羅的にお伝えしますが、どの薬剤を選択すべきでしょうか?

抗躁薬の種類と分類

抗躁薬の主要分類
💊
気分安定薬

リチウム、バルプロ酸、ラモトリギン、カルバマゼピンが代表的

🧠
非定型抗精神病薬

オランザピン、アリピプラゾール、クエチアピンなど

⚖️
治療戦略

急性期治療と維持療法で薬剤選択が異なる

抗躁薬の主要な種類と薬剤一覧

抗躁薬は双極性障害(躁うつ病)の治療において中核を成す薬剤群です。現在の臨床現場では、主に気分安定薬定型抗精神病薬の2つのカテゴリーに分類されています。

 

気分安定薬の主要薬剤:

  • 炭酸リチウム(リーマス):躁病および躁うつ病の躁状態に適応
  • バルプロ酸ナトリウム(デパケンR、セレニカR):躁うつ病、躁病、てんかん、片頭痛に適応
  • ラモトリギン(ラクタール、ラミクタール):双極性障害、てんかんに適応
  • カルバマゼピン(テグレトール):抗てんかん薬として開発されたが抗躁作用も確認

非定型抗精神病薬の主要薬剤:

  • オランザピン(ジプレキサ):双極性障害の躁症状およびうつ症状に適応
  • アリピプラゾール(エビリファイ):双極性障害の躁症状に適応
  • クエチアピン(セロクエル):双極性障害のうつ状態に対する治療効果が報告
  • リスペリドン(リスパダール):躁状態に対する治療効果が確認

これらの薬剤は、それぞれ異なる作用機序を持ち、患者の症状や病期に応じて使い分けられています。

 

抗躁薬の効果と作用機序の詳細

各抗躁薬の作用機序は多様で、複数の神経伝達物質系に影響を与えます。

 

リチウムの作用機序:
リチウムは1949年にジョン・ケイドによって躁病患者への効果が発見され、精神薬理学の誕生とされています。具体的な作用機序は完全には解明されていませんが、以下の機序が推測されています。

  • イノシトールリン脂質代謝系の阻害
  • グリコーゲンシンターゼキナーゼ-3β(GSK-3β)の阻害
  • 神経保護作用と神経再生促進

九州大学の研究では、双極性障害の維持療法において現時点でもリチウムが第一選択薬であることが明らかにされています。

 

バルプロ酸の作用機序:
バルプロ酸は抗てんかん薬として開発されましたが、以下の機序により抗躁効果を発揮します。

  • GABA系の活動促進
  • ナトリウムチャネルの阻害
  • ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の阻害

Cochraneレビューでは、バルプロ酸塩は有効な抗躁治療薬であることが確認されており、成人ではオランザピンに劣る可能性があるものの、プラセボよりも有効であることが質の高いエビデンスで示されています。

 

非定型抗精神病薬の作用:
これらの薬剤は主にドーパミンD2受容体とセロトニン5-HT2A受容体を阻害することで効果を発揮します。

抗躁薬の副作用と安全性管理

抗躁薬の使用において、副作用の理解と適切な管理は極めて重要です。

 

リチウムの副作用:
初期副作用として以下が挙げられます。

  • 口渇、多飲、多尿
  • 微細な振戦
  • 胃腸障害、下痢
  • これらは投与初期から出現するが、次第に消失することが多い

長期投与時の副作用。

  • 腎障害(腎機能の定期的監視が必要)
  • 甲状腺機能低下症
  • 体重増加
  • 脳波の徐波化やてんかん発作
  • 皮膚症状

妊娠に関する注意:心血管系の催奇形性があり、妊娠中の使用は禁忌とされています。

 

バルプロ酸の副作用:
バルプロ酸はカルバマゼピンよりも副作用が少ない可能性があるという質の低いエビデンスがありますが、以下の副作用に注意が必要です。

  • 肝機能障害
  • 高アンモニア血症
  • 眠気
  • 催奇形性(特に神経管欠損)
  • 体重増加

非定型抗精神病薬の副作用:
オランザピンの場合。

  • 眠気、めまい
  • 食欲増進、体重増加
  • 血糖値上昇(糖尿病患者への使用は禁忌)
  • 脂質異常
  • 錐体外路症状(従来の抗精神病薬より少ない)

クエチアピンの特徴。

  • 効果持続時間が短く、翌日への持ち越し効果が少ない
  • 錐体外路症状が少ない
  • QT延長のリスク
  • 糖尿病患者では使用禁忌

抗躁薬の適応と禁忌事項

各抗躁薬には特定の適応症と禁忌事項が設定されており、適切な薬剤選択が重要です。

 

適応疾患による分類:
躁病急性期の第一選択薬。

  • リチウム:古典的な第一選択薬
  • バルプロ酸:混合状態や不機嫌な躁状態に特に有効
  • オランザピン:躁症状とうつ症状両方に適応

双極性障害の維持療法。

  • リチウム:依然として第一選択薬
  • ラモトリギン:うつ病エピソードの予防に特に有効
  • オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾール:再発予防効果が示されている

禁忌事項と注意点:
絶対禁忌。

  • オランザピン:糖尿病患者
  • クエチアピン:糖尿病患者
  • リチウム:重篤な腎機能障害、心疾患
  • バルプロ酸:重篤な肝機能障害

相対禁忌・注意が必要な患者。

  • 妊娠可能年齢の女性:催奇形性のリスク
  • 高齢者:薬物動態の変化、副作用への感受性増加
  • 腎機能障害患者:リチウムの蓄積リスク
  • 肝機能障害患者:バルプロ酸の代謝遅延

薬物相互作用にも注意が必要で、特にリチウムは利尿薬ACE阻害薬NSAIDsとの併用で血中濃度が上昇するリスクがあります。

 

抗躁薬治療における個別化医療と将来展望

近年の抗躁薬治療では、患者個々の特性に応じた個別化医療の重要性が高まっています。

 

薬物血中濃度モニタリングの重要性:
リチウムとバルプロ酸では、治療域と中毒域が近接しているため、定期的な血中濃度測定が必須です。

  • リチウム:0.6-1.2 mEq/L(維持期)、0.8-1.2 mEq/L(急性期)
  • バルプロ酸:50-100 μg/mL

新規治療アプローチ:
治療抵抗性双極性障害に対する新しい治療選択肢として、ケタミンの研究が進んでいます。2010年と2012年の研究では、ケタミン0.5 mg/kgの静脈投与により、双極性うつ病患者の71%でMADRSスコアが50%以上改善したことが報告されています。

 

持続性注射剤の活用:
アリピプラゾールの月1回投与の持続性注射剤(LAI)が利用可能となり、服薬コンプライアンスの改善に寄与しています。代謝への影響を最小限にとどめつつ、躁症状の予防に有効であることが確認されています。

 

抗うつ薬併用の注意点:
双極性障害のうつ状態に対する抗うつ薬の使用は慎重であるべきとされています。特に三環系抗うつ薬では躁転リスクが高く、急速交代化を誘発する可能性があります。気分安定薬を基盤とした治療が原則であり、抗うつ薬は補助的な位置づけとなります。

 

日本うつ病学会の治療ガイドラインでは、双極性障害の薬物治療において、抗うつ薬の中止、クエチアピンの有効性、甲状腺ホルモン剤の有効性について言及されており、包括的な治療アプローチが推奨されています。

 

今後の治療戦略として、薬理遺伝学的検査による薬剤選択の個別化、新規作用機序を持つ薬剤の開発、デジタルヘルスを活用した症状モニタリングシステムの構築などが期待されています。これらの進歩により、より効果的で副作用の少ない抗躁薬治療が実現される可能性があります。

 

双極性障害の薬物治療に関する詳細情報
治療抵抗性双極性障害の薬物療法に関する学術論文