トキソプラズマ症状から診断治療まで妊婦免疫不全患者への対応

トキソプラズマ症は健康な成人では無症状が多いですが、妊婦や免疫不全患者では重篤な症状を引き起こす可能性があります。本記事では、トキソプラズマ症の症状、診断方法、治療法について医療従事者向けに詳しく解説します。あなたの臨床現場での対応は適切ですか?

トキソプラズマ症状

トキソプラズマ症状の特徴
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健常者の症状

80~90%は無症状。一部で発熱、倦怠感、リンパ節腫脹などの軽度症状が出現

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免疫不全患者の症状

トキソプラズマ脳炎、肺炎、心筋炎など重篤な臓器障害を引き起こす

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先天性トキソプラズマ症

妊娠中の初感染により胎児に水頭症、脳内石灰化、網脈絡膜炎などが発生

トキソプラズマ症状の全体像と病態理解

 

 

トキソプラズマ症は、Toxoplasma gondiiという寄生虫による感染症で、健康な成人では80~90%が無症状で経過します。症状が現れる場合でも、軽度の発熱、筋肉痛リンパ節腫脹などインフルエンザ様の非特異的な症状を呈し、数週間で自然回復することがほとんどです。このように健常者では多くが無症候性感染となるため、診断が見過ごされるケースも少なくありません。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8136135/

急性トキソプラズマ症の症状として特徴的なのは、頸部または腋窩の両側性で圧痛を伴わないリンパ節腫脹です。10~20%の患者でこの症状が認められ、少数では伝染性単核球症に類似した咽頭炎、肝脾腫、異型リンパ球増多、軽度の貧血、白血球減少、肝酵素の軽度上昇を伴います。医療従事者として、これらの非特異的症状から鑑別診断を進めることが重要です。

 

参考)トキソプラズマ症(Toxoplasmosis) href="https://kobe-kishida-clinic.com/infection/infectious-diseases/toxoplasmosis/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/infection/infectious-diseases/toxoplasmosis/amp;#8211…

トキソプラズマ症の臨床症状は、患者の免疫状態と感染時期によって大きく異なります。特に注意が必要なのは、免疫正常者でも心筋炎、多発筋炎、肺炎、脳炎などの臓器障害を伴う重症播種型が報告されている点です。これらの重症例では、早期診断と適切な治療介入が予後を左右します。

 

参考)トキソプラズマ症(1/3)——急性感染 │ KANSEN J…

トキソプラズマ症状における免疫不全患者の特徴

HIV感染者や臓器移植後の免疫抑制剤使用患者など、免疫機能が低下している患者では、トキソプラズマ症は極めて重篤な症状を引き起こします。特に脳炎は最も重要な合併症で、体の片側の筋力低下、言語障害、視覚障害、頭痛、錯乱、けいれん発作、昏睡などの神経症状が現れます。トキソプラズマ脳炎は数日から数週の経過で進行し、意識障害や神経麻痺を引き起こし、治療しなければ死に至ることもあります。

 

参考)トキソプラズマ症 - 16. 感染症 - MSDマニュアル家…

全身に広がった急性播種性トキソプラズマ症では、発疹、発熱、悪寒、呼吸困難、疲労感が主要症状となります。また、肺炎、心筋炎、肝炎の原因となり、侵された臓器は十分に機能しなくなる臓器不全に至る可能性があります。免疫不全患者における症状の重症度は極めて高く、医療従事者は早期発見と迅速な治療開始が求められます。​
免疫再構築症候群(IRIS)も重要な臨床課題です。HIV感染者において抗HIV治療開始後2~3週以内に、潜伏していたトキソプラズマが再活性化し、過剰な炎症反応によってトキソプラズマ脳炎が発症または増悪することがあります。CD4陽性Tリンパ球数の劇的な回復と制御性T細胞の機能回復遅延により、免疫応答が過剰に誘導されるためです。

 

参考)https://after-art.umin.jp/file/iris_ver6.pdf

トキソプラズマ症状の先天性感染における臨床所見

妊娠中に妊婦がトキソプラズマに初感染すると、胎盤を経由して胎児に感染し、先天性トキソプラズマ症を引き起こします。先天性トキソプラズマ症の3主徴は、網脈絡膜炎、脳内石灰化、水頭症ですが、臨床的にすべてがそろうことは稀です。その他の症状として、小頭症、血小板減少による点状出血、貧血、肝脾腫、黄疸などが認められます。

 

参考)トキソプラズマ症 (ときそぷらずましょう)とは

胎児感染率は母体感染の時期によって大きく異なります。妊娠初期の感染では胎児感染率は数~25%と低いものの、感染した場合の症状は極めて重度で、顕性感染の危険率は60~70%に達します。一方、妊娠末期の感染では胎児感染率は60~70%と高くなりますが、顕性感染の危険率は約10%と低くなります。このパラドックスは、妊娠管理において重要な臨床的知見です。

 

参考)https://cmvtoxo.umin.jp/toxoplasma/03.html

出生時に無症状であっても、成人になるまでに網脈絡膜炎や神経症状(てんかん様発作、けいれんなど)が現れることがあり、長期的なフォローアップが必要です。2018年の研究では、先天性トキソプラズマ症患者の約70%が20歳までに何らかの眼症状を発症したと報告されており、遅発性障害のリスクを常に念頭に置く必要があります。

 

参考)先天性トキソプラズマ感染症 概要 - 小児慢性特定疾病情報セ…

トキソプラズマ症状の眼病変と特殊な臨床像

眼トキソプラズマ症(トキソプラズマ性網脈絡膜炎)は、ヨーロッパ諸国における後部ぶどう膜炎の主要な原因です。典型的には、片側性の壊死性網膜炎に続発性脈絡膜炎を伴い、色素沈着した網脈絡膜瘢痕の隣接部に発症します。網膜血管炎や硝子体炎を伴うことが特徴的で、視力障害を引き起こします。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4028599/

眼トキソプラズマ症の診断では、血清の抗トキソプラズマIgG抗体価が高値を示します。しかし、眼トキソプラズマ症は局所的な病変であり、全身的な免疫応答を惹起しない場合もあるため、血清学的検査だけでは診断できないケースもあります。このような非定型例では、前房水や硝子体のPCR検査による寄生虫DNAの検出が有用です。

 

参考)眼トキソプラズマ症(トキソプラズマ性網脈絡膜炎)|国立健康危…

免疫不全患者では、不顕性感染が顕在化し、急性網膜壊死に類似した劇症型網膜壊死性病変となることがあります。視界の一部が見えなくなる、目の痛み、かすんで見える、強い光を受けた際の不快感や眼の痛みなどが特徴的な症状です。これらの症状を訴える免疫不全患者では、トキソプラズマ症を鑑別診断に含めることが重要です。

 

参考)「トキソプラズマ症」とあなたの症状との関連性をAIで無料チェ…

トキソプラズマ症状の非典型例と鑑別診断のポイント

トキソプラズマ症の症状は非常に多彩で、ほとんどすべての臓器系に症状を呈する可能性があります。軽度の症状は他の疾患(インフルエンザ、ライム病、Q熱、血液学的異常、流行性耳下腺炎など)と類似しているため、多くの症例で症状が見過ごされるか、診断が遅れることがあります。​
健常者における重症例として、心筋炎が報告されています。心臓トキソプラズマ症36例の検討では、75%(27/36)が心筋炎、50%(18/36)が心膜炎を呈し、心不全を引き起こすケースも認められました。また、中枢神経系トキソプラズマ症46例では、髄膜炎13%、局所神経症状24%、脳神経麻痺17%、ギラン・バレー症候群またはミラー・フィッシャー症候群7%が報告されています。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10145896/

臨床現場では、発熱と非特異的症状を呈する患者において、生肉の摂取歴、ガーデニング、猫の世話などの感染リスク因子を問診で確認することが重要です。特に、飼い猫よりも野良猫との接触の方がリスクが高い傾向があります。また、免疫不全患者や妊婦では、軽微な症状であってもトキソプラズマ症を疑い、積極的に検査を進めるべきです。​

トキソプラズマ診断検査方法

トキソプラズマ診断における血清学的検査の実際

トキソプラズマ症の診断は、主に血清学的検査によって行われます。
血液検査では、トキソプラズマに対する抗体の有無と種類(IgG抗体、IgM抗体など)を調べることで、感染の時期と状態を推定します。IgG抗体は過去の感染を示し、IgM抗体は比較的最近の感染を示唆するため、これらの組み合わせによって過去の感染か最近の初感染かを判断します。

 

参考)トキソプラズマの検査はどのように行いますか? |トキソプラズ…

急性感染の診断では、IgG抗体を2~3週間以上の間隔で2回検査し、陽転化あるいは4倍以上の抗体価上昇によって確定診断となります。IgM抗体は偽陽性の頻度が比較的高いため、IgGペア血清で確認することが重要です。PHA法はスクリーニングとして、EIA法は初感染および先天性トキソプラズマ感染症の感染の有無を知るための有力な手法として用いられます。

 

参考)https://dcc.jihs.go.jp/prevention/resource/resource01.pdf

妊婦のトキソプラズマ抗体スクリーニングについて、産婦人科診療ガイドライン(2017年、2023年)では「妊娠初期に必要に応じて行う検査」(推奨レベルC)とされています。HIV感染者を含む免疫不全患者、水頭症や脳内石灰化等トキソプラズマ感染を疑う胎児超音波異常を認める症例に対しては、妊婦の抗体検査が推奨されています。妊婦の抗体陽性率が低下傾向にある現代において、妊娠初期のスクリーニングの重要性は高まっています。

 

参考)https://cmvtoxo.umin.jp/toxoplasma/04.html

トキソプラズマ診断における分子生物学的検査

PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査は、トキソプラズマのDNAを直接検出する方法で、血液、羊水、前房水、硝子体などの体液から寄生虫のDNA断片を増幅して検出します。特に先天性トキソプラズマ症の診断において、羊水や新生児の体液を用いたPCR検査は重要な役割を果たします。B1遺伝子を標的としたsemi-nested PCR法が広く用いられており、早期診断に有用です。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC504441/

眼トキソプラズマ症の診断では、前房水のPCR検査が特に有用です。前房穿刺によって得られた前房水からリボソームDNA断片を標的としたPCR検査を行うことで、寄生虫の存在を確認できます。ただし、前房水中のDNA量は少ないため、非定型例で確定診断が必要な場合には硝子体サンプリングが必要となることもあります。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3154545/

メタゲノム次世代シークエンシング(mNGS)は、新しい診断技術として注目されています。血液や気管支肺胞洗浄液からトキソプラズマのDNA配列を大量に検出できるため、培養が困難な症例や診断が遅れている重症例での有用性が報告されています。免疫不全患者における多臓器不全を伴う重症トキソプラズマ症では、早期診断ツールとしてmNGSの活用が期待されます。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11603891/

トキソプラズマ診断における画像検査と臨床的アプローチ

免疫不全患者におけるトキソプラズマ脳炎の診断では、画像検査が重要な役割を果たします。頭部CT検査MRI検査により、脳内の占拠性病変を検出します。中枢神経系トキソプラズマ症41例の画像所見では、68%(28/41)が大脳半球の限局性病変、7%(3/41)が小脳・脳幹の限局性病変を示しました。脳膿瘍様・腫瘤様病変は51%(21/41)のケースで認められています。

 

参考)https://www.acc.jihs.go.jp/medics/treatment/handbook/part2/no31.html

先天性トキソプラズマ症の胎児診断では、超音波検査とMRIが用いられます。胎児超音波検査で水頭症、脳実質の容積減少、肝脾腫などの異常所見が認められた場合、トキソプラズマ感染を疑います。胎児MRIは、中枢神経系や他の臓器の病変をより詳細に評価でき、脳内石灰化、脳室拡大、脳実質異常などを明確に描出できます。これらの画像所見と母体の血清学的検査を組み合わせることで、出生前診断の精度が向上します。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8417349/

HIV感染者では、血液検査において実際に感染が検出されない場合があるため、臨床症状と画像所見を総合的に判断することが重要です。トキソプラズマ脳炎、サイトメガロウイルス脳炎、原発性脳リンパ腫などが鑑別診断として挙げられるため、病歴、身体所見、血清学的検査、画像検査を統合した診断アプローチが求められます。診断が困難な場合には、脳生検も考慮されることがあります。

 

参考)https://jaids.jp/pdf/2020/20202202/20202202100105.pdf

トキソプラズマ診断における先天性感染の特殊な検査法

先天性トキソプラズマ症の診断には、母体と新生児の両方に対する検査が必要です。診断アプローチには、少なくともToxoplasma IgG、IgM、IgAの検出と、妊娠週数や治療歴を含む母体の詳細な情報の確認が含まれます。母体が感染した妊娠週数によって胎児への感染リスクと重症度が異なるため、母体のIgG avidity test(親和性試験)が感染時期の推定に有用です。

 

参考)https://journals.asm.org/doi/10.1128/JCM.00487-16

新生児における診断では、長年にわたりISAGA(immunosorbent agglutination assay)法によるトキソプラズマ特異的IgM検出が金標準とされてきました。ISAGAは高い感受性を示すことが一貫して報告されていましたが、2024年に商業キットの供給が終了し、今後は一部の専門施設でのみin-house testまたはlaboratory-developed testsとして利用可能となります。このため、他の検査法との組み合わせによる診断戦略の構築が求められています。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11237424/

母子ペアの血清を用いたウエスタンブロット法も診断に有用です。新生児の血清中に母体由来のIgGと区別される新生児自身が産生した抗体パターンを検出することで、胎内感染の確定診断が可能となります。また、胎児診断では羊水穿刺によって得られた羊水のPCR検査が行われ、胎児感染の有無を確認します。早期診断と治療開始が予後改善につながるため、これらの検査法を適切に組み合わせた診断戦略が重要です。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC356902/

トキソプラズマ治療方法

トキソプラズマ治療における免疫正常者への対応

健康な免疫正常者がトキソプラズマに感染した場合、多くは無症状または軽度の症状で自然回復するため、一般的に治療は不要です。症状がみられない大半の感染者では、特別な介入を行わずに経過観察のみで十分です。これは、健常者の免疫システムがトキソプラズマの増殖を効果的に抑制し、組織シスト型の潜伏感染状態に移行させることができるためです。

 

参考)トキソプラズマ症の場合、主にどのような治療をしますか? |ト…

しかし、症状を呈する免疫正常者では、治療が必要となる場合があります。特に、心筋炎、多発筋炎、肺炎、脳炎などの臓器障害を伴う重症播種型トキソプラズマ症では、積極的な薬物治療が必須です。このような重症例では、早期に診断して治療を開始しなければ致死的な経過をたどる可能性があるため、医療従事者は注意深い臨床評価と迅速な治療判断が求められます。​
トキソプラズマ症の症状がみられる人には、ピリメタミン、スルファジアジン、ロイコボリンの3剤併用療法が標準的な治療法となります。ピリメタミンとスルファジアジンはトキソプラズマの葉酸代謝経路を阻害することで抗寄生虫効果を発揮し、ロイコボリン(ホリナート)は葉酸の補充により骨髄抑制などの副作用を軽減します。この3剤併用療法は、免疫不全患者だけでなく症状のある免疫正常者にも適用されます。​

トキソプラズマ治療における免疫不全患者への集学的アプローチ

HIV・エイズ感染者や臓器移植後で免疫機能が下がっている患者では、トキソプラズマ症が重症化する可能性が極めて高いため、必ず治療を行います。標準的な治療法は、ピリメタミン、スルファジアジン、ロイコボリンの3剤併用療法です。この治療法は、急性期の治療だけでなく、再発予防のための維持療法としても長期間継続されることがあります。​
トキソプラズマ脳炎に対する治療開始のタイミングは極めて重要です。HIV感染者におけるトキソプラズマ脳炎では、診断後速やかに抗トキソプラズマ治療を開始すると同時に、CD4陽性Tリンパ球数が極めて低い場合には抗HIV治療(ART)の導入時期を慎重に判断する必要があります。ARTは早期に開始することが推奨されますが、トキソプラズマ脳炎の場合は2~3週以内に開始することが一般的です。​
免疫再構築症候群(IRIS)による症状増悪が懸念される場合には、ステロイド治療の併用が検討されます。IRISによる炎症反応が過剰となり、神経症状が悪化する場合、ステロイドパルス療法が有効であったという報告があります。ただし、ステロイド使用は免疫抑制を増強する可能性もあるため、抗トキソプラズマ治療を確実に行った上で、慎重に適応を判断する必要があります。​

トキソプラズマ治療における妊婦と先天性感染への対策

妊娠中にトキソプラズマに初感染した妊婦では、胎児への垂直感染を防ぐために治療を行います。母体感染が確認された場合、まずスピラマイシンによる治療を開始します。スピラマイシンは胎盤を通過しにくいため、母体から胎児への垂直感染のリスクを低減する効果があります。ある研究では、妊娠中に治療を受けた母親の90.1%がスピラマイシン治療を受けていました。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9301253/

胎児感染が確認された場合や、妊娠週数が進んでいる場合には、ピリメタミンとスルファジアジンの併用療法に切り替えることが推奨されます。これらの薬剤は胎盤を通過し、胎児の組織内でも抗寄生虫効果を発揮します。フランスでは1992年から妊婦に対する系統的な血清学的スクリーニングと、感染確認時の積極的治療が実施されており、先天性トキソプラズマ症の重症度と頻度の減少に寄与していることが報告されています。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6470622/

新生児が先天性トキソプラズマ症と診断された場合、出生後も長期間の治療が必要です。治療期間は通常12か月間で、ピリメタミン、スルファジアジン、ロイコボリンの3剤併用療法が標準的に行われます。出生時に無症状であっても、成人になるまでに遅発性の網脈絡膜炎や神経症状が出現する可能性があるため、長期的なフォローアップが不可欠です。定期的な眼科検査、神経学的評価、画像検査を継続することで、早期に症状を発見し適切な治療介入を行うことが可能となります。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10894009/

トキソプラズマ治療における眼病変への特殊なアプローチ

トキソプラズマ性網脈絡膜炎に対する治療は、病変の部位、範囲、視力への影響によって判断されます。視力に重要な黄斑部や視神経に近い病変、広範囲の網膜炎、重度の硝子体炎を伴う場合には、積極的な薬物治療が必要です。標準的な治療法は、全身性トキソプラズマ症と同様に、ピリメタミン、スルファジアジン、ロイコボリンの3剤併用療法です。​
眼トキソプラズマ症では、炎症反応が強い場合にコルチコステロイドの併用が考慮されます。ステロイドは抗炎症効果により硝子体炎や網膜周囲の炎症を抑制しますが、トキソプラズマ原虫の増殖を促進する可能性があるため、必ず抗トキソプラズマ薬と併用することが原則です。一般的には、抗トキソプラズマ治療開始後24~48時間経ってからステロイドを追加します。​
免疫不全患者における劇症型網膜壊死性病変では、より積極的な治療が必要です。急性網膜壊死に類似した急速進行性の病変では、早期診断と速やかな治療開始が視力予後を左右します。免疫不全状態の改善も重要で、HIV感染者では抗HIV治療の最適化、臓器移植患者では免疫抑制剤の調整を並行して行う必要があります。長期的には、網脈絡膜炎の再発予防のために維持療法を継続することも検討されます。​

トキソプラズマ治療の課題と予防的介入

現在のトキソプラズマ治療には重要な限界があります。既に感染し組織シストを形成したトキソプラズマに対して、高い効果を持ち安全に投与できる薬物治療法は現時点では確立していません。ピリメタミンとスルファジアジンは増殖型(タキゾイト)に対しては有効ですが、休眠型(ブラジゾイト)を完全に排除することはできません。このため、免疫不全状態になると再活性化のリスクが常に存在します。​
免疫不全患者では、トキソプラズマ症の予防的治療(予防内服)が重要な戦略となります。HIV感染者でCD4陽性Tリンパ球数が200/μL未満の場合、トキソプラズマ抗体陽性であればトキソプラズマ脳炎の予防内服が推奨されます。一般的には、トリメトプリムスルファメトキサゾール合剤(ST合剤)が第一選択薬として用いられ、ニューモシスチス肺炎の予防効果も兼ねることができます。

 

トキソプラズマ症の根本的な対策は感染予防です。妊婦や免疫不全患者に対しては、以下の予防策を指導することが医療従事者の重要な役割です。
参考)https://www.jaog.or.jp/sep2012/JAPANESE/jigyo/SENTEN/kouhou/tokiso0504.htm

  • 食用肉はよく火を通して調理する(特にジビエ料理は十分に加熱)
  • 果物や野菜は食べる前によく洗う
  • 食用肉や野菜に触れた後は温水でよく手を洗う
  • ガーデニングや畑仕事では手袋を着用する
  • 動物の糞尿の処理時は手袋を着用する
  • 妊娠初期から予防と抗体検査に努める

MSDマニュアル プロフェッショナル版:トキソプラズマ症の詳細な臨床情報と治療ガイドライン
トキソプラズマ母子感染と出生児障害リスク:妊娠週数別の感染率と重症度に関する専門的情報
国立感染症研究所:トキソプラズマ症の疫学、感染経路、臨床像に関する包括的な解説