アルカローシスアシドーシス診断治療完全ガイド

アルカローシスとアシドーシスの基本的な病態から診断、治療まで、医療従事者が押さえるべき重要なポイントを包括的に解説します。臨床現場で適切な判断ができるようになりませんか?

アルカローシスアシドーシスの基礎病態と診断

酸塩基平衡異常の基礎概念
🧪
pH基準値の理解

動脈血pH 7.35-7.45の狭い範囲での維持が生命維持に必須

⚖️
代償機転の働き

呼吸性と代謝性の相互代償による恒常性維持機構

🩺
臨床的重要性

重篤な合併症を避けるための早期診断と適切な治療

酸塩基平衡は人体の恒常性維持において極めて重要な生理機能です。動脈血pHが正常範囲の7.35-7.45から逸脱すると、細胞内酵素活性や蛋白質機能に深刻な影響を与え、生命に危険をもたらします。

 

体液のpHバランスは主に肺と腎臓という2つの臓器によって調節されています。肺は呼吸によって二酸化炭素(CO2)を排出し、腎臓は重炭酸イオン(HCO3-)の再吸収と水素イオン(H+)の排泄を行います。この精密な調節システムにより、体内で産生される大量の酸性物質が中和され、恒常性が維持されています。

 

酸塩基平衡異常は、原因となる臓器によって呼吸性と代謝性に分類され、さらにpHの変化方向によってアシドーシス(酸性側への変化)とアルカローシス(アルカリ性側への変化)に分けられます。この4つの基本病型を正確に理解することが、臨床診断の出発点となります。

 

アルカローシスの病態生理メカニズム

アルカローシスは体液のpHがアルカリ性側に傾く病態で、呼吸性アルカローシス代謝性アルカローシスの2つに分類されます。

 

呼吸性アルカローシスは、過換気によってCO2が過度に排出されることで発症します。CO2 + H2O ⇄ H2CO3 ⇄ H+ + HCO3-という平衡反応において、CO2の減少により水素イオン濃度が低下し、pHが上昇します。

 

  • 急性期症状:テタニー、四肢のしびれ、筋痙攣
  • 慢性期症状:頭痛、めまい、集中力低下
  • 重篤例:意識障害、痙攣

代謝性アルカローシスは、HCO3-の増加または酸の喪失により生じます。主な原因として以下があります。

病態の進行により、腎臓での代償性酸排泄機能が働きますが、電解質異常(特に低カリウム血症)が併存する場合、代償が不十分となり症状が遷延します。

 

アシドーシスの分類と臨床的意義

アシドーシスは体液が酸性側に傾く病態で、生命予後に直結する重要な異常です。呼吸性アシドーシスと代謝性アシドーシスに大別され、それぞれ異なる病因と治療戦略が必要となります。

 

呼吸性アシドーシスは肺胞換気量の低下によりCO2が体内に蓄積することで発症します。原因疾患として。

  • 中枢性呼吸抑制:薬物中毒、脳血管障害、睡眠時無呼吸症候群
  • 末梢性換気障害:COPD、重症筋無力症、胸部外傷
  • 機械的換気障害:気道閉塞、重度肺炎、肺水腫

代謝性アシドーシスは不揮発性酸の増加または塩基の喪失により生じ、アニオンギャップ(AG)の値によって分類されます。
AG開大性代謝性アシドーシス(AG > 12 mEq/L)

  • ケトアシドーシス(糖尿病性、アルコール性、飢餓性)
  • 乳酸アシドーシス(ショック、組織低酸素)
  • 腎不全(尿毒症性アシドーシス)
  • 毒物中毒(メタノール、エチレングリコール)

AG正常性代謝性アシドーシス(AG ≤ 12 mEq/L)

  • 下痢による重炭酸喪失
  • 尿細管性アシドーシス
  • 生理食塩水大量投与
  • カルボニックアンヒドラーゼ阻害薬使用

アシドーシスの臨床症状は重症度により段階的に進行し、pH 7.20以下では昏睡や循環不全といった生命に関わる合併症が出現するため、迅速な診断と治療が不可欠です。

 

アルカローシス血液ガス所見の読み方

血液ガス分析は酸塩基平衡異常の診断において最も重要な検査です。アルカローシスの診断には系統的なアプローチが必要で、以下の手順で解析を進めます。

 

Step 1: pH評価

  • pH > 7.45:アルカレミア
  • 代償機転により正常範囲内でもアルカローシスの可能性

Step 2: 一次性変化の同定

  • PaCO2 < 40 mmHg:呼吸性アルカローシス
  • HCO3- > 26 mEq/L:代謝性アルカローシス

Step 3: 代償の評価
呼吸性アルカローシスの代償公式。

 

期待HCO3- = 24 - 0.4 × (40 - PaCO2)
代謝性アルカローシスの代償公式。

 

期待PaCO2 = 40 + 0.7 × (HCO3- - 24)
実際の症例解析例
pH 7.50、PaCO2 30 mmHg、HCO3- 22 mEq/L の場合。

 

  • pH > 7.45 → アルカレミア
  • PaCO2 低下 → 呼吸性アルカローシス
  • 期待HCO3- = 24 - 0.4 × (40-30) = 20 mEq/L
  • 実測値22 mEq/L ≒ 期待値 → 適切な代償

このような系統的解析により、単純性か混合性かの判断が可能となり、適切な治療方針の決定につながります。血液ガス分析と同時に電解質(Na、K、Cl)の測定も必須で、特にアルカローシスでは低カリウム血症の合併頻度が高いため注意が必要です。

 

アシドーシス重症度評価システム

アシドーシスの重症度評価は患者の予後を左右する重要な判断です。pH値だけでなく、原因疾患、代償の程度、合併症の有無を総合的に評価する必要があります。

 

pH別重症度分類

  • 軽度:pH 7.30-7.35(代償良好、症状軽微)
  • 中等度:pH 7.20-7.30(代償不完全、症状出現)
  • 重度:pH 7.10-7.20(代償破綻、臓器障害)
  • 最重篤:pH < 7.10(生命危険、緊急治療要)

アニオンギャップによる病型評価
AG = Na+ - (Cl- + HCO3-)

  • 正常:8-12 mEq/L
  • 軽度開大:13-20 mEq/L
  • 高度開大:> 20 mEq/L

AG高値ほど重篤な原因疾患(ケトアシドーシス、乳酸アシドーシス、腎不全)の可能性が高く、迅速な原因検索と治療が必要です。

 

合併症リスク評価

  • 循環系:心拍数、血圧、心電図変化
  • 呼吸系:呼吸パターン(Kussmaul呼吸)、酸素化
  • 神経系:意識レベル、反射異常
  • 代謝系:血糖、ケトン体、乳酸値

特に注目すべきは、アシドーシスに伴う高カリウム血症で、pH 0.1低下ごとに血清カリウムが0.6 mEq/L上昇するとされています。ただし、AG開大性アシドーシスではこの関係が当てはまらない場合もあり、個別の評価が重要です。

 

重症アシドーシス患者では、原因治療と並行して支持療法(輸液、電解質補正、呼吸管理)を迅速に開始し、継続的なモニタリングにより治療効果を評価することが患者予後の改善につながります。

 

アルカローシスアシドーシス鑑別診断の実践的アプローチ

酸塩基平衡異常の鑑別診断には、病歴聴取、身体所見、検査所見を統合した系統的アプローチが必要です。特に混合性酸塩基異常や非定型例では、段階的な思考プロセスが診断精度の向上につながります。

 

病歴聴取のポイント

  • 既往歴:糖尿病、腎疾患、呼吸器疾患、精神疾患
  • 服薬歴:利尿薬、アスピリン、メトホルミン、アセタゾラミド
  • 症状の経過:急性発症か慢性経過か
  • 誘因:感染、脱水、ストレス、薬物摂取

身体所見の重要ポイント

  • バイタルサイン:血圧、脈拍、呼吸数、体温
  • 呼吸パターン:Kussmaul呼吸(深大呼吸)、頻呼吸
  • 神経症状:意識レベル、テタニー症状、筋力低下
  • 循環状態:脱水徴候、浮腫、チアノーゼ

検査所見の統合解析
血液ガス分析に加えて以下の検査が診断に有用です。

 

  • 血清電解質:Na、K、Cl、Mg、PO4
  • 腎機能:Cr、BUN、eGFR
  • 代謝指標:血糖、ケトン体、乳酸
  • 尿検査:pH、比重、ケトン体、蛋白

鑑別診断フローチャート

  1. pH確認 → アシデミア/アルカレミア/正常
  2. 一次性変化同定 → 呼吸性/代謝性
  3. AG計算 → 開大性/正常性
  4. 代償評価 → 適切/不適切/混合性
  5. 原因検索 → 病歴・身体所見・追加検査

このアプローチにより、複雑な病態でも見落としを防ぎ、適切な治療方針を立てることができます。特に救急外来や集中治療室では、迅速かつ正確な診断が患者予後を大きく左右するため、日頃からこの思考プロセスを習得しておくことが重要です。

 

日本内科学会における呼吸性酸塩基異常の詳細な病態解説
MSDマニュアルの酸塩基平衡障害に関する包括的ガイドライン