呼吸性アシドーシス原因から病態まで

呼吸性アシドーシスの発症メカニズムと主要な原因疾患について医療従事者向けに解説。中枢性・末梢性の両面から病態生理を理解し、適切な診断と治療に繋げる知識を提供します。あなたの患者に最適な治療法を選択できていますか?

呼吸性アシドーシス原因病態

呼吸性アシドーシスの原因分類
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中枢神経系障害

脳血管障害、薬物中毒、呼吸中枢抑制などによる低換気

🫁
肺疾患

COPD、気管支喘息、肺炎などによる換気障害

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呼吸筋障害

神経筋疾患、脊髄損傷による呼吸筋機能低下

呼吸性アシドーシスは、肺胞換気量の低下により動脈血中二酸化炭素分圧(PaCO2)が上昇し、血液のpHが7.35未満になる酸塩基平衡障害です。この病態は、CO2産生が排出を上回る場合、またはCO2排出能の低下により発症します。
臨床的には動脈血ガス分析でpHの低下、PaCO2の上昇(≧45mmHg)を認めることで診断されます。代謝性代償により血中重炭酸イオン(HCO3-)の増加がみられ、急性期では限定的ですが、3-5日かけて腎臓での重炭酸イオン再吸収が著しく増加します。

呼吸性アシドーシス中枢性原因

中枢神経系の呼吸中枢を障害する病態は、呼吸性アシドーシスの重要な原因の一つです。脳幹の呼吸中枢が直接障害されることで、呼吸ドライブの低下や消失が生じます。
薬物による呼吸中枢抑制

脳血管障害・外傷

  • 脳幹梗塞・脳幹出血
  • 頭部外傷による脳幹損傷
  • 脳腫瘍、脳炎

興味深いことに、腫瘍随伴神経症候群(PNS)においてAnti-Hu抗体陽性の自己免疫性脳炎により脳幹が障害され、CO2に対する感受性低下から重篤な呼吸性アシドーシスを呈する症例も報告されています。この病態では、CO2蓄積により心停止に至る可能性があり、早期の診断と治療が重要です。
代謝性疾患

  • 甲状腺機能低下症(粘液水腫性昏睡)
  • 重篤な電解質異常(低リン血症、低マグネシウム血症)

呼吸性アシドーシス閉塞性肺疾患原因

閉塞性肺疾患は呼吸性アシドーシスの最も一般的な原因の一つです。気道の狭窄や閉塞により十分な換気が行えず、CO2の排出が妨げられます。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)
COPDは最も頻度の高い原因疾患です。末梢気道の炎症、気腫性変化、粘液分泌過多により以下の機序で呼吸性アシドーシスが発症します:

  • 気道抵抗の増加による換気効率の低下
  • 肺胞-毛細血管膜の破壊によるガス交換効率の低下
  • 呼気流制限による dynamic hyperinflation(動的肺過膨張)
  • 呼吸筋疲労による換気能力の低下

気管支喘息
重症喘息発作時には気道平滑筋の収縮、粘膜浮腫、粘液栓により著明な気道狭窄が生じます。特に生命に危険を及ぼす喘息(near-fatal asthma)では、CO2ナルコーシスによる意識障害を合併することがあります。
その他の気道閉塞

  • 上気道閉塞(気管異物、血管性浮腫、気管軟化症)
  • 気管狭窄(外傷後瘢痕、悪性腫瘍による圧迫)
  • 睡眠時無呼吸症候群

睡眠時無呼吸症候群では、上気道の反復的な閉塞により夜間の低換気が生じ、朝方の呼吸性アシドーシスの原因となることがあります。

 

呼吸性アシドーシス神経筋疾患原因

呼吸筋の機能不全により換気量が低下し、呼吸性アシドーシスが発症する病態群です。呼吸筋麻痺の程度により急性から慢性まで様々な経過を呈します。
脊髄損傷
頚髄損傷、特にC3-C5レベルの損傷では横隔膜神経(phrenic nerve)が障害され、主要な吸気筋である横隔膜の機能が低下します。胸髄損傷では肋間筋の麻痺により呼気筋機能が障害されます。
神経筋疾患

  • ギラン・バレー症候群:急性の脱髄性多発神経炎により呼吸筋麻痺が進行
  • 筋萎縮性側索硬化症(ALS):運動ニューロンの変性により呼吸筋力が徐々に低下
  • 重症筋無力症:神経筋接合部の障害によりクリーゼ時に呼吸筋麻痺が急速に進行
  • デュシェンヌ型筋ジストロフィー:骨格筋の変性により呼吸筋力が低下

その他の筋疾患

これらの病態では、肺実質に異常がなくても呼吸筋の機能不全により効果的な換気ができず、「呼吸ポンプ不全」の状態となります。

 

呼吸性アシドーシス拘束性肺疾患原因

拘束性肺疾患では肺の膨張性(コンプライアンス)が低下し、十分な一回換気量が得られないことで呼吸性アシドーシスが発症します。
間質性肺疾患

  • 特発性肺線維症(IPF)
  • 膠原病関連間質性肺炎(強皮症肺、多発筋炎・皮膚筋炎関連)
  • サルコイドーシス
  • じん肺症(石綿肺、珪肺など)

これらの疾患では肺実質の線維化により肺コンプライアンスが著明に低下し、呼吸仕事量の増加から呼吸筋疲労を来します。
胸壁・胸膜疾患

  • 胸壁外傷(flail chest、多発肋骨骨折)
  • 高度脊柱後側弯症
  • 強直性脊椎炎
  • 大量胸水、血胸
  • 緊張性気胸

腹部疾患による横隔膜挙上

  • 腹水貯留
  • 腹腔内腫瘤
  • 妊娠後期
  • 高度肥満

特に高度肥満患者では、腹部内臓脂肪による横隔膜の機械的圧迫と胸壁コンプライアンスの低下が相まって、効果的な換気が困難となります。COVID-19感染を契機とした症例では、無気肺と肺胞低換気により呼吸性アシドーシスが進行し、気管切開術と脂肪除去術を併用した管理により改善した報告があります。

呼吸性アシドーシス特殊病態と最新知見

近年の臨床研究により、従来の分類に含まれない特殊な病態による呼吸性アシドーシスの報告が増加しています。これらの病態は診断に苦慮することが多く、早期認識が重要です。

 

腫瘍随伴神経症候群による呼吸中枢障害
Anti-Hu抗体陽性の腫瘍随伴神経症候群では、小細胞肺癌などの悪性腫瘍に先行して神経症状が出現することがあります。脳幹の呼吸中枢が障害されることで、CO2に対する化学受容体の反応性が低下し、重篤な呼吸性アシドーシスから心停止に至る症例が報告されています。
この病態の特徴。

 

  • 神経症状が癌の診断に先行する
  • 中枢性睡眠時無呼吸症候群を呈する
  • 従来の呼吸管理では改善困難
  • 血漿交換術、ステロイド治療が有効な場合がある

医療機器関連要因
人工呼吸器の設定不良や機械的トラブルも呼吸性アシドーシスの原因となります。特に以下の問題が報告されています:

  • 呼気弁の機能不全による再呼吸
  • 回路リークによる有効換気量の低下
  • 不適切なPEEP設定によるAuto-PEEP
  • CO2吸収装置(麻酔器)の機能不全

薬剤性要因の新知見

COVID-19関連呼吸不全
SARS-CoV-2感染症では、ウイルス性肺炎から急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に進展し、重篤な呼吸性アシドーシスを呈することがあります。特に高度肥満患者では病態が複雑化し、集学的治療が必要となります。
診断における注意点
呼吸性アシドーシスの診断では、代謝性代償の評価が重要です。予想される代償式は以下の通りです:
急性期:HCO3- = 24 + 0.1 × (PaCO2 - 40) ± 2
慢性期:HCO3- = 24 + 0.35 × (PaCO2 - 40) ± 5
この予想値から大きく逸脱する場合は、混合性酸塩基平衡障害の可能性を考慮する必要があります。

 

また、呼吸性アシドーシスでは低酸素血症を合併することが多く、酸素化能の評価も同時に行うことが重要です。A-aDO2(肺胞気-動脈血酸素分圧較差)の算出により、肺実質病変の有無を評価できます。
治療方針の選択
原因疾患の治療が最優先ですが、重篤な呼吸性アシドーシス(pH < 7.20)では緊急の換気補助が必要です。非侵襲的陽圧換気(NPPV)から気管挿管・人工呼吸管理まで、患者の状態に応じた段階的なアプローチが推奨されます。