高カルシウム血症は、血清総カルシウム濃度が10.4mg/dL(2.60mmol/L)を超える、または血清イオン化カルシウム濃度が5.2mg/dL(1.30mmol/L)を超えた状態と定義されています。この状態は日常臨床で比較的頻繁に遭遇する電解質異常であり、重症化すれば様々な臓器に障害を引き起こします。
高カルシウム血症の主な原因は以下の4つに大別できます。
原因疾患の頻度としては、90%が原発性副甲状腺機能亢進症と悪性腫瘍によるものです。特に悪性腫瘍による高カルシウム血症(MAH)は、腫瘍細胞が産生するPTH関連ペプチド(PTHrP)によって引き起こされる悪性体液性高カルシウム血症(HHM)が約80%、骨転移による局所骨融解性高カルシウム血症(LOH)が約20%の頻度です。
疾患別では、成人T細胞白血病(ATL)で約80%という極めて高い頻度で高カルシウム血症が見られる点が特筆すべき点です。また肺がん、乳がん、口腔がん、腎がんなどでも約15%の頻度で発症し、末期になると約2倍に増加します。
高カルシウム血症の臨床症状は、血清カルシウム値の上昇速度と程度によって異なります。徐々に上昇する場合は比較的高値でも無症状のことがありますが、急速に上昇すると重篤な症状を呈します。重症度別の主な症状は以下のとおりです。
軽度の高カルシウム血症(<12 mg/dL)
中等度の高カルシウム血症(12〜14 mg/dL)
重度の高カルシウム血症(>14 mg/dL)
高カルシウム血症による症状は臓器系統別に以下のようにまとめることができます。
腎症状
消化器症状
神経筋症状
心血管症状
悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症の特徴として、血清カルシウム値の上昇が急速であることが挙げられます。原発性副甲状腺機能亢進症では数日間でカルシウム濃度が大きく変動することはほとんどありませんが、悪性腫瘍による場合は脱水・腎機能不全などの悪循環が加わり、数日間でカルシウム濃度が倍以上に上昇することもあります。
高カルシウム血症の治療の基本は、原因疾患の治療と並行して、カルシウム排泄の促進、脱水の改善、骨吸収亢進の抑制を図ることです。治療法の選択は高カルシウム血症の程度と原因の両方に依存します。
第一選択治療:生理食塩水による輸液
高カルシウム血症治療の要となるのは、生理食塩水による体液量補充です。ほとんどの高カルシウム血症患者は脱水状態にあるため、まず循環血液量を回復させ、腎血流量を増加させることでカルシウムの腎排泄を促進します。
具体的な投与方法。
ループ利尿薬の適切な使用
かつては輸液療法にループ利尿薬(フロセミドなど)を併用するのが一般的でしたが、現在は慎重な使用が推奨されています。ループ利尿薬は以下の場合に考慮されます。
ただし、ループ利尿薬の単独使用は脱水を悪化させるリスクがあるため避けるべきです。使用する場合は、フロセミド20-40mgを4-6時間ごとに静注します。
リン製剤
軽度の高カルシウム血症(血清カルシウム<11.5mg/dL)で症状が軽度かつ腎疾患がない場合は、経口リン製剤の投与を検討します。リンはカルシウムと結合して不溶性の塩を形成し、腸管からのカルシウム吸収を阻害します。
リン製剤の使用上の注意点。
治療の効果判定には、イオン化カルシウムの測定が有用です。総カルシウム値は血清アルブミン濃度の影響を受けるため、低アルブミン血症がある場合は補正式を用いるか、直接イオン化カルシウムを測定します。
骨吸収抑制薬は、中等度から重度の高カルシウム血症、特に悪性腫瘍による高カルシウム血症の治療に重要な役割を果たします。これらの薬剤は骨からのカルシウム遊離を抑制することで血清カルシウム値を低下させます。
ビスホスホネート製剤
ビスホスホネート製剤は高カルシウム血症治療の中核となる薬剤です。特にゾレドロン酸は最も強力な骨吸収抑制作用を持ち、第一選択薬として広く使用されています。
主なビスホスホネート製剤と投与法。
作用機序。
ビスホスホネートは破骨細胞に取り込まれ、その機能と生存を阻害することで骨吸収を抑制します。特にゾレドロン酸はファルネシルピロリン酸合成酵素を阻害し、破骨細胞のアポトーシスを誘導します。
副作用と注意点。
カルシトニン
カルシトニンは破骨細胞活性を直接抑制し、急速に血清カルシウム値を低下させる効果がありますが、効果は一時的です。
特徴。
投与法。
コルチコステロイド
コルチコステロイドは特定の原因による高カルシウム血症に有効です。
作用機序。
投与法。
特筆すべき点として、約50%以上の悪性腫瘍による高カルシウム血症患者はコルチコステロイドに反応しないため、通常は他の治療法と併用されます。
近年、従来の治療法に抵抗性の高カルシウム血症に対する新しいアプローチが注目されています。
デノスマブ(ランマーク®、プラリア®)
デノスマブは、RANKL(receptor activator of nuclear factor-κB ligand)に対する完全ヒト型モノクローナル抗体で、ビスホスホネート抵抗性の高カルシウム血症に対する新たな治療選択肢として注目されています。
作用機序。
臨床的有用性。
ある症例報告では、ゾレドロン酸抵抗性の高カルシウム血症による難治性悪心に対してデノスマブを投与したところ、投与15日後にカルシウム値が9.4mg/dLに低下し、悪心もSTAS-J 4から0に改善しました。
米国では2014年12月にFDAから高カルシウム血症の適応が承認されましたが、日本国内では骨転移がない症例に対しては保険適応外である点に注意が必要です。
副作用と注意点。
カルシウム感知受容体作動薬(シナカルセト、エテルカルセチド)
PTH依存性の高カルシウム血症に対して、カルシウム感知受容体(CaSR)作動薬が使用されることがあります。
シナカルセト(レグパラ®)。
血液透析
血清カルシウムが18mg/dL(4.5mmol/L)を超える重度の高カルシウム血症や、他の治療に反応しない場合、血液透析が検討されます。
透析の利点。
新しい研究アプローチ
現在、高カルシウム血症治療に関する研究が進行中です。
これらの新規治療法は、特に悪性腫瘍による高カルシウム血症に対する効果が期待されています。
最後に重要な点として、高カルシウム血症の治療においては、原因疾患の治療が最も重要である点を強調しておきます。特に悪性腫瘍による高カルシウム血症では、原疾患のコントロールができなければ、最善の対症療法を行っても再発してしまうことが多いため、包括的なアプローチが必要です。
デノスマブの高カルシウム血症治療効果に関する詳細な症例報告はこちら
高カルシウム血症の詳細な臨床ガイドラインはこちら
臨床現場では、高カルシウム血症は特徴的な症状に乏しく、軽度の場合は無症状であることも多いため、注意深い電解質モニタリングが重要です。特に悪性腫瘍患者や高齢者では、非特異的な症状の背景に高カルシウム血症が隠れていることを常に念頭に置き、早期発見・早期治療につなげることが患者予後の改善に直結します。