筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療において、現在日本で承認されている薬剤は以下の通りです。
リルゾール(リルテック)
ALS治療薬として最初に承認された薬剤で、グルタミン酸拮抗作用により神経細胞の興奮毒性を抑制します。ALS患者では髄液中のグルタミン酸濃度が上昇しており、過剰なグルタミン酸が神経細胞に毒性を発揮することが判明しています。リルゾールはこのグルタミン酸による神経細胞傷害を防ぐ働きがあり、平均3ヶ月の生存期間延長効果が認められています。ただし、四肢の筋力低下に対する効果は限定的です。
エダラボン(ラジカット)
もともと脳梗塞治療薬として開発されたエダラボンは、フリーラジカル消去作用により酸化ストレスを軽減します。ALS患者における日常生活動作能力(ALSFRS-R)の低下を緩やかにすることが臨床試験で確認されています。点滴注射により投与され、ALSの進行抑制効果が期待されますが、完全な治癒は不可能です。
メコバラミン(ロゼバラミン)
2024年に発売された比較的新しいALS治療薬です。過去30年間でALSに使用可能になった薬剤としては4つ目となり、治療選択肢の拡大に貢献しています。
トフェルセン
2023年にFDAで迅速承認され、2024年12月に日本でも承認されたアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)薬剤です。SOD1遺伝子変異を有するALS患者(全ALS患者の約2%)を対象とした遺伝子治療薬として注目されています。
現在、多数のALS治療薬候補が臨床開発段階にあり、2020年から2022年にかけて53種類もの新薬が臨床試験で評価されています。これらは8つの作用機序群に分類されています。
ロピニロール塩酸塩の革新的開発
京都大学iPS細胞研究所では、既存のパーキンソン病治療薬であるロピニロール塩酸塩をALS治療薬として再利用する研究を進めています。iPS細胞を用いた薬剤スクリーニングにより選定されたこの薬剤は、家族性ALSだけでなく、ALS患者の大多数を占める孤発性ALS患者の約70%に効果がある可能性が示されています。ROPALS試験として医師主導治験が実施され、世界初のALS向けiPS細胞創薬の臨床でのProof-of-Concept(POC)を取得しました。
ボスチニブの白血病薬再利用
既存の白血病治療薬ボスチニブのALSへの適用研究も進行中です。京都大学iPS細胞研究所の研究チームが実施した第2相臨床試験では、ALS患者における病気進行の抑制効果が確認されています。このようなドラッグ・リポジショニング戦略は、開発コストと時間を大幅に削減できる重要なアプローチとなっています。
iPS細胞創薬によるALS治療薬開発の詳細研究報告書 - AMED
現在承認されているALS治療薬の効果は限定的であり、疾患の進行を遅らせることが主目的となっています。
治療効果の現実
リルゾールとエダラボンは、ともに疾患進行をわずかに遅らせる程度の効果しか示していません。これらの薬剤は根本的な治療には程遠く、効果にも個人差が大きいのが現状です。患者の生存期間延長は数ヶ月程度にとどまり、劇的な改善は期待できません。
国際的な承認状況の違い
国により承認状況が異なり、リルゾール、エダラボン、フェニル酪酸ナトリウム/タウルルソジオールが各国で承認されていますが、いずれも疾患進行に対する中程度の効果にとどまっています。
治療の複雑性
ALSの病態メカニズムが複雑であることが治療研究進展の阻害要因となっています。散発性ALS(90%以上)と家族性ALS(約10%)では病態が異なり、さらに家族性ALSでもSOD1、TDP-43、FUS、C9ORF72などの遺伝子異常により病態が多様化しています。この多様性により、すべてのALS患者に有効な治療法の開発が困難になっています。
認知機能への影響
多くのALS患者で認知障害や錐体外路症状が認められることから、ALSは多系統疾患として捉えられており、運動神経のみならず認知機能への治療アプローチも必要です。
ALS治療薬の使用においては、副作用の適切な理解と管理が重要です。
エダラボンの副作用プロファイル
国内臨床試験では、ALS患者317例中37例(11.7%)に46件の副作用が報告されています。主な副作用として以下が挙げられます。
重大な副作用への注意
エダラボンでは以下の重篤な副作用が報告されており、慎重な監視が必要です。
症状の識別困難性
ALS病状進行に伴う症状(倦怠感、疲労感、ふらつき、呼吸困難、食欲不振)と薬剤副作用の症状が類似しており、判断に迷う場合があります。このため、患者・家族への十分な説明と、症状出現時の迅速な医療機関への連絡体制の確立が重要です。
新薬の安全性への懸念
抗がん剤の再利用については、中枢神経系への作用に不明な部分が多く、副作用の問題もあり慎重な進行が必要とされています。特に長期使用時の安全性データが限られているため、継続的な安全性監視が不可欠です。
ALS治療における薬剤選択には、効果だけでなく経済的側面も重要な考慮事項となります。
治療費の負担問題
現在のALS治療薬は高額であり、患者や家族にとって大きな経済的負担となっています。特にエダラボンは点滴製剤であり、定期的な通院や入院が必要となるため、直接的な薬剤費以外にも医療費負担が増大します。
医療保険制度との関係
日本では難病指定により医療費助成制度が利用可能ですが、制度の複雑性や申請手続きの煩雑さが患者アクセスの障壁となる場合があります。医療従事者には制度の適切な案内と申請支援が求められます。
ドラッグ・リポジショニングの経済的利点
既存薬の再利用戦略は、新薬開発に比べて大幅なコスト削減が可能です。ロピニロールやボスチニブのような既承認薬の転用により、開発期間短縮と費用削減を実現し、最終的に患者の薬剤アクセス改善につながる可能性があります。
個別化医療への展望
iPS細胞技術を活用した個別化医療の発展により、患者個人の病態に最適化された治療選択が可能になることで、無効な治療による経済的損失を回避し、医療費の効率的使用が期待されます。
国際的な薬事承認の格差
トフェルセンのような新薬では、各国の承認タイミングに差があり、患者の治療アクセスに地域格差が生じています。日本では2024年12月の承認となりましたが、米国では2023年4月に既に承認されており、このような承認時期の差は患者の治療機会に影響を与えます。
臨床効果と費用対効果の評価
限られた効果しか示さない現在の治療薬に対して、費用対効果の観点からの評価が重要です。生存期間延長効果が数ヶ月程度である現状を踏まえ、QOL向上や介護負担軽減なども含めた包括的な治療価値の評価が必要とされています。