エダラボン(3-メチル-1-フェニル-2-ピラゾリン-5-オン)は、低分子量の抗酸化薬として強力なフリーラジカル消去作用を持ちます。その作用機序の中核は、両親媒性という化学的性質にあります。エダラボンは水溶性と脂溶性の両方の性質を持つため、細胞膜内外の両環境でペルオキシルラジカルに電子を供与し、これを消去することができます。pmc.ncbi.nlm.nih+2
脳梗塞では虚血や再灌流の際にアラキドン酸代謝系の異常亢進により、ヒドロキシラジカル(・OH)やスーパーオキシドなどのフリーラジカルが大量に産生されます。これらのフリーラジカルは細胞膜の不飽和脂肪酸を過酸化し、細胞膜の破壊を引き起こします。エダラボンはヒドロキシラジカルに対してIC50=6.7μMという高い消去活性を示し、リノール酸の過酸化を効果的に抑制します。neurotech+4
興味深いことに、エダラボンはビタミンCとビタミンEの両方の性質を併せ持つ特徴があります。これにより、水相と脂質相の双方でペルオキシルラジカルを消去できるため、脂質過酸化反応の開始から連鎖反応に至る複数の段階で抑制作用を発揮します。ラジカル消去後の主要な代謝産物は2-オキソ-3-(フェニルヒドラゾノ)ブタン酸(OPB)であり、この反応はラジカル種によらず一貫しています。gakui.itc.u-tokyo+1
脳梗塞急性期におけるエダラボンの神経保護効果は、複数の第3相臨床試験で実証されています。発症後72時間以内に投与した場合の改善率は65%であるのに対し、発症後24時間以内に投与した場合は74%に達し、プラセボ群の26%と比較して顕著な効果を示しました。この結果から、エダラボンは発症からできるだけ早期、特に24時間以内に投与開始することが最も効果的とされています。kegg+1
エダラボンの脳保護作用は、脳浮腫、脳梗塞、神経症候、遅発性神経細胞死などの虚血性脳血管障害の発現および進展を抑制することによって発揮されます。血管内皮細胞に対しても保護作用を持ち、アラキドン酸の過酸化物である15-HPETE(15-ヒドロペルオキシエイコサテトラエン酸)による内皮細胞障害を1μMという低濃度から抑制することが報告されています。carenet+1
標準的な投与方法は、成人に対して1回30mgを30分かけて1日朝夕2回点滴静注し、投与期間は14日以内とされています。副作用の出現率はコントロール群と有意差がなく、安全性も確保されていることが確認されています。kegg+2
リハビリテーションとの併用では、エダラボンが神経細胞の生存を促進し神経可塑性を高めることで、リハビリによる神経回路の再構築を促進する相乗効果が期待されます。また、脳血流を改善する作用により脳組織への酸素供給が改善され、リハビリテーション効果がより促進される可能性も指摘されています。stroke-sci
エダラボンは2015年に日本で筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬として承認され、その後米国や韓国など11か国で承認されています。ALSにおける酸化ストレスとフリーラジカルの関与が広く認められており、エダラボンの抗酸化作用がALSの病態進行を抑制すると考えられています。pmc.ncbi.nlm.nih+2
第3相臨床試験では、エダラボンは6ヶ月間の投与で改訂ALS機能評価尺度(ALSFRS-R)スコアの低下を33%抑制することが示されました。具体的には、24週間の治療期間中、プラセボ群ではALSFRS-Rスコアが-6.35±0.84低下したのに対し、エダラボン群では-5.70の低下にとどまりました。メタ解析では、24週間後のALSFRS-Rの低下がプラセボと比べて平均1.63ポイント抑制されることが確認されています。pmc.ncbi.nlm.nih+1
重要な点として、エダラボンは早期ALS患者(ALS重症度分類1または2)において有効性が認められましたが、進行期患者(重症度3)では有意な効果が認められませんでした。このため、より早期の段階での使用が推奨されています。neurology-jp
ALS治療におけるエダラボンの投与方法は、1回60mgを1日1回60分かけて点滴静注します。投与スケジュールは、最初の14日間連続投与後、14日間休薬するサイクルを繰り返します(サイクル2以降は14日間のうち最初の10日間投与)。mt-pharma+1
2023年には経口懸濁剤(ラジカット内用懸濁液2.1%)が日本で承認され、1回5mL(エダラボンとして105mg)を空腹時に1日1回経口投与する新たな選択肢が加わりました。経口製剤は点滴静注製剤と同等の薬物動態を示し、患者の負担軽減に寄与することが期待されています。pmc.ncbi.nlm.nih+2
エダラボンの神経保護効果には、フリーラジカル消去作用に加えて、ミトコンドリア機能の保護と抗アポトーシス作用が関与していることが明らかになっています。神経変性疾患の共通した病態的特徴として、高レベルの活性酸素種(ROS)産生とミトコンドリア機能不全が挙げられますが、エダラボンはこれらの病態に対して多角的に作用します。mdpi+1
パーキンソン病モデルであるロテノン誘発ラットを用いた研究では、エダラボンの5週間投与がロテノンによるカタレプシー誘発、ミトコンドリア障害、中脳ドパミン神経の変性を完全に抑制することが示されました。この保護効果は、ロテノン誘発性のROS産生の抑制、アポトーシス促進因子Baxの発現抑制、および小胞モノアミントランスポーター2(VMAT2)の発現上昇によるものと考えられています。pmc.ncbi.nlm.nih
さらに、エダラボンはミトコンドリアアポトーシス経路の阻害を介して細胞保護作用を発揮します。培養アストロサイトを用いた研究では、MPP+(パーキンソン病モデルに用いられる神経毒)誘発性の細胞毒性からの保護において、エダラボンがミトコンドリア膜電位の維持とアポトーシスシグナル経路の抑制に寄与することが確認されています。bibgraph.hpcr
抑うつおよび不安様行動に対する研究では、エダラボンがSirt1/Nrf2/HO-1/Gpx4経路を介して抗酸化作用を発揮することが報告されています。慢性社会的敗北ストレスモデルマウスにおいて、エダラボンは海馬および前頭前皮質での炎症性サイトカインの活性化を抑制し、Sirt1、Nrf2、HO-1、Gpx4のタンパク質発現を増加させました。pmc.ncbi.nlm.nih
これらの知見は、エダラボンが単なるフリーラジカルスカベンジャーとしてだけでなく、細胞の生存シグナル経路の調節を通じて包括的な神経保護作用を提供することを示しています。pmc.ncbi.nlm.nih+1
エダラボン投与において最も重要な副作用は急性腎障害であり、2002年10月には緊急安全性情報が発出されました。医薬品インタビューフォームでは急性腎障害の頻度は0.27%と記載されていますが、実臨床での調査では191例中9例(4.7%)に急性腎障害の発症が確認されており、一定数の発症例が存在することが明らかになっています。pmda+2
重篤な腎機能障害のある患者は禁忌とされており、腎機能障害が悪化するおそれがあるためです。また、慎重投与の対象として、腎機能障害のある患者、肝機能障害のある患者、心疾患のある患者が挙げられています。特に脱水状態(BUN/クレアチニン比が高い)、感染症の合併、肝機能障害、心疾患を持つ患者では、腎機能障害のリスクが高まることが報告されています。med.daiichisankyo-ep+4
急性腎障害はエダラボン投与4日目をピークに7日以内に発現することが多く、検査値の急激な悪化および複数の臓器障害は投与初期に多くみられます。このため、投与前または投与開始後速やかに腎機能検査(BUN、クレアチニン)、肝機能検査(AST、ALT、LDH、CK)、血液検査(赤血球、血小板など)を実施し、投与中も頻回に検査を行うことが強く推奨されています。med.daiichisankyo-ep+1
投与終了時に検査値の悪化傾向を認めた患者では、その後に急激な悪化を示す症例もあることから、投与終了後も継続して十分な観察を行う必要があります。抗生物質との併用時には急性腎障害の報告が多いため、投与継続の可否を慎重に検討し、継続する場合は特に頻回の検査実施が必要です。med.towayakuhin+1
その他の注意点として、高カロリー輸液やアミノ酸製剤との混合または同一経路からの点滴は避けるべきで、混合するとエダラボンの濃度低下を来すことがあります。妊婦または妊娠の可能性のある女性には投与を避け、授乳中の女性には投与中の授乳を避けさせることが推奨されています。med.nipro+1
エダラボン製剤の急性腎不全に関する緊急安全性情報(PMDA)
本資料では、エダラボン投与時の腎機能障害のリスクと禁忌事項について詳細な情報が記載されています。
エダラボンの脳梗塞とALSに対する効果のメカニズム(PMC論文)
エダラボンがどのように脳梗塞急性期とALSに対して効果を発揮するのか、その作用機序について詳しく解説されています。
ALS診療ガイドライン2023追補(日本神経学会)
エダラボンのALS治療における推奨度とエビデンスレベル、投与条件について最新の情報が記載されています。