イスコチン(一般名:イソニアジド)は結核治療の第一選択薬として広く使用されていますが、医療従事者が注意すべき副作用が複数存在します。本剤の副作用は重篤なものから軽微なものまで多岐にわたり、患者の年齢、肝機能、併用薬などによってリスクが変動するため、投与前の評価と投与中の綿密なモニタリングが不可欠です。特に肝機能障害と末梢神経障害は頻度が高く、重症化すると治療継続が困難になるため、早期発見と適切な対応が求められます。
参考)くすりのしおり : 患者向け情報
イソニアジドによる肝機能障害は、薬物代謝過程で生成される肝毒性代謝物が主な原因です。イソニアジドは肝臓でアセチル化され、その代謝産物であるアセチルヒドラジンやヒドラジンが肝細胞障害を引き起こします。特にリファンピシンなど他の抗結核薬と併用すると、肝薬物代謝酵素誘導作用により代謝が促進され、肝毒性代謝物の産生が増加するため、重篤な肝障害のリスクが上昇します。
参考)医療用医薬品 : イスコチン (イスコチン原末 他)
肝機能障害の発症頻度は年齢と強い相関があり、20歳未満では0.3%ですが、50歳以上では2.3%まで上昇します。臨床症状としては黄疸、全身倦怠感、食欲不振、右季肋部痛などが出現し、血液検査ではAST・ALTの上昇が認められます。
劇症肝炎に進行すると生命に関わるため、投与開始後2週間、その後は月1回の肝機能検査が推奨されています。
参考)イソニアジド(イスコチン) href="https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/isoniazid/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/isoniazid/amp;#8211; 呼吸器治療薬 -…
| 年齢層 | 肝機能障害発症リスク | モニタリング頻度 |
|---|---|---|
| 20歳未満 | 0.3% | 月1回 |
| 20-34歳 | 0.3% | 月1回 |
| 35-49歳 | 1.2% | 月1-2回 |
| 50-64歳 | 2.3% | 月2回以上 |
| 65歳以上 | 2.3% | 月2回以上 |
イスコチン錠の肝機能障害に関する詳細情報(くすりのしおり)
肝機能障害が疑われる場合の対応として、AST・ALTが正常上限の3倍を超えた場合や黄疸が出現した場合は投与中止を検討します。高齢者、アルコール多飲歴、既存の肝疾患を有する患者では特にリスクが高く、より頻繁なモニタリングが必要です。
イソニアジドによる末梢神経障害は、ビタミンB6(ピリドキシン)欠乏が主な発症機序です。イソニアジドはビタミンB6群のリン酸化に必要なピリドキサールキナーゼを阻害し、さらにピリドキサールリン酸とキレートを形成することで体内のビタミンB6不足状態を引き起こします。この機序により、神経伝達に必要なビタミンB6が枯渇し、末梢神経障害が発生します。
参考)イソニアジド - Wikipedia
初発症状は足のしびれ感やチクチクした痛みなどの感覚障害で、進行すると筋力低下や歩行障害が出現します。具体的には下腿痛、四肢末梢の触覚・温痛覚の低下、振動覚低下、遠位部の腱反射減弱などがみられ、重症例では遠位部の筋力低下、筋萎縮、視神経障害も出現することがあります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00054956.pdf
| 投与量 | 末梢神経障害発症率 | 発症までの期間 |
|---|---|---|
| 常用量(3-5mg/kg/日) | 2% | 約6ヶ月 |
| 高用量(6mg/kg/日) | 17% | 2-3ヶ月 |
| 予防的ビタミンB6併用時 | 0.5%未満 | - |
イソニアジドによる末梢神経障害の詳細と対応(薬事情報センター)
予防策として、イソニアジド投与時にはビタミンB6製剤(ピリドキシン10-50mg/日)の予防的併用が一般的に推奨されます。特に糖尿病、アルコール多飲歴、低栄養状態、高齢者などリスク因子を有する患者では必須です。末梢神経障害が発症した場合の治療もビタミンB6投与が基本で、軽症例では早期に回復しますが、重症例では数ヶ月から数年以上の回復期間を要することがあります。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000143545.pdf
日本の研究では、イソニアジド服用前には14例中10例で血中ビタミンB6濃度が正常値以下であり、服用2週後・4週後ともに必要栄養量を満たす食事摂取下でもさらに低下する傾向が確認されています。このデータからも予防的ビタミンB6補充の重要性が裏付けられます。
参考)https://is.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/ajrs/003010056j.pdf
イソニアジドには肝機能障害や末梢神経障害以外にも、複数の重大な副作用が報告されています。
中毒性表皮壊死融解症(TEN)や皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)などの重篤な皮膚障害は、初期症状として発熱や発疹が出現し、急速に進行することがあります。これらの症状が認められた場合は直ちに投与を中止し、専門的治療を開始する必要があります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00054957.pdf
薬剤性過敏症症候群も重要な副作用で、発疹・発熱を初期症状とし、その後肝機能障害、リンパ節腫脹、白血球増加、好酸球増多、異型リンパ球の出現などが続発します。この病態はヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)等のウイルス再活性化を伴うことが特徴です。
| 重大な副作用 | 初期症状 | 発症頻度 |
|---|---|---|
| 劇症肝炎 | 黄疸、倦怠感、食欲不振 | 頻度不明 |
| Stevens-Johnson症候群 | 発熱、発疹、粘膜病変 | 頻度不明 |
| 薬剤性過敏症症候群 | 発疹、発熱、リンパ節腫脹 | 頻度不明 |
| 無顆粒球症 | 発熱、咽頭痛、感染症状 | 頻度不明 |
| 視神経炎 | 視力低下、中心暗点 | 頻度不明 |
イスコチンの重大な副作用の詳細情報(KEGG MEDICUS)
血液系の副作用として、無顆粒球症や血小板減少が報告されており、感染症状や出血傾向に注意が必要です。視神経炎や視神経萎縮も重大な副作用で、視力低下や中心暗点などの症状が出現した場合は速やかにビタミンB6投与などの処置を行います。痙攣発作も頻度不明ながら報告されており、特に既往のある患者では慎重な投与が求められます。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/drugdetails.aspx?code=54957
中枢神経系の副作用として、小脳障害(平衡障害、運動失調、企図振戦、言語障害、眼球運動障害、嚥下障害等)や精神障害(せん妄、抑うつ、記憶力低下、幻覚、感情異常、興奮等)も報告されています。これらの症状は患者のQOLを著しく低下させるため、早期発見と適切な対応が重要です。
頻度が比較的高い副作用として、消化器症状と軽度の神経系症状があります。食欲不振、悪心、嘔吐、胃部膨満感、腹痛、便秘などの消化器症状は0.1〜5%未満の頻度で発現し、服薬継続の妨げとなることがあります。これらの症状に対しては対症療法を行いながら、可能な限り治療を継続します。
頭痛、めまい、倦怠感などの精神神経系症状も0.1〜5%未満の頻度で認められます。これらは軽度であれば経過観察可能ですが、日常生活に支障をきたす場合は投与量の調整や休薬を検討します。
| 副作用の種類 | 発現頻度 | 主な症状 | 対応 |
|---|---|---|---|
| 消化器症状 | 0.1〜5%未満 | 食欲不振、悪心、嘔吐、腹痛 | 対症療法、食後服用 |
| 精神神経系症状 | 0.1〜5%未満 | 頭痛、めまい、倦怠感 | 経過観察、用量調整 |
| 肝機能異常 | 0.1〜5%未満 | AST上昇、ALT上昇 | 定期モニタリング |
| 出血傾向 | 0.1〜5%未満 | 喀血、血痰、鼻出血 | 投与中止検討 |
血液系の副作用として、出血傾向(喀血、血痰、鼻出血、眼底出血等)が0.1〜5%未満の頻度で報告されています。これは血小板機能への影響が考えられ、重篤な出血が認められる場合は投与中止を検討します。また、0.1%未満ながら貧血、赤芽球癆、白血球減少、好酸球増多なども報告されており、定期的な血液検査によるモニタリングが推奨されます。
参考)くすりのしおり : 患者向け情報
過敏症状として発熱や発疹が頻度不明ながら出現することがあり、これらの症状が認められた場合は再投与が必要な際に減感作を行うことが添付文書に記載されています。内分泌系の副作用として女性化乳房、乳汁分泌、月経障害、インポテンスなども頻度不明ながら報告されており、患者への説明と心理的サポートが重要です。
イソニアジドは多数の薬剤と相互作用を示すため、併用薬の確認が極めて重要です。特に他の抗結核薬、特にリファンピシンとの併用では重篤な肝障害のリスクが増大します。リファンピシンの肝薬物代謝酵素誘導作用により、イソニアジドの代謝が促進され、肝毒性を有する代謝物の産生が増加するためです。併用時は定期的な肝機能検査を行い、異常が認められた場合は速やかに対応することが必須です。
参考)https://www.chemotherapy.or.jp/journal/jjc/06704/067040452.pdf
抗てんかん薬との相互作用も重要で、フェニトインやカルバマゼピンの血中濃度を上昇させ、中毒症状が発現することがあります。イソニアジドがこれらの薬剤の肝薬物代謝を阻害するためで、併用時は血中濃度モニタリングが推奨されます。逆にカルバマゼピンはイソニアジドの肝毒性を増強する可能性もあり、双方向の注意が必要です。
参考)医療用医薬品 : イスコチン (相互作用情報)
| 併用薬 | 相互作用の機序 | 臨床的影響 | 対応策 |
|---|---|---|---|
| リファンピシン | 代謝酵素誘導 | 肝障害リスク増大 | 肝機能厳重監視 |
| フェニトイン | 代謝阻害 | 血中濃度上昇、中毒 | 濃度モニタリング |
| ワルファリン | 代謝阻害 | 抗凝固作用増強 | PT-INRモニタリング |
| アルコール | 代謝促進 | 肝毒性増強 | 禁酒指導 |
イスコチンの薬物相互作用の詳細(KEGG MEDICUS)
クマリン系抗凝固薬のワルファリンとの併用では、イソニアジドが肝薬物代謝を阻害することでワルファリンの血中濃度が上昇し、抗凝固作用が増強してプロトロンビン時間の延長が認められることがあります。併用時はPT-INRの頻繁なモニタリングが必要です。経口糖尿病用薬やインスリンとの併用では、血糖降下作用が減弱または増強することがあり、血糖値の綿密な観察が求められます。
参考)イソニアジド (Isoniazid):抗菌薬インターネットブ…
アルコールとの併用は肝毒性リスクを著しく高めるため、患者には治療期間中の禁酒を強く指導します。ジスルフィラムとの併用では協調困難や情緒障害が出現する可能性があり、両剤がカテコールアミン代謝酵素を阻害することが原因と考えられています。ペチジン塩酸塩との併用では呼吸抑制、低血圧、昏睡、痙攣等が出現する恐れがあり、併用する場合は定期的な臨床症状の観察と用量調整が必要です。
参考)医療用医薬品 : イスコチン (イスコチン注100mg)
イソニアジドは特定の食品との相互作用も報告されており、患者への適切な食事指導が重要です。ヒスチジンを多く含有する魚類(マグロ、ブリ、ハマチなど)との相互作用では、頭痛、紅斑、嘔吐、そう痒等のヒスタミン中毒を起こすことがあります。これはイソニアジドのヒスタミン代謝酵素阻害作用により、体内にヒスタミンが蓄積するためです。
参考)https://www.pref.oita.jp/uploaded/attachment/2150061.pdf
患者には、これらの魚類を摂取する場合は新鮮なものを選び、食べ過ぎないよう指導します。特に鮮度が低下した魚ではヒスチジンが細菌によりヒスタミンに変換されているため、より症状が出やすくなります。調理方法として、加熱してもヒスタミンは分解されないため、鮮度管理が最も重要です。
参考)https://minamikyoto.hosp.go.jp/dest/pdf/profession/kensyu/240302_04.pdf
| 食品カテゴリー | 主な食品例 | 発現症状 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| ヒスチジン高含有魚 | マグロ、ブリ、ハマチ、カツオ | 頭痛、紅斑、嘔吐、そう痒 | 新鮮なものを適量摂取 |
| チラミン高含有食品 | チーズ、ワイン、発酵食品 | 血圧上昇、動悸 | 摂取を控える |
| 制酸薬(水酸化アルミニウム) | 胃薬の一部 | イソニアジド効果減弱 | 服用時間をずらす |
チラミンを多く含有する食物(チーズ、ワイン、発酵食品など)との相互作用では、血圧上昇や動悸があらわれることがあります。イソニアジドのモノアミン酸化酵素(MAO)阻害作用により、チラミンが不活性化されず、アドレナリン作動性神経終末部において蓄積されているカテコールアミンの遊離を促進するためです。特に熟成チーズやワインでは高濃度のチラミンが含まれているため、治療期間中はこれらの食品の摂取を避けるよう指導します。
水酸化アルミニウム含有の制酸薬との併用では、イソニアジドの効果が減弱されるおそれがあります。これは制酸薬とキレートを形成、または吸着することでイソニアジドの吸収が低下するためで、この作用は薬剤の服用時間をずらすことにより弱まるとの報告があります。患者には制酸薬服用の際は少なくとも2時間以上間隔をあけるよう指導することが推奨されます。