5類全数把握対象疾患の症状と治療薬について解説

5類全数把握対象疾患は重要な公衆衛生上の課題となっている感染症群です。医療従事者として適切な診断と治療を行うためには、各疾患の症状と治療薬について正しく理解する必要があります。あなたは全ての疾患について十分な知識をお持ちでしょうか?

5類全数把握対象疾患症状治療薬

5類全数把握対象疾患の概要
🩺
全数把握の意義

感染拡大防止を図る重要な感染症を全ての医療機関から報告

💊
治療薬の特徴

各疾患に応じた抗菌薬・抗ウイルス薬・支持療法の選択が重要

📊
発生動向把握

迅速な診断と適切な治療により感染症の蔓延を防止

5類全数把握対象疾患の基本概念と分類

5類感染症は感染症法において国民の健康に影響を与える可能性がある感染症として位置づけられています。その中でも全数把握対象疾患は、感染拡大防止を図ることが必要で、発生数が少なく定点方式での正確な傾向把握が不可能な疾患群です。

 

現在24の疾患が指定されており、以下のような特徴があります。

  • 重篤な病態を呈する可能性が高い
  • 集団発生のリスクがある
  • 薬剤耐性を示すものが含まれる
  • 早期診断・治療が予後に大きく影響する

これらの疾患は大きく以下のカテゴリーに分類できます。
細菌感染症

  • 劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)
  • 侵襲性インフルエンザ菌感染症
  • 侵襲性髄膜炎菌感染症
  • 侵襲性肺炎球菌感染症
  • 百日咳
  • 破傷風

薬剤耐性菌感染症

  • カルバペネム耐性腸内細菌目細菌感染症
  • バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症
  • バンコマイシン耐性腸球菌感染症
  • 薬剤耐性アシネトバクター感染症

ウイルス感染

  • ウイルス性肝炎(B型・C型など)
  • 麻しん
  • 風しん
  • 先天性風しん症候群
  • 急性脳炎

寄生虫・原虫感染症

  • アメーバ赤痢
  • クリプトスポリジウム症
  • ジアルジア症

その他の感染症

  • 後天性免疫不全症候群(AIDS)
  • 梅毒
  • 播種性クリプトコックス症
  • クロイツフェルト・ヤコブ病

各疾患の報告基準と診断の手引きについて詳細を知りたい場合。
厚生労働省感染症法類型別疾患一覧

劇症型溶血性レンサ球菌感染症の症状と治療薬

劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)は、主にA群溶血性レンサ球菌(GAS)による急激に進行する重篤な感染症です。致死率が30%を超える緊急性の高い疾患として位置づけられています。

 

主な症状
初期症状は非特異的ですが、急激に重篤化するのが特徴です。

  • 発熱(38℃以上)
  • 悪寒・戦慄
  • 筋肉痛
  • 嘔吐・下痢
  • 急激な血圧低下
  • 多臓器不全
  • ショック状態

特徴的な皮膚症状として以下が見られます。

  • 蜂窩織炎様の皮膚・軟部組織感染
  • 壊死性筋膜炎
  • 毒素性ショック症候群様発疹

治療薬と治療戦略
STSSの治療は時間との勝負であり、早期診断・早期治療が生存率を大きく左右します。

 

第一選択薬

  • ペニシリンG(1日1200万~2400万単位)
  • クリンダマイシン(1日1800~2700mg)の併用

ペニシリンとクリンダマイシンの併用療法は、ペニシリン単独療法と比較して明らかな生存率の改善が認められています。クリンダマイシンには毒素産生抑制効果があり、STSSの病態改善に重要な役割を果たします。

 

代替薬

  • セファゾリン(ペニシリンアレルギーがない場合)
  • バンコマイシン(重篤なペニシリンアレルギーの場合)
  • リネゾリド(バンコマイシン不応例)

支持療法

  • 大量輸液によるショック管理
  • 昇圧剤の使用
  • 人工呼吸管理
  • 血液浄化療法(重症例)
  • 外科的デブリードマン(壊死組織除去)

治療期間は通常10~14日間ですが、重症度により延長することがあります。早期診断のためのGAS迅速抗原検査や血液培養の実施が重要です。

 

侵襲性感染症の症状と抗菌薬治療

侵襲性感染症には、侵襲性インフルエンザ菌感染症、侵襲性髄膜炎菌感染症、侵襲性肺炎球菌感染症が含まれます。これらは無菌部位(血液、髄液、胸水など)から病原体が検出される重篤な感染症です。

 

侵襲性インフルエンザ菌感染症
主にインフルエンザ菌b型(Hib)による感染症で、Hibワクチン導入後は発生数が大幅に減少しましたが、依然として重要な疾患です。

 

症状。

  • 髄膜炎(発熱、頭痛、項部硬直)
  • 敗血症(発熱、意識障害、循環不全)
  • 肺炎
  • 関節炎
  • 蜂窩織炎

治療薬。

  • 第一選択:セフトリアキソン(1日2~4g)
  • 代替薬:セフォタキシム、アンピシリン(感受性がある場合)
  • 重症例:バンコマイシンとの併用を考慮

侵襲性髄膜炎菌感染症
髄膜炎菌による急性感染症で、髄膜炎型と敗血症型(Waterhouse-Friderichsen症候群)があります。

 

症状。

  • 急激な発熱
  • 激しい頭痛
  • 項部硬直
  • 点状出血疹(特徴的)
  • 副腎出血による循環不全
  • 意識障害

治療薬。

  • 第一選択:ペニシリンG(1日2400万単位)
  • 代替薬:セフトリアキソン、セフォタキシム
  • 予防投薬:リファンピシン(濃厚接触者に対して)

侵襲性肺炎球菌感染症
肺炎球菌による重篤な感染症で、高齢者と小児で分けて報告されています。

 

症状。

  • 重症肺炎
  • 髄膜炎
  • 敗血症
  • 心内膜炎
  • 腹膜炎

治療薬。
薬剤耐性の頻度が高いため、感受性結果に基づく治療選択が重要です。

 

  • ペニシリン感受性株:ペニシリンG
  • ペニシリン中等度耐性株:セフトリアキソン、セフォタキシム
  • ペニシリン高度耐性株:バンコマイシン、リネゾリド

髄膜炎の場合はステロイド(デキサメタゾン)の併用が推奨されます。

 

侵襲性感染症の診断と治療に関する詳細なガイドライン。
東京都感染症情報センター疾患別情報

ウイルス性感染症の症状と治療薬

5類全数把握対象疾患には重要なウイルス性感染症が含まれており、それぞれ特徴的な症状と治療戦略があります。

 

ウイルス性肝炎(B型・C型肝炎)
急性ウイルス性肝炎として報告される疾患で、慢性例は除外されます。

 

B型急性肝炎の症状。

  • 全身倦怠感
  • 食欲不振
  • 悪心・嘔吐
  • 黄疸
  • 右季肋部痛
  • 褐色尿

治療薬。

  • 軽症例:対症療法(安静、食事療法)
  • 重症例:エンテカビル(1日0.5mg)
  • 劇症化予防:インターフェロン-α

C型急性肝炎の治療。

  • 直接作用型抗ウイルス薬(DAA)
  • ソホスブビル/ベルパタスビル配合剤
  • グレカプレビル/ピブレンタスビル配合剤

麻しん(麻疹)
麻しんウイルスによる急性感染症で、合併症により重篤化することがあります。

 

症状の経過。

  1. カタル期(3~4日):発熱、咳嗽、鼻汁、結膜炎
  2. 発疹期(3~4日):特徴的な斑丘疹、Koplik斑
  3. 回復期:解熱、発疹の色素沈着

治療薬。

  • 特異的治療薬なし(対症療法が中心)
  • 細菌性二次感染予防:抗菌薬
  • ビタミンA(重症例、特に小児)
  • 免疫グロブリン(曝露後予防)

風しん
風しんウイルスによる急性感染症で、妊娠初期の感染が先天性風しん症候群を引き起こします。

 

症状。

  • 発熱(微熱が多い)
  • 全身性紅斑
  • リンパ節腫脹(後頚部、後頭部、耳介後部)
  • 関節痛(成人女性に多い)

治療薬。

  • 特異的治療薬なし
  • 対症療法(解熱鎮痛薬
  • 妊娠可能年齢女性への予防接種が重要

先天性風しん症候群(CRS)
妊娠初期の風しん感染により胎児に生じる先天異常です。

 

主要症状(古典的三徴候)。

その他の症状。

  • 精神発達遅滞
  • 小頭症
  • 血小板減少性紫斑病
  • 肝脾腫

治療。

  • 根本的治療法なし
  • 各症状に対する対症療法
  • 多職種チームによる長期フォロー

急性脳炎
様々なウイルスによる急性脳炎が対象となります(特定のものを除く)。

 

症状。

  • 発熱
  • 頭痛
  • 意識障害
  • 痙攣
  • 局所神経症状
  • 髄膜刺激症状

治療薬。

  • ヘルペス脳炎:アシクロビル(1日30mg/kg)
  • その他のウイルス脳炎:対症療法
  • 抗痙攣薬(フェニトイン、レベチラセタム)
  • 脳浮腫管理(マンニトール、グリセロール)
  • ステロイド(症例により)

薬剤耐性菌感染症の症状と治療戦略

薬剤耐性菌感染症は現代医療における重要な課題であり、適切な診断と治療戦略が求められます。5類全数把握対象疾患には4つの重要な薬剤耐性菌感染症が含まれています。

 

カルバペネム耐性腸内細菌目細菌感染症(CRE感染症)
カルバペネム系抗菌薬に耐性を示す腸内細菌目細菌による感染症で、医療関連感染として問題となっています。

 

病原菌。

  • カルバペネム耐性大腸菌
  • カルバペネム耐性肺炎桿菌
  • カルバペネム耐性エンテロバクター属

症状。
感染部位により多様な症状を呈します。

  • 尿路感染症:発熱、排尿時痛、頻尿
  • 呼吸器感染症:発熱、咳嗽、呼吸困難
  • 血流感染症:敗血症、ショック
  • 腹腔内感染症:腹痛、発熱

治療戦略。
薬剤感受性試験の結果に基づく適切な抗菌薬選択が重要です。

 

第一選択薬。

  • コリスチン(最終手段として)
  • チゲサイクリン(腹腔内・皮膚軟部組織感染)
  • ホスホマイシン(尿路感染症)

新規薬剤。

  • セフタジジム/アビバクタム配合剤
  • メロペネム/バボルバクタム配合剤
  • イミペネム/シラスタット/レレバクタム配合剤

バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症(VRSA感染症)
バンコマイシンに耐性を示す黄色ブドウ球菌による感染症で、日本での報告例は極めて稀です。

 

症状。

  • 皮膚・軟部組織感染
  • 血流感染
  • 呼吸器感染
  • 骨・関節感染

治療薬。

  • リネゾリド(1日1200mg)
  • ダプトマイシン(1日4~6mg/kg)
  • テイコプラニン(感受性がある場合)
  • クインプリスチン/ダルホプリスチン

バンコマイシン耐性腸球菌感染症(VRE感染症)
バンコマイシンに耐性を示す腸球菌による感染症で、院内感染対策が重要です。

 

主な病原菌。

  • バンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェカリス
  • バンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム

症状。

  • 尿路感染症(最多)
  • 腹腔内感染症
  • 血流感染症
  • 心内膜炎

治療薬。

  • リネゾリド(1日1200mg)
  • ダプトマイシン(高用量:1日8~12mg/kg)
  • アンピシリン(E.faecalisの一部)

薬剤耐性アシネトバクター感染症
多剤耐性アシネトバクター・バウマニーによる感染症で、集中治療室での感染が問題となります。

 

症状。

  • 人工呼吸器関連肺炎(VAP)
  • 血流感染症
  • 尿路感染症
  • 髄膜炎(稀)

治療戦略。
極めて限られた治療選択肢しかないため、感染予防が最重要です。

 

使用可能な薬剤。

  • コリスチン(最終選択薬)
  • ミノサイクリン
  • スルバクタム/アンピシリン(スルバクタムの抗菌作用)

新規治療選択肢。

  • セフィデロコル(2020年承認)
  • スルバクタム/デュルバクタム(開発中)

感染制御対策
薬剤耐性菌感染症の管理には以下の対策が不可欠です。

  • 標準予防策と接触予防策の徹底
  • 適正な抗菌薬使用(抗菌薬適正使用支援チーム:AST)
  • 早期診断と迅速な感受性試験
  • 個室隔離と専用器具の使用
  • 手指衛生の徹底
  • 環境清拭の強化

薬剤耐性対策の詳細について。
厚生労働省感染症法対象感染症分類

診断から治療まで医療従事者が知るべき実践的ポイント

5類全数把握対象疾患の診療においては、迅速な診断と適切な治療開始が患者予後を大きく左右します。医療従事者として押さえておくべき実践的なポイントを整理します。

 

診断のポイント
早期診断のための重要な要素。

  • 詳細な病歴聴取(渡航歴、接触歴、基礎疾患)
  • 身体所見の注意深い観察
  • 適切な検体採取と検査オーダー
  • 画像診断の活用
  • 迅速診断キットの適切な使用

特に注意すべき患者群。

  • 免疫不全状態の患者
  • 高齢者
  • 慢性疾患を有する患者
  • 医療デバイス装着患者
  • 海外渡航歴のある患者

検査の優先順位
緊急性に応じた検査の優先順位。

  1. 最優先検査
    • 血液培養(2セット以上)
    • 髄液検査(髄膜炎疑い)
    • 迅速抗原検査
    • 血算、生化学検査
  2. 重要検査
    • 画像検査(CT、MRI)
    • PCR検査
    • 抗原・抗体検査
    • 薬剤感受性試験
  3. 補助検査

治療開始のタイミング
疾患別治療開始の目安時間。

  • 劇症型溶血性レンサ球菌感染症:1時間以内
  • 侵襲性髄膜炎菌感染症:30分以内
  • 細菌性髄膜炎:1時間以内
  • 敗血症性ショック:1時間以内(3時間ルール)
  • その他の感染症:症状出現から24時間以内

抗菌薬選択の原則
適切な抗菌薬選択のための考慮事項。

  1. 感染臓器・部位
    • 血液脳関門通過性
    • 組織移行性
    • 殺菌的 vs 静菌的効果
  2. 患者因子
    • 腎機能・肝機能
    • アレルギー歴
    • 併用薬との相互作用
    • 妊娠・授乳
  3. 微生物学的因子
    • 推定病原菌
    • 薬剤耐性パターン
    • MIC値
    • バイオフィルム形成能

モニタリングと治療効果判定
治療効果の評価指標。

  • 臨床症状の改善(発熱、バイタルサイン)
  • 炎症マーカーの推移(CRP、PCT)
  • 画像所見の改善
  • 培養陰性化
  • 合併症の有無

治療変更を考慮する状況。

  • 48~72時間で効果不十分
  • 薬剤感受性結果による変更
  • 副作用出現
  • 重複感染の合併

院内感染対策と報告義務
感染制御措置。

  • 適切な隔離予防策の実施
  • 接触者調査と健康観察
  • 環境消毒の実施
  • 職員の健康管理

報告の流れと注意点。

  1. 診断確定後速やかに保健所へ報告
    • 発生届の提出(7日以内)
    • 電話での第一報(緊急性が高い場合)
  2. 院内報告
    • 感染制御チーム(ICT)への報告
    • 管理者への報告
    • 関係部署への情報共有
  3. 追加報告
    • 検査結果判明時
    • 治療経過の報告
    • 転帰の報告

患者・家族への説明と配慮
インフォームドコンセントのポイント。

  • 疾患の重篤性と緊急性の説明
  • 治療方針と期待される効果
  • 副作用とリスクの説明
  • 隔離の必要性と期間
  • 接触者への影響

心理的ケア。

  • 不安軽減のための丁寧な説明
  • 面会制限に対する配慮
  • ソーシャルワーカーとの連携
  • 退院後のフォローアップ

これらの実践的ポイントを押さえることで、5類全数把握対象疾患に対する適切な診療が可能となります。常に最新の診療ガイドラインを参照し、多職種チームでの連携を心がけることが重要です。

 

5類感染症全数把握疾患の最新情報と診療指針。
神奈川県衛生研究所疾患別情報