アテローム(表皮嚢腫)は、皮膚科外来で最も頻繁に遭遇する良性腫瘍の一つです。診断の基本は視診と触診であり、ほとんどの症例では画像検査を必要としません。視診における重要な所見として、表面が滑らかで境界明瞭なドーム状の隆起、中央部に認められる黒色の開口部(へそ)、触診では可動性のある弾性硬の腫瘤として触知されることが挙げられます。soujinkai+2
鑑別を要する疾患としては、脂肪腫、石灰化上皮腫、ガングリオン、皮様嚢腫などがあります。脂肪腫は皮膚との癒着が少なく化膿することがなく、石灰化上皮腫はアテロームよりも硬く黒っぽい外観を呈します。超音波検査は鑑別診断において有用であり、アテロームに特徴的な後方エコーの増強像や嚢腫構造を確認できます。特に巨大な病変や手術を予定する症例では、周囲組織との関係を評価するために超音波検査を実施することが推奨されます。jsprs+2
臨床上注意すべき点として、視診のみで判断せず、悪性腫瘍の可能性を念頭に置くことが重要です。特に急速に増大する病変、潰瘍化を伴う病変、異常な血流を示す病変については、カラードプラ超音波検査で腫瘍内血流の評価を行い、必要に応じて生検を考慮します。utsuboya-cl+1
アテロームの根治には嚢腫壁を含めた完全摘出が必須であり、主な手術法として切除縫縮法とくりぬき法(へそ抜き法)があります。切除縫縮法は、紡錘形に皮膚を切開し嚢腫全体を一塊として摘出する方法で、特に炎症後で周囲組織との癒着が強い症例や、大型の病変に適しています。皮膚のシワに沿って切開することで、術後の瘢痕を目立たなくする工夫が可能です。dermatol+2
一方、くりぬき法は直径4mm程度のトレパン(円筒状メス)を用いて、開口部を中心に表皮ごと嚢腫の一部をくりぬく方法です。内容物を圧出後、嚢腫壁をできる限り摘出します。この方法の利点は手術時間が短く、傷が小さいことですが、適応は数ミリから1cm程度の小型で炎症のない病変に限られます。手掌や足底の表皮嚢腫、炎症を繰り返し癒着が強い症例では適応外となります。yamamoto-clinic+2
くりぬき法の重要な欠点は、嚢腫壁の取り残しによる再発率の高さです。切除縫縮法と比較して、くりぬき法では嚢腫壁が完全に除去されない可能性が高く、再発リスクが増大します。医療従事者向けの調査では、多くの皮膚科医が嚢腫壁残存を懸念して切除法を選択しているという報告もあります。したがって、患者に術式を説明する際は、再発リスクと傷跡の大きさのバランスを十分に理解してもらうことが重要です。m3+1
炎症性アテロームは、赤く腫脹し強い疼痛を伴う状態で、早急な対応が必要です。治療には抗生物質内服、切開排膿、摘出手術の三つの選択肢がありますが、それぞれの限界を理解することが重要です。ic-clinic-ueno+2
抗生物質の効果は限定的です。アテロームの炎症は、細菌感染よりも嚢腫内容物の破裂による化学的炎症が主因であることが多く、さらに嚢腫内には血管が通っていないため抗生物質が到達しにくいという問題があります。ただし、細菌感染の完全な除外は困難であり、感染拡大予防の目的で抗生物質を併用することは妥当です。ueno-keisei+2
炎症が強く膿瘍を形成している場合は、緊急的に切開排膿を行い内圧を下げることが優先されます。これは応急処置であり根治療法ではないため、炎症が沈静化した後(通常1~2ヶ月後)に嚢腫壁の完全摘出を行う必要があります。炎症急性期に摘出手術を試みると、周囲組織との癒着や浮腫のため嚢腫壁の同定が困難となり、取り残しのリスクが高まります。touchi-c+3
日本皮膚科学会のガイドラインでも、炎症性粉瘤に対しては段階的治療アプローチが推奨されており、まず切開排膿で炎症をコントロールし、組織の状態が改善してから根治的摘出を行うことが標準的な治療戦略とされています。0thclinic+1
アテロームの再発は、嚢腫壁の取り残しが最大の原因です。内容物のみを圧出したり切開排膿だけで終了したりした場合、皮膚の内側に残った嚢腫壁が再び角質や皮脂を産生し、数ヶ月から数年で同じ部位に再発します。特に一度破裂したアテロームは周囲組織との癒着が生じやすく、再手術がより困難になる傾向があります。k-derm+2
再発予防のためには、初回治療時に嚢腫壁を完全に摘出することが最も重要です。手術経験が豊富な医師や医療機関を選択すること、炎症のない時期に計画的に手術を行うことが推奨されます。患者へのセルフケア指導としては、自己判断での圧出を避けること、皮膚を清潔に保つこと、早期受診を促すことが基本となります。ただし、アテロームの発生原因は完全には解明されておらず、直接的な予防法は確立されていません。kizu-clinic+4
病理検査は、診断の確定と他疾患の除外に有用です。通常のアテロームは表皮嚢腫として診断されますが、類似疾患である毛包嚢腫(トリキレーマ嚢腫)、脂肪腫、皮様嚢腫などとの鑑別が可能です。また、嚢腫破裂の有無、炎症の程度、嚢腫壁残存の可能性なども評価できます。特に重要なのは、稀ではあるものの悪性変化の検出です。長期間放置され反復する炎症を伴うアテロームでは、有棘細胞癌や増殖性毛包腫瘍への変化が報告されており、病理検査でこれらを早期に発見することが可能です。0thclinic+1
アテロームの悪性化は極めて稀ですが、医療従事者が知っておくべき重要な合併症です。悪性化の頻度は正確には不明ですが、長期間放置され反復する炎症を伴う症例、特に中高年男性の頭頸部に発生した病変でリスクが高いとされています。悪性化した場合、多くは有棘細胞癌(扁平上皮癌)に移行し、一部は基底細胞癌になることもあります。geka-doc+1
会陰部の粉瘤より発生した扁平上皮癌の症例報告(山梨医科大学雑誌)では、15年間放置され反復する感染を伴った粉瘤が有棘細胞癌に変化した事例が報告されており、長期放置のリスクが示されています。jstage.jst+1
悪性化を疑うべき臨床所見としては、急速な増大(数週間から数ヶ月で著明に大きくなる)、易出血性、潰瘍形成、周囲組織への浸潤、硬結の増強などが挙げられます。このような所見を認めた場合は、速やかに生検または切除生検を行い、病理組織学的診断を確定する必要があります。悪性化した症例では、広範囲切除と必要に応じて放射線療法や化学療法を組み合わせた集学的治療が必要となります。furubayashi-keisei+2
その他の重要な合併症として、蜂窩織炎、敗血症、瘻孔形成などがあります。蜂窩織炎は、アテロームの炎症が周囲の皮下組織に広がった状態で、広範囲の発赤、腫脹、熱感を伴い、しばしば高熱を呈します。入院治療が必要となることもあり、早期の抗生物質投与が重要です。瘻孔形成は、反復する炎症により皮膚に慢性的な通路ができる状態で、持続的な膿の排出を伴い、治療が複雑化します。このような合併症を防ぐためには、炎症の初期段階での適切な介入と、患者への早期受診の重要性の啓発が不可欠です。ic-clinic-ueno+2
皮膚科医としては、38度以上の高熱、激しい疼痛、急速な腫脹、広範囲の発赤、意識障害などの症状を認めた場合は、緊急受診を促すよう患者に指導する必要があります。ic-clinic-ueno