市中肺炎(Community-Acquired Pneumonia: CAP)は、病院外で日常生活を営んでいた人に発症した肺炎と定義されます。この定義には、基礎疾患を有しない、あるいは軽微な基礎疾患のみを持つ患者が含まれます。ただし、在宅で介護を受けている寝たきりの高齢者や介護福祉施設への入居者、誤嚥を繰り返す患者に発症した肺炎は医療・介護関連肺炎に分類され、純粋な市中肺炎からは除外されています。kobe-kishida-clinic+2
院内肺炎との最も大きな違いは、宿主の状態と原因微生物の種類です。市中肺炎では誤嚥性肺炎が少なく、非定型病原体(マイコプラズマ、クラミジア、レジオネラ)が関与する頻度が高いのが特徴です。一方、院内肺炎は入院から約2日以上経過してから発生し、緑膿菌やMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、肺炎桿菌などの耐性菌が原因となることが多く、病原体がより攻撃的で抗菌薬に反応しにくい傾向があります。jstage.jst+2
日本呼吸器学会の成人肺炎診療ガイドライン2024では、市中肺炎、院内肺炎、医療・介護関連肺炎の定義と分類について詳細に解説されています
市中肺炎は普通に生活している健康な人に発生する肺炎であるため、院内肺炎に比べて一般的に予後が良好です。しかし、高齢者や免疫力の低下した患者では重症化するリスクがあり、適切な重症度評価と治療が求められます。shimizuhospital+2
市中肺炎は原因微生物によって、細菌性肺炎と非定型肺炎の2つのタイプに大別されます。この分類は治療薬の選択において極めて重要です。hosp.hyo-med+2
**細菌性肺炎(定型肺炎)**の主な原因菌は以下の通りです。
| 原因菌 | 特徴 |
|---|---|
| 肺炎球菌 | 市中肺炎の最も一般的な原因菌で、鉄さび色の痰を特徴とするkobe-kishida-clinic+1 |
| インフルエンザ菌 | 小児や高齢者に多くみられるkobe-kishida-clinic |
非定型肺炎の原因微生物には以下が含まれます。
| 原因微生物 | 特徴 |
|---|---|
| マイコプラズマ | 若年者に多く、激しく持続する乾性咳嗽が特徴kobe-kishida-clinic+1 |
| レジオネラ菌 | 空調設備などを介して感染し、重症化しやすいkobe-kishida-clinic |
| クラミジア | 非定型病原体の一つで市中肺炎に関与jstage.jst |
細菌性肺炎と非定型肺炎では咳の状態に違いがあり、細菌性肺炎では湿性の咳で膿性痰を伴うことが多いのに対し、非定型肺炎では乾性の咳で痰が少ないのが特徴です。マイコプラズマによる肺炎は集団流行することがあるため、症状が出たら早めの受診が推奨されます。kusabanaclinic+1
ウイルス性市中肺炎の原因としては、インフルエンザウイルス、RSV(respiratory syncytial virus)、パラインフルエンザウイルスなどがあり、これらは上気道感染症から下気道に感染が広がることで肺炎を発症させます。kobe-kishida-clinic
市中肺炎の主要な症状は発熱、咳、痰、呼吸困難、胸痛などですが、患者の年齢や基礎疾患の有無によって症状が異なることがあります。高齢者や免疫力の低下した患者では典型的な症状が出現しないこともあるため、注意深い観察が必要です。hosp.hyo-med+1
主要症状の詳細:
📌 発熱:38℃以上の発熱を伴うことが多く、高熱が数日間持続する場合があります。ただし、高齢者では発熱が軽度であったり、全くみられないこともあるため注意が必要です。kobe-kishida-clinic
📌 咳と痰:湿性の咳が特徴的で、痰は白色、黄色、緑色など様々な色調を呈します。膿性痰を伴う際は細菌感染を疑い、血痰を伴うケースは重症化の兆候である可能性があります。肺炎球菌による肺炎では「鉄さび色」の痰が特徴的です。kusabanaclinic+1
📌 呼吸困難と胸痛:呼吸困難は病状の進行とともに増悪し、胸膜性胸痛を伴うこともあります。hokuto
日本呼吸器学会では、市中肺炎の重症度評価にA-DROPスコアを推奨しています。A-DROPは5つのチェック項目の頭文字をつなげたもので、各項目1点として計算します:medical+1
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| A (Age) | 男性70歳以上、女性75歳以上 |
| D (Dehydration) | BUN 21mg/dL以上、または脱水所見あり |
| R (Respiration) | SpO₂ 90%以下(PaO₂ 60 Torr以下) |
| O (Orientation) | 意識障害あり |
| P (Pressure) | 収縮期血圧 90 mmHg以下 |
重症度分類:
※収縮期血圧90 mmHg以下が1項目でも該当する場合は、ショック症状として超重症(ICU管理)とします。wada-hosp
A-DROPスコアの計算ツールを活用することで、重症度を簡便に判断できます
高齢化による影響で、年齢項目に該当する患者が増加しており、重症化する傾向にあります。wada-hosp
市中肺炎の診断には、臨床症状に加えて血液検査と画像検査が重要な役割を果たします。tokushukai+1
血液検査所見:
白血球増多やCRP上昇などの炎症所見が認められ、病勢の評価が可能です。BUN(尿素窒素)21mg/dL以上は脱水の指標としてA-DROPスコアにも含まれています。hosp.hyo-med+2
画像検査:
胸部レントゲンやCTで肺炎像を確認します。CTで肺炎と診断された症例の数%は胸部レントゲンで肺炎像を確認できないこともあるため、CTの方がより感度が高いとされています。画像所見と炎症反応の程度を総合的に評価することで、肺炎の重症度を判断します。tokushukai+1
原因菌の検査:
痰や血液、尿から原因菌を調べる培養検査が実施されます。検査結果が出るまでに数日から1週間程度かかり、検出率も100%ではないため、原因菌がはっきりしないこともあります。培養検査以外に、尿や鼻腔のぬぐい液を用いた迅速診断キット(肺炎球菌、レジオネラ、マイコプラズマ、インフルエンザ、新型コロナウイルス)を使用する方法もあります。hosp.hyo-med
基礎疾患などによって免疫力が極端に低下している場合には、通常はあまり感染しないような日和見感染の可能性を考えて追加検査を行うことがあります。難治性症例に対しては、気管支内視鏡検査を実施する場合もあります。hosp.hyo-med
市中肺炎の治療では、原因微生物を推定し、適切な抗菌薬を選択することが重要です。日本呼吸器学会のガイドラインでは、細菌性肺炎と非定型肺炎を区別して治療方針を決定することを推奨しています。shibuya-naika+2
外来・軽症例の抗菌薬選択:
非定型肺炎以外の細菌性肺炎の場合、第一選択薬はオーグメンチン(アモキシシリン・クラブラン酸)+サワシリン(アモキシシリン水和物)の組み合わせ(通称:オグサワ)です。ターゲットが肺炎球菌と確定できれば、サワシリンの高用量が推奨されます。credentials+1
レスピラトリー・キノロンの位置づけ:
レスピラトリー・キノロン(レボフロキサシン、モキシフロキサシン、ガレノキサシン、シタフロキサシンなど)は、耐性肺炎球菌や非定型病原体に有効で、市中肺炎の治療において有用な抗菌薬です。しかし、菌の耐性化を予防するため、また有効な医療資源の温存のため、日本呼吸器学会のガイドラインでは第一選択薬から除外し、条件付で推奨しています。慢性呼吸器疾患がある場合やその他の基礎疾患(糖尿病、腎疾患、肝疾患、心疾患など)保有者、高齢者では選択抗菌薬を変更する必要があります。jstage.jst
非定型肺炎の治療:
マイコプラズマなどの非定型病原体が原因の場合、アジスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬やレスピラトリー・キノロンが選択されます。credentials
クリンダマイシンの使用:
クリンダマイシンは嫌気性菌をカバーするために他剤との組み合わせで使われることが多く、レボフロキサシンやペニシリン系抗菌薬との併用が一般的です。ただし、偽膜性腸炎のリスクがあるため、慎重に使用する必要があります。βラクタム系が使えない時の代替薬として位置づけられます。credentials
治療期間:
市中肺炎に対する抗微生物薬の投与は、通常3~7日間程度で十分とされています。治療反応を評価しながら、適切な期間で抗菌薬を使用することが重要です。kansensho
市中肺炎は様々な合併症を引き起こす可能性があり、特に医療従事者が注意すべき合併症には以下のものがあります。knowledge.nurse-senka
主要な合併症:
🚨 菌血症・敗血症:全身感染症であり、全身管理が必要となります。敗血症は急速に症状が進行するため、早期発見が極めて重要です。初期段階と次の段階では血圧や四肢の体感温度などに違いがみられるため、熱や皮膚の様子などをこまめに観察することが肝心です。体温、血圧、脈、呼吸、意識レベルなど、通常のケアで十分観察可能なバイタルサインに関しては、ルーチンのチェックだけではなく、常に注意を払う必要があります。knowledge.nurse-senka
🚨 ALI(急性肺損傷)/ARDS(急性呼吸促迫症候群):急性呼吸不全を起こすため、人工呼吸器での管理が必要となります。knowledge.nurse-senka
🚨 胸膜炎:胸痛を引き起こすため、他の疾患との鑑別が必要です。knowledge.nurse-senka
感染管理上の注意点:
肺炎患者はすでに菌に感染しているため、敗血症を早期に発見するには、ベッドサイドにいる時間が長い看護師が全身状態を注意深く観察することが求められます。感染源が体内を回る道となるカテーテル類は、すべて新しいものに取り替え、チューブ、ドレーンなど数多くのラインが挿入される場合は、ラインの整理を怠らないようにする必要があります。knowledge.nurse-senka
長期合併症:
最近の研究では、市中肺炎は急性の病気としてだけでなく、心血管イベント、呼吸機能障害、認知機能低下などの長期合併症を伴う疾患として認識されています。したがって、急性期治療後も長期的なフォローアップが重要となります。kameda
慢性肺疾患や基礎疾患を持つ患者への配慮:
喘息を除く慢性肺疾患を有する患者では、抗菌薬投与の判断が異なる場合があります。日本呼吸器学会の2025年度版ガイドラインでは、「喘息を除く慢性肺疾患」が外来患者における抗菌薬投与判断の重要な「合併症」として位置づけられています。糖尿病、腎疾患、肝疾患、心疾患などの基礎疾患保有者や高齢者では、選択抗菌薬を変更する必要があるため、患者背景を十分に評価することが求められます。note+1
市中肺炎の予防には、感染対策とワクチン接種が重要な役割を果たします。特に肺炎球菌ワクチンは市中肺炎予防において有効性が確立されています。kujira-zaitaku
肺炎球菌ワクチンの種類と効果:
現在日本で使用可能な肺炎球菌ワクチンには以下の種類があります。
| ワクチン名 | 特徴 | カバー率 |
|---|---|---|
| PPSV23(ニューモバックスNP) | 23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチンで、侵襲性肺炎球菌感染症を4割程度予防kansensho+1 | 44.1%kameda |
| PCV13(プレベナー13) | 13価結合型ワクチンで、ワクチン血清型による市中肺炎を45.6%予防kansensho | 24.0%kameda |
| PCV15 | 15価結合型ワクチンkameda+1 | 28.0%kameda |
| PCV20(プレベナー20) | 20価結合型ワクチンkameda+1 | 43.7%kameda |
| PCV21(キャップバックス) | 成人に特化して設計された21価結合型ワクチンで、日本人成人の市中肺炎の原因となる肺炎球菌をカバーmsd | 71.9%kameda |
ワクチンの予防効果:
PCV13はワクチン血清型による市中肺炎を45.6%予防し、ワクチン血清型による菌血症を伴わない市中肺炎を45.0%予防し、ワクチン血清型によるIPD(侵襲性肺炎球菌感染症)を75.0%予防することが報告されています。リスクの有無にかかわらず65歳以上へのPCV13接種により、その後約4年間は市中肺炎に対する予防効果が持続し、5年の研究期間内にPCV13の市中肺炎予防効果は減衰しなかったとされています。kansensho
定期接種の推奨:
肺炎球菌ワクチンは5年間に一回定期接種することが勧められており、インフルエンザワクチンのように助成を受けて接種できるものがあります。mhlw+1
新しいワクチンの意義:
PCV20およびPCV21でカバーされる血清型の割合が高いことは、これらの新しいワクチンが成人の肺炎球菌性肺炎に対して追加の予防効果を提供する可能性を示唆しています。日本で成人向けに新たに開発されたPCVが利用可能になることを踏まえ、成人に対する最適な肺炎球菌ワクチン接種方針を再評価することが妥当とされています。kameda
厚生労働省の高齢者の肺炎球菌ワクチンに関する情報では、定期接種の対象者や接種方法について詳しく解説されています
基本的な感染対策:
ワクチン接種に加えて、風邪予防と同様の基本的な感染対策(手洗い、うがい、マスク着用など)が肺炎予防にも有効です。特に季節の変わり目や冬季は肺炎のリスクが高まるため、日常的な感染対策を徹底することが重要です。kujira-zaitaku+1