アトロピンの効果と作用機序・臨床応用

アトロピンは副交感神経を遮断し、心拍数の増加、消化管運動の抑制、散瞳などの多様な薬理作用を示す抗コリン薬です。徐脈や有機リン中毒など緊急時の治療薬としても重要な役割を果たしますが、その作用機序と臨床での使い方を正しく理解していますか?

アトロピンの効果と作用機序

アトロピンの主な薬理作用
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副交感神経遮断作用

ムスカリン受容体でアセチルコリンと競合的に拮抗し、副交感神経系の伝達を選択的に遮断します

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心血管系への効果

迷走神経の作用を遮断することで心拍数を増加させ、房室伝導時間を短縮させます

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眼科領域での応用

散瞳作用と調節麻痺作用により、眼底検査や近視進行抑制治療に使用されます

アトロピンのムスカリン受容体遮断作用

 

 

アトロピンは副交感神経系の節後線維末端のシナプスにおいて、ムスカリン性アセチルコリン受容体(M1、M2、M3受容体)に結合し、神経伝達物質であるアセチルコリンと競合的に拮抗します。この作用により、平滑筋、心筋、外分泌腺などにおける副交感神経の「休息と消化」反応が抑制され、相対的に交感神経系が優位な状態となります。biomedpharmajournal+3
アトロピンは特にM2受容体(主に心臓に分布)、M3受容体(主に平滑筋や腺組織に分布)を遮断しますが、ニコチン受容体には作用しないため、副交感神経系の神経節や運動神経終板での伝達には影響を与えません。この選択的な作用機序により、アトロピンは「副交感神経遮断薬」または「抗ムスカリン薬」とも呼ばれ、臨床では様々な病態に対して治療薬として使用されています。wikipedia+2
アセチルコリンが心筋のM2受容体に結合すると、Gi/Goタンパクを介してアセチルコリン感受性K+チャネル電流を開口させ、細胞膜電位を過分極させることで活動電位持続時間を短縮させます。アトロピンはこの経路を遮断することで、心臓のペースメーカー細胞や伝導系における迷走神経の抑制的影響を取り除きます。jstage.jst

アトロピンの心血管系への効果と徐脈治療

アトロピンは心臓のM2受容体に作用し、洞房結節に対する迷走神経の抑制作用を遮断することで心拍数を増加させます。ヒトにアトロピン硫酸塩を静注した場合、0.25mgで一時的な徐脈が、0.75〜1.50mgでは著明な頻脈が認められます。この用量依存的な効果は、低用量では中枢性の迷走神経刺激作用が優位となり、高用量では末梢性の抗コリン作用が優位になるためと考えられています。pins.japic+3
症候性徐脈の治療において、アトロピンは第一選択薬として位置づけられています。推奨される投与量は0.5mgを3〜5分毎に静注し、総投与量は3mgまでとされています。0.5mg未満の投与では逆説的に心拍数を低下させる可能性があるため注意が必要です。plaza.umin+2
アトロピン1mg静注後、ヒス束心電図により、正常房室伝導路を介する房室間の正伝導時間(P-R間隔)が短縮し、この短縮は房室結節伝導時間(A-H間隔)の短縮に起因することが明らかにされています。ただし、急性冠虚血や心筋梗塞がある場合、心拍数の増加は虚血を悪化させ梗塞範囲を広める可能性があるため、慎重に使用する必要があります。vet.cygni+2
AHAガイドラインにおける徐脈治療のアトロピン使用に関する推奨事項

アトロピンの消化管平滑筋への効果

アトロピンは消化管の平滑筋細胞に分布するM3ムスカリン受容体を遮断することで、胃腸管の緊張を低下させ、蠕動運動を抑制します。この作用により、胃・十二指腸潰瘍における分泌ならびに運動亢進、胃腸の痙攣性疼痛、痙攣性便秘、胆管・尿管の疝痛などの治療に用いられます。clinicalsup+3
消化管における副交感神経の正常な機能は、消化液の分泌促進と消化管運動の亢進ですが、アトロピンはこれらを抑制することで、胃酸分泌、唾液分泌、膵液分泌などの外分泌腺の機能を低下させます。臨床量(0.5〜1mg)において、アトロピンは胃腸管の運動を有意に抑制し、消化性潰瘍時の蠕動亢進、幽門痙攣、反射性大腸痙攣のような病的な運動を改善します。pmda+2
研究により、アトロピンは胃の近位部の弛緩反応や下部食道括約筋の一過性弛緩を抑制することが示されており、この効果は中枢神経系の統合機構への作用によるものと考えられています。また、有機リン中毒の治療においては、アトロピンの消化管運動抑制作用が消化管除染を妨げる可能性があるため、治療戦略の立案時に考慮する必要があります。pmc.ncbi.nlm.nih+3

アトロピンの有機リン中毒における救急治療

有機リン系化合物による中毒は、アセチルコリンエステラーゼを不可逆的に阻害することでアセチルコリンが過剰に蓄積し、ムスカリン様症状(縮瞳、流涎、気管支分泌亢進、徐脈、嘔吐、下痢など)とニコチン様症状(筋線維束攣縮、筋力低下など)を引き起こします。アトロピンは有機リン中毒における主要な拮抗薬として、ムスカリン様症状を改善する目的で使用されます。hayakawa-ganka+2
有機リン中毒の急性期における死亡原因は、気管支分泌物過多による気道閉塞であるため、アトロピンは瞳孔径や心拍数の正常化ではなく、気管支攣縮と気管支分泌物の軽減を指標に投与します。初回用量は1〜3mgを静注し、必要に応じて3〜5分毎に倍増することができます。重症例ではグラム単位のアトロピンが必要になることもあり、実際の症例では合計600mg以上使用された報告もあります。emalliance+1
アトロピンと併用される解毒薬として、プラリドキシム(PAM)があります。PAMはアセチルコリンエステラーゼを再活性化する作用を持ち、24〜36時間以内に2gを20〜30分かけて静注した後、0.5〜1g/hで点滴投与します。臨床研究では、PAMは死亡率減少、肺炎の発症率低下、人工呼吸器装着期間の短縮効果が確認されており、WHOでは硫酸アトロピンが必要な全ての患者にPAM投与を推奨しています。m3+1
MSDマニュアルにおける有機リン中毒の診断と治療に関する詳細な解説

アトロピンの低濃度点眼による近視進行抑制効果

近年、眼科領域では低濃度アトロピン点眼液が小児の近視進行抑制治療として注目されています。従来、1%アトロピン点眼液は80%もの近視進行抑制効果があることが報告されていましたが、散瞳や調節障害などの副作用が強く日常使用は困難でした。そこで濃度を約100分の1に薄めた0.01%濃度のアトロピン点眼液が開発され、副作用を最小限に抑えながら近視進行を平均40〜60%軽減させることが示されています。bunko-eye+3
シンガポール国立眼科センターで実施されたLAMP2試験では、474名の非近視児童(4〜9歳)を対象に、0.05%アトロピン、0.01%アトロピン、プラセボの3群で比較検討が行われました。その結果、0.05%アトロピン群はプラセボ群と比較して2年間の累積近視発症率を17.5%低下させ、急速な近視化を示す患者の割合を20.1%減少させることが示されました。一方、0.01%アトロピン群とプラセボ群の間には有意差が認められませんでした。pmc.ncbi.nlm.nih
低濃度アトロピン点眼液の作用機序については完全には解明されていませんが、ムスカリン受容体を介した眼軸長の伸展抑制作用が関与していると考えられています。毎日就寝前に1滴点眼するだけの簡便な治療法であり、日中の光のまぶしさや近見視力への影響がほとんどないため、学童期の児童にも使用しやすい特徴があります。myopia-square+3
メタ解析により、0.01%アトロピン単独療法およびオルソケラトロジーとの併用療法は、いずれも近視進行抑制に有効であることが示されています。特にオルソケラトロジーとの併用は、オルソケラトロジー単独よりも眼軸長の伸展を効果的に抑制することが報告されており、基礎近視度数と治療期間が眼軸長変化に影響を与える可能性が示唆されています。plos
日本眼科学会による低濃度アトロピン点眼液を用いた近視進行抑制治療の手引き

アトロピンの麻酔前投薬としての効果と散瞳作用

麻酔前投薬としてのアトロピンは、麻酔中および手術中に発生する可能性のある迷走神経反射を予防し、唾液・気管支分泌物を抑制する目的で使用されます。通常、成人1回0.5mgを皮下、筋肉内または静脈内注射により投与します。この用量により、分泌腺の機能抑制と迷走神経緊張の軽減が得られ、麻酔導入時や気管挿管時の徐脈や分泌物による気道閉塞のリスクを低減できます。kegg+4
硝子体手術などの眼科手術時には、眼球圧迫により迷走神経反射が誘発され、心拍数が30拍/分台まで低下する重篤な徐脈が発生することがあります。このような場合、アトロピン注射剤の投与により速やかに心拍数を上昇させることができます。また、電気痙攣療法(ECT)の前投与としても、アトロピン硫酸塩水和物として通常成人1回0.5mgを投与し、治療中の迷走神経反射を予防します。pins.japic+2
眼科領域では、アトロピンは診断または治療を目的とする散瞳と調節麻痺のために点眼薬として使用されます。1%アトロピン点眼液は最強の調節麻痺剤として、小児の内斜視における屈折検査や弱視治療に用いられます。散瞳効果は約1週間持続するため、硝子体手術後の眼底観察を容易にする目的でも使用されます。ただし、散瞳と視調節障害により自動車の運転などの危険を伴う作業は制限されるため、患者への十分な説明が必要です。eisai+4

アトロピンの副作用と使用上の注意

アトロピンの副作用は、その抗コリン作用に由来する多様な症状として現れます。主な副作用として、散瞳、視調節障害、口渇、悪心、嘔吐、便秘、排尿障害、頭痛、心悸亢進などが報告されています。重大な副作用として、ショック、アナフィラキシー(頻脈、全身潮紅、発汗、顔面浮腫など)があらわれることがあるため、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し適切な処置を行う必要があります。pins.japic+2
アトロピンは以下の患者には特に注意が必要です。前立腺肥大などによる排尿障害のある患者では、抗コリン作用により膀胱平滑筋の弛緩と膀胱括約筋の緊張が生じ、排尿困難を悪化させるおそれがあります。うっ血性心不全患者では、心拍数増加により心臓に過負荷をかけ症状を悪化させる可能性があります。重篤な心疾患のある患者、特に心筋梗塞に併発する徐脈や房室伝導障害では、過度の迷走神経遮断効果として心室頻脈や細動を起こすことがあります。kegg+2
潰瘍性大腸炎の患者では中毒性巨大結腸があらわれることがあり、麻痺性イレウスの患者では抗コリン作用により消化管運動を抑制し症状を悪化させるおそれがあります。甲状腺機能亢進症の患者では、頻脈や体温上昇などの交感神経興奮様症状が増強する可能性があります。高温環境下では、発汗抑制により体温調節が困難になるため注意が必要です。pmda+1
眼科領域では、低濃度アトロピン点眼液(0.01%)の使用により、一時的な涙液メニスカス高(TMH)の減少、ドライアイ症状、視覚症状が生じることがありますが、これらの症状は通常18時間以内に消失します。一方、0.05%濃度では羞明(まぶしさ)が最も一般的な副作用として報告されており、約12.9%の患者に認められています。frontiersin+2
アトロピンは多くの薬剤と相互作用を示すため、併用薬剤には注意が必要です。抗コリン作用を有する薬剤(三環系・四環系抗うつ剤、フェノチアジン系薬剤、抗ヒスタミン剤など)との併用により、循環器系・精神神経系などの全身性副作用が増強されるおそれがあります。これらの相互作用を理解し、適切な用量調整と患者モニタリングを行うことが、アトロピンの安全な使用において重要です。kegg
PMDAによるアトロピン硫酸塩水和物の添付文書と安全性情報

 

 




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