パリペリドン(9-ヒドロキシリスペリドン)は、リスペリドンが肝臓で代謝された後の主活性代謝物として生成される物質です。リスペリドンとの化学構造上の違いは、わずか1つの水酸基(-OH基)のみという非常に類似した分子構造を持っています。しかし、この小さな違いが薬物動態学的特性に大きな影響を与えることが明らかになっています。
リスペリドンは肝臓の薬物代謝酵素、主にCYP2D6によって代謝され、一部CYP3A4も関与します。経口投与されたリスペリドンの約90%は肝臓で初回通過効果を受け、パリペリドンへと変換されます。この代謝過程において、CYP2D6の遺伝子多型(個人差)により、代謝速度に大きなばらつきが生じることが知られています。日本人では中活性型(IM)が50~60%、通常活性型(EM)が約40%を占め、低活性型(PM)は1%未満と報告されています。
一方、パリペリドンは既に代謝された形態であるため、肝臓でのさらなる代謝はほとんど受けません。ヒト肝試料を用いたin vitro試験では、肝での代謝率は低いと推定されており、主に腎臓から未変化体として排泄されます。このため、CYP2D6やCYP3A4の遺伝子多型や他の薬剤による代謝酵素阻害の影響を受けにくく、より予測可能な薬物動態を示すという利点があります。
パリペリドンの最大の特徴は、OROS(Osmotic controlled Release Oral delivery System)と呼ばれる浸透圧利用型の放出制御システムを採用した徐放製剤であることです。この特殊な製剤技術により、薬剤は24時間にわたってゆっくりと一定速度で放出され、血中濃度の急激な変動が抑えられます。1日1回の朝食後投与で、安定した治療効果が期待できる設計となっています。
リスペリドン1mg錠を経口投与した場合、未変化体の血中濃度は約1時間で最高濃度(Tmax)に達し、消失半減期(t1/2)は約3.91時間です。主代謝物であるパリペリドンは約3時間で最高濃度に達し、半減期は約21.69時間と長くなります。これに対し、パリペリドン徐放錠では、徐々に血中濃度が上昇し、約24時間にわたって安定した濃度を維持します。
食事の影響については、パリペリドンは高脂肪食・高カロリー食摂取時にCmaxとAUCがそれぞれ36%および37%増加することが報告されています。このため、毎日同じ条件(朝食後)での服用が推奨されます。リスペリドンでは食事の影響は比較的少ないとされていますが、パリペリドンでは製剤特性上、食事のタイミングを一定にすることが重要です。
肝機能障害患者における薬物動態では、パリペリドンは肝代謝の影響が少ないため、中等度肝機能障害患者でも非結合型濃度は健康成人と同程度でした。一方、リスペリドンは肝機能に依存した代謝を受けるため、肝機能障害時には注意が必要です。ただし、腎機能障害患者ではパリペリドンの排泄が遅延するため、用量調整が必要となります。
パリペリドンとリスペリドンは、両薬剤ともにセロトニン・ドパミンアンタゴニスト(SDA)に分類される非定型抗精神病薬です。受容体結合試験において、両薬剤の受容体親和性プロファイルは非常に類似していることが確認されています。
ドパミンD2受容体に対する親和性(Ki値)は、パリペリドンが4.8 nmol/L、リスペリドンが同程度の値を示します。セロトニン5-HT2A受容体に対しては、パリペリドンが1.0~1.1 nmol/Lの親和性を持ち、リスペリドンとほぼ同等です。両薬剤ともにD2受容体と比較して5-HT2A受容体に対してより高い親和性を示すことが特徴で、これがSDAとしての薬理作用の基盤となっています。
その他の受容体に対する親和性も類似しており、α1アドレナリン受容体(Ki = 4.0 nmol/L)、α2アドレナリン受容体(Ki = 9.5~30 nmol/L)、ヒスタミンH1受容体(Ki = 32 nmol/L)に対して結合活性を示します。これらの受容体への作用が、起立性低血圧、鎮静作用、眠気などの副作用に関連すると考えられています。
わずかな違いとして、パリペリドンはリスペリドンと比較してセロトニン5-HT2A受容体拮抗作用がやや弱いとする報告もあります。しかし、臨床的には両薬剤ともに統合失調症の陽性症状(幻覚、妄想、興奮)および陰性症状(無感情、意欲低下、自閉)の両方に有効性を示します。
リスペリドンは日本国内で複数の適応症を持つ抗精神病薬です。統合失調症が主要な適応症であり、成人では通常1回1mg、1日2回から開始し、徐々に増量します。維持量は通常1日2~6mgを1日2回に分けて経口投与します。その他、双極性障害における躁症状の改善、小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性(5歳以上18歳未満)にも適応があります。
パリペリドンの適応症は統合失調症に限定されています。日本では2011年にインヴェガ錠として承認され、統合失調症治療を目的とした薬剤として使用されます。通常、成人にはパリペリドンとして6mgを1日1回朝食後に経口投与します。患者の状態に応じて適宜増減しますが、1日量は12mgを超えないこととされています。
用法の大きな違いは、リスペリドンが1日2回投与であるのに対し、パリペリドンは1日1回投与という点です。パリペリドンの徐放製剤特性により、1回の服用で24時間安定した効果が期待できるため、服薬コンプライアンス(アドヒアランス)の向上が期待されます。ただし、パリペリドンは3mg、6mg、9mgの3規格しかなく、微調整が難しいという欠点もあります。
持効性注射製剤(LAI)としては、リスペリドンにはリスペリドン持効性注射製剤が、パリペリドンにはゼプリオン(パリペリドンパルミチン酸エステル1ヶ月製剤)およびゼプリオンTRI(3ヶ月製剤)があり、それぞれ維持期治療において重要な選択肢となっています。
パリペリドンとリスペリドンの副作用プロファイルには、いくつかの重要な違いが報告されています。最も注目すべき違いは、鎮静作用と眠気の程度です。複数の臨床研究において、パリペリドンはリスペリドンと比較して眠気、鎮静作用、倦怠感が少ないことが示されています。これは、パリペリドンの徐放製剤特性により血中濃度の急激な上昇が抑えられることと、肝臓での初回通過効果がないことが関連していると考えられます。
プラセボ対照二重盲検比較試験では、リスペリドン群がパリペリドンER群およびプラセボ群と比較して、より有害な主観的経験と関連していました(p<0.05)。特に、主観的な陰性症状や認知機能への影響が少なく、安全性プロファイルが良好である可能性が示唆されています。日常生活における活動性の維持や認知機能の保持という観点から、パリペリドンの利点が指摘されています。
錐体外路症状については、両薬剤ともにドパミンD2受容体拮抗作用により発現する可能性があります。しかし、副作用の頻度に関するデータベース解析では、リスペリドンでより頻度が高い副作用として、アカシジア(落ち着きのなさ)、振戦、筋強剛などの錐体外路症状が報告されています。パリペリドンで比較的多い副作用は、不眠症、頻脈、洞性頻脈などでした。ただし、用量依存的に錐体外路症状のリスクは増加するため、適切な用量設定が重要です。
プロラクチン上昇は両薬剤に共通する副作用です。血中プロラクチン増加により、月経異常、乳汁分泌、女性化乳房、性機能障害などが生じる可能性があります。体重増加や代謝異常(血糖値上昇、脂質異常症)も両薬剤で注意が必要な副作用であり、定期的なモニタリングが推奨されます。重大な副作用である悪性症候群、遅発性ジスキネジア、麻痺性イレウス、SIADH、横紋筋融解症などのリスクは両薬剤で同様に存在します。
パリペリドンとリスペリドンの臨床効果について、複数の比較研究が実施されています。プロペンシティスコアマッチングを用いたデータベース解析では、パリペリドンER 6~12mg/日がリスペリドン2~4mg/日より有効である可能性が示され、リスペリドン4~6mg/日とは同等の効果である可能性が示唆されました。PANSS(Positive and Negative Syndrome Scale)総スコアによる評価では、統合失調症の症状改善において両薬剤ともに有効性が確認されています。
治療効果の発現時期については、パリペリドンER群では二重盲検期の2週目(15日目)以降にプラセボ群と比較して有意な治療効果が認められました。リスペリドンも同様に急性期治療において効果を示しますが、血中濃度の立ち上がりが早いため、初期の鎮静効果はより顕著な場合があります。
認知機能への影響に関して、パリペリドンは主観的な陰性症状や認知機能への悪影響が少ないという報告があります。統合失調症患者の社会復帰や日常生活機能の維持において、認知機能の保持は極めて重要です。リスペリドンからパリペリドンへの切り替え研究では、認知機能および社会機能の改善が報告されています。
再発予防効果については、持効性注射製剤を用いた研究で、パリペリドンパルミテート(PP)とリスペリドン持効性注射製剤(LAI)の比較が行われています。メタアナリシスの結果、両製剤ともに統合失調症の再発予防に有効であり、安全性プロファイルも許容範囲内でした。アドヒアランスについては、長時間作用型注射剤は経口剤と比較して優れており、パリペリドンLAIとリスペリドンLAIのアドヒアランスはともに0.82と同等でした。
リスペリドンは主にCYP2D6で代謝されるため、この酵素を阻害する薬剤との併用時には注意が必要です。パロキセチン(パキシル)はCYP2D6の強力な阻害薬であり、リスペリドンと併用するとリスペリドンの血中濃度が上昇します。この場合、リスペリドンの用量調整が必要となり、副作用のリスクが高まる可能性があります。その他、フルオキセチン、ブプロピオン、キニジンなどもCYP2D6阻害作用を有し、相互作用に注意が必要です。
CYP3A4阻害薬(イトラコナゾール、クラリスロマイシン、リトナビルなど)やCYP3A4誘導薬(カルバマゼピン、リファンピシン、フェニトインなど)との併用も、リスペリドンの血中濃度に影響を与える可能性があります。特にカルバマゼピンなどの強力な酵素誘導薬は、リスペリドンの代謝を促進し、効果を減弱させる可能性があります。
一方、パリペリドンは肝代謝をほとんど受けないため、CYP2D6やCYP3A4に関連する薬物相互作用のリスクが大幅に低減されます。これは大きな臨床的利点であり、多剤併用療法が必要な患者において、薬物相互作用による血中濃度変動の懸念が少なくなります。ただし、腎排泄型の薬剤であるため、腎機能に影響を与える薬剤や腎排泄を競合する薬剤との相互作用には注意が必要です。
バルプロ酸との併用については、両薬剤ともに臨床的に重要な相互作用は報告されていません。バルプロ酸(500~2,000mg/日)とパリペリドン(12mg/日)の併用時、バルプロ酸の薬物動態に併用の影響は認められませんでした。しかし、症例報告では、リスペリドンからパリペリドンへの切り替え時にバルプロ酸併用下で錐体外路症状が増悪した事例もあり、個別の患者での注意深いモニタリングが推奨されます。
薬剤費の観点では、パリペリドンはリスペリドンと比較して高額です。リスペリドンは既にジェネリック医薬品が多数販売されており、薬価は大幅に低下しています。パリペリドンは比較的新しい薬剤であり、特許期間中は先発品のみであったため、医療経済的な負担が大きいという指摘がありました。ただし、パリペリドンのジェネリック医薬品が今後発売されれば、コスト面での違いは縮小すると予想されます。
後ろ向き研究において、パリペリドンERをリスペリドンに切り替えることによる潜在的なコスト削減効果が評価されています。薬剤費は削減されますが、臨床効果や副作用プロファイルの違いを考慮すると、単純なコスト比較だけでは評価できません。患者個々の状態、副作用の発現状況、服薬アドヒアランス、QOL(生活の質)への影響などを総合的に判断する必要があります。
臨床的位置づけとしては、リスペリドンは統合失調症治療において広く使用されている第一選択薬の一つです。日本の専門医コンセンサスでは、統合失調症の初発時や急性期において、リスペリドン(平均スコア7.9±1.4)、オランザピン(7.5±1.6)、アリピプラゾール(6.9±1.9)が高く評価されています。パリペリドンは、リスペリドンで良好な効果が得られているが、眠気や鎮静作用が問題となる患者、肝機能障害がある患者、薬物相互作用のリスクが高い患者において有用な選択肢となります。
切り替えに関しては、リスペリドンからパリペリドンへの変更が症状の悪化や予期しない副作用を引き起こす可能性も報告されています。リスペリドンはプロドラッグではなく、それ自体も薬理活性を有するため、単純に等価とは言えません。症例報告では、リスペリドン持効性注射製剤で安定していた患者がパリペリドン持効性注射製剤に切り替えた後、精神症状が悪化した事例も存在します。したがって、切り替えは慎重に行い、十分なモニタリングが必要です。
パリペリドンとリスペリドンの選択において、医療従事者が考慮すべき臨床的なポイントをまとめます。まず、患者の症状プロファイルが重要です。急性期の激しい興奮や攻撃性がある場合、リスペリドンの迅速な鎮静効果が有用な場合があります。一方、慢性期の維持療法や、日中の活動性を保ちたい患者にはパリペリドンの徐放製剤が適している可能性があります。
副作用の懸念がある場合の選択も重要です。眠気や過鎮静が問題となる患者、日中の活動性や認知機能の維持が重要な患者には、パリペリドンが第一選択となる可能性があります。逆に、不眠症状が強い患者では、リスペリドンの鎮静作用が治療的に働く場合もあります。錐体外路症状のリスクについては、低用量から開始し、慎重に増量することで両薬剤ともにリスクを最小化できます。
肝機能や腎機能の状態も選択基準となります。肝機能障害がある患者や、多剤併用により薬物相互作用のリスクが高い患者では、肝代謝を受けないパリペリドンが安全な選択肢となります。一方、腎機能障害がある患者では、パリペリドンは腎排泄型であるため用量調整が必要となり、リスペリドンの方が管理しやすい場合もあります。
服薬アドヒアランスの観点では、パリペリドンの1日1回投与は利点となります。服薬回数が少ないほど、飲み忘れのリスクが減少し、治療継続率が向上します。ただし、パリペリドンは用量調整の選択肢が限られる(3mg、6mg、9mgのみ)ため、微調整が必要な患者ではリスペリドンの方が柔軟な用量設定が可能です。
コストと医療経済性については、ジェネリック医薬品が利用可能なリスペリドンの方が医療費負担が少なくなります。しかし、副作用による入院や治療中断のリスク、QOLへの影響なども含めた総合的な評価が必要です。最終的には、患者個々の状態、生活環境、治療目標に応じて、医師と患者が協働して最適な薬剤を選択することが重要です。定期的な評価とモニタリングにより、必要に応じて薬剤の変更や用量調整を行うことで、より良い治療成績が期待できます。
参考リンク:リスペリドンとパリペリドンの受容体結合特性や薬理学的違いに関する詳細な比較研究
参考リンク:パリペリドンERの薬理学的特性および国内外の臨床試験成績の総合的なレビュー
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