閉塞隅角緑内障の禁忌薬と注意点

閉塞隅角緑内障患者では抗コリン薬などの禁忌薬が多数存在し、服用により急性緑内障発作を誘発するリスクがあります。医療現場で注意すべき薬剤と対応について理解していますか?

閉塞隅角緑内障の禁忌

閉塞隅角緑内障の禁忌薬について
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抗コリン作用を持つ薬剤

散瞳作用により隅角閉塞を引き起こし、急性緑内障発作を誘発するリスクがある

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多岐にわたる禁忌薬剤

睡眠薬、抗パーキンソン薬、感冒薬、抗ヒスタミン薬など100種類以上の薬剤に注意が必要

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患者への確認の重要性

処方前に緑内障のタイプを確認し、緑内障連絡カードの活用で安全性を確保

閉塞隅角緑内障における抗コリン薬の禁忌機序

 

 

閉塞隅角緑内障では、抗コリン作用を持つ薬剤が禁忌とされています。これは抗コリン薬が副交感神経を抑制し、散瞳(瞳孔の拡大)を引き起こすためです。散瞳により虹彩が周辺部に寄せられると、もともと狭くなっている隅角がさらに閉塞し、房水の流出が妨げられます。その結果、眼圧が急激に上昇し、急性緑内障発作を誘発する可能性が高まります。

 

一方、開放隅角緑内障では隅角が開いているため、抗コリン薬を使用しても隅角が完全に閉塞することは基本的にありません。このため、抗コリン薬は閉塞隅角緑内障に対してのみ禁忌とされており、開放隅角緑内障では慎重投与となっています。2019年6月に添付文書が改訂され、「緑内障患者」から「閉塞隅角緑内障患者」へと禁忌対象が明確化されました。

 

日本薬剤師会:緑内障患者への投与に注意が必要な薬剤(添付文書改訂の詳細)
抗コリン作用のメカニズムとして、ムスカリン性アセチルコリン受容体の遮断により瞳孔散大筋が優位となり、瞳孔が開きます。この際、虹彩と水晶体の間のスペースが狭まり、房水の流れが阻害される「瞳孔ブロック」という現象が生じやすくなります。閉塞隅角緑内障患者では、もともと前房が浅く隅角が狭い解剖学的特徴があるため、わずかな散瞳でも隅角閉塞を引き起こし、眼圧が通常の10~21mmHgから50~80mmHgまで急上昇することがあります。

 

閉塞隅角緑内障の禁忌薬剤の種類と分類

閉塞隅角緑内障で禁忌となる薬剤は、100種類以上に及び、日常診療で頻繁に使用される薬剤が多く含まれています。主な分類を以下に示します。

 

精神神経系薬剤

  • 睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン系など)
  • 抗うつ薬(三環系抗うつ薬など)
  • 抗精神病薬
  • 抗パーキンソン薬

呼吸器・循環器系薬剤

  • 鎮咳薬・気管支拡張薬
  • 循環器用剤(一部の降圧薬)

消化器系薬剤

  • 鎮痙剤(消化管運動抑制薬)
  • 制酸薬の一部

アレルギー・感冒薬

  • 第一世代抗ヒスタミン薬(クロルフェニラミン、ジフェンヒドラミン、メキタジンなど)
  • 総合感冒薬(市販の風邪薬の多く)

その他

  • 鎮痛剤の一部
  • 鎮眩剤(めまい止め)
  • 排尿障害治療薬(抗コリン性の過活動膀胱治療薬)
  • 散瞳薬

特に注意が必要なのは、市販薬にも抗コリン作用を持つ成分が含まれていることです。風邪薬、鼻炎薬、睡眠改善薬などには第一世代抗ヒスタミン薬が配合されていることが多く、患者が自己判断で服用してしまうリスクがあります。一方で、第二世代抗ヒスタミン薬(フェキソフェナジン、ロラタジンなど)は抗コリン作用が弱く、禁忌の指定がないものが多いため、代替薬として選択できます。

 

公立甲賀病院:緑内障禁忌薬剤の詳細(薬剤リストと作用機序)
また、内視鏡検査や手術の際に使用される前投薬(ブスコパンなど)も強い抗コリン作用を持つため、閉塞隅角緑内障患者には使用できません。医療従事者は、検査や手術前に必ず緑内障の有無とそのタイプを確認する必要があります。

 

閉塞隅角緑内障の診断と隅角検査の重要性

閉塞隅角緑内障の正確な診断には、隅角検査が不可欠です。隅角は通常の診察では観察できないため、隅角鏡という特殊なレンズを角膜上に当てて検査します。隅角鏡による検査では、隅角の開き具合(開放隅角か閉塞隅角か)や、隅角内の異常な物質の蓄積、癒着の有無などを詳細に評価できます。

 

近年では、前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)という非侵襲的な検査機器が普及しています。前眼部OCTを使用すれば、角膜、隅角、虹彩の断層面を観察し、立体構造を数値的に解析できます。この検査では、目にレンズを装用する必要がなく、患者の負担が少ないという利点があります。隅角の全周の解析が瞬時に行えるため、閉塞隅角緑内障のリスク評価や、レーザー治療・手術後の効果判定に有用です。

 

前眼部OCTによる隅角検査の詳細(検査方法と診断への応用)
隅角検査により、急性閉塞隅角緑内障を起こしやすい狭隅角かどうかを判断できます。隅角の角度が正常眼では45度ほどありますが、狭隅角眼では10度に満たないこともあります。このような狭隅角が確認された場合、たとえ現在症状がなくても、予防的治療(レーザー虹彩切開術や白内障手術)が推奨されます。また、隅角検査はぶどう膜炎の診断や、散瞳検査が安全に行えるかどうかの確認にも用いられます。

 

眼圧検査も重要な診断ツールです。閉塞隅角緑内障では、眼圧が正常範囲(10~21mmHg)を大きく超え、急性発作時には50~80mmHgまで上昇します。視野検査やOCTによる視神経乳頭の評価も、緑内障の進行度を判定する上で必要です。

 

閉塞隅角緑内障における急性緑内障発作の症状と対応

急性閉塞隅角緑内障発作は、突然発症する眼科的緊急事態です。主な症状として、激しい眼痛、視力低下、霧視(かすみ)、眼球充血が現れます。さらに、眼痛に伴って激しい頭痛、吐き気、嘔吐などの全身症状を伴うことが多く、脳神経疾患と誤認されて内科や脳神経外科に救急搬送されるケースもあります。

 

前兆としては、軽度の眼痛や頭痛、一過性の視力低下やかすみ、電灯の周りに虹が見える現象(虹視症)などが数日前から出現することがあります。これらの症状を見逃さず、早期に眼科受診を促すことが重要です。急性緑内障発作を放置すると、わずか1晩で不可逆的な視神経障害が生じ、失明に至る可能性があります。

 

急性発作時の対応としては、速やかに眼圧を下降させる必要があります。医療機関では、高浸透圧利尿薬(マンニトール)の点滴静注、炭酸脱水酵素阻害薬(アセタゾラミド)の内服や点滴、縮瞳薬(ピロカルピン)の点眼などを組み合わせて、緊急的に眼圧を下げます。これらの初期治療で眼圧が下がらない場合や、角膜混濁が高度で虹彩が観察できない場合には、前房穿刺による房水排出や、レーザー虹彩形成術が検討されます。

 

原発閉塞隅角緑内障の症状と治療(急性発作への対応)
眼圧が下降した後は、瞳孔ブロックを解除するためのレーザー虹彩切開術を施行します。これにより、房水の流れを改善し、再発を予防します。また、急性発作は片眼に発症しても、対側眼も同様の解剖学的リスクを持つため、予防的に両眼にレーザー治療を行うことが推奨されます。

 

閉塞隅角緑内障の予防的治療:レーザー虹彩切開術と白内障手術

閉塞隅角緑内障の予防的治療には、レーザー虹彩切開術と白内障手術の2つの選択肢があります。それぞれの特徴と適応について理解することが重要です。

 

治療法 目的 適応 効果 注意点
レーザー虹彩切開術 瞳孔ブロックの解除 狭隅角、急性発作後 急性発作を100%予防 慢性閉塞隅角緑内障の進行リスクは残る
白内障手術 前房深度の確保、隅角の開大 狭隅角、白内障合併例 急性・慢性両方を100%予防 手術合併症のリスク

レーザー虹彩切開術は、虹彩の周辺部にレーザーで小さな孔を開ける治療です。点眼麻酔下で虹彩切開用コンタクトレンズを使用し、まぶたに覆われている上側または鼻側の虹彩周辺部にレーザーを照射します。照射回数は50発程度で、10~15分で終了します。虹彩と水晶体の間の房水の流れが遮断されても、この孔から房水が迂回して流れることができるため、急性緑内障発作を確実に予防できます。
レーザー虹彩切開術の合併症としては、一過性の眼圧上昇、虹彩炎、角膜混濁、前房出血、瞳孔偏位、限局性白内障などがあります。最も重篤な合併症は水疱性角膜症で、術後数年を経て発症することがあります。角膜内皮細胞の減少により角膜が混濁し、進行すると角膜移植が必要になります。ただし、この合併症の頻度は非常に低く、術前に角膜内皮細胞を観察し、レーザー照射量を適切に調整することで、ほとんど回避できます。

 

レーザー虹彩切開術の詳細(治療法と合併症)
白内障手術は、厚みのある水晶体を薄い人工眼内レンズに置き換えることで、前房を深くし、隅角を開大させる治療法です。近年の研究により、白内障手術が急性閉塞隅角緑内障の予防だけでなく、慢性閉塞隅角緑内障の進行も完全に防ぐことができる最も有効な治療法であることが明らかになっています。水晶体を眼内レンズに交換すると、隅角が開大し、散瞳しても眼圧上昇を起こす可能性は極めて低くなります。そのため、白内障がまだ軽度で視力も良好な場合でも、狭隅角のリスクがある患者には予防的白内障手術が推奨されます。
白内障手術は、レーザー虹彩切開術と比較して、以下の利点があります。

  • 急性および慢性閉塞隅角緑内障の両方を予防
  • 隅角閉塞の根本原因(厚い水晶体)を除去
  • 視力改善も同時に達成
  • 禁忌薬の制限が解除される

一方で、手術には一般的な白内障手術の合併症リスク(感染、出血、後発白内障など)が伴います。また、白内障が軽度の場合、患者が手術の必要性を理解しにくいという課題があります。医療従事者は、急性発作による失明リスクを十分に説明し、予防的治療の重要性を伝える必要があります。

 

日本眼科医会:緑内障連絡カードの活用方法(PDFガイド)
レーザー虹彩切開術または白内障手術を受けた閉塞隅角緑内障患者は、原則として抗コリン薬の使用が可能になります。ただし、治療後であっても経年変化などで再び禁忌となることがあるため、定期的な眼科受診と再評価が必要です。また、開放隅角緑内障患者でも、狭隅角の要素がある場合には判断が困難なケースがあり、眼科医との連携が重要です。

 

患者教育として、以下の点を伝えることが重要です。

  • 市販の風邪薬、鼻炎薬、睡眠改善薬にも禁忌成分が含まれる可能性がある
  • 新しい薬を使用する前に、必ず薬剤師または医師に相談する
  • お薬手帳を常に携帯し、既往歴に「閉塞隅角緑内障」を記載する
  • 他の医療機関を受診する際には、必ず閉塞隅角緑内障であることを伝える
  • 眼痛、頭痛、吐き気などの症状が出た場合は、直ちに眼科を受診する

また、閉塞隅角緑内障患者は、内視鏡検査や全身麻酔手術を受ける際にも注意が必要です。検査や手術の前投薬として使用される抗コリン薬(ブスコパンなど)が禁忌となるため、事前に麻酔科医や担当医に情報を伝えておく必要があります。

 

閉塞隅角緑内障患者の日常生活における注意点

閉塞隅角緑内障患者は、薬剤以外にも日常生活で眼圧上昇のリスクを高める行動に注意する必要があります。特に予防的治療(レーザーや手術)を受けていない狭隅角患者では、以下の点に留意すべきです。

 

姿勢と眼圧の関係
うつ伏せの姿勢を長時間続けると、眼圧が上昇する恐れがあります。特に就寝時にうつ伏せ寝をする習慣がある場合、仰向けまたは横向きでの睡眠に変更することが推奨されます。また、ヨガやピラティスなどで頭を下にする姿勢(逆立ち、ダウンドッグなど)を長時間保持することも避けるべきです。

 

暗所での滞在
暗い場所では瞳孔が自然に拡大するため、隅角が狭くなりやすくなります。映画館や暗い部屋での長時間の滞在後に、軽度の眼痛やかすみを感じた場合は、亜急性の緑内障発作の前兆である可能性があります。このような症状があった場合は、速やかに眼科を受診すべきです。

 

ストレス、過労、不眠
これらの要因も急性緑内障発作の誘因となることが知られています。規則正しい生活習慣を心がけ、十分な睡眠をとることが重要です。

 

水分摂取
短時間に大量の水分を摂取すると、一時的に眼圧が上昇することがあります。ただし、通常の水分補給は問題ありません。

 

閉塞隅角緑内障と診断された患者の約12%が、緑内障禁忌薬剤に気を付ける必要があるとされています。診療をすでに受けている閉塞隅角緑内障の患者には、眼科医から禁忌薬剤の注意がなされているはずです。禁忌薬剤の注意を受けていない場合は、他の分類の緑内障(開放隅角緑内障など)である可能性が高いです。

 

一方、これまで眼科診療を受けていない人で、抗コリン薬を含む新薬の使用を始めてから眼痛や一過性の視力低下を自覚した場合は、閉塞隅角緑内障に罹患している可能性があるため、直ちに眼科診察を受けることが強く推奨されます。

 

緑内障の禁忌・注意すべきこと(日常生活での注意点)
医療従事者は、閉塞隅角緑内障患者が安全に治療を受けられるよう、正確な診断情報の共有、適切な薬剤選択、患者教育を徹底することが求められます。また、予防的治療の選択肢について患者に十分に説明し、急性発作による失明という重大な合併症を防ぐための意思決定を支援することが重要です。

 

 




All About原発閉塞隅角緑内障 眼科臨床エキスパート / 澤口昭一 【全集・双書】