トロンボポエチン(TPO)は分子量80~100kDaの糖タンパク質で、主に肝臓の肝実質細胞において恒常的に産生される造血因子です。トロンボポエチンは巨核球系細胞に作用し、血小板の前駆細胞である巨核球の増殖および分化を促進します。トロンボポエチンの構造的特徴として、N末端側領域が受容体結合ドメインとして機能し、C末端側領域には6か所ものN結合型糖鎖が付加されています。wikipedia+3
血中のトロンボポエチン濃度は、血小板や巨核球の細胞膜上に発現するトロンボポエチン受容体(MPL、c-mpl)によって制御されています。血小板や巨核球が減少すると受容体に捕捉されるトロンボポエチンが減少し、血中トロンボポエチン濃度が上昇するというネガティブフィードバック機構が存在します。トロンボポエチンの産生は転写レベルでの調節を受けず、肝臓から恒常的に分泌されるため、血小板数の変動に応じて血中濃度が調整される仕組みとなっています。jsth.medical-words+2
エリスロポエチン(EPO)は分子量約34kDa、165個のアミノ酸からなる糖タンパク質で、赤血球の産生を促進する代表的な造血ホルモンです。成人においてエリスロポエチンは主に腎臓の傍糸球体細胞で産生されますが、胎児期には肝臓が主要な産生臓器となります。腎臓におけるエリスロポエチン産生細胞は、組織の酸素分圧の低下を感知して転写因子HIFを介した転写制御を受け、低酸素状態に応答してエリスロポエチンの産生が増加します。dmbc.med.tohoku+4
エリスロポエチンの構造的特徴として、N結合型糖鎖が3か所に付加されており、トロンボポエチンと比較すると糖鎖修飾の箇所が少ない点が挙げられます。エリスロポエチンは骨髄などの造血組織において、赤血球前駆細胞上に存在するエリスロポエチン受容体(EPOR)と結合し、細胞内にシグナルを伝達することで赤血球の分化・増殖を促進します。慢性腎不全患者ではエリスロポエチンの産生が低下し、腎性貧血を引き起こすことが知られています。tkato.waseda+3
トロンボポエチンとエリスロポエチンは、構造的に興味深い類似性を示す造血因子です。両者のN末端側領域(受容体結合領域)のアミノ酸配列を比較すると、24%が完全一致し、類似性は36%に達します。さらに、両者とも成長ホルモンやレプチンと同様の4α-バンドル構造を持つサイトカインファミリーに属しています。jstage.jst+2
しかし、構造的類似性があるにもかかわらず、両者の造血作用は完全に独立しており、それぞれの受容体に特異的に結合します。トロンボポエチンは血小板産生系譜に、エリスロポエチンは赤血球産生系譜に特異的に作用し、交差反応は起こりません。この特異性の要因として、糖鎖修飾のパターンが大きく異なることが挙げられます。トロンボポエチンのN末端側領域にはN結合型糖鎖が存在しない一方、C末端側領域に6か所の糖鎖が付加されているのに対し、エリスロポエチンではN結合型糖鎖が3か所のみに付加されています。patents.google+2
トロンボポエチンはその特異的受容体であるMPL(c-mpl、トロンボポエチン受容体)に結合することで、巨核球系細胞の増殖と分化を促進します。MPLは1回膜貫通型受容体であり、血小板や巨核球の細胞膜上に発現しています。トロンボポエチンがMPLに結合すると、受容体の二量体化が起こり、受容体に会合しているJAK(ヤヌスキナーゼ)が活性化されます。jbsoc+4
活性化されたJAKは複数の下流シグナル伝達経路を活性化し、主要な経路としてJAK/STAT、RAS/MAPK、PI3K/AKT経路が知られています。これらのシグナル伝達経路の活性化により、造血幹細胞の維持、巨核球の増殖・分化、血小板産生が促進されます。トロンボポエチンは巨核球のみならず造血幹細胞にも作用し、造血幹細胞プールの維持において中心的で不可欠な役割を果たしています。トロンボポエチン欠損マウスでは造血幹細胞が最大85%減少することが報告されており、造血幹細胞の維持における重要性が示されています。pmc.ncbi.nlm.nih+2
エリスロポエチンは赤血球前駆細胞上に発現するエリスロポエチン受容体(EPOR)に結合し、赤血球の分化と増殖を促進します。エリスロポエチン受容体もトロンボポエチン受容体と同様に1回膜貫通型のサイトカイン受容体ファミリーに属し、エリスロポエチンの結合により受容体の二量体化とJAKファミリーキナーゼの活性化が起こります。jstage.jst+1
エリスロポエチンの主な作用部位は骨髄における赤血球前駆細胞であり、前赤芽球(ProE)から正染性赤芽球(OrthoE)に至る分化段階の細胞に作用します。エリスロポエチン受容体を介したシグナル伝達により、赤血球前駆細胞のアポトーシスが抑制され、細胞の生存と増殖が促進されます。組織の低酸素状態では、腎臓の傍糸球体細胞において低酸素誘導因子(HIF)が安定化し、エリスロポエチン遺伝子の転写が亢進します。その結果、血中エリスロポエチン濃度が上昇し、骨髄での赤血球産生が増加することで、組織への酸素供給能力が改善されます。cira.kyoto-u+4
トロンボポエチンとエリスロポエチンは、それぞれ特異的な血球系譜に作用する主要な造血因子ですが、実際の造血過程では他の多数のサイトカインと協調的に機能します。巨核球や血小板の形成には、トロンボポエチン以外にもインターロイキン(IL)-1、-3、-4、-6、-7、-11やGM-CSF、エリスロポエチン、幹細胞因子(SCF)などが関与しています。ueno-okachimachi-cocoromi-cl+2
興味深いことに、エリスロポエチンは赤血球産生の主要因子でありながら、血小板産生にも一定の促進効果を持つことが報告されています。同様に、造血幹細胞レベルでは、トロンボポエチンとエリスロポエチンの両者が造血幹細胞の維持や増殖に寄与しています。体外研究では、トロンボポエチンがIL-3や幹細胞因子(SCF)と併用されると、CD34陽性造血幹/前駆細胞の生存と増殖能力がより顕著に向上することが示されています。これらの知見は、造血因子が単独ではなく複雑なネットワークとして機能し、各血球系譜の産生を精密に調節していることを示しています。healthsciencesbulletin+4
トロンボポエチンおよびトロンボポエチン受容体作動薬は、血小板減少症の治療において重要な臨床応用が進んでいます。現在、主に2つのタイプのトロンボポエチン受容体作動薬が臨床使用されています:ロミプロスチム(romiplostim)はペプチド系作動薬として週1回皮下注射で投与され、エルトロンボパグ(eltrombopag)とアバトロンボパグ(avatrombopag)は経口小分子作動薬です。jstage.jst+2
これらの薬剤は、慢性免疫性血小板減少性紫斑病(ITP)患者において、従来の治療に不応性の症例に対して高い有効性を示しています。大規模ランダム化比較試験では、トロンボポエチン受容体作動薬により血小板数の増加が得られ、50~90%の患者で血小板応答が認められました。また、出血リスクの低減や併用薬・救援療法の必要性減少も確認されています。血小板数のピークは薬剤開始後約10~14日で得られることが報告されています。pmc.ncbi.nlm.nih+2
再生不良性貧血の治療においても、トロンボポエチン受容体作動薬の有用性が示されています。エルトロンボパグを抗胸腺細胞グロブリン(ATG)とシクロスポリン(CsA)の標準免疫抑制療法に併用することで、有効率の向上が認められました。重症再生不良性貧血患者を対象とした研究では、エルトロンボパグと重組ヒトトロンボポエチン(rhTPO)を標準免疫抑制療法と併用した結果、3ヶ月後の血液学的反応率が81.3%、6ヶ月後は87.5%と良好な成績が報告されています。pmc.ncbi.nlm.nih+2
エリスロポエチン製剤は、世界初の遺伝子組換え製剤として医療に応用され、貧血治療における金字塔となりました。エリスロポエチンの最も重要な臨床適応は腎性貧血の治療であり、人工透析が必要な腎不全患者ではエリスロポエチン産生が低下するため、エリスロポエチン製剤の補充療法が効果を発揮します。wikipedia+2
エリスロポエチン製剤は、血中エリスロポエチン濃度が500mU/mL以下の低リスク群骨髄異形成症候群やがん化学療法後の貧血にも有効性が示されていますが、日本では保険診療上の使用が認められていない適応もあります。腎性貧血の診断においては、一般的にエリスロポエチンが低値(3~100mIU/mL、基準値4.2~23.7mIU/mL)であることが特徴的であり、貧血の割に低値という所見も含めて腎性貧血を疑う指標となります。chugaiigaku+2
近年の研究では、エリスロポエチン受容体が血液系細胞のみならず、神経細胞や心筋細胞など様々な組織に発現していることが明らかになり、組織保護作用も報告されています。梗塞などの虚血性疾患や低酸素、圧負荷などのストレス下で細胞を保護する作用があり、新たな治療応用の可能性が期待されています。ただし、メタ解析によるとエリスロポエチン製剤の投与によって担がん患者の死亡リスクが上昇する可能性も指摘されており、長期使用患者に対しては適切ながんスクリーニングの重要性が強調されています。webview.isho+1
トロンボポエチン受容体作動薬は、その作用機序と化学構造により大きく2つのタイプに分類されます。ロミプロスチム(romiplostim)は、IgGのFc断片に4つの14アミノ酸からなるトロンボポエチンペプチドを結合させたペプチド系作動薬で、受容体の細胞外領域(トロンボポエチン結合部位)に結合します。週1回の皮下注射により投与され、2008年に米国FDAで承認されて以来、世界100カ国以上で使用されています。pmc.ncbi.nlm.nih+4
一方、エルトロンボパグ(eltrombopag)とアバトロンボパグ(avatrombopag)は、経口投与可能な小分子非ペプチド系作動薬です。これらの薬剤はロミプロスチムとは異なり、受容体の膜貫通領域に結合してJAK/STAT、RAS/RAF、MAPK系などのシグナル伝達経路を活性化します。エルトロンボパグは1日1回経口投与される薬剤で、トロンボポエチン受容体との特異的な相互作用を介して巨核球および骨髄前駆細胞の増殖と分化を促進します。アバトロンボパグは比較的新しい薬剤で、慢性免疫性血小板減少症の治療のほか、慢性肝疾患患者の処置前血小板減少症にも適応があります。pmc.ncbi.nlm.nih+4
ルストロンボパグ(lusutrombopag)も経口投与可能なトロンボポエチン受容体作動薬で、主に慢性肝疾患に伴う血小板減少症に対して処置前に使用されます。これらの薬剤は投与経路、作用機序、適応症において異なる特徴を持ち、患者の状態や治療目標に応じて選択されます。pmc.ncbi.nlm.nih
参考リンク:米国NIH(国立衛生研究所)のPubMed Centralには、トロンボポエチン受容体作動薬の薬理学的特性と臨床適応に関する詳細なレビューが掲載されています。
Thrombopoietin Receptor Agonists: Drug Class Considerations
トロンボポエチン受容体作動薬の安全性プロファイルは、大規模臨床試験において良好な忍容性が示されています。最も頻度の高い副作用は頭痛、疲労感、悪心などの軽度の症状ですが、重大な副作用として血栓塞栓症のリスクがあります。特に高齢者や血栓症リスク因子を持つ患者では注意が必要です。pmc.ncbi.nlm.nih+3
再生不良性貧血患者においては、エルトロンボパグの使用により7番染色体異常などのクローナル進化(clonal evolution)が報告されており、若年者への投与については慎重な考慮が必要とされています。ただし、白血病や骨髄異形成症候群に特徴的な遺伝子異常の発生率の増加は認められておらず、現状では結論が出ていません。再生不良性貧血患者の一部では経過観察中に骨髄異形成症候群や急性骨髄性白血病に移行することが知られており、トロンボポエチン受容体作動薬使用時には定期的な血液学的モニタリングが推奨されます。jstage.jst+1
エリスロポエチン製剤の副作用として、初期の臨床開発段階では抗エリスロポエチン抗体の産生による赤芽球癆(純粋赤血球無形成症)の発症が問題となりました。現在開発中のpeginesatideなどの新規製剤は、抗体産生のリスクを低減することを目指しています。また、メタ解析の結果、エリスロポエチン製剤の投与により担がん患者の死亡リスクが上昇する可能性が指摘されており、がん患者への使用には慎重な適応判断が求められます。透析患者ではがんの併発率が高く、エリスロポエチン製剤の長期使用ががんの進行を助長する可能性もあるため、定期的ながんスクリーニングが重要です。pmc.ncbi.nlm.nih+1
トロンボポエチンとエリスロポエチンは、進化的に保存された造血因子であり、哺乳類以外の動物種でも相同分子が見つかっています。両生類のアフリカツメガエルでもエリスロポエチンとその受容体の相同分子が成体肝臓に発現しており、肝臓での赤血球造血を傍分泌的に刺激する機能を持つことが確認されています。興味深いことに、ツメガエルのエリスロポエチンと哺乳類のエリスロポエチンとの配列相同性は38%と比較的低いですが、機能的には保存されています。kaken.nii+1
哺乳類の赤血球と血小板は脱核する特徴を持ちますが、哺乳類以外の動物では赤血球は有核であり、血小板の代わりに栓球が血液を循環します。このような進化的な違いにもかかわらず、トロンボポエチンとエリスロポエチンの基本的な造血制御機能は保存されており、脊椎動物全体において重要な役割を果たしています。jstage.jst+1
成人と胎児期でのエリスロポエチン産生部位の違いも、発生段階における造血組織の移行を反映しています。成人では腎臓が主要なエリスロポエチン産生臓器ですが、胎児期には肝臓がその役割を担っており、出生後も肝臓に少量のエリスロポエチン産生能が残存します。同様に、トロンボポエチンも成人では主に肝臓で産生されますが、腎臓でもエリスロポエチンと共に発現が見られることが報告されています。これらの産生部位の多様性は、造血システムの進化過程における適応的変化を示唆しています。researchmap+2
参考リンク:東北大学医学系研究科の研究グループによるエリスロポエチン遺伝子の発現制御に関する詳細な解説が公開されています。
トロンボポエチンは血小板産生を促進するだけでなく、造血幹細胞の維持と自己複製において中心的で不可欠な役割を果たすことが明らかになっています。トロンボポエチン遺伝子欠損マウスやMPL受容体欠損マウスの研究により、トロンボポエチンシグナル伝達の欠損が造血幹細胞数を約85%減少させることが示されました。これは、トロンボポエチンが造血幹細胞の静止期(quiescence)の維持に重要な役割を果たしているためです。kumamoto-u+1
トロンボポエチン欠損は、造血幹細胞において複数の重要な変化を引き起こします:静止期性の低下、細胞周期進行の障害、ミトコンドリア機能障害、およびアポトーシスの亢進です。興味深いことに、トロンボポエチン欠損下でも生存・維持される造血幹細胞のサブグループが存在することが示唆されており、造血幹細胞の機能的多様性(heterogeneity)が明らかになっています。トロンボポエチン遺伝子欠損マウスにトロンボポエチン受容体作動薬を連続投与すると、造血幹細胞の数が増加するとともに静止性の誘導が観察され、トロンボポエチンが造血幹細胞の静止状態の維持とそれに関わる代謝状態を制御することが確認されました。kumamoto-u
この知見は、造血幹細胞移植や再生医療における造血幹細胞の体外培養・維持法の開発において重要な意味を持ちます。トロンボポエチン受容体作動薬は既存治療で効果不十分な再生不良性貧血患者への適応が認可されており、造血幹細胞のトロンボポエチン反応性のさらなる解明が造血疾患の病態解明と新規治療法の開発につながると期待されています。stemcells+1
参考リンク:熊本大学国際先端医学研究機構による、トロンボポエチン欠損下での造血幹細胞維持現象とその機構に関する研究成果が公開されています。