スパイロメトリーの基準値とは、健常非喫煙者のデータに基づいて、性別・年齢・身長を独立変数として作成された予測式から算出される値のことです。日本呼吸器学会は2014年にLMS法(Lambda-Mu-Sigma法)という統計手法を用いた新しい基準値を発表しました。この手法は正規分布しないデータにおいて、年齢に関連する予測式を構築するために使用され、従来の重回帰分析よりも若年者の成長過程や高齢者の加齢による低下をより正確に反映できます。jstage.jst+1
基準値の計算には、日本呼吸器学会が公開しているExcelファイルを利用できます。性別・年齢・身長を入力すると、FEV1(1秒量)、FVC(努力肺活量)、VC(肺活量)、FEV1/FVC(1秒率)の基準値および正常下限値(LLN:Lower Limit of Normal)が自動的に算出されます。正常下限値は、基準値のZ-scoreが-1.645以下の値として定義され、正常範囲の下限を示す重要な指標となっています。jrs+1
日本呼吸器学会のステートメントによれば、2014年の新基準値では、性別や年齢による呼吸機能の変化がより正確に反映されるようになりました。
日本呼吸器学会の公式ページでは、LMS法による日本人のスパイロメトリー新基準値の詳細と計算用ファイルが公開されており、臨床現場で即座に活用できる形式で提供されています。
スパイロメトリーで評価される主要な指標には、%肺活量と1秒率があります。%肺活量は、予測肺活量(性別・年齢・身長から算出)に対する実際の肺活量の割合で、80%以上が基準値とされています。この値が80%未満の場合、拘束性換気障害が疑われ、肺線維症や間質性肺炎などの疾患の可能性が示唆されます。dock.you-wa-kai+4
1秒率(FEV1/FVC)は、努力肺活量のうち最初の1秒間に吐き出された空気の割合を示し、70%以上が基準値です。この指標は気道の閉塞程度を評価する上で極めて重要で、70%未満の場合はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や気管支喘息などの閉塞性換気障害が疑われます。1秒率はGaenslerの1秒率とも呼ばれ、COPDの診断には気管支拡張薬投与後のスパイロメトリーでFEV1/FVCが70%未満であることが必須条件となっています。kateinoigaku+4
努力性肺活量(FVC)と1秒量(FEV1)もまた、予測値の80%以上が基準値とされています。これらの測定値は、呼吸器疾患の重症度判定や進行のモニターに用いられます。日本人間ドック・予防医療学会では、%肺活量80.0%以上、1秒率70.0%以上を基準範囲として推奨しています。itabashi.med.nihon-u+2
肺機能検査の基準値について詳しく解説している家庭の医学の記事では、各指標の計算式や異常値が示唆する疾患について、医療従事者にも有用な情報がまとめられています。
スパイロメトリーの測定は、標準化された手順に従って実施する必要があります。被験者には検査前に10分程度の休憩を取らせ、気管支拡張薬の使用歴を確認します。測定時には鼻をクリップで塞ぎ、マウスピースをしっかりとくわえてもらいます。具体的な手順として、まず通常の呼吸を行い、次に肺がいっぱいになるまで息を吸い、息を止めてから一気に強く速く息を吐き出させます。この呼出は、肺が空になったと感じるまで継続させることが重要です。msdmanuals+3
検査の品質管理は臨床的に正確な診断を行う上で不可欠です。測定は少なくとも2回、差が100mL以内または5%以内に収まるまで繰り返し実施します。American Thoracic Society(ATS)とEuropean Respiratory Society(ERS)は、スパイロメーターの較正を3L注射器を用いて毎日検証し、測定値が3L±3.5%の範囲内であることを推奨しています。さらに、複数回のストロークと波形観察を組み合わせることで、測定値には現れない微細な機器異常も検出可能になります。pulmonary-training+4
日本の医療機関では、較正器による測定値の確認に加えて、ストローク波形の観察が機器異常の早期発見に有効であることが示されています。特に蛇管の亀裂などによる空気漏れは、複数回のストロークで階段状の波形トレンドとして観察され、患者検査への影響を未然に防止できます。jstage.jst
スパイロメトリーによる換気障害は、閉塞性、拘束性、混合性の3つに分類されます。閉塞性換気障害は、気道が狭くなることで空気の流れが妨げられる状態で、1秒率が70%未満を示します。代表的な疾患にはCOPD、気管支喘息、気管支炎があり、FEV1が低下する一方でVCは正常範囲内に維持される傾向があります。jstage.jst+4
拘束性換気障害は、肺の膨らみが悪くなる状態で、%肺活量が80%未満を示します。この場合、1秒率は正常または増加する一方で、肺活量そのものが減少します。肺線維症、間質性肺炎、胸郭変形などが原因となります。混合性換気障害は閉塞性と拘束性の両方の特徴を併せ持つ状態です。medicaldoc+5
2014年の新基準値では、FEV1/FVCの正常下限値が従来の基準値と比較して変化しており、特に女性では大きくなっています。固定値70%を気流閉塞の基準とした場合、日本人では男性60歳、女性70歳でLLNが70%に相当するため、それより若い年齢層では過小診断の可能性があることが指摘されています。このため、高齢者以外では1秒率が70%以上でもLLN未満の場合にはCOPDの可能性を疑う必要があります。jstage.jst
COPD診断においてスパイロメトリーは必須の検査であり、気管支拡張薬投与後のFEV1/FVCが70%未満であることが診断基準となっています。この基準は世界的にGOLDガイドラインで推奨されており、持続性の気流制限の存在を確認するために用いられます。ただし、この固定値70%の使用には議論があり、特に若年者では過小診断、高齢者では過剰診断の可能性が指摘されています。pmc.ncbi.nlm.nih+2
COPDの病期分類には、1秒率ではなく%FEV1(FEV1の予測値に対する割合)が使用されます。I期(軽度)は%FEV1が80%以上、II期(中等度)は50%以上80%未満、III期(高度)は30%以上50%未満、IV期(極めて高度)は30%未満と定義されています。これはCOPDが進行するとFEV1とともにFVCも減少するため、その比である1秒率は中等症以上で重症度を適切に反映しないためです。jstage.jst
日本国内では40歳以上のCOPD潜在患者が530万人いるとされ、プライマリケアにおけるスパイロメトリーの普及が重要視されています。スパイロメトリーはCOPDや気管支喘息のような閉塞性肺機能障害を生じる病態において鋭敏な診断能力を発揮し、咳や軽い息切れを訴える患者には積極的な実施が推奨されています。また、携帯型スパイロメーターを用いたCOPDスクリーニングの有用性も報告されており、早期診断のツールとして期待されています。pmc.ncbi.nlm.nih+3
スパイロメトリーから算出される「肺年齢」は、予防医療や患者教育において独自の価値を持つ指標です。肺年齢とは、測定されたFEV1値を基準に、同性同身長の健常者の平均値と比較して年齢換算したもので、実年齢との差を視覚的に示すことができます。例えば、50歳の患者の肺年齢が65歳であれば、呼吸機能が15歳分老化していることを意味します。tokyo-kokuhoren+2
日本呼吸器学会は2018年に肺年齢に関するステートメントを発表し、LMS法による新基準値に基づいた肺年齢の算出方法を提示しました。肺年齢は一般市民にとって理解しやすい指標であり、喫煙者への禁煙指導や呼吸機能の経時的変化の説明に効果的です。特に職域健診や人間ドックでの活用により、無症状の段階でのCOPDリスク評価が可能となります。jrs+1
しかし、肺年齢には限界もあります。単一の指標であるFEV1のみから算出されるため、拘束性換気障害など他の呼吸器疾患の評価には適していません。また、すでにCOPDと診断されている患者の重症度評価よりも、一般集団でのスクリーニングツールとしての使用が推奨されています。医療従事者は、肺年齢を生活習慣改善のきっかけとして活用しつつも、正確な診断には標準的な基準値とLLNに基づいた総合的評価が必要であることを理解しておく必要があります。jrs+1