β-ラクタマーゼ阻害剤は、細菌が産生するβ-ラクタマーゼ酵素と不可逆的に結合し、その活性を阻害することでβ-ラクタム系抗菌薬を分解から守ります。β-ラクタマーゼはAmbler分類により、セリン残基を活性中心に持つクラスA、C、Dと、亜鉛イオンを利用するクラスB(メタロ-β-ラクタマーゼ)に分類されます。nihon-eccm+2
現在臨床で使用されているβ-ラクタマーゼ阻害剤は、第一世代と第二世代に大別されます。第一世代にはクラブラン酸(CVA)、スルバクタム(SBT)、タゾバクタム(TAZ)の3剤があり、いずれもβ-ラクタム構造を持ち、主にクラスAおよび一部のクラスCセリン-β-ラクタマーゼを阻害します。これらの阻害剤は、TEM-1やSHV-1などの基質特異性が比較的狭いβ-ラクタマーゼに対して強い阻害効果を示します。pmc.ncbi.nlm.nih+5
一方、第二世代の阻害剤には、非β-ラクタム構造を持つアビバクタム、レレバクタム、バボルバクタムなどがあります。これらは従来の阻害剤では対応困難だったESBL(基質拡張型β-ラクタマーゼ)産生菌やカルバペネマーゼ産生菌に対しても有効性を示すことが特徴です。特にアビバクタムはジアザビシクロオクタン(DBO)骨格を持ち、クラスA、クラスC、および一部のクラスDセリン-β-ラクタマーゼに対して広範な阻害活性を発揮します。pmc.ncbi.nlm.nih+5
β-ラクタマーゼ阻害剤は単独では使用されず、β-ラクタム系抗菌薬との配合剤として臨床応用されています。配合剤の抗菌活性は、①β-ラクタム系抗菌薬自体の活性と、②β-ラクタマーゼ阻害剤によるβ-ラクタマーゼ阻害効果の2つの要素によって決定されます。webview.isho+2
既存の配合剤としては、以下のものが臨床で広く使用されています:kansentaisaku+1
新規配合剤としては、セフトロザン/タゾバクタムとイミペネム/シラスタチン/レレバクタムが日本で承認されています。セフトロザン/タゾバクタムは、ESBL産生菌やAmpC過剰産生菌に対して活性を示し、特に緑膿菌への抗菌活性が強化されています。イミペネム/レレバクタムは、日本初のカルバペネム系抗生物質とβ-ラクタマーゼ阻害剤の配合剤として、カルバペネマーゼ産生菌を含むカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)に対する新たな治療選択肢となっています。msd+3
セフタジジム/アビバクタムは、クラスA、クラスC、および一部のクラスDのセリン-β-ラクタマーゼを阻害することで、ESBL産生菌、AmpC産生菌、KPC型カルバペネマーゼ産生菌に対して抗菌作用を発揮します。本剤は複雑性尿路感染症、複雑性腹腔内感染症、人工呼吸器関連肺炎を含む院内肺炎、およびこれらの感染症に関連する菌血症の治療に適応があります。pfizer+1
β-ラクタマーゼ産生菌は、産生する酵素の種類によって治療戦略が大きく異なります。ESBL産生菌は、ペニシリン系およびほとんどのセフェム系抗菌薬を分解しますが、カルバペネム系には感受性を保持しています。臨床的に重篤な場合はカルバペネム系抗菌薬、重篤でない場合はセフメタゾールが治療の選択肢となります。jscm+4
AmpC型β-ラクタマーゼ産生菌は、Enterobacter属、Serratia属、Citrobacter属などに染色体性に存在し、第3世代セフェム系抗菌薬の使用により誘導されて過剰産生されることがあります。治療にはカルバペネム系抗菌薬、第4世代セフェム系抗菌薬(MIC≦2の場合)、またはニューキノロン系抗菌薬が選択されます。hospinfo.tokyo-med+2
カルバペネマーゼ産生菌は、最も治療困難な耐性菌の一つです。セリン型カルバペネマーゼ(KPC、OXAなど)産生菌に対しては、新規β-ラクタマーゼ阻害剤配合剤であるセフタジジム/アビバクタム、イミペネム/レレバクタム、メロペネム/バボルバクタムが有効です。一方、メタロ-β-ラクタマーゼ(NDM、IMP、VIMなど)産生菌に対しては、これらの阻害剤は無効であり、感受性に応じてレボフロキサシン、ST合剤、アミカシン、コリスチン、チゲサイクリンなどが治療選択肢となります。pmc.ncbi.nlm.nih+3
β-ラクタマーゼ阻害剤の臨床効果は、適切な薬物動態(PK)と薬力学(PD)の理解に基づいた投与設計により最大化されます。β-ラクタム系抗菌薬は時間依存性の殺菌効果を示すため、血中遊離薬物濃度が最小発育阻止濃度(MIC)を上回っている時間の割合(fT>MIC)が重要なPK/PDパラメータとなります。β-ラクタマーゼ阻害剤配合抗菌薬のPK/PD評価においては、β-ラクタマーゼ阻害剤の濃度変化に応じたβ-ラクタム薬のMIC変動を考慮することが重要です。mdpi+4
食品安全委員会による重要度ランク付けでは、β-ラクタマーゼ阻害剤配合剤は、配合されている阻害剤の阻害スペクトラムと代替薬の有無に基づいて評価されています。イミペネム/レレバクタムは、カルバペネマーゼ産生菌に対する活性を有し、有効な代替薬が存在しないため、重要度ランクIに分類されています。fsc+1
一方、クラブラン酸/アモキシシリン、スルバクタム/アンピシリン、タゾバクタム/ピペラシリンは重要度ランクIIに分類されています。これらの阻害剤は、主にTEM-1、SHV-1およびこれらに近いβ-ラクタマーゼに対する阻害効果が中心であり、ESBL、AmpC等に対する阻害活性が弱く、他の安定的な薬剤が存在するためです。hamamatsushi-naika+2
臨床現場での薬剤選択においては、感染症の重症度、原因菌の推定、地域の耐性菌疫学情報を総合的に判断することが求められます。日本感染症学会のガイドラインでは、感染部位や重症度に応じた推奨抗菌薬が示されており、β-ラクタマーゼ阻害剤配合抗菌薬は多くの感染症において第一選択薬または重要な治療選択肢として位置づけられています。kansensho+1
耐性機序の同定には、培養検査での薬剤感受性試験が不可欠ですが、結果判明までに時間を要するため、初期治療は経験的治療として開始されることが一般的です。重症例や免疫不全患者では、より広域な抗菌スペクトラムを持つ薬剤を選択し、培養結果に基づいてde-escalationを行うことが推奨されます。mhlw+2
新規β-ラクタマーゼ阻害剤の開発は、薬剤耐性菌対策において重要な戦略の一つです。現在開発中の阻害剤には、セフェピム/ジデバクタム、アズトレオナム/アビバクタム、メロペネム/ナクバクタム、セフェピム/タニボルバクタムなどがあります。これらの中には、メタロ-β-ラクタマーゼに対しても活性を示すものが含まれており、臨床応用が期待されています。pmc.ncbi.nlm.nih+4
興味深いことに、一部の新規阻害剤は、β-ラクタマーゼ阻害作用に加えて、ペニシリン結合タンパク質(PBP)に対する直接的な結合活性を併せ持つことが報告されています。例えば、ジデバクタム(zidebactam)、ナクバクタム(nacubactam)、ETX2514などは、PBP2に結合することで独自の抗菌活性を示し、これによりβ-ラクタム系抗菌薬との相乗効果が期待されます。note+2
スルバクタムは、従来β-ラクタマーゼ阻害剤として知られていますが、アシネトバクター属に対して直接的な抗菌活性を有することが報告されており、感受性がある場合は治療選択肢となります。このようなβ-ラクタマーゼ阻害剤の多様な薬理作用の理解は、臨床での適切な使用につながります。pmc.ncbi.nlm.nih+2
しかし、新規β-ラクタマーゼ阻害剤配合抗菌薬にも限界があります。現在まで、セリン型とメタロ型の両方のβ-ラクタマーゼに対して広範な阻害活性を持つ市販の阻害剤は存在せず、広域スペクトラム阻害剤の開発が今後の課題となっています。また、新規抗菌薬の使用により新たな耐性機序が出現する可能性もあり、継続的なサーベイランスと適正使用の推進が重要です。pmc.ncbi.nlm.nih+4
国内外の抗微生物薬適正使用ガイドラインでは、β-ラクタマーゼ阻害剤配合抗菌薬の適応を明確にし、不必要な広域抗菌薬の使用を避けることが強調されています。特にカルバペネム系抗菌薬やカルバペネマーゼ阻害剤配合抗菌薬は、薬剤耐性対策の観点から、真に必要な場合に限定して使用すべきとされています。mhlw+1
β-ラクタマーゼと阻害剤の分子機構に関する総説(英文)
本論文では、β-ラクタマーゼの分類と新規阻害剤の作用機序について、最新の構造生物学的知見が詳述されています。
厚生労働省 抗微生物薬適正使用の手引き 第三版 別冊
ESBL産生菌、AmpC産生菌、カルバペネマーゼ産生菌など、主要な耐性菌に対する具体的な治療推奨が掲載されています。
感染対策オンライン:β-ラクタマーゼ阻害薬配合剤の使い分け解説
医療従事者向けに、各種β-ラクタマーゼ阻害剤配合抗菌薬の特徴と臨床での使い分けについて、実践的な情報が提供されています。