プロトンポンプ副作用と長期投与リスク

プロトンポンプ阻害薬(PPI)は消化性潰瘍治療に有効な薬剤ですが、長期服用による副作用リスクが報告されています。骨折、感染症、ビタミン欠乏などの有害事象について、医療従事者が知っておくべき最新知見とは?

プロトンポンプ阻害薬の副作用

プロトンポンプ阻害薬の主な副作用
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重篤な副作用

アナフィラキシー、間質性腎炎、肝機能障害、横紋筋融解症などの重大な有害事象が報告されています

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一般的な副作用

発疹、下痢、腹痛、頭痛などが比較的高頻度で発現します

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長期投与関連の副作用

骨折リスク、感染症、ビタミン欠乏、認知機能低下などが懸念されています

プロトンポンプ阻害薬(PPI)は胃酸分泌を強力に抑制する薬剤として広く使用されていますが、様々な副作用が報告されています。重大な副作用としては、ショック・アナフィラキシー、汎血球減少症、無顆粒球症、溶血性貧血、血小板減少、劇症肝炎、肝機能障害、黄疸、肝不全、中毒性表皮壊死融解症、間質性肺炎、間質性腎炎、急性腎障害、横紋筋融解症、低ナトリウム血症、錯乱状態、視力障害、偽膜性大腸炎等の血便を伴う大腸炎が挙げられます。38-8931
その他の副作用としては、発疹、皮膚炎、そう痒症、蕁麻疹などの皮膚症状、腹痛、下痢、嘔吐、便秘、口内炎などの消化器症状、カンジダ症、口渇、貧血、頭痛、錯感覚、傾眠、浮動性めまい、不眠症、うつ病、脱毛症、関節痛、筋痛、霧視、倦怠感、多汗症、筋力低下、低マグネシウム血症、頻尿、味覚異常、女性化乳房などが報告されています。民医連副作用モニターの5年間統計によると、PPI全体で119件の副作用が報告され、そのうち発疹が42例、下痢が31例と、2つの副作用で過半数を超えていました。min-iren+1

プロトンポンプ阻害薬の種類と特徴

 

 

PPIには主に5種類の薬剤が存在し、それぞれに特徴があります。オメプラゾールは世界で最初に承認されたPPIであり、標準的な胃酸分泌抑制作用を示します。ランソプラゾールはオメプラゾールと同等の効果を示し、OD錠は腸溶性を損なうことなく経管投与にも対応できるという特徴があります。ラベプラゾールは最もプロトンポンプ阻害作用が強いPPIとされており、非酵素的にチオエーテル体に変化するため、CYP2C19による影響を受けにくいという特性があります。msdmanuals+3
エソメプラゾールとラベプラゾールは第2世代のPPIとして分類され、第1世代のオメプラゾールやランソプラゾールと比較してCYP2C19の遺伝子多型の影響を受けにくいとされています。PPIはすべて酸によって活性化を受けるプロドラッグであり、経口薬は腸溶性の製剤になっています。腸で吸収された後に胃の壁細胞に到達し、胃酸により活性化されてプロトンポンプに共有結合することで、不可逆的に働きを阻害します。midori-hp+1

プロトンポンプ阻害薬による骨折リスク

PPIの服用と骨密度の低下や骨折リスクの上昇が関連することは、多くの研究で報告されています。PPIの累積使用量が多いほど骨折リスクが上昇すること、低用量や短期使用でもリスク上昇が観察されていることから、PPIが持つ何らかの薬理作用が影響していると考えられます。臨床研究においては、股関節骨折や椎骨骨折のリスクがPPIの長期服用により増大することが報告されており、骨折リスクの増大が治療期間や用量に依存するとの知見も得られています。pharmacist.m3+1
胃酸分泌が抑えられることで腸管からのカルシウム吸収が阻害される可能性や、PPIが破骨細胞に作用して骨形成が阻害される可能性が示唆されています。一方で、PPIの5年間服用による被験者と対照者との比較においては、骨量、骨代謝マーカー、骨強度などの指標に差異が認められていないという否定的な見解も存在します。そのため、骨折リスクが問題になる人、特に閉経後の女性などにPPIが継続処方されているような場合には、通常よりも注意深く対応を考える必要があります。jstage.jst+1

プロトンポンプ阻害薬と腸管感染症

胃酸は食べ物に混入した細菌を殺すバリアの役割を果たしており、PPIで長期間胃酸を抑えると、その防御力が低下し腸管感染症(食中毒やクロストリジウム・ディフィシル感染症など)にかかりやすくなることが分かっています。2019年に1万7000人以上を対象に、PPI開始後3年間経過をみて副作用について調べた研究において、統計学的な有意差をもってPPIの服用で生じた副作用は腸管感染症だけでした。ykhm-cl+1
PPIの長期投与に関連する副作用として、腸管感染症以外にも胃のカルチノイド腫瘍、胃ポリープ、貧血、肺炎、骨粗鬆症・骨折、胃癌、大腸癌、認知症、腎機能障害、collagenous colitisなどの可能性が懸念されていますが、副作用発生の頻度は高いものではないと考えられます。胃酸の逆流が気管に及ぶと誤嚥性肺炎などのリスクも高まる可能性があります。hiro-naika+1

プロトンポンプ阻害薬とビタミン欠乏

胃酸は食物中のビタミンB12や鉄分の吸収を助けており、胃酸が十分に出ない状態が続くと、ビタミンB12の欠乏や鉄欠乏による貧血、さらにはマグネシウムやカルシウム吸収低下による電解質異常・骨密度低下を招く恐れがあります。実際、PPI長期服用者で血中ビタミンB12値の低下が報告されていますが、多くの場合は軽微で臨床的に問題とならない範囲とも言われています。ykhm-cl
ビタミンB12欠乏は胃酸が少ないとB12吸収が低下することにより生じます。萎縮性胃炎とPPI使用は、胃酸抑制によりビタミンB12の食物からの吸収を障害し、萎縮性胃炎を持つ高齢者ではビタミンB12欠乏の有病率が38%と高く、PPI使用者では21%、対照群では15%でした。難治性の逆流性食道炎などで、PPIを長期間服用する時には、時々ヘモグロビン値(貧血の数値)、鉄、フェリチン(鉄の蓄えの指数)、ビタミンB12などをチェックすることが推奨されます。asakusa-naika+2

プロトンポンプ阻害薬と薬物相互作用

PPIはいずれもCYP2C19の基質であり、CYP2C19には遺伝子多型が存在するため、PPIの薬効に患者個々でバラツキの出る可能性があります。CYP2C19の遺伝子多型は、PPIの薬物相互作用にも影響します。臓器移植に用いる免疫抑制薬のタクロリムスは、しばしばPPIのオメプラゾールやランソプラゾールと併用されますが、この併用によってタクロリムスの血中濃度が上昇する薬物相互作用が添付文書で注意喚起されています。jstage.jst+1
CYP2C19で代謝されるPPIは、抗血栓薬のクロピドグレルの効果を減弱させる可能性があります。プロトンポンプ阻害剤をラベプラゾールへ変更することは有用かもしれません。ラベプラゾールは大部分が非酵素的にチオエーテル体に変化するため、CYP2C19による影響を受けにくいからです。オメプラゾールは、CYP2C19で代謝される薬剤であるジアゼパム、ワルファリン、フェニトインに対しても相互作用が認められます。pharmacista+1

プロトンポンプ阻害薬と認知機能低下

PPIの長期使用が認知症リスクを高める可能性が議論されていますが、後ろ向きコホート研究ではPPI使用と認知症発症の関連が示唆される一方、他の研究では有意差が認められない結果も報告されており、エビデンスは一貫していません。ある報告では「PPIの長期使用(4.4年以上)によって認知症リスクが上昇する可能性がある」という指摘がある一方、他の研究では有意差が見られなかった、あるいは特定の集団のみで有意な関連が示唆されるなど、結果が混在しているのが現状です。note
考えられる生物学的メカニズムとして、ビタミンB12吸収障害、アミロイドβ代謝への影響、腸内細菌叢の変化が挙げられます。一部の基礎研究では、PPIがアミロイドβの分解を阻害する可能性が示唆されており、in vitroモデルや動物モデルで、PPIがアミロイドβの分解酵素に影響を与え、結果的に脳内のアミロイドβ蓄積を促進する恐れがあるという報告が存在します。PPIの使用は腸内のpH環境を変化させ、腸内細菌叢のバランスに影響を与えると考えられています。近年注目されている「腸-脳相関(gut-brain axis)」においては、腸内細菌叢の変化が中枢神経系の機能や認知機能に影響を及ぼす可能性が示唆されています。note

プロトンポンプ阻害薬の適正使用と中止戦略

『胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021』においても、「必要に応じた最小限の用量で使用することを提案する」と記載されています。PPIの内服によって上部消化管のがんの症状がマスキングされるため、がんの発見が遅れるリスクがあるとの指摘もありますが、適切な用法用量通り使用するなど正しい使い方をすれば、OTC化は十分に可能であるという意見もあります。38-8931+1
Deprescribingの実践は重要ではありますが、PPIの中止が患者アウトカムの改善につながるか否か、評価することは困難であり、患者に不利益を与えては意味がないことを念頭に置く必要があります。患者との信頼関係が重要であり、再燃時の対応措置や治療段階を明確化し、患者の不安を和らげる必要があります。研究によると、PPIを服用している患者の約30%が服薬を中止でき、約80%の患者で用量を減らすことができましたが、オンデマンド療法は胃腸障害の再燃や治療満足度の低下を引き起こす可能性もあります。jstage.jst
プロトンポンプ阻害薬の副作用と長期服用に関する詳細情報(薬剤師向けキャリア情報)
厚生労働省:プロトンポンプインヒビター(PPI)の再検討の経緯(医療従事者向け資料)
薬剤師が知っておきたいPPI長期使用と骨折リスクの関係(m3.com薬剤師コラム)

 

 




PPI(プロトンポンプ阻害薬)治療のコツがわかる本 木下 芳一; 高橋 信一