遅発性ジスキネジアは、自分の意思とは無関係に体のどこかが勝手に動いてしまう不随意運動という体の動きの問題の一つです。患者のほとんどは、はじめに頭部や顔面(唇、舌、頬、下あご、顔の筋肉など)に症状があらわれます。具体的には、舌を左右に揺らす、舌をねじる、舌なめずり、舌を突き出すといった舌の動きや、唇をすぼめる、口をとがらせる、口をギュッと閉じるといった唇の動き、口をモグモグする、歯を食いしばる、まばたきを繰り返すなどの症状がよくみられます。td-searchlight+2
口周囲の症状以外にも、手や足、全身に症状が起こることがあります。手に力が入ってゆるめることができない、手でドアノブを回すような動きを繰り返す、勝手に手や足が動く、足が突っ張って歩きにくいなどの症状がみられることがあります。重症例では、脚部に歩行が困難または不可能になるほどの影響がある場合もあります。横隔膜などの呼吸に関わる部位に遅発性ジスキネジアが生じると、呼吸性ジスキネジアと呼ばれるリスクの高い状態が生じることもあり、慎重な観察を要します。td-searchlight+3
遅発性ジスキネジアの症状は、抗精神病薬を使用し始めてから通常3か月以上経ってから現れ、数年単位の長期間が経ってから現れることもあります。一般的には、お薬を服用しはじめて3ヵ月以上過ぎてからあらわれるとされており、お薬を長く使用するほど起こりやすくなるといわれています。遅発性ジスキネジアの症状は、通常、時間の経過とともに進行します。初期には軽度であり、進行すると重度になることがあり、一度発症すると不可逆的となることが多く、患者の生活の質や社会参加に大きな支障をきたす可能性があります。medicalnote+3
遅発性ジスキネジアの原因について詳細は分かっていませんが、主な仮説として「ドパミン受容体過感受性仮説」と「酸化ストレス仮説」が提唱されています。脳の神経細胞には、ドパミンと呼ばれる細胞から細胞へ情報を伝える成分(神経伝達物質)があります。抗精神病薬は、ドパミンがドパミン受容体にくっつくのをさまたげることによって、ドパミンの過剰なはたらきを抑え、精神症状を改善します。td-searchlight+1
しかし、ドパミン受容体が長い間さまたげられていると、細胞はドパミンをなんとか受け取ろうとしてドパミン受容体の数を増やします。その結果、ドパミンによる刺激が過剰になり、遅発性ジスキネジアが起こると考えられています。発症機序としては、黒質線条体経路ドパミンD2受容体の長期的な遮断の結果、ドパミンD2受容体の感受性が亢進したことに起因すると考えられています。ドパミンによる情報伝達には様々な因子が関与しており、作用機序に関する詳細は完全には解明されていません。pmda+2
遅発性ジスキネジアの診断では、遅発性ジスキネジアに似た症状が起こっているのかどうかも見分ける必要があります。似た症状には、加齢による口周辺の不随意運動や、精神疾患による症状、他の病気や障害などによる症状などがあります。ジスキネジアばかりでなく、振戦、アカシジア(じっとしていることに違和感を覚え、常にそわそわしてしまうこと)やジストニア(持続的に筋肉が緊張し、異常な姿勢や運動を繰り返すこと)を呈する症例もあり、これらを総称してtardive syndromeとも呼ばれます。clinicalsup+2
医療従事者として注目すべき点は、抗精神病薬未治療の統合失調症患者においてもジスキネジアやパーキンソニズムが報告されていることです。これらの運動障害が疾患そのものの一部である可能性も示唆されており、薬剤性との鑑別には慎重な臨床評価が必要です。診断では、典型的な不随意運動の存在、少なくとも1~6カ月以上のドパミン受容体遮断薬曝露歴、およびそのほかの原因の除外による臨床診断が基本となります。pmc.ncbi.nlm.nih+1
遅発性ジスキネジアは、お薬を使用することで起こる症状です。抗精神病薬の多くが遅発性ジスキネジアの原因となり、抗精神病薬のほかにも、抗てんかん薬、抗うつ薬、一部の吐き気止め(制吐剤)などが原因となって、遅発性ジスキネジアが起こることもあります。第一世代抗精神病薬(定型抗精神病薬)は第二世代抗精神病薬(非定型抗精神病薬)に比べて遅発性ジスキネジアのリスクを低減させると考えられていましたが、最近の報告では必ずしも差はみられません。td-searchlight+1
実際にオランザピンでも16.4%の遅発性ジスキネジアの頻度であったという報告もあります。最近のメタアナリシスでは、第2世代抗精神病薬は第1世代抗精神病薬と比べて遅発性ジスキネジアの有病率と発生率が低いことが示されていますが、完全には回避できません。日本の自発報告データベースを用いた分析では、第一世代抗精神病薬は第二世代抗精神病薬と比較して、アカシジア、ジストニア、ジスキネジア、遅発性ジスキネジアのリスクが有意に高いことが報告されています。hinyan1016.hatenablog+3
抗精神病薬長期服用患者における遅発性ジスキネジアの有病率は13~32%程度との報告が多く、メタ解析では平均25.3%と推定されています。抗精神病薬曝露患者の25%前後に遅発性ジスキネジアが発生すると報告されており、特に高用量・長期投与でリスクが上昇します。第1世代抗精神病薬(FGA)では年間発症率5.4~7.7%、第2世代抗精神病薬(SGA)では0.8~3.0%と報告されています。定型抗精神病薬服用開始から数年間の遅発性ジスキネジアの年間有病率は5~7%で、服用期間が長くなると発現率が増し、有病率は20~25%になるといわれています。jstage.jst+1
日本における遅発性ジスキネジアの実態に関する最近の研究では、精神科入院患者における遅発性ジスキネジアの有病率は9.2%であり、これは欧米の集団よりも低く、アジア諸国の以前の報告とおおむね一致していることが示されています。この人種差は、遅発性ジスキネジアの発症リスクが人種によって異なる可能性を示唆しています。近年は第二世代抗精神病薬の普及により、遅発性ジスキネジアの有病率は減少傾向にありますが、抗精神病薬の使用拡大に伴い、遅発性ジスキネジアを経験する患者数は増加する可能性があります。pmc.ncbi.nlm.nih+1
遅発性ジスキネジアのリスク因子として、高齢、アルコール歴、女性、気分障害、てんかん、頭部外傷などの器質的な脳病変、糖尿病、抗精神病薬の総投与量、抗精神病薬の治療開始早期の錐体外路症状の合併などがあります。高齢患者では3.2倍のリスクとされており、加齢は確実なリスクであることが示されています。高齢(65歳以上で遅発性ジスキネジアリスク5~6倍)、女性(閉経後女性で1年曝露後の発症率約30%)は重要なリスク因子です。hinyan1016.hatenablog+1
日本の研究では、脳損傷の既往歴がある患者群で遅発性ジスキネジアの割合が有意に高く、脳損傷が抗精神病薬に対する脆弱性を引き起こす可能性があることが示されています。糖尿病や抗コリン薬併用、アフリカ系・白人などの人種背景もリスク因子として報告されていますが、性差や糖尿病については否定的な報告もあり一定の見解には至っていません。クロザピンへの切り替えにより遅発性ジスキネジアが改善することが示されており、抗精神病薬の選択も予後に影響することが明らかになっています。med.m-review+3
遅発性ジスキネジアは、患者の症状や精神疾患の治療歴、体の各部位の動き方などから、総合的に診断します。まず、内服している抗精神病薬の種類や服用期間などを確認し、体のどの部位に、どのような不随意運動がみられるか、例えば口や顔、手足などに特徴的な症状があるかなどについて確認し、同じような症状がみられる他の病気を除外(鑑別診断)した上で診断します。不随意運動を生じている場合には、Abnormal Involuntary Movement Scale (AIMS)を用いて評価します。td-searchlight+1
AIMSは遅発性ジスキネジアの重症度評価に広く用いられている標準化されたスケールです。AIMSの項目は顔・口、四肢、体幹の不随意運動を評価し、合計スコアで重症度を判定します。AIMS合計点が0点なら正常、1~7点なら微症状、8~15点なら軽度、16~23点なら中等度、24点以上は重度などと目安付けされることがあります。Schooler-Kane基準のカットオフ(2点×2部位 または 3点×1部位)は「臨床的に明らかな遅発性ジスキネジア」の指標といえます。c2h.niph+1
治療介入の目安としては、「中等度以上」(AIMS各部位3点以上)または日常生活に支障が出ている場合は積極的治療を検討すべきです。APA(米国精神医学会)ガイドライン(2021年)でも「中等度以上または日常生活に支障を来す遅発性ジスキネジアはVMAT2阻害薬治療を推奨(グレード1B)」としており、治療適応の判断には臨床症状の質的評価も欠かせません。EPSは抗精神病薬の投与初期にみられる急性期EPS(パーキンソニズム、アカシジア、ジストニア)と、遅発性に出現することが多いジスキネジアに大別されるため、発症時期も重要な診断ポイントです。webview.isho+1
遅発性ジスキネジアを予防するためには、なるべく遅発性ジスキネジアの原因となるお薬の量を減らしたり、遅発性ジスキネジアを起こしにくいお薬を併用することが基本とされています。しかし、おおもとの病気の治療に必要なお薬の種類や量は、患者一人ひとりで異なるため、どのような予防方法がその患者に合っているかは医師が判断する必要があります。抗精神病薬は用量依存的に遅発性ジスキネジアを惹起するかどうかについては、最近のレビューでは結論づけられないとしていますが、高用量・長期投与がリスク因子であることは明らかです。td-searchlight+2
医療従事者として重要なのは、定期的な不随意運動のモニタリングと早期発見です。抗コリン薬が使用されている場合はまず除去し、抗精神病薬を錐体外路症状惹起作用の少ない薬物に置換することが推奨されています。第二世代抗精神病薬、特にクエチアピンやクロザピンなどへの変更が検討されます。患者本人やご家族で判断せず、担当医と相談しながら、一緒に予防方法を考えていくことが大切です。遅発性ジスキネジアは予防が最も重要であり、発症後の管理よりも予防的アプローチに重点を置くべきです。mhlw+2
遅発性ジスキネジアの治療としては、①原因となるお薬の使用を減量または中止する、②遅発性ジスキネジアを起こす可能性が少ない他のお薬に変更する、③症状に対する治療をする、という3つの方法があげられます。しかし、お薬の服用を減量したり中止したりすることで、もともと治療をしていた病気が悪化してしまう心配もありますので、どのように治療するかは、患者の病状なども考えながら、医師が判断して決めます。患者自身やご家族の判断でお薬をやめると、自分の判断で急に服用をやめるとかえって症状が悪化することがあるため、必ず担当医に相談しましょう。h-navi+1
治療の基本原則として、抗コリン薬が使用されている場合はまず除去することが推奨されます。そして抗精神病薬を錐体外路症状惹起作用の少ない薬物に置換します(クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールなど)。最近のメタアナリシスでは、クロザピンへの切り替えにより遅発性ジスキネジアが改善することが示されており、治療抵抗性の遅発性ジスキネジアに対する有効な選択肢となっています。seiwakai-shimane+1
海外ではすでに遅発性ジスキネジアの治療薬が使われており、日本でも2022年に治療薬が承認されましたので、今後は治療の選択肢が増えてくることが期待されます。ジスバル(バルベナジン)は、日本において遅発性ジスキネジアの治療剤として初めて承認された医薬品となり、遅発性ジスキネジアの患者に新たな治療の選択肢を提供するものです。バルベナジンは小胞モノアミントランスポーター2(VMAT2)阻害薬であり、通常、成人にはバルベナジンとして1日1回40mgを経口投与します。mt-pharma+2
臨床試験では、投与開始6週時点のAIMSスコア変化量(最小二乗平均値)はバルベナジン40mg投与群で-2.3、バルベナジン80mg投与群で-3.7、プラセボ群で-0.1であり、有意な改善が認められました。ドパミンによる情報伝達には様々な因子が関与しており、バルベナジンの作用機序はその働きにより過剰な情報伝達を抑制して、遅発性ジスキネジアの症状を改善すると考えられています。ただし、バルベナジンは全ての患者に効果があるわけではなく、過剰に服用すると体調不良を引き起こす可能性があるため、適切な用量管理が重要です。tool-order.mt-pharma+2
APA(米国精神医学会)ガイドライン(2021年)では「中等度以上または日常生活に支障を来す遅発性ジスキネジアはVMAT2阻害薬治療を推奨(グレード1B)」としており、バルベナジンやデュテトラベナジンなどのVMAT2阻害薬が第一選択薬として位置づけられています。これらの治療薬の登場により、従来は治療が困難であった遅発性ジスキネジアに対しても、より効果的な治療介入が可能になりつつあります。hinyan1016.hatenablog
遅発性ジスキネジアの長期管理においては、定期的なモニタリングと多職種によるサポートが重要です。AIMSなどの標準化された評価スケールを用いた定期的な評価により、症状の変化を客観的に把握することができます。治療効果の判定として、投与開始6週時点でAIMS合計スコアがベースラインから50%以上改善した被験者の割合や、遅発性ジスキネジアの全般的な印象(CGI-TD)改善度などが指標として用いられます。c2h.niph
実臨床では特定部位の重症度(例えば舌の著しいジスキネジアで嚥下困難があるなど)が重要で、AIMS項目の全体重症度および機能障害度・本人の認識度にも留意する必要があります。例えばAIMS総点が10点程度でも、構音や食事に支障があれば重症度は高いと判断します。患者の生活の質への影響を総合的に評価し、個々の患者に最適な治療計画を立てることが求められます。hinyan1016.hatenablog
遅発性ジスキネジアの病態仮説として、1970年代よりドパミンD2受容体(D2R)の過感受性が注目されてきましたが、現在まで病態の全体像は完全には解明されていません。最近の研究では、遅発性ジスキネジアの発症機序として免疫反応の関与も示唆されています。サイトカインレベルと遅発性ジスキネジアとの関連を調べた研究は比較的少ないものの、神経炎症が病態形成に寄与している可能性が指摘されています。pmc.ncbi.nlm.nih+1
興味深いことに、L-DOPA誘発性ジスキネジア(パーキンソン病治療薬による)と遅発性ジスキネジア(抗精神病薬による)という、異なる薬剤による異なる神経精神疾患において類似の不随意運動が生じるメカニズムの研究が進められています。MRIベースのマクロスコピック解析と超解像顕微鏡によるミクロスコピック同定により、共通のGABA伝達病態が見出されており、両者に共通する構造的な異常が存在することが示されています。このような基礎研究の進展により、将来的にはより効果的な治療法や予防法の開発につながることが期待されています。pmc.ncbi.nlm.nih
厚生労働省による重篤副作用疾患別対応マニュアル「ジスキネジア」では、遅発性ジスキネジアの診断基準、リスク因子、治療方針について詳しく解説されており、医療従事者にとって有用な参考資料となっています。
遅発性ジスキネジア情報サイト「サーチライト」では、患者向けに症状、原因、検査、治療についてわかりやすく説明されており、患者教育の資料として活用できます。