近赤外光カメラの原理と医療応用における技術進歩

近赤外光カメラは医療現場でどのように血管やリンパ管を可視化し、手術支援に活用されているのでしょうか。ICG蛍光法の仕組みから最新の臨床応用まで、医療従事者が知っておくべき技術の全貌を解説します。

近赤外光カメラの医療応用と原理

近赤外光カメラの医療における主要機能
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組織深部の可視化技術

近赤外光(700-900nm)を利用し、肉眼では観察できない組織表面下約10mmの血管やリンパ管をリアルタイムで可視化

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ICG蛍光法による画像化

インドシアニングリーン(ICG)を投与し、750-810nmの励起光で835nmの蛍光を発生させて血流やリンパ流を明瞭に描出

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術中リアルタイム評価

可視光モードと近赤外光モードの即時切り替えにより、手術中の血流確認やリンパ節同定を短時間で実施可能

近赤外光カメラシステムは、人間の目では見えない近赤外光領域(700-2500nm)の電磁波を利用して、組織深部の血管やリンパ管を可視化する医療機器です。この技術は、物質の組成によって光の反射や吸収特性が異なることを利用しており、電子部品から農産物まで幅広い製品検査に応用されてきましたが、近年は医療分野での臨床応用が急速に拡大しています。
参考)近赤外カメラ メーカー26社 注目ランキング【2025年】

近赤外光カメラの医療応用において最も重要な技術がICG蛍光法です。インドシアニングリーン(ICG)という蛍光色素を血管やリンパ管に投与し、近赤外励起光(750-810nm)を照射すると、ICGから発生する微弱な近赤外蛍光(ピーク波長835nm)を画像化することができます。この波長領域は、生体内のヘモグロビンと水の影響が少ないため光の組織透過性が高く、組織表面下約10mm深部の構造を可視化することが可能とされています。
参考)近赤外光カメラシステム LIGHTVISION2™ : 株式…

医療現場で使用される近赤外光カメラシステムは、ハイビジョンセンサを搭載し、高精細画像表示を実現しています。モニタには可視画像、近赤外蛍光画像、可視+近赤外蛍光画像の3画面を同時表示でき、周囲組織と対比させながらICGの光る部分を確認することができます。また、手術室の照明を点けたままで撮影が行える明室対応設計となっており、患部と撮影画像の比較が容易に行えます。​

近赤外光カメラのICG蛍光観察における基本原理

 

近赤外光カメラによるICG蛍光観察の原理は、生体組織の光学特性とICGの蛍光特性を巧みに利用したものです。体表面から体内に入った光がどの程度の深さまで達するかは、体内に存在するヘモグロビンと水などの吸光物質と光の波長に密接に関係しています。
参考)ICG蛍光ナビゲーションによる腹腔鏡手術 | 国立長寿医療研…

ヘモグロビンは600nmより短い光を吸収し、水は900nmより長い光を吸収するため、可視光や長波長の赤外光は減衰し、生体の深部に到達しがたいという特性があります。しかし、600nm~900nmの近赤外光領域では、ヘモグロビンと水の影響が少ないため光の組織透過性が高くなります。​
ICGは近赤外光(ピーク波長805nm、750-810nm)で励起すると、より長波長の近赤外光を蛍光発色します。ICGの励起における750~810nmと蛍光発光における835nmが、生体観察に最も適する近赤外光領域にあるため、専用カメラを用いることで、表面より約10mm深部の病変、血管やリンパ管など生体深部構造を励起・発光させ可視化することが可能となります。​
近赤外線光機器は、白色光モードと近赤外光(ICG蛍光)モードを即時に切り替え可能であり、術中の利便性が非常に高い設計となっています。この切り替え機能により、外科医は解剖学的構造の確認と血流・リンパ流の評価を同時に行うことができます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3105445/

近赤外光カメラの乳腺外科におけるセンチネルリンパ節同定

乳腺外科領域における近赤外光カメラの最も重要な応用例が、センチネルリンパ節同定です。センチネルリンパ節とは、がんから最初にリンパ液が流れ着くリンパ節のことで、このリンパ節の転移状況を調べることで、腋窩リンパ節郭清の必要性を判断できます。
参考)乳癌ICG蛍光法によるセンチネルリンパ節生検の現状と展望

従来、センチネルリンパ節の同定にはラジオアイソトープ(RI)を用いる方法が主流でしたが、被ばくの問題や設備の制約がありました。近赤外光カメラを用いたICG蛍光法では、原発巣から腋窩まで広い範囲でリンパ流を明瞭に可視化することにより、正確なセンチネルリンパ節の同定を支援します。RIを用いないため被ばくもなく、より安全で簡便な方法として注目されています。​
実際の手技では、切開後にズーム機能で切開部分を拡大表示し、リンパ節を視覚的に周囲組織と識別することができます。近赤外蛍光画像の色を白の他、周囲の組織や血液・体液の光の反射と区別しやすい緑や青に変更することができ、血管やリンパ管の把握が行いやすくなります。​
複数の臨床研究により、ICG蛍光法によるセンチネルリンパ節同定の有用性が報告されています。手術中にリンパ管の同定や血流の確認などが短時間で容易に行えるため注目を集めており、特に乳がん手術時にセンチネルリンパ節を迅速に同定できる点において有用性が認められています。​

近赤外光カメラによる形成外科の皮弁血流評価

形成外科領域では、近赤外光カメラを用いた皮弁血流評価が重要な役割を果たしています。遊離皮弁を用いた再建手術は、口腔がん、乳がんなど様々な癌の切除後の修復や、外傷などによる皮膚や筋肉の損傷を補うなどの目的で広く行われていますが、皮弁の血流が適切に維持されているかの評価が術後の成功を左右します。
参考)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000451.000021495.html

近赤外光カメラシステムは、最大10倍のズーム機能を装備しており、広角表示により腹部の大きな皮弁でも全体を画面に収めることができ、皮弁の血流灌流や穿通枝の判断を支援します。また、拡大表示では吻合後の血管を高精細に描出し、開存性の評価に役立ちます。​
ICG蛍光法による血流評価では、組織の血液灌流を明瞭な画質で描出することができます。乳房再建における皮弁血液灌流評価や血管開存性評価において、術中に血流を明瞭な画質で描出することにより、吻合部の決定を視覚的に支援します。これにより、皮弁壊死などの合併症のリスク低減が期待できます。
参考)赤外観察カメラシステム PDE vol.3 乳房再建時の皮弁…

近年の研究では、血流スコープを用いて皮膚表層深さ1mmにおける毛細血管循環の変化をリアルタイムに解析する技術も報告されています。血流遮断から60秒前後で皮膚表層血管を流れる赤血球の動きが著しく減弱することが発見され、うっ血や虚血が判別可能であることが証明されました。
参考)遊離皮弁の皮膚表層深さ1mmの毛細血管循環に対する血流スコー…

近赤外光カメラの消化器外科における血流評価応用

消化器外科領域では、近赤外光カメラを用いた血流評価が、胃管や腸管の吻合部決定において重要な役割を果たしています。食道がん手術における胃管形成時や大腸がん手術における腸管吻合時に、吻合予定部の血流を可視化することで、縫合不全などの合併症のリスク低減を支援します。​
胃管の血流評価では、組織の血液灌流を明瞭な画質で描出し、術中に血流を明瞭な画質で描出することにより、吻合部の決定を視覚的に支援します。近赤外光カメラシステムは視野が広く、関心領域全体を一度に観察可能であるため、腹部の広範囲を一画面に収めることができ、腹部皮弁や胃管血流評価の際に全体像を短時間で確認できます。​
大腸がん手術における血流確認では、吻合予定部の血流を可視化することで縫合不全などの合併症のリスク低減を支援します。ICG蛍光法は、X線透視を行うことなく、組織の血液灌流状態を術中にリアルタイムに可視化することができるため、外科医は客観的な情報に基づいて吻合部位を決定できます。
参考)赤外観察カメラシステム PDE vol.6 下部消化管術中の…

心臓血管外科領域でも、冠動脈バイパス手術時の血管開存性評価にICG蛍光法が活用されています。X線透視を行うことなく、グラフト血管の開存性や心筋血液灌流を術中にリアルタイムに可視化することができ、手術の安全性と確実性の向上に寄与しています。​

近赤外光カメラシステムにおけるInGaAsセンサー技術の革新

近赤外光カメラの検出器として、InGaAs(インジウムガリウムヒ素)センサーが重要な役割を果たしています。InGaAsイメージセンサは、近赤外域における幅広い用途に用いられており、CMOS信号処理回路を内蔵しているため取り扱いが容易という特徴があります。
参考)https://www.hamamatsu.com/content/dam/hamamatsu-photonics/sites/documents/99_SALES_LIBRARY/ssd/ingaas_is_kmir1037j.pdf

InGaAsセンサーは、可視光(VIS)・近赤外(NIR)・短波長赤外(SWIR)用の1次元および2次元イメージセンサとして製造されており、低暗電流、低読み出しノイズ、高スキャンレートを特長としています。チャージアンプ方式を採用し、電荷を蓄積して出力信号を大きくできるため、微弱光の検出に適しています。​
高感度冷却InGaAs検出器では、0.6~1.7μmまたは0.8~2.2μmの検出波長範囲で、-90℃電子冷却による低暗電流、16bitのダイナミックレンジにより高S/Nでスペクトルを取得できます。量子効率は80%以上(0.8~1.7μm)を達成しており、真空漏れなしで5年間保証という信頼性の高い設計となっています。
参考)https://www.tokyoinst.co.jp/products/detail/spectroscopy_array_detectors/AD03/index.html

近赤外光領域の撮影に特化したカメラシステムでは、850nmと940nmの2つの波長帯が特に重要です。850nmはフォトトランジスタやカメラ受光素子との相性が良く、VR/ARの視線追跡や物体検知など高感度が求められる用途に最適です。一方、940nmは太陽光の影響を受けにくいという特性があります。
参考)https://www.rohm.co.jp/news-detail?news-title=2025-03-13_news_ledamp;defaultGroupId=false

最新の研究では、大口径オールシリコンメタレンズを基盤とした近赤外イメージング装置が開発されており、従来の屈折レンズに依存した大型で嵩張るイメージングシステムの制約を克服する可能性が示されています。これらの技術革新により、近赤外光カメラシステムのさらなる小型化と高性能化が期待されています。
参考)https://www.mdpi.com/2079-4991/15/6/453

医療用途では、ハイパースペクトルイメージング技術を組み合わせた近赤外カメラシステムも開発されており、粘膜下腫瘍の深部診断や組織深部の可視化に応用されています。900~1,700nmをカバーする先進的なハイパースペクトルカメラは、産業および研究室環境における応用が拡大しています。
参考)近赤外光を利用したハイパースペクトル画像から粘膜下腫瘍(GI…

参考リンク:島津製作所の近赤外光カメラシステムLIGHTVISION2の技術仕様と臨床応用例
近赤外光カメラシステム LIGHTVISION2™ : 株式…
参考リンク:InGaAsイメージセンサの技術仕様と応用例(浜松ホトニクス技術資料)
https://www.hamamatsu.com/content/dam/hamamatsu-photonics/sites/documents/99_SALES_LIBRARY/ssd/ingaas_is_kmir1037j.pdf