薬理学において、アゴニストとアンタゴニストは受容体を介した薬物作用を理解する上で最も基本的な概念です。アゴニストは受容体に結合することで、その受容体本来の機能を活性化させ、細胞内シグナル伝達を引き起こします。一方、アンタゴニストは受容体に結合するものの、受容体の活性化を起こさず、むしろ本来結合すべき化学物質やホルモンの結合を妨げることで、その作用を抑制します。
参考)薬理学/アゴニストとアンタゴニスト - Wikibooks
受容体と薬物の相互作用は、細胞膜上や細胞内にある受容体タンパク質の立体構造変化によって引き起こされます。情報伝達物質が受容体に結合すると、受容体タンパク質の高次構造(コンフォメーション)が変化し、その変化が細胞内に伝えられて特有の反応が生じます。アゴニストはこの構造変化を引き起こして情報伝達を開始させますが、アンタゴニストは受容体に結合しても構造変化を起こさないか、情報伝達が起こらない形の構造変化を引き起こします。
参考)アンタゴニスト|キーワード集|実験医学online:羊土社 …
薬物の親和性(受容体への結合しやすさ)と固有活性(受容体を活性化する能力)という2つの特性が、アゴニストとアンタゴニストを区別する重要な指標となります。アゴニストは親和性と固有活性の両方を持ちますが、アンタゴニストは親和性のみを持ち、固有活性を持ちません。この基本原理が、臨床での薬物選択や投与量調整の理論的基盤となっています。
参考)https://www-yaku.meijo-u.ac.jp/Research/Laboratory/chem_pharm/09jugyou/2.%20yakubututeiryou.pdf
アゴニストは受容体への親和性を持ち、結合することで細胞機能の変化を引き起こすように受容体タンパク質に作用します。例えば、イソプレナリンは交感神経のβ受容体に作用して心拍数を増加させるアゴニストとして知られています。受容体に結合したアゴニストは、GTP結合タンパク質(Gタンパク質)を介して効果器へ情報を伝達し、特定の二次メッセンジャーを合成する酵素を活性化または不活性化させます。
参考)アゴニストとアンタゴニストって何?|サプリメントのヘルシーパ…
完全アゴニストと部分アゴニストの違いは、受容体占有率と最大反応の関係にあります。完全アゴニストは、利用可能な受容体の一部が占拠されただけで最大作用が起こりますが、部分アゴニストは全ての受容体が占拠されても最大作用は完全アゴニストに比べて弱くなります。部分アゴニストは、完全アゴニストの存在下ではアンタゴニストとしても機能する特徴があり、臨床上の使い分けが重要です。
参考)アゴニストとアンタゴニスト|福岡市天神の産婦人科|野崎ウイメ…
アゴニストの濃度と反応の関係を示す用量-反応曲線は、薬物の効力を評価する重要な指標です。曲線の形状から、薬物の効力(EC50:50%の最大反応を引き起こす濃度)や最大効果(Emax)を読み取ることができ、これらの情報は臨床での投与量設定に活用されます。
参考)第97回薬剤師国家試験 問27 用量ー反応曲線 - yaku…
アンタゴニストは作用機序により、競合的アンタゴニストと非競合的アンタゴニストに大別されます。競合的アンタゴニストは、アゴニストと同じ結合部位で受容体に結合し、アゴニストとの競合関係にあります。この場合、アゴニストの濃度を増加させることで、競合的アンタゴニストは受容体から追い出され、アゴニストの結合が回復します。
参考)ビデオ: 薬物-受容体相互作用:アンタゴニスト
競合的アンタゴニストの例として、プロプラノロールは心臓のβアドレナリン受容体をブロックし、アドレナリンの作用が起きないようにします。この可逆的な結合により、アゴニストの用量-反応曲線は高用量側に平行移動しますが、最大反応は変化しません。臨床的には、アゴニストの濃度を上げることで競合的アンタゴニストの効果を克服できる特性が重要です。
参考)薬物-受容体相互作用 - 23. 臨床薬理学 - MSDマニ…
非競合的アンタゴニストは、アゴニストとは異なる部位に結合するか、受容体以外の部位に作用してアゴニストの効果を減弱させます。非競合的拮抗薬の結合は不可逆的であることが多く、受容体の活性化に必要な立体構造変化を防ぐことで受容体の活性を阻害します。非競合的アンタゴニスト存在下では、アゴニストの用量-反応曲線は頭打ちになり、最大反応が減少します。
参考)受容体の機能を知るための作動薬・拮抗薬の使い方 - M-hu…
用量-反応曲線は、薬物の薬理作用を定量的に評価するための基本的なツールです。アゴニストの用量-反応曲線は、薬物濃度の増加とともに反応が増大し、最終的にプラトーに達するS字状の曲線を描きます。この曲線から、薬物の効力(potency)と効果(efficacy)を評価することができ、臨床での用量設定の根拠となります。
競合的アンタゴニストを加えた場合、アゴニストの用量-反応曲線は右側(高用量側)に平行移動しますが、最大反応は変化しません。これは、アゴニストの濃度を十分に増加させれば、競合的アンタゴニストとの競合に打ち勝って最大反応に到達できることを意味します。この特性により、競合的アンタゴニストの存在下でもアゴニストの効果を維持することが可能です。
非競合的アンタゴニストの影響下では、アゴニストの用量-反応曲線は頭打ちとなり、最大反応が減少します。アゴニストの濃度を増やしても最大反応は回復せず、利用可能な受容体の数が実質的に減少したのと同じ効果が現れます。この違いは、臨床での薬物相互作用を予測し、適切な治療戦略を立てる上で重要な知見となります。
参考)https://www.pharm.or.jp/words/word00814.html
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逆アゴニストは、受容体の基底活性(構成的活性)を抑制する薬物で、通常のアンタゴニストとは異なる作用機序を持ちます。多くの受容体は、リガンドが結合していない状態でも一定の基底活性を示すことがあり、この構成的活性が疾患に関与している場合があります。逆アゴニストは、この基底活性を低下させることで治療効果を発揮します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1866283/
受容体のtwo-stateモデルによれば、受容体は活性型と不活性型の間で平衡状態にあります。通常のアンタゴニストはアゴニストとの結合を妨げるだけで、活性型と不活性型の平衡は変えませんが、逆アゴニストは不活性型受容体に優先的に結合し、平衡を不活性型側にシフトさせます。この作用機序により、基底活性の抑制が可能となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8758724/
逆アゴニストの臨床応用例として、グレリン受容体の逆アゴニストPF-05190457が開発されています。グレリン受容体は高い構成的活性を示す受容体であり、逆アゴニストによる基底活性の抑制が新たな治療戦略として注目されています。逆アゴニストとアゴニストの受容体結合様式の違いを解明することで、より選択的で効果的な薬物設計が可能になると期待されています。
同じ神経伝達物質やホルモンに対しても、複数の受容体サブタイプが存在し、それぞれ異なる組織分布や生理機能を持っています。例えば、アドレナリン受容体にはα1、α2、β1、β2など複数のサブタイプがあり、各サブタイプに選択的なアゴニストやアンタゴニストが開発されています。選択性の高い薬物は、特定の受容体サブタイプにのみ作用するため、副作用を最小限に抑えることができます。
参考)受容体(レセプター)
受容体選択性は、薬物の構造と受容体の結合部位の相補性によって決定されます。選択性の高い拮抗薬は、少数の受容体や細胞型と相互作用し、併発する薬理学的な交差反応性をほとんど持ちません。例えば、喘息治療に用いられるβ2選択的アゴニストは、気管支拡張作用を示しながら、心臓のβ1受容体への作用を最小限に抑えることができます。
参考)受容体拮抗薬を選ぶときの3つのポイント - M-hub(エム…
GLP-1受容体作動薬やGnRHアゴニスト・アンタゴニストなど、特定の受容体に高い選択性を持つ薬物の開発が進んでいます。これらの薬物は、それぞれ糖尿病治療や生殖医療において重要な役割を果たしており、受容体サブタイプの選択性を活用した治療戦略の好例です。受容体の分子構造解析と薬物設計技術の進歩により、より選択性の高い薬物の開発が今後も期待されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11004190/
MSDマニュアル 薬物-受容体相互作用の詳細
競合的拮抗と非競合的拮抗の詳しい説明と臨床的意義が解説されています。
脳科学辞典 作動薬
作動薬(アゴニスト)の定義と受容体活性化のメカニズムについて、神経科学の観点から詳しく解説されています。
日本薬学会 逆アゴニスト
逆アゴニストと通常のアンタゴニストの違い、受容体の構成的活性について専門的な解説があります。