慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、タバコなどの長期間にわたる有害物質の吸入によって引き起こされる気道の慢性炎症性疾患です。この疾患は40歳以上の日本人の約8.6%に見られる比較的ありふれた病気であるにもかかわらず、認知度は低く、2018年の調査では71.9%の人が「知らない」と回答しています。
COPDの特徴的な症状としては、以下が挙げられます。
COPDは進行性の疾患であり、初期段階では階段の上り下りなど体を動かした時にのみ息切れを感じる程度ですが、病状が進行すると少し動いただけでも息切れを感じるようになり、日常生活にも支障をきたすようになります。
注意すべき点として、COPDは喘息と同じく気道の炎症性疾患ですが、喘息がアレルギー性で症状が可逆的であるのに対し、COPDは主に喫煙が原因で閉塞性障害が非可逆的であるという点で異なります。また、かつては「肺気腫」と「慢性気管支炎」の2疾患を総称してCOPDと呼んでいた時代もありましたが、現在ではCOPDは独立した疾患として考えられています。
COPDの薬物治療の中心となるのは気管支拡張薬です。気管支拡張薬は、閉塞した気道を広げることで息切れなどの症状を緩和する効果があります。COPDの重症度に応じて薬剤を選択するのが原則であり、軽症の場合は症状が出たときのみ短時間作用薬を使用し、より重症な場合は定期的に長時間作用薬を使用します。
気管支拡張薬は主に以下のようなタイプに分類されます。
長時間作用性抗コリン薬(LAMA)は神経伝達物質のアセチルコリンを阻害して気管支を拡げる作用を持ち、1日1回の吸入で12〜24時間効果が持続する最も効果的な気管支拡張薬とされています。ただし、閉塞隅角緑内障の患者には禁忌であり、前立腺肥大症の患者ではまれに排尿困難症状を悪化させることがあるため注意が必要です。
長時間作用性β2刺激薬(LABA)は交感神経のβ2受容体を刺激して気管支を拡げる作用があり、1日1回または2回の吸入で12〜24時間効果が持続します。副作用として動悸、脈の乱れ、手のふるえなどが生じることがあるため、頻脈性の心疾患がある患者には使用を躊躇することがあります。
2013年のガイドライン改訂後は、第一選択薬として長時間作用性抗コリン薬(LAMA)と長時間作用性β2刺激薬(LABA)が同時に推奨されています。両者は作用機序が異なるため、併用することでより強力な効果が期待できます。
COPDの治療において、吸入ステロイド薬(ICS)は単剤での使用は推奨されていませんが、特定の条件下では他の薬剤との併用療法として重要な役割を果たします。
吸入ステロイド薬は主に、以下のような場合に考慮されます。
最近の治療アプローチでは、単剤での使用よりも配合剤が広く用いられるようになっています。主な配合剤には以下のものがあります。
ICSを含む吸入薬使用後は、のどの荒れやのどの刺激などの副作用予防のためにうがいが必要です。また、ICSの使用に関しては、肺炎などの副作用リスクとベネフィットを十分に評価することが重要です。
テリルジー100(ICS/LAMA/LABA)の臨床試験では、ICS/LABAやLAMA/LABAに比べて呼吸機能(トラフFEV1値)を有意に改善し、SGRQ合計スコア(健康関連QOL指標)も有意に低下させたことが報告されています。また、中等度または重度増悪の年間発現回数をICS/LABAに比べ15%、LAMA/LABAに比べ25%有意に低下させました。
COPDの長期管理において、増悪の予防は重要な治療目標の一つです。増悪とは症状の急性悪化を指し、以下のような症状の組み合わせによって判断されます。
増悪の予防と長期管理のための薬物選択としては、以下のアプローチが考えられます。
増悪予防には薬物療法だけでなく、ワクチン接種も重要です。インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンを併用することで、より効果的に増悪を予防できます。
また、増悪時の治療としては、薬物療法(気管支拡張薬の増量、ステロイド薬、必要に応じて抗菌薬)、酸素療法、換気補助療法が行われます。増悪と判断した場合はABCアプローチ(抗菌薬、気管支拡張薬、ステロイド)が用いられ、呼吸困難に対しては短時間作用性気管支拡張薬が第一選択となります。
閉塞性肺疾患の包括的な管理には、薬物療法だけでなく非薬物療法も重要な役割を果たします。また、近年では患者ごとの特性に合わせた個別化アプローチが注目されています。
非薬物療法の主な要素:
個別化アプローチの重要性:
COPDの治療においては、単に疾患の重症度だけでなく、患者の表現型(フェノタイプ)や内在型(エンドタイプ)を考慮した個別化アプローチが重要です。例えば。
吸入ステロイド薬(ICS)を投与する際には、病態を形成する気道炎症のフェノ・エンドタイプを正しく同定した上で、肺炎などの副作用リスクとベネフィットを十分に評価することが不可欠です。
近年の研究では、血液好酸球数がICSの効果を予測するバイオマーカーとして注目されており、好酸球数が高い患者ではICS含有レジメンがより効果的である可能性が示唆されています。このような個別化医療の進展により、「どの患者に、どのタイミングで、どの薬剤を」という精密な治療戦略が可能になりつつあります。
以上のように、COPDの治療においては薬物療法と非薬物療法を組み合わせた包括的なアプローチが重要であり、患者の特性に合わせた個別化治療を行うことで、症状の緩和、増悪の予防、生活の質の向上、さらには生命予後の改善が期待できます。