アジュバントは免疫応答を増強する目的で使用される物質ですが、その作用機序自体が副作用の原因となります。アジュバントは自然免疫受容体を刺激して樹状細胞などの抗原提示細胞を活性化させますが、この過程で炎症性サイトカインやケモカインが産生され、組織傷害性を示すことがあります。特に、アジュバントは組織を損傷させて白血球からDNAを放出させ、それがタンパク質と結合して作用を発揮するため、組織傷害性(毒性)と免疫力増強性を合わせ持つという二面性があります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/131/12/131_12_1721/_pdf/-char/en
自然免疫系の過剰な活性化は、発熱、局所の炎症反応、さらには全身性の炎症反応を引き起こす可能性があります。アラムアジュバントの場合、ファゴリソソームの破壊やNALP3インフラマソームの活性化を介してIL-1βやIL-18などの炎症性サイトカインが産生されることが明らかになっています。これらのサイトカインは免疫応答を誘導する一方で、発熱や局所の炎症反応などの副作用の原因となります。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000072822.pdf
免疫応答の方向性も副作用に影響を与えます。アルミニウム塩アジュバントは抗原特異的Th2型免疫応答とIgE抗体の産生を強く誘導するため、アレルギー反応のリスクが高まります。一方、核酸アジュバントや脂質アジュバントは細胞性免疫を誘導しやすく、異なる副作用プロファイルを示します。このため、対象疾患に合わせたきめ細かいアジュバントの選択が重要となります。
参考)https://www.ifrec.osaka-u.ac.jp/jpn/research/upload_img/Ken%20Ishii_Nat%20Medicine%20%E8%A7%A3%E8%AA%AC.pdf
アルミニウム塩アジュバントは1920年代から使用されている最も古典的なアジュバントで、水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、塩化アルミニウムなどが含まれます。主な副作用として、注射部位の発赤、腫脹、疼痛などの局所反応が報告されています。また、発熱やアレルギー反応誘導(IgE産生)などの全身性副反応も知られています。ただし、大規模な疫学研究では、小児用ワクチンに含まれるアルミニウム塩と自閉症、喘息、自己免疫疾患などの長期的な健康問題との間に関連は認められていません。
参考)免疫アジュバント療法 | ふくろうクリニック
脂質系アジュバントには、スクワレンを含むMF59やAS03などのエマルジョンタイプがあります。これらは粒子が小さく細胞に取り込まれやすいため、体液性免疫を効率的に誘導します。MF59はインフルエンザワクチンのアジュバントとして欧州で使用されており、比較的良好な安全性プロファイルを示していますが、注射部位の局所反応は依然として観察されます。モンタナイドISA 51などの水中油型(W/O)エマルジョンは、日本では癌ペプチドワクチンのアジュバントとして臨床研究が行われていますが、樹状細胞を強力に活性化するため、より強い局所反応を引き起こす可能性があります。
参考)https://vaccine-science.ims.u-tokyo.ac.jp/adjuvant/
核酸アジュバントには、TLR9リガンドであるCpG ODNやTLR3リガンドであるdsRNAなどがあります。これらは細胞性免疫を効果的に誘導しますが、強い炎症誘導能を持つため、安全性への配慮が必要です。特にdsRNAは古くからインターフェロン誘導薬として知られていますが、炎症誘導能が強いため安全性に問題があり、現在は改変体の開発が進められています。一方、第2世代の核酸アジュバントとして開発されたK3-SPGは、デリバリー機能を有し、従来の核酸アジュバントよりも安全性が改善されています。
がん免疫療法用アジュバントは、従来のワクチンアジュバントとは異なる副作用プロファイルを示します。免疫チェックポイント阻害薬との併用では、免疫関連副作用として皮疹等の皮膚障害、肺炎等の肺障害、下痢・腸炎等の胃腸障害、重症筋無力症・筋炎等の神経障害、甲状腺機能低下症といった内分泌障害等が報告されています。免疫アジュバント療法単独では、注射部位の発赤や水疱が稀に出現しますが、これらは免疫反応による症状であり、徐々に症状は治まります。
参考)免疫アジュバント療法
| アジュバント種類 | 主な副作用 | 発現頻度 | 重症度 |
|---|---|---|---|
| アルミニウム塩 | 注射部位反応、発熱、IgE産生 | 比較的高い | 軽度~中等度 |
| 脂質エマルジョン(MF59、AS03) | 注射部位反応、全身倦怠感 | 中程度 | 軽度~中等度 |
| 核酸アジュバント(CpG、dsRNA) | 炎症反応、インターフェロン誘導 | 中程度~高い | 中等度 |
| がん免疫療法用 | 免疫関連副作用、自己免疫様症状 | 低~中程度 | 中等度~重度 |
参考)肺がんの免疫療法と免疫チェックポイント阻害薬:作用と副作用
アジュバント副作用の管理には、早期発見と適切な対応が重要です。免疫チェックポイント阻害薬を用いる免疫療法では、免疫関連副作用が起きた際にはその程度によって投与を中止し、副作用の症状をやわらげるために、ステロイド剤等の免疫を抑える薬を使用することがあります。気になる症状が出た場合は自己判断せずに、主治医や看護師、薬剤師に相談することが推奨されています。
参考)3 .免疫チェックポイント阻害薬の副作用管理
局所反応の管理については、注射部位を強くこすったり、もんだりしないようにすることが基本です。注射部位に発赤や水疱が出ることが稀にありますが、これらは免疫反応による症状であり、徐々に症状はおさまります。37度程度の微熱や疲労感、全身の発疹などの一過性の症状が起こる場合もありますが、多くは自然に軽快します。
参考)アジュバント療法|免疫療法の東京【HASUMI免疫クリニック…
副作用管理のためのシステム構築も進んでいます。日本ではJADER(Japanese Adverse Drug Event Report database)などの医薬品副作用データベースが整備され、アジュバント関連の有害事象情報が集積されています。また、厚生労働省の研究班では、アジュバントの有効性と安全性を適切に評価できるようなバイオマーカーの探索が行われており、ワクチン投与時の副作用を減らすための研究が進められています。
予防的なアプローチとしては、アジュバント投与前のリスク評価が重要です。患者の免疫状態、既往歴、併用薬などを考慮し、副作用のリスクが高い患者では慎重な投与が求められます。特に、腎機能が低下している患者や長期間にわたり大量のアルミニウムを摂取している患者では、アルミニウムが体内に蓄積する可能性があるため注意が必要です。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000213612.pdf
近年の研究により、IgE誘導(アレルギー反応)とIgG誘導(抗体反応)を区別する免疫シグナルが発見され、新たなアジュバント開発に繋がる可能性が示されています。アラムアジュバントは長い間多くのワクチンに用いられてきましたが、IgEを誘導してしまうという副作用がありました。しかし、IgEとIgGを誘導する経路を分離できることが明らかになり、副作用の少ないアジュバントの設計が可能になってきています。
安全性の高い添加剤をアジュバントとして活用する試みも進んでいます。シクロデキストリン(Hydroxypropyl-β-CD)は、従来から医薬品添加剤として使用されてきた物質ですが、アジュバント活性を有することが発見されました。このシクロデキストリンは、アラムアジュバントと同等のIgG産生能を持ちながら、アラムの副作用であるIgEの産生誘導が低いという特徴があります。このような既存の安全な添加剤をアジュバントとして再評価することで、副作用の少ない次世代アジュバントの開発が期待されています。
低分子化合物のアジュバント応用も注目されています。DMXAAなどのSTINGリガンドは、自然免疫を活性化してアルミニウム塩アジュバント以上の強いアジュバント活性を示すことが報告されています。低分子化合物は作用機序が明確で、製造が容易、品質管理がしやすいなどの利点があり、副作用の予測や管理も比較的容易です。
混合アジュバント戦略も副作用軽減に有効です。AS04(アラム+MPL)のように、異なる作用機序を持つアジュバントを組み合わせることで、各成分の使用量を減らしながら十分な免疫応答を得ることが可能になります。この戦略により、個々のアジュバントの副作用を軽減しつつ、相乗効果により免疫応答を高めることができます。現在、AS04はHPVワクチンのアジュバントとして欧州で認可されており、臨床での使用実績が蓄積されています。
アジュバントの安全性評価には、動物モデルでの評価と臨床試験での評価の両方が重要です。しかし、自然免疫レセプター賦活型アジュバントについては、試験に用いる動物においてレセプターの発現や結合活性に種差があるため、評価が困難な場合があります。このため、ヒトのレセプターに対する結合活性が低い動物を使用する場合は、類似のアジュバントの情報を参考にするなどの工夫が必要です。
バイオマーカーを用いた副作用予測システムの開発が進められています。厚生労働省の科研費指定研究(H24-29)では、アジュバントデータベースプロジェクトが実施され、認可済み、臨床試験中、開発中のアジュバントによるヒト細胞、マウス個体の生物反応を総合的に解析したデータベースが構築されました。血清中から取得された約1200のヒトmiRNAデータの解析が進められ、発熱や抗体価に関連した数種のバイオマーカー候補が抽出されています。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2014/142021/201407034A/201407034A0020.pdf
アジュバント投与後の遺伝子発現プロファイル解析により、特徴的な発現パターンを有する遺伝子が同定されています。これらの遺伝子の一部はアジュバントによる副作用に関与している可能性があり、副作用の早期予測や個別化医療への応用が期待されています。また、2光子顕微鏡を用いたリンパ節におけるアジュバント取り込み細胞のイメージングにより、新たな評価系が構築されつつあります。
参考)https://www.amed.go.jp/content/000101250.pdf
日本では、医薬基盤研究所を中心とした「次世代アジュバント研究会」が2010年10月に設立され、産学官共同研究のプラットフォームとして機能しています。この研究会には大手製薬企業、ワクチンメーカー、バイオベンチャーが参加し、安全で有効なアジュバントの開発研究が推進されています。特に、日本ならではの高品質で安全なアジュバントの創製を目指し、アジュバント安全性評価法の確立、有効性指標や免疫制御バイオマーカーの検索が行われています。
今後の課題としては、アジュバントの有効性と安全性のバランスをどのように最適化するかが挙げられます。ワクチンの副作用の中には、アジュバントが原因ではないかという議論があるのも事実です。しかし、アジュバントが自己免疫を起こすという直接のエビデンスは臨床現場では確認されておらず、動物モデルでは自己抗原とアジュバントを投与することで実験的に自己免疫疾患を誘導できることが知られています。これらのリスクをどのように排除、あるいは最低限にすることができるのか、安全性の研究やその管理のシステム作りが引き続き必要とされています。
参考)https://www.radionikkei.jp/kansenshotoday/__a__/kansenshotoday_pdf/kansenshotoday-140326.pdf
参考リンク(アジュバント開発研究の総合的な解説)。
厚生労働省「アジュバント開発研究の新展開」
参考リンク(ワクチンアジュバントの安全性と有効性に関する学術論文)。
日本薬学会「ワクチンアジュバント―その有効性と安全性について」
参考リンク(免疫療法における副作用管理の実践ガイド)。
肺がん とともに「肺がんの免疫療法と免疫チェックポイント阻害薬:作用と副作用」