アパルタミドとエンザルタミドは、いずれもアンドロゲン受容体(AR)シグナル伝達阻害薬に分類される第二世代の抗アンドロゲン剤です。両薬剤に共通する作用機序として、以下の3つの阻害作用が挙げられます。
参考)https://www.miyabyo.jp/di_topics/docs/%E5%89%8D%E7%AB%8B%E8%85%BA%E7%99%8C%E6%B2%BB%E7%99%82%E8%96%AC%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E9%8C%A0%E3%80%8D%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf
まず第一に、アンドロゲンがアンドロゲン受容体のリガンド結合部位へ結合するのを競合的に阻害します。第二に、アンドロゲン受容体の核内への移行を阻害し、受容体が細胞質から核内に入るプロセスをブロックします。第三に、アンドロゲン受容体とDNA上の転写因子結合領域との結合を阻害することで、標的遺伝子の転写を抑制します。
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これらの多段階での阻害作用により、前立腺癌細胞の増殖に必要なアンドロゲンシグナル伝達経路が遮断されます。また、両薬剤ともアンドロゲン受容体に対するアゴニスト作用(受容体活性化作用)を示さない点も重要な特徴です。従来の抗アンドロゲン剤で問題となっていたアゴニスト作用による治療効果の減弱が、これらの薬剤では回避されています。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/medical_interview/IF00008305.pdf
両薬剤は同様の作用機序を持ちながらも、薬物動態や受容体結合特性において相違点が存在します。アパルタミドは、エンザルタミドと比較して、アンドロゲン受容体への結合親和性や組織への分布パターンに差異があることが報告されています。
参考)高リスクmHSPCに対するアビラテロン、エンザルタミド、アパ…
臨床試験におけるPSA(前立腺特異抗原)低下のパターンにも違いがみられます。エンザルタミドは比較的早期にPSA値が低下する傾向があり、PSA値が急速に上昇している症例では優先的に使用される場合があります。一方、アパルタミドは比較的緩徐な効果発現を示すものの、PSA低下率99%の達成率においてアビラテロンと比較して優れた成績を示した報告もあります。
参考)去勢抵抗性前立腺がんで進化する個別化治療、患者さんに合わせた…
また、血漿中濃度と副作用発現の関係について、アパルタミドでは日本人患者において血漿曝露量と皮疹発現率との相関が指摘されています。このような薬物動態の違いが、両薬剤の臨床効果や副作用プロファイルの差異に影響を与えている可能性があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7465330/
アパルタミドとエンザルタミドは、それぞれ異なる臨床試験で有効性が確認されており、適応症においても若干の違いがあります。アパルタミドは、SPARTAN試験において非転移性去勢抵抗性前立腺癌(nmCRPC)患者で転移または死亡のリスクを72%減少させました。さらにTITAN試験では、骨転移を有するホルモン感受性前立腺癌(mHSPC)患者において、死亡リスクを33%低下させ、病勢進行リスクを52%低下させることが示されました。
参考)アーリーダ 遠隔転移のある前立腺がんに適応追加
エンザルタミドについては、非転移性去勢抵抗性前立腺癌患者を対象とした臨床試験において、転移または死亡のリスクを71%低下させる効果が報告されています。また、PSA進行のリスクを93%低下させる優れた生化学的効果も確認されています。
参考)エンザルタミドとアンドロゲン除去療法の併用、転移のない去勢抵…
高リスクmHSPC患者を対象とした比較研究では、アビラテロン、エンザルタミド、アパルタミドの3剤間で、去勢抵抗性への進行までの期間や全生存期間に有意差は認められませんでした。このことから、臨床的には副作用プロファイルや患者背景に基づいた薬剤選択が重要となります。
参考)【Prostate】ホルモン感受性前立腺癌、 アビラテロン …
両薬剤の最も重要な違いは、副作用プロファイルにあります。アパルタミドの特徴的な副作用として、皮疹の発現頻度が高いことが挙げられます。日本人患者では約40.5%に皮疹が発現し、グローバル集団よりも高率であることが報告されています。皮疹は投与開始後平均40日程度で出現することが多く、軽度から中等度の症例が大半を占めますが、重症例としてStevens-Johnson症候群や中毒性表皮壊死症などの致死的な皮膚障害も報告されています。
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アパルタミドによる皮疹の管理には、早期からの保湿剤使用と皮膚科専門医との連携が重要です。発疹出現時には休薬または減量を考慮し、ステロイド外用薬を使用することで多くの症例で継続投与が可能となります。その他の副作用として、甲状腺機能低下症(5.7~8%)、疲労、関節痛などがあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11729573/
一方、エンザルタミドの特徴的な副作用として、痙攣発作のリスクが挙げられます。てんかんや脳梗塞の既往がある患者では使用を避けるべきとされています。また、疲労感や無力症が5%以上の頻度で認められ、高齢者では消化器症状が比較的出現しやすいことが報告されています。その他、悪心、下痢、食欲不振、体重減少などの全身症状が認められます。
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臨床現場におけるアパルタミドとエンザルタミドの使い分けには、患者の合併症や既往歴、副作用リスクを総合的に評価する必要があります。エンザルタミドは、てんかんや痙攣性発作、脳梗塞の既往がある患者では使用を避けるべきであり、このような患者にはアパルタミドや他のAR阻害薬を選択します。
参考)日本のリアルワールドデータから考える高リスクmHNPCの治療…
皮膚疾患の既往や皮疹リスクが高い患者では、アパルタミドの使用に注意が必要です。特に日本人患者ではアパルタミドによる皮疹発現率が高いため、投与開始前に皮膚科医との連携体制を整えておくことが推奨されます。一方、高齢患者で消化器症状が懸念される場合や、PSA値が急速に上昇している症例では、エンザルタミドが選択されることがあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpnjurol/107/3/107_155/_pdf
重要な点として、エンザルタミド使用後のアパルタミドへの切り替えは、作用機序が類似しているため効果が期待しにくい可能性があります。したがって、初回治療薬の選択が治療戦略全体に影響を与えることを念頭に置く必要があります。骨転移を有する患者では、アパルタミドのTITAN試験における良好な成績を考慮し、適応を検討することができます。
参考)去勢抵抗性前立腺癌に対する経口アンドロゲン受容体シグナル伝達…
骨転移を有する前立腺癌患者において、アパルタミドとエンザルタミドはいずれも重要な治療選択肢となります。アパルタミドは遠隔転移を有する前立腺癌に対する適応が追加承認されており、特にアンドロゲン除去療法(ADT)開始後6か月以内の骨転移患者で優れた効果が示されています。TITAN試験では、骨関連事象までの期間延長効果も確認されており、骨転移患者のQOL維持に寄与します。
参考)泌尿器科|前立腺がんの薬物療法|順天堂大学医学部附属順天堂医…
骨転移に対する支持療法として、ゾレドロン酸やデノスマブなどの骨修飾薬が併用されます。これらの薬剤は破骨細胞の機能を抑制し、骨関連事象のリスクを低減させます。また、骨転移を有する去勢抵抗性前立腺癌に対しては、ラジウム-223(ゾーフィゴ)による放射性医薬品治療も選択肢となり、AR阻害薬との併用が検討されることがあります。
骨転移患者の治療戦略では、原発巣に対する薬物療法と骨転移に対する支持療法を組み合わせた集学的アプローチが重要です。エンザルタミドやアパルタミドなどの新規AR阻害薬の登場により、ホルモン抵抗性となった後も癌をコントロールし、長期生存が期待できるようになってきています。個々の患者の病態、転移部位、合併症を総合的に評価し、最適な薬剤を選択することが求められます。
参考)【泌尿器科医監修】前立腺がん骨転移の治る確率は?生存率と最新…
アビラテロン、エンザルタミド、アパルタミドの比較試験結果(CareNet)
高リスクmHSPCにおける3剤の比較試験データが掲載されており、臨床選択の参考となります。
去勢抵抗性前立腺がんの個別化治療(がんプラス)
エンザルタミドとアビラテロンの使い分けに関する詳細な解説があり、患者背景に応じた薬剤選択の考え方が示されています。
アパルタミド審査報告書(PMDA)
アパルタミドの臨床試験データや安全性情報が詳細に記載された公式資料です。