チエノピリジン系抗血小板薬は、血小板膜上のアデノシン二リン酸(ADP)受容体の一つであるP2Y12受容体を選択的に阻害することで抗血小板作用を発揮します。このP2Y12受容体は、Gi蛋白質と共役する7回膜貫通型のGタンパク質共役受容体であり、2001年にクローニングされた分子量39.4kDaの受容体です。
参考)https://www.jspc.gr.jp/Contents/public/pdf/shi-guide07_08.pdf
血小板上でADPがP2Y12受容体に結合すると、抑制性GTP蛋白質を介してアデニル酸シクラーゼが抑制され、血小板内のcAMP(環状アデノシン一リン酸)レベルが低下します。このcAMPの低下により細胞内カルシウム濃度が上昇し、血小板凝集が促進されます。チエノピリジン系薬剤はこのP2Y12受容体を阻害することで、cAMPレベルの低下を防ぎ、血小板凝集の安定化を阻止します。
参考)https://jspc.gr.jp/Contents/public/pdf/shi-guide07_08.pdf
血小板にはP2Y12受容体の他にもう一つのADP受容体であるP2Y1受容体が存在しますが、完全な凝集反応には両受容体の同時活性化が必要とされています。P2Y1受容体の活性化により凝集が開始され、P2Y12受容体の活性化により相乗的に増強され維持されるため、P2Y12受容体の遮断により凝集の可逆性が亢進します。このメカニズムから、P2Y12受容体は抗血小板療法の魅力的な標的分子と考えられています。
参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2016/P20161026001/670227000_22800AMX00680_F100_1.pdf
チエノピリジン系抗血小板薬であるチクロピジン、クロピドグレル、プラスグレルはいずれもプロドラッグであり、薬剤そのものには薬理作用がありません。in vivo実験系では強力な血小板凝集阻害作用を示すものの、in vitro実験系では活性を示さないという特徴があります。これらの薬剤は体内で代謝活性化を受けることで、初めて抗血小板作用を発揮する活性代謝物に変換されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/dds/30/5/30_454/_pdf
活性代謝物の化学構造は、ピペリジン環上にα-β不飽和カルボン酸とチオール基を有する共通の基本骨格を持っています。この活性代謝物の有するチオール基が、血小板のP2Y12受容体にジスルフィド結合を介して共有結合することで、不可逆的な受容体阻害が生じます。この共有結合による不可逆的阻害のため、チエノピリジン系薬剤の抗血小板作用は投与中止後も7~10日間持続します。
チエノピリジン系薬剤の代謝活性化メカニズムの詳細について
代謝活性化の過程は薬剤によって異なります。プラスグレルは小腸でカルボキシエステラーゼによる加水分解を受けてチオラクトン中間体に変換され、その後肝臓でCYP(主にCYP3A4、CYP2B6)により酸化されてスルフェン酸代謝物を経て活性代謝物に変換されます。一方、クロピドグレルとチクロピジンはCYPによる酸化反応でチオラクトン中間体に変換され、さらにCYPによる酸化を経て活性代謝物になります。このように、プラスグレルはエステラーゼ→CYPの2段階、クロピドグレルとチクロピジンはCYP→CYPの2段階という違いがあり、これが臨床効果の差異につながっています。
チエノピリジン系薬剤の中でも、薬剤間で臨床薬理プロファイルに大きな違いが存在します。プラスグレルはクロピドグレルと比較して、より速やかで強力かつ安定した抗血小板作用を示すことが臨床試験で確認されています。健常人にクロピドグレル300mgを投与した場合、血小板凝集阻害効果に被験者間で大きなばらつきが見られましたが、同一被験者にプラスグレル60mgを投与したところ全員に血小板凝集阻害活性が認められました。
この違いの主な理由は、チオラクトン中間体の生成効率の差にあります。プラスグレルは小腸のカルボキシエステラーゼにより効率よくチオラクトン中間体に変換されるため、門脈中に未変化体が全く検出されず、投与されたプラスグレルの95%以上が消化管から吸収されます。一方、クロピドグレルのチオラクトン中間体への変換はCYPによる酸化反応に依存するため、小腸ではほとんど行われず、門脈中のチオラクトン中間体濃度が非常に低くなります。
抗血小板薬の薬理学的特性の比較について
エステラーゼと比べてCYPの活性には個体間変動が大きいため、クロピドグレルの効果には個体差が生じやすくなります。特にCYP2C19の遺伝子多型(活性低下型変異)は、クロピドグレルの活性代謝物生成や薬効発現、さらには心血管イベント発生率に影響を及ぼすことが多数の臨床報告で示されています。CYP2C19の活性減弱や欠損により、チオラクトン中間体および活性代謝物の生成が低下し、血小板凝集阻害能が低下して心血管イベントの増加をもたらす可能性があります。
チエノピリジン系抗血小板薬の最大の特徴は、P2Y12受容体に対する不可逆的な阻害作用です。チクロピジンやクロピドグレルの活性代謝物は、P2Y12受容体とジスルフィド結合を形成して共有結合するため、単回投与でも長時間薬効が持続します。この不可逆的作用により、投与中止後も血小板の寿命である7~10日間にわたって抗血小板効果が持続します。
この持続的な効果は、急性冠症候群や経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後の血栓予防において重要な意義を持ちます。チエノピリジン系薬剤は心筋梗塞や不安定狭心症の治療、ステント留置後の血栓予防に広く使用されており、P2Y12阻害剤は急性冠症候群患者の初期管理の中心となっています。
参考)P2Y12受容体 | 一般社団法人 日本血栓止血学会 用語集
臨床応用においては、不可逆的阻害の特性を理解した上での投与管理が重要です。外科手術や侵襲的処置を予定している場合、出血リスクを考慮して投与中止のタイミングを適切に設定する必要があります。チエノピリジン系薬剤は投与中止後も7~10日間効果が持続するため、待機的手術の場合は少なくとも7日前には投与を中止することが推奨されています。
チエノピリジン系抗血小板薬は活性代謝物への変換経路と並行して、不活性化の代謝経路も存在します。特にクロピドグレルでは、メチルエステル部分の加水分解によるカルボン酸型代謝物への変換が同時進行します。このカルボン酸体は薬理学的に不活性であり、クロピドグレルの大半がこの不活性カルボン酸体に変換されます。
この加水分解反応はヒトカルボキシルエステラーゼ1(hCE1)により触媒されますが、hCE1の加水分解活性にはいくつかのエステル化合物に対して比較的個体間変動が大きいことが報告されています。各個体のhCE1活性に依存してクロピドグレルチオラクトン中間体の生成レベルが変化している可能性があり、これがクロピドグレルの効果に個体差が生じる一因となっています。
さらに、クロピドグレルチオラクトン中間体もそのカルボン酸代謝物(チオラクトンカルボン酸)へ不活性化されることが知られています。この複数の不活性化経路の存在により、クロピドグレルではチオラクトン中間体および活性代謝物の生成量が低くなり、これが薬効発現における個体間変動の大きさにつながっています。
プラスグレルでは、アセチル基部分の加水分解により効率的にチオラクトン中間体が生成され、クロピドグレルで見られるような大規模な不活性化経路が存在しないため、より安定した薬効が得られます。この代謝プロファイルの違いが、大規模臨床試験(TRITON-TIMI-38試験)において、プラスグレル投与群でクロピドグレル投与群と比較して心血管イベント発症率が低下した理由の一つと考えられています。