チクロピジンとクロピドグレルは、どちらもチエノピリジン系に分類される抗血小板薬ですが、安全性と効果の面で重要な違いがあります。両薬剤はADP受容体サブタイプP2Y12を不可逆的に阻害することで血小板凝集を抑制しますが、クロピドグレルはチクロピジンで問題となっていた重篤な副作用を低減するために開発された改良型の薬剤です。
日本では長年チクロピジンが脳梗塞予防に広く使用されてきましたが、2006年にクロピドグレルが承認されて以降、使用頻度が増加しています。国内の臨床試験では、クロピドグレルの副作用発現率は44.9%であったのに対し、チクロピジンは55.3%と、クロピドグレルの方が有意に低い結果が示されました。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke/31/3/31_3_185/_pdf/-char/ja
チクロピジンとクロピドグレルは共通の作用機序を持ちながらも、代謝活性化の過程に重要な違いがあります。両薬剤ともプロドラッグであり、肝臓で代謝されて活性代謝物となることで効果を発揮します。
クロピドグレルの活性代謝物は、血小板のADP受容体サブタイプP2Y12に不可逆的に結合し、ADPの結合を阻害することで血小板の活性化を抑制します。この不可逆的な結合により、単回投与でも長時間にわたって薬効が持続するという特徴があります。
代謝活性化の経路では、クロピドグレルはCYPによる酸化反応によってチオラクトン中間体を生成するのに対し、同じチエノピリジン系のプラスグレルは加水分解反応によってチオラクトン中間体を生成します。このため、クロピドグレルではメチルエステル部分の加水分解によるカルボン酸型代謝物への変換も同時に進行し、活性代謝物の血漿中曝露がプラスグレルより低くなる傾向があります。
チクロピジンも同様にP2Y12受容体を阻害しますが、代謝活性化の効率やCYP酵素への依存度において、クロピドグレルとは異なるプロファイルを示します。両薬剤ともアデニル酸シクラーゼ(AC)を活性化することでcAMPを増加させる点では共通していますが、活性化の効率や個人差の程度に違いがあります。
副作用プロファイルは、チクロピジンとクロピドグレルの最も重要な違いの一つです。チクロピジンでは血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)、無顆粒球症、重篤な肝障害などの重大な副作用が報告されており、投与開始後2ヶ月以内に発症することが多いため、2週間ごとの血液検査と肝機能検査が必須とされています。
クロピドグレルはこれらの重篤な副作用の発現頻度を低減した薬剤として開発されました。国内臨床試験では、重大な出血、血液障害、肝機能障害および投与中止に至った副作用の発現率の総計は、チクロピジン29.57%に対してクロピドグレル24.25%と有意に低い結果でした。
参考)クロピドグレル錠25mg「サワイ」の効能・副作用|ケアネット…
ただし、クロピドグレルでも注意すべき副作用は存在します。両薬剤に共通して皮膚障害(皮疹、湿疹、掻痒感、類天疱瘡など)が多く報告されており、発生機序は過敏症状の一つと考えられています。特に、チクロピジンで薬疹の副作用歴がある患者にクロピドグレルを投与した際、9日目に全身に発疹が出現した症例が報告されており、同じチエノピリジン骨格を有するため交差反応に注意が必要です。
肝機能障害については、クロピドグレルでもチクロピジンに比べればリスクは低いものの報告されています。肝機能障害は比較的早期(2週間以内)に発現する傾向があり、定期的な採血によるモニタリングが重要です。一方、血液障害は服用開始2ヶ月以降に発現する傾向がありました。
出血に関連する副作用は、クロピドグレルではアスピリンに比べると少ないとされていますが、特にアスピリンと併用した場合や初回に300mgの高用量を投与した場合は出血リスクが高まります。消化器症状については、クロピドグレルは下痢などの副作用がチクロピジンより少なく、大量投与により血中濃度を速やかに引き上げることができるという利点があります。
チクロピジンとクロピドグレルの副作用の詳細な比較データと臨床的注意点
チクロピジンとクロピドグレルは適応症と用法・用量において重要な違いがあります。クロピドグレルの適応症は、虚血性脳血管障害(心原性脳塞栓症を除く)後の再発抑制、経皮的冠動脈形成術(PCI)が適用される虚血性心疾患、末梢動脈疾患における血栓・塞栓形成の抑制と、より幅広い適応を持ちます。
参考)https://www.nichiiko.co.jp/medicine/file/09770/interview/09770_interview.pdf
用法・用量については、虚血性脳血管障害の再発抑制では、通常成人にクロピドグレル75mgを1日1回経口投与しますが、年齢、体重、症状により50mgを1日1回投与することもあります。これに対して、チクロピジンは1日2回の服用が必要であり、服薬アドヒアランスの面でクロピドグレルの方が優れています。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00065235.pdf
経皮的冠動脈形成術(PCI)が適用される虚血性心疾患では、投与開始日にクロピドグレル300mgを1日1回経口投与し、その後維持量として1日1回75mgを経口投与します。この初回負荷投与により、血中濃度を速やかに引き上げることができるのがクロピドグレルの特徴です。
末梢動脈疾患における血栓・塞栓形成の抑制では、通常成人にクロピドグレル75mgを1日1回経口投与します。チクロピジンも末梢血管疾患での効果が優れており、下肢閉塞性動脈硬化症(ASO)ではチクロピジンが優先的に使用されてきた歴史がありますが、現在ではクロピドグレルもこの適応を持ちます。
参考)https://www.m3.com/clinical/news/814707
用法・用量に関連する注意として、空腹時の投与は避けることが望ましいとされています。国内第1相臨床試験において絶食投与時に消化器症状がみられているためです。また、出血を増強するおそれがあるため、特に出血傾向やその素因のある患者では50mg1日1回から投与を開始することが推奨されています。
チクロピジンからクロピドグレルへの切り替えは、血小板凝集能の観点から重要な臨床的課題です。徳島大学で実施された研究では、非心原性脳梗塞患者47例をチクロピジンからクロピドグレルに休薬期間なしで切り替え、血小板凝集能の変化を詳細に検討しました。
参考)302 Found
切り替え前後で血小板凝集能を測定した35例のうち、ADP凝集grading curveのgradeが変化しなかった症例は17例(48.6%)、凝集能がより抑制された症例が9例(25.7%)、凝集能が亢進した症例が9例(25.7%)でした。凝集能が亢進した9例のうち7例はgrade-1または0に復した症例で、2例のみがgrade+1以上になりました。
チクロピジン200mg/日からクロピドグレル75mgに切り替えた13例では、最大凝集率は切り替え前が平均73.2%、切り替え後が平均73.8%であり、統計学的に有意な差はありませんでした。同様に、チクロピジン100mg/日から切り替えた20例でも、切り替え前の平均69.4%、切り替え後の平均71.9%と有意差はありませんでした。
血小板凝集能の再現性を検討するため、15例でクロピドグレル変更後3〜6ヶ月の期間をおいて再度測定したところ、8例が同じgradeを示し、残りの7例はgradeが1のみ変化しました。最大凝集率にも統計学的有意差は見られず、血小板凝集能測定の再現性が確認されました。
別の研究でも、チクロピジン200mg/日を服用している患者とクロピドグレル75mg/日を服用している患者とでは、血小板凝集能に有意な差がなかったと報告されています。これらの結果から、チクロピジンからクロピドグレルへの切り替えは、血小板凝集能の面でも多くの症例でチクロピジンと同等あるいはより抑制的な効果を示すことが示されています。
しかし、一部の患者ではクロピドグレル抵抗性が報告されており、ADP凝集に対する凝集抑制効果が不良な患者に心血管イベントが多いことが知られています。日本の小規模試験では、PCI施行患者においてクロピドグレルhypo-responder、non-responderが各々50%、14%と報告されており、個人差への注意が必要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth/20/3/20_3_329/_pdf/-char/ja
チクロピジンからクロピドグレルへの切り替えによる有効性・安全性の詳細な臨床研究データ
臨床現場におけるチクロピジンとクロピドグレルの使い分けは、安全性と有効性のバランスを考慮して行われます。CAPRIE試験では、クロピドグレルがアスピリン単剤投与群より有意に脳梗塞、心筋梗塞、血管死を減少させることが示されました。特に糖尿病を合併している症例や虚血性イベントの既往歴のある症例で、クロピドグレルによる血管イベントの抑制効果が顕著でした。
日本でもチクロピジンとクロピドグレルの比較試験が行われ、クロピドグレルはチクロピジンと同等の効果を持ちながら、副作用の発現率が低いことが確認されました。この結果を受けて、現在では脳梗塞予防のための抗血小板薬としてクロピドグレルが第1選択となっています。
参考)FAQ 脳梗塞再発予防のための抗血栓薬使い分け(平野照之) 
使い分けの指標として、Essen Stroke Risk Scoreが参考になります。このスコアが3点以上の高リスク患者では、クロピドグレルが推奨されます。また、アスピリンとの比較では、ハイリスク例(脂質異常症合併、糖尿病合併、冠動脈バイパス術の既往など)でクロピドグレルの効果が高いとされています。
抗血小板薬の併用については慎重な判断が必要です。MATCH試験では、クロピドグレルとアスピリンの2剤併用は、3ヶ月を過ぎると有意に重篤な頭蓋内出血が増加することが報告されています。日本での研究でも、抗血小板薬2剤服用時の重篤な出血率は年間2.0%で、単剤投与時の1.6倍になることが示されています。
米国およびヨーロッパのガイドラインでも抗血小板薬の単剤投与を基本とすることが明記されており、2剤併用例ではできるだけ早期にクロピドグレルの単剤投与に変更すべきとされています。脳梗塞症例に対しては、抗血小板薬単剤の投与が理想であり、かつクロピドグレル単剤投与が第1選択と考えられます。
今後の展望として、より個人差が少なく効果が安定したチエノピリジン系薬剤の開発が進んでいます。プラスグレルやチカグレロルなどの新規抗血小板薬は、肝臓での活性化過程の効率が改善されており、クロピドグレル抵抗性の問題を解決する可能性があります。
参考)https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_6539
特にチカグレロルはプロドラッグではなく、そのものが活性を持つため、肝臓での代謝活性化が不要で、より速やかな効果発現が期待できます。これらの新規薬剤の登場により、患者個々の病態やリスクに応じた、より精密な抗血小板療法が可能になると考えられます。
ただし、どの薬剤を使用する場合でも、抗血小板薬投与時には他のリスクファクター(血糖コントロール、血圧管理、脂質管理、禁煙など)の適切な管理が極めて重要であることを忘れてはなりません。薬物療法だけでなく、包括的な心血管リスク管理が再発予防の鍵となります。