血栓とは、血管内で血液が凝固し血の塊を形成した状態を指します。正常な血液は流動性を保ちながら全身を循環していますが、血管内皮の損傷、血流の停滞、血液凝固能の亢進(ウィルヒョウの三要因)が揃うと血栓が形成されます。
血栓は発生する血管の種類により動脈血栓と静脈血栓に大別され、それぞれ異なる病態を示します。動脈血栓は主に動脈硬化による血管内皮損傷を起点とし、血小板を主体とした白色血栓を形成します。一方、静脈血栓は血流うっ滞により生じ、フィブリンと赤血球を主体とした赤色血栓が特徴的です。
血栓症は生命に直結する重篤な疾患群であり、脳血管では脳梗塞、心臓血管では心筋梗塞、肺血管では肺塞栓症を引き起こします。近年の高齢化社会により血栓症患者数は増加傾向にあり、予防と早期治療の重要性が高まっています。
⚠️ 重要ポイント
血栓症治療の中心となるのが薬物療法であり、特に抗凝固薬による治療が第一選択となります。抗凝固薬は血液凝固カスケードを阻害することで新たな血栓形成を防止し、既存血栓の拡大を抑制します。
内服抗凝固薬の種類と特徴
薬剤分類 | 代表薬 | 作用機序 | 特徴 |
---|---|---|---|
ワルファリン系 | ワルファリン | ビタミンK拮抗薬 | INR管理必須、食事制限あり |
DOAC | エドキサバン(リクシアナ®) | Xa因子阻害 | 定期採血不要、腎機能注意 |
DOAC | リバーロキサバン(イグザレルト®) | Xa因子阻害 | 食事との相互作用少 |
DOAC | アピキサバン(エリキュース®) | Xa因子阻害 | 出血リスク比較的低い |
注射用抗凝固薬
ヘパリンは急性期治療の中核を担い、即効性があるため救急場面で頻用されます。フォンダパリニクスは皮下注射による使用が可能で、長期治療への橋渡し的役割を果たします。
近年では直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)の普及により、外来での治療継続が容易になりました。DOACは従来のワルファリンと比較してINRモニタリングが不要で、食事制限も緩和されるため患者のQOL向上に寄与しています。
🔍 臨床のポイント
血栓溶解療法は、既に形成された血栓を積極的に溶解する治療法です。血栓溶解薬(ウロキナーゼ、rt-PAなど)はプラスミノーゲンをプラスミンに変換し、フィブリンを分解することで血栓を溶解します。
適応となる病態
血栓溶解療法の成功には時間的要素が重要で、「Time is Brain, Time is Heart」の概念のもと迅速な治療開始が求められます。急性期脳梗塞では発症から4.5時間以内、急性肺塞栓症では24-48時間以内の治療開始が推奨されています。
しかし、血栓溶解薬は重篤な出血合併症のリスクを伴うため、適応の慎重な判断が必要です。脳出血、消化管出血、外科手術後などは禁忌となり、代替治療法の検討が必要です。
📊 治療成績データ
カテーテルを用いた血管内治療は、薬物療法の限界を補う重要な治療選択肢です。特に急性期の大血管閉塞に対する機械的血栓回収術は、近年の技術革新により治療成績が飛躍的に向上しています。
機械的血栓回収術の種類
急性期脳梗塞における機械的血栓回収術では、Door-to-Puncture時間の短縮が患者予後に直結します。目標時間は120分以内とされ、多職種連携による迅速な治療体制構築が重要です。
カテーテル治療の利点は局所への薬剤投与が可能なことです。血栓溶解薬を血栓近傍に直接注入することで、全身への薬剤曝露を最小限に抑えながら効果的な血栓溶解を図ることができます。
肺塞栓症に対するカテーテル治療では、肺動脈内血栓の破砕・吸引除去に加え、必要に応じて下大静脈フィルターの留置も行われます。これにより再塞栓の防止と血行動態の安定化を同時に達成できます。
⚡ 技術革新のポイント
外科手術は重症血栓症や他の治療法が適用困難な場合の最終手段として位置づけられます。近年では薬物療法とカテーテル治療の発達により手術適応は減少していますが、生命に関わる重篤な症例では依然として重要な治療選択肢です。
手術適応の判断基準
急性動脈閉塞に対する緊急血栓摘出術では、フォガティーカテーテルを用いた血栓除去が標準的手技です。血管切開を行い、バルーンカテーテルを挿入して血栓を物理的に除去します。完全な血栓除去が達成されれば血流は速やかに回復し、組織壊死を回避できます。
肺動脈血栓摘出術は極めて侵襲的な手術ですが、重症肺塞栓症で他の治療法が無効な場合には生命救済の最後の手段となります。人工心肺使用下での開胸手術が必要で、高度な技術と経験が要求されます。
腸間膜動脈血栓症による腸管壊死では、壊死腸管の切除と血行再建術が同時に行われます。広範囲腸管切除が必要な場合は短腸症候群のリスクもあり、栄養管理を含めた集学的治療が必要です。
🏥 手術成績と予後
血栓症治療において予防的アプローチは治療的介入と同等、むしろそれ以上に重要です。特に入院患者、手術予定患者、がん患者など高リスク群に対する予防的抗凝固療法は標準的医療として確立されています。
リスク層別化による予防戦略
高リスク因子の同定と適切な予防法選択が重要です。
薬物的予防法
低分子ヘパリン、フォンダパリニクス、DOACを用いた予防的投与が行われます。リスク評価スコア(Caprini scoreなど)を用いて投与期間と薬剤選択を決定します。
非薬物的予防法
がん関連血栓症では、化学療法による血管内皮障害と凝固亢進が血栓形成を助長します。がん種別のリスク評価と長期間の予防的抗凝固療法が推奨され、治療期間中は継続的なモニタリングが必要です。
出血リスクと血栓リスクのバランス評価は臨床判断の核心です。HAS-BLEDスコアやORBIT出血スコアを用いた定量的評価により、個別化された治療戦略の構築が可能となります。
🎯 個別化医療のアプローチ