エルカトニンはカルシウム代謝調整ホルモンであるカルシトニンを基に開発された安定化誘導体で、分子式C148H244N42O47、分子量3363.77の複雑なポリペプチド構造を有しています。この薬剤は破骨細胞表面に存在するカルシトニン受容体に直接結合することで、骨を破壊して吸収する破骨細胞の活動を抑制します。破骨細胞の活性抑制により、骨粗鬆症で乱れている骨吸収と骨形成のバランスが改善され、骨量の減少を防ぎ、骨量を維持・増加させる効果を発揮します。
参考)エルカトニン href="https://kobe-kishida-clinic.com/metabolism/metabolism-medicine/elcatonin/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/metabolism/metabolism-medicine/elcatonin/amp;#8211; 代謝疾患治療薬 - 神戸きしだ…
日本骨代謝学会の研究によると、エルカトニンは前破骨細胞から成熟破骨細胞への癒合・成熟過程を抑制することが明らかになっており、in vivoでこの作用が証明された初めての研究として注目されています。尾部懸垂マウスを用いた実験では、エルカトニン投与により後肢骨髄細胞中のカルシトニン受容体の発現が亢進し、非荷重に伴う骨量減少が防止されることが確認されました。さらに、重要な因子であるATP6V0D2のmRNA発現低下を認め、前破骨細胞の細胞癒合障害を示唆する所見が得られています。
参考)https://jsbmr.umin.jp/1st_author/175_mtsukamoto.html
多施設二重盲検比較試験において、老人または閉経後骨粗鬆症患者にプラセボを対照としてエルカトニンを26週間投与した結果、対照群19.3%(21/109例)に対して投与群では43.6%(48/110例)の最終全般改善度を示し、統計学的に有意な差(P=0.01)が認められました。血清カルシウム値の調整作用については、骨から血液へのカルシウム遊離を減少させ、血清カルシウム濃度を適切なレベルに維持する働きが確認されています。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/medical_interview/IF00003733.pdf
エルカトニンの鎮痛作用は、他の骨粗鬆症治療薬にはみられないユニークな特徴として医療現場で高く評価されています。この薬剤は末梢神経の周囲組織に発現するカルシトニン受容体を介して、末梢神経のナトリウムチャネルおよびセロトニン受容体の発現異常を改善します。さらに中枢のセロトニン神経系を賦活することで鎮痛作用を発揮することが示唆されており、脳の中枢に働きかけて投与後すみやかに痛みを鎮静化させる効果が確認されています。
参考)https://mimuraseikeigeka.jp/osteoporosis/13.html
骨粗鬆症患者の約80%以上が腰背部などに強い痛みを訴えており、その70%以上が週1回以上の疼痛を経験しています。エルカトニンの反復皮下投与は、ホルマリン誘発性痛覚過敏ならびに卵巣摘出により惹起された痛覚過敏に対して抗侵害受容作用を示すことが動物実験で証明されています。この鎮痛効果の機序は、セロトニンによる下行性の疼痛抑制作用と考えられていますが、皮膚温増加作用による疼痛抑制作用の可能性も報告されています。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00064983.pdf
閉経後女性の腰痛を対象とした二重盲検ランダム化比較試験では、エルカトニン注射(20単位を週1回トリガーポイント注射)により、プラセボ群と比較して有意な疼痛緩和効果が確認されました。26週間の投与試験における最終自覚症状改善度(鎮痛剤併用なし)は、対照群25.3%(19/75例)に対して投与群では39.3%(33/84例)を示しています。この鎮痛効果は投与後速やかに発現し、骨粗鬆症性椎体骨折による急性疼痛に対して特に顕著な効果を示します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2864422/
エルカトニンは骨吸収を抑制することにより、骨の微細構造において強度が増加し、骨折の予防に効果があることが複数の臨床試験で明らかになっています。骨粗鬆症における骨折予防効果は、骨量増加作用、鎮痛作用と並んでエルカトニンの3つの重要な働きとして位置づけられており、椎体骨折や大腿骨近位部骨折のリスク低減に寄与します。
骨代謝マーカーを用いた研究では、エルカトニン投与により骨吸収マーカーが有意に低下し、骨形成マーカーとのバランスが改善されることが示されています。また、骨密度測定においても、特に腰椎と大腿骨近位部において有意な増加が認められており、これが骨折予防効果の裏付けとなっています。長期投与による効果として、6ヵ月間の治療で骨密度の改善とともに骨折発生率の低下が観察されています。
意外な知見として、エルカトニンが血流改善作用を持つことが報告されています。2004年から3年間にわたる研究で、骨粗鬆症による腰背部痛や圧迫骨折で入院治療中の患者28例に対して、エルカトニン投与前と投与6時間後の下腿血流測定を行った結果、投与後に下肢の血流増加が確認されました。この血流改善作用が皮膚温増加をもたらし、疼痛抑制に関与している可能性が示唆されており、従来知られていた中枢性の鎮痛機序に加えて末梢での血管拡張作用が治療効果に寄与していることが明らかになりました。
参考)https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001204834984320
エルカトニンの投与には主に筋肉内注射と皮下注射の2種類の方法があり、症状や目的に応じて適切な投与経路を選択します。標準的な投与量は骨粗鬆症における疼痛に対して20エルカトニン単位を週1回筋肉内注射する方法が一般的で、この用法・用量が添付文書に記載されています。投与時の血中濃度推移について、健康な成人での臨床データでは筋肉内注射後約23分でピーク濃度に達し、その後36分程度の半減期で減少することが確認されています。
医療機関での投与においては、神経走行部位を避けて注射することが重要で、繰り返し注射する場合は左右交互に注射部位を変更します。投与前にはアレルギー歴、既往歴、併用薬の確認が必須となり、特に気管支喘息またはその既往歴のある患者では喘息発作を誘発するリスクがあるため慎重な投与判断が求められます。投与後は15分以上の経過観察を行い、バイタルサインの測定や局所反応の観察を実施します。
治療期間は6ヵ月間を目安とし、漫然とした長期投与は避けるべきとされています。定期的な経過観察として、疼痛評価を2週間毎に、血清カルシウム値を月1回、骨密度測定を6ヵ月毎に実施することが推奨されます。長期投与に関する臨床研究では、6ヶ月以上の使用で副作用の発現率が4.2%(254/6105例)に達することが報告されており、定期的なモニタリングの重要性が示されています。
エルカトニン投与時に最も注意を要する重大な副作用として、ショックやアナフィラキシーが頻度不明ながら発生する可能性があります。これらの症状では血圧低下、気分不良、全身発赤、蕁麻疹、呼吸困難、咽頭浮腫などが突如として現れるため、投与時には十分な観察を行い、異常が認められた場合には直ちに投与を中止して適切な処置を行う必要があります。低カルシウム血症性テタニー(筋肉の不随意的な痙攣)は0.04%の頻度で誘発されることがあり、症状出現時には投与を中止して注射用カルシウム剤の投与等の適切な処置が必要です。
参考)https://hokuto.app/medicine/kSex4eBjc9DhrmQamHt4
消化器系の副作用は0.1~5%の頻度で発現し、悪心、嘔吐、食欲不振などが代表的な症状として挙げられ、通常2~3日程度で症状が軽快します。喘息発作は頻度不明ですが重大な副作用として位置づけられており、気管支喘息またはその既往歴のある患者では特に注意が必要です。循環器系の副作用として顔面潮紅や血圧低下が0.1~5%の頻度で報告されており、数時間で改善することが一般的です。
特定の患者群における注意点として、アレルギー既往歴のある患者ではアナフィラキシーのリスクが上昇し、肝機能障害患者では肝機能悪化の懸念があります。ビスホスホネート系製剤(パミドロン酸二ナトリウム、アレンドロン酸、リセドロン酸など)との併用では血清カルシウム値の急激な低下に注意が必要で、特に高齢者や腎機能が低下している患者ではより慎重な経過観察が求められます。投与中止後も一定期間は血清カルシウム値の変動、骨代謝マーカーの推移、疼痛の再発状況について医療機関での定期的な経過観察を継続することが推奨されます。
神戸岸田クリニック - エルカトニンの作用機序と副作用についての詳細な解説
三村整形外科 - 骨粗鬆症治療におけるエルカトニンの3つの働きについて
PubMed Central - 閉経後女性の腰痛に対するエルカトニン注射の鎮痛効果に関する無作為化対照試験