メスナ(2-メルカプトエタンスルホン酸ナトリウム)は、分子内にチオール基(-SH)を有する水溶性の有機硫黄化合物です。シクロホスファミドやイホスファミドなどのオキサザホスホリン系抗がん剤が肝臓で代謝される過程で、副産物としてアクロレインというα,β不飽和カルボニル化合物が生成されます。このアクロレインは、腎臓から排泄される際に膀胱の尿路上皮細胞を直接障害し、出血性膀胱炎や血尿などの泌尿器系障害を引き起こす原因物質です。
参考)メスナ - Wikipedia
メスナの作用機序の核心は、チオール基による求核共役付加反応、いわゆるマイケル付加反応にあります。アクロレインはα,β不飽和カルボニル構造を持つため、カルボニル基の電子求引性によってβ位の炭素が電子不足状態となっています。メスナのチオール基は求核剤として機能し、このβ位炭素に対して求核攻撃を行います。その結果、メスナとアクロレインが共有結合で結ばれた安定的なチオエーテル化合物が生成され、アクロレインの毒性が消失します。
参考)https://www.jsnp.org/jinyaku-news/docs/vol023.pdf
この反応により生成される化合物は無毒性で水溶性が高く、尿とともに体外へ速やかに排泄されます。ただし、この反応は可逆的であり、時間経過とともに脱離反応(E1cB機構)によってアクロレインが再生する可能性があります。そのため、臨床では大量輸液により尿量を増加させ、アクロレインが再生する前に化合物を排泄することが重要です。
参考)https://www.yakugakugakusyuu.com/102-206_207_iyakuhinkagaku__yakuzaisikokkasikenkakomondaikaitoukaisetukamokubetu.html
メスナは投与後、速やかに体内で代謝され、血清中では安定したジスルフィド体(ジメスナ)として存在します。ジメスナは腎臓から尿中に排泄される際に再びメスナへと還元され、膀胱内で濃縮されます。この局所的な濃縮メカニズムにより、メスナはアクロレインが最も高濃度となる膀胱内で効率的に作用することができます。
参考)https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000013qef-att/2r98520000013r7s.pdf
メスナの薬物動態を調べた研究では、静脈内投与後の血中半減期は約21.8分と非常に短く、総体内クリアランスは1.23 L/kg/時と報告されています。主要な排泄経路は尿中排泄であり、単回投与時の12時間までに投与量の82.5%がメスナおよびジメスナとして尿中に回収されました。反復投与時の72時間累積尿中排泄率は93.1%に達することから、メスナは非常に効率的に尿中へ排泄されることが確認されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1386192/
この迅速な尿中排泄特性により、メスナは膀胱局所でのみ高濃度に達し、全身的な作用はほとんど示しません。そのため、シクロホスファミドやイホスファミドの抗腫瘍作用を妨げることなく、泌尿器系障害のみを選択的に予防できるという利点があります。
参考)医療用医薬品 : ウロミテキサン (商品詳細情報)
メスナの投与方法は、併用する抗がん剤の種類によって異なります。イホスファミド投与時には、メスナとしてイホスファミド1日量の20%相当量を1回量とし、1日3回(イホスファミド投与時、4時間後、8時間後)静脈内注射します。ただし、必要に応じてメスナ1日量としてイホスファミド1日量の最大100%相当量まで増量することができます。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/drugDetails.aspx?SearchTerm=%E8%96%AC%E5%89%A4amp;SearchText=%E3%83%A1%E3%82%B9%E3%83%8A
シクロホスファミド(造血幹細胞移植の前治療)投与時には、メスナとしてシクロホスファミド1日量の40%相当量を1回量とし、1日3回(シクロホスファミド投与時、4時間後、8時間後)30分かけて点滴静注します。この投与間隔は、シクロホスファミドやイホスファミドの血中半減期が6~7時間であるのに対し、メスナの血中半減期が90分程度と短いことから設定されています。
参考)https://shinryohoshu.mhlw.go.jp/shinryohoshu/yakuzaiMenu/doYakuzaiInfoKobetsuamp;3929406A2026;jsessionid=5535633D7FA2EE340EE1D2CCBAEA66FE
複数回投与が必要な理由は、メスナが化学療法中継続的に膀胱内に存在するようにするためです。抗がん剤の代謝によってアクロレインが持続的に生成されるため、メスナも複数回に分けて投与することで、膀胱保護効果を維持する必要があります。日本では主に注射薬として使用されますが、経口投与も可能であり、その場合は生物学的利用能が低いため点滴静注の2倍量を服用する必要があります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00000004.pdf
メスナの有効性は、複数の臨床試験で実証されています。イホスファミドによる泌尿器系障害に対する二重盲検比較試験では、メスナ群の有用度が80.0%(36/45例)であったのに対し、プラセボ群では34.8%(16/46例)にとどまり、統計学的に有意な差が認められました(p<0.0001)。この成績は、従来報告されているメスナ非併用時の泌尿器系障害の非発現率70%と比較しても有意に高い結果でした。
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メスナの副作用は比較的軽微です。臨床試験における安全性評価対象65例中、臨床検査値の異常変動を含む副作用として報告されたのは、悪心・嘔吐3例(4.6%)、AST上昇1例(1.5%)、ALT上昇4例(6.2%)でした。その他、頻度は低いものの、注射部位の刺激症状(痛み、腫脹)、頭痛、発疹、血圧低下、倦怠感などが報告されています。
参考)ウロミテキサン注100mgの効能・副作用|ケアネット医療用医…
重大な副作用としては、イホスファミドとの併用により脳症が現れることがあるため、観察を十分に行う必要があります。ただし、この脳症の発現機序は明確になっていません。メスナ自体の神経毒性は低く、むしろイホスファミドの代謝物による中枢神経系への影響と考えられています。全体として、メスナは膀胱障害予防という明確な目的に対して、許容可能な安全性プロファイルを示す薬剤と評価されています。
メスナの使用にあたっては、いくつかの重要な注意点があります。まず、メスナは膀胱障害の予防には有効ですが、骨髄抑制などイホスファミドやシクロホスファミドの他の副作用を予防する効果はありません。したがって、白血球減少などの骨髄抑制に対しては別途適切な対策が必要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjphcs1975/24/1/24_1_96/_pdf
メスナとシクロホスファミドまたはイホスファミドを混合輸液中で配合する際には、安定性の確認が重要です。特に炭酸水素ナトリウムを含む混合液中では、pH変化によってメスナやイホスファミドの安定性が影響を受ける可能性があります。尿のアルカリ化は出血性膀胱炎の予防に有用とされていますが、メスナとの配合変化には注意が必要です。
興味深い点として、メスナは南アフリカでは粘液溶解薬としても使用されています。これはメスナのチオール基がジスルフィド結合を切断する性質を利用したもので、アセチルシステインと類似の機序で作用します。また、メスナには抗酸化作用も報告されており、活性酸素種のスカベンジャーとして機能する可能性が示唆されています。骨髄機能への直接的な効果はないものの、酸化ストレス軽減を介した間接的な組織保護効果が期待されており、今後の研究動向が注目されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6859649/
KEGG医薬品データベース - メスナの詳細な薬物動態や臨床試験データ
日本腎臓病薬物療法学会 - アルキル化剤による泌尿器系副作用とメスナの対策に関する解説
国立がん研究センター - 小児がん治療におけるメスナ使用の実践的情報