イレッサ(ゲフィチニブ)は、EGFR遺伝子変異陽性の手術不能または再発非小細胞肺がん患者に対して、劇的な抗腫瘍効果を示す分子標的治療薬です。EGFR遺伝子変異は、イレッサの効果予測因子として極めて重要であり、変異陽性患者では奏効率が73.7%に達する一方、変異陰性患者では効果が限定的となることが臨床試験で示されています。特に、EGFR遺伝子のエクソン19欠失変異やL858R変異を有する患者において、イレッサは高い治療効果を発揮します。
参考)https://ubie.app/byoki_qa/medicine-clinical-questions/uqktboht6z
イレッサの作用機序は、EGFR(上皮成長因子受容体)チロシンキナーゼを選択的に阻害することにあります。EGFRは細胞膜表面に存在する受容体であり、増殖シグナルを細胞内に伝達する役割を担っています。肺がん細胞では、EGFR遺伝子変異により受容体が恒常的に活性化され、がん細胞の増殖が促進されている状態にあります。イレッサはこの変異したEGFRに特異的に結合してATP結合部位を占有し、シグナル伝達を遮断することでがん細胞の増殖を抑制するとともに、アポトーシス(細胞死)を誘導します。
参考)イレッサ(ゲフィチニブ)の作用機序と副作用【肺がん】 - 新…
日本で実施されたNEJ002試験やWJTOG3405試験では、EGFR遺伝子変異陽性患者に対してイレッサを一次治療として使用した結果、無増悪生存期間が10.8ヶ月、奏効率が73.7%という優れた治療成績が報告されています。しかし、EGFR遺伝子変異と治療効果が完全に一致するわけではなく、変異陽性でも効果が得られない症例や、変異陰性でも効果を示す症例が存在するため、遺伝子検査だけで投与適応を決定することはできません。また、イレッサの治療効果は腫瘍縮小率では高い数値を示すものの、生存期間延長については議論が続いており、第三世代EGFR-TKIであるオシメルチニブと比較すると劣る可能性が指摘されています。
参考)https://www.haigan.gr.jp/wp-content/uploads/2024/08/4-1-EGFR_202407.pdf
イレッサの臨床効果は、対象患者の背景因子によって大きく異なります。日本で実施された再審査報告では、判定可能な1,837例における総合効果の奏効率は7.8%、肺病変での奏効率は11.2%でしたが、4週間以上の効果持続を考慮しない最大効果では24.1%の奏効率が示されました。この比較的低い奏効率は、EGFR遺伝子変異検査が実施される前の全患者を対象とした結果であり、現在のように遺伝子変異陽性患者に絞った使用とは異なります。
参考)https://www.pmda.go.jp/drugs_reexam/2011/P201100198/670227000_21400AMY00188_A100_1.pdf
EGFR遺伝子変異陽性患者に限定した場合、イレッサの治療成績は飛躍的に向上します。日本人EGFR遺伝子変異陽性患者を対象とした臨床試験では、一次治療でのイレッサ投与により無増悪生存期間中央値が10.8ヶ月、奏効率が73.7%という高い効果が確認されています。しかし、第三世代EGFR-TKIであるオシメルチニブとの比較試験(FLAURA試験)の日本人サブグループ解析では、イレッサの無増悪生存期間中央値は13.6ヶ月であったのに対し、オシメルチニブは病態リスクを39%軽減したことが報告されており、より新しい薬剤の優位性が示されています。
参考)データの積み重ねによって進歩したイレッサ治療 
イレッサの効果には患者の臨床的背景因子も影響を与えます。女性、非喫煙者、腺がん患者において効果が高い傾向があり、東洋人では西洋人と比較して効果が高いことが複数の臨床試験で示されています。しかし、全生存期間に関するISEL試験では、腫瘍縮小効果は統計学的に有意であったものの、生存期間延長への寄与は統計学的に証明されず、サブグループ解析においてのみ東洋人および非喫煙者で効果の傾向が見られました。これらの結果から、イレッサは腫瘍縮小効果は高いものの、延命効果については慎重な評価が必要とされています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/01/dl/s0120-4f.pdf
イレッサ治療において最も重要な課題の一つが、治療開始後半年から数年以内に多くの患者で生じる耐性獲得です。イレッサの効果は一時的であり、約一年程度で薬剤耐性を生じて増悪に転じることが知られています。この耐性獲得のメカニズムは複数報告されており、最も頻度が高いのはEGFR遺伝子のT790M二次変異で、イレッサ耐性症例の約50%を占めます。T790M変異はEGFRの790番目のスレオニンがメチオニンに置換される変異であり、この変異によりイレッサのEGFRへの親和性が低下して治療効果が失われます。
参考)https://www.jfcr.or.jp/chemotherapy/news/5326.html
T790M変異以外の耐性メカニズムとしては、MET遺伝子増幅によるバイパス経路の活性化が報告されています。MET遺伝子は肝細胞増殖因子(HGF)の受容体をコードしており、その増幅によりErbB3依存的なPI3K/Aktシグナル経路が活性化され、EGFR阻害をバイパスして生存シグナルが維持されます。また、IGF受容体シグナルの亢進やWnt/βカテニンシグナル経路の活性化など、新規の耐性メカニズムも明らかにされています。興味深いことに、βカテニン阻害剤ICG-001を併用することでイレッサ感受性が回復することが基礎研究で示されており、将来的な耐性克服の治療戦略として期待されています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-25830111/25830111seika.pdf
耐性獲得メカニズムの多様性から、すべての耐性症例が既知のメカニズムで説明できるわけではなく、さらなる解析が必要とされています。第三世代EGFR-TKIであるオシメルチニブは、T790M変異を阻害するように設計された薬剤ですが、オシメルチニブ自体にも新たな耐性メカニズムが報告されており、耐性克服は依然として重要な研究課題となっています。約8割のEGFR変異肺がんにオシメルチニブが劇的に効いて腫瘍を一旦小さくするものの、一部のがん細胞が抵抗性細胞として生き残り、1年から数年後に耐性のがんとして再増殖することが明らかにされています。
参考)EGFR陽性非小細胞肺がん タグリッソがイレッサまたはタルセ…
イレッサの副作用プロファイルは、従来の細胞傷害性抗がん剤とは異なる特徴を持ちます。最も頻度が高い副作用は皮膚症状であり、発疹は約70%、皮膚乾燥は約30%の患者に発現します。これらの皮膚症状には発疹、そう痒症、皮膚乾燥、皮膚亀裂、ざ瘡様皮疹などが含まれ、通常投与開始後2〜3週間以内に出現し、適切なスキンケアや局所療法により管理可能なことが多いとされています。特に顔面や胸部に現れる痤瘡様皮疹は患者のQOLに大きな影響を与える可能性があるため、早期からのスキンケア指導が重要です。
参考)ゲフィチニブ(イレッサ) href="https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/gefitinib/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/gefitinib/amp;#8211; 呼吸器治療薬 - …
消化器系副作用として、下痢は約50%の患者に発現し、特に投与開始後一ヶ月の間に出やすい副作用です。重度の下痢が持続する場合は脱水や電解質異常を引き起こす恐れがあり、水分摂取の励行と必要に応じた下痢止めの使用が推奨されます。食欲不振は約20%の患者に見られ、悪心や嘔吐、口内炎なども報告されています。肝機能障害は10%以上の患者に発現する副作用であり、ALT(GPT)やAST(GOT)の上昇として検出されるため、定期的な血液検査による監視が必要です。
参考)くすりのしおり : 患者向け情報
最も重篤な副作用は急性肺障害・間質性肺炎であり、イレッサを服用した100人中5〜6人の割合で発現し、そのうち2〜3人が死亡するという高い致死率が報告されています。息切れ、呼吸困難、咳、発熱などの症状が現れた場合は、速やかに医療機関を受診して適切な処置を受けることが極めて重要です。特に治療前から間質性肺炎や肺線維症などの肺疾患を有する患者、特発性肺線維症合併患者では、間質性肺炎の発現頻度が高く死亡リスクも上昇するため、イレッサ投与には慎重な判断が求められます。投与開始当初は入院またはそれに準じる管理下で、副作用の出現を注意深く観察していく必要があります。
参考)イレッサ(ゲフィチニブ)の効果と副作用 │ 肺がんのQOL改…
<参考リンク>
イレッサによる間質性肺炎の詳細な発症メカニズムと対策について
東北大学プレスリリース:肺がん治療薬イレッサの副作用を解析
イレッサの標準用量は、成人に対してゲフィチニブとして250mgを1日1回経口投与することとされています。服用し忘れた場合は思い出した時にすぐ服用しますが、次の投与まで12時間未満の場合はその分を服用せず、忘れた分を補うために倍量を服用してはいけません。日本人高齢者では無酸症が多いことが報告されており、胃内pHの上昇により吸収が低下する可能性があるため、空腹時投与が推奨される場合があります。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000145266.pdf
イレッサの適応症は、EGFR遺伝子変異陽性の手術不能または再発非小細胞肺がんに限定されています。この適応症を厳守し、EGFR遺伝子変異検査により変異陽性が確認された患者に対してのみ投与すべきとされています。化学療法未治療患者に対する使用も可能ですが、添付文書の「効能・効果に関連する使用上の注意」を遵守する必要があります。特に、EGFR遺伝子変異陰性の患者に対しては、化学療法と比較してイレッサの効果が劣ることが示されているため、投与は推奨されません。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/dl/s0324-11c1.pdf
イレッサと他の抗悪性腫瘍剤や放射線治療との同時併用における有効性と安全性は証明されておらず、慎重な判断が必要です。一方、EGFR-TKI不応後の治療戦略として、第三世代EGFR-TKIへの切り替えや、他の分子標的薬との併用療法が検討されています。イレッサと比較して、タルセバ(エルロチニブ)、ジオトリフ(アファチニブ)、オシメルチニブの順で効果が高まる一方、副作用も強くなる傾向があるため、患者の全身状態や治療ラインを考慮した薬剤選択が求められます。近年では、オシメルチニブが一次治療の標準薬として位置づけられており、EGFR遺伝子変異陽性肺がん患者の予後改善に寄与しています。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000144460.pdf
<参考リンク>
イレッサの最新の使用ガイドラインと臨床試験結果
PMDA:ゲフィチニブ使用に関するガイドライン
EGFR変異検査と治療選択に関する詳細情報
日本肺癌学会:EGFR変異検査ガイドライン