経口補水液(ORS:Oral Rehydration Solution)は、軽度から中等度の脱水症状に対して水分と電解質を速やかに補給するために開発された医療用飲料です。世界保健機関(WHO)やユニセフが推奨しており、点滴に匹敵する効果が期待できる飲料として医療現場で広く活用されています。
参考)アクアソリタ|製品情報|味の素株式会社
経口補水液の最大の特徴は、小腸でのナトリウム・グルコース共輸送機構(SGLT1)を利用した効率的な水分吸収です。ナトリウムとブドウ糖が同時に小腸の刷子縁から吸収される際、水分も一緒に引き込まれるため、通常の水や生理食塩水と比較して水分吸収速度が著しく向上します。
参考)https://www.wakodo.co.jp/ikuji/kankeisha/report/pdf/baby11.pdf
ラットを用いた小腸灌流実験では、市販の経口補水液であるOS-1やアクアライトORSは、蒸留水・生理食塩水・スポーツドリンクと比較して有意に高い水分吸収効率を示すことが確認されています。この科学的根拠に基づき、経口補水液は感染性腸炎による下痢・嘔吐、熱中症、高熱による発汗などで失われた水分と電解質を効果的に補給できます。
参考)感染性腸炎、感冒による下痢・おう吐・発熱を原因とした脱水症|…
脱水症状は体内の水分だけでなく、ナトリウムやカリウムなどの電解質も同時に失われることで発生します。水だけを補給すると体内の電解質濃度がさらに低下し、水分が細胞外液から尿として排出されやすくなるため、効果的な脱水改善にはつながりません。
参考)https://www.matuyaku.or.jp/murai/okusuribako_data/No-154.pdf
経口補水液には適切な濃度のナトリウム(50mEq/L)とブドウ糖(約2.5%)が配合されており、ナトリウムとブドウ糖のモル濃度比が1:1~2の範囲に調整されています。この比率は小腸での水分吸収が最も効率的に行われる組成として研究により明らかにされています。
参考)スポーツドリンクとは何が違いますか?|よくあるご質問|経口補…
飲用後5~10分で小腸からの吸収が始まり、20~30分程度で体内に浸透するとされています。また、電解質を含むことで体内の浸透圧が維持され、水分が細胞内外に適切に分布し、体内に長く保持されるという効果も持ちます。
参考)経口補水液とスポーツドリンクの違いとは?熱中症には経口補水液…
経口補水液の標準的な組成は、WHOの2002年版推奨基準に準拠しており、ナトリウム60~75mEq/L、カリウム20mEq/L、塩化物60~65mEq/L、炭水化物(ブドウ糖)1.35~2.5%、浸透圧約240~270mOsm/Lとなっています。
参考)電解質と糖質の配合バランス|経口補水液オーエスワン(OS-1…
日本で特別用途食品として消費者庁の許可を受けている代表的な製品としては、大塚製薬工場の「オーエスワン(OS-1)」(ナトリウム50mEq/L、ブドウ糖2.5%、浸透圧約260mOsm/L)や味の素の「アクアソリタ」などがあります。これらの製品は低浸透圧組成を採用しており、腸管への負担を軽減しながら効率的な水分吸収を実現しています。
参考)https://www.med-sovet.pro/jour/article/download/5709/5207
ナトリウム濃度は経口補水液の効果を左右する重要な要素です。WHOが当初設定した90mmol/Lという高ナトリウム濃度は、コレラなどの分泌性下痢を想定したものでしたが、先進国で多く見られるロタウイルスや病原性大腸菌による非分泌性下痢では、便中のナトリウム濃度が低いため、50~60mmol/L程度の低ナトリウム組成の方が適切とされています。
参考)Vol.262 (3) トピックス 「普段の水分補給に経口補…
また、カリウムは細胞内液の主要な電解質であり、下痢や嘔吐時には大量に失われるため、20mEq/Lの濃度で配合されています。ブドウ糖はナトリウムとの共輸送により水分吸収を促進する役割を持ち、さらに軽度のエネルギー補給も担います。
参考)脱水した身体に必要な成分|経口補水液オーエスワン(OS-1)…
経口補水液とスポーツドリンクは、成分組成と使用目的が明確に異なります。両者の主な違いを以下の表に示します。
参考)熱中症になったとき、経口補水液はどう飲む? 医師が教える正し…
| 項目 | 経口補水液(例:OS-1) | スポーツドリンク |
|---|---|---|
| ナトリウム濃度 | 約50~60mEq/L | 約9~23mEq/L |
| ブドウ糖濃度 | 約2.5% | 約6~10% |
| カリウム濃度 | 約20mEq/L | 約3~5mEq/L |
| 浸透圧 | 約260mOsm/L | 約300~330mOsm/L |
| 主な目的 | 脱水症状の回復 | 運動時の水分・エネルギー補給 |
| 塩分濃度 | 約0.3% | 約0.1% |
経口補水液はスポーツドリンクと比較してナトリウム濃度が約2~5倍高く、一方でブドウ糖濃度は低く設定されています。この組成により、脱水時に失われた電解質を効率的に補給し、体内に水分をしっかり保持できます。
参考)経口補水法(ORT)について - はまっここどもクリニック
スポーツドリンクは糖分濃度が高く設計されているため、運動時のエネルギー補給に適していますが、脱水症状の改善には電解質濃度が不足しています。そのため、発汗予防や軽度の水分補給にはスポーツドリンクでも十分ですが、下痢・嘔吐・高熱・激しい発汗による脱水症状が出ている場合は、経口補水液が第一選択となります。
参考)脱水症になってしまったら経口補水液を摂取|素早く見つけて、す…
また、経口補水液は特別用途食品(病者用食品)として国の表示許可を受けた医療用飲料であり、脱水症状のない状態での日常的な水分補給には適していません。塩分濃度が高いため、健康時に大量に飲むとナトリウムの過剰摂取につながる可能性があります。
参考)https://medical-b.jp/topics/topics-20250811
医療現場における経口補水液の主な適応は、軽度から中等度の脱水症状に対する経口補水療法(ORT:Oral Rehydration Therapy)です。具体的には以下のような状況で使用されます。
参考)経口補水液とは?効果・成分・使い方まで徹底解説【労働安全衛生…
経口補水療法は点滴療法と同等の効果が期待でき、WHOやユニセフが世界的に推奨している治療法です。感染性腸炎では腸上皮細胞内のcAMP量が上昇しますが、ナトリウム・グルコース共輸送体(SGLT1)はそのような状態でも正常に機能するため、下痢による水分喪失が続いている状態でも有効です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3950600/
日本小児救急医学会の「小児急性胃腸炎診療ガイドライン」では、軽度から中等度の小児急性胃腸炎における初期治療として経口補水療法を推奨しています。嘔吐が続いている場合でも、スプーン1杯程度を5分おきに繰り返し飲ませることで、徐々に嘔吐が治まっていくとされています。
参考)https://www.okukodo.jp/ohisama/ohisama81/index.html
投与量の目安は、学童から成人(高齢者含む)で500~1000mL/日、幼児で300~600mL/日です。ただし、状態に応じて調整が必要であり、一度に大量に飲むと嘔吐を誘発する可能性があるため、少量ずつ頻回に摂取することが推奨されます。
参考)オーエスワンの飲み方を教えてください|よくあるご質問|経口補…
高血圧、腎臓病、糖尿病などの基礎疾患がある患者では、ナトリウムやカリウム、ブドウ糖の含有量が多いため、医師の指導のもとで使用する必要があります。また、自力で飲水できないほど症状が重篤な場合は、速やかに医療機関を受診し、点滴による輸液療法が必要です。
参考)経口補水液とスポーツドリンクのちがいについて
緊急時や市販品が入手できない状況では、家庭で簡単に経口補水液を作ることができます。基本的なレシピは以下の通りです。
参考)もしもの時に 手作り経口補水液 作り方・レシピ
基本レシピ(1リットル分)
すべての材料をペットボトルや清潔な容器に入れ、よく混ぜ合わせるだけで完成します。レモン汁を加えると爽やかな風味になり飲みやすくなるとともに、クエン酸による疲労回復効果も期待できます。
参考)熱中症予防に!「手作り経口補水液」のレシピ
手作り経口補水液の塩分濃度は約0.3%、砂糖濃度は約4%となり、市販品とほぼ同等の組成になります。ただし、手作りの場合は保存料が含まれていないため、必ず当日中に飲み切るか、余ったものは廃棄してください。
参考)経口補水液の作り方|小児科|新横浜整形外科リウマチ科
より飲みやすくするためのアレンジレシピとして、「うめはち麦茶」も推奨されています。麦茶にミネラルが豊富な梅干しとはちみつを加えることで、塩分・クエン酸・糖分を同時に補給でき、熱中症予防にも効果的です。
手作り経口補水液を使用する際の注意点として、以下が挙げられます。
東京都保健医療公社による経口補水液の使用法と作り方の詳細
大塚製薬による脱水した身体に必要な成分についての解説