プロパフェノン塩酸塩は、Vaughan Williams分類におけるIc群に属する抗不整脈薬です。本薬の主要な薬理作用は、心筋細胞膜のナトリウムチャネルを強力に遮断することにより、活動電位の立ち上がり速度(0相)を抑制し、膜安定化作用を発揮することです。
この作用により、心筋の興奮性を抑制し、異常な電気的興奮の伝播を阻止することで抗不整脈効果を示します。特徴的なのは、プロパフェノンがβ遮断薬と類似した化学構造を有しており、弱いβ受容体遮断作用も併せ持つことです。
さらに、活動電位持続時間(APD)を延長させる作用があり、これにより心筋の不応期を延長し、頻脈性不整脈の発生を抑制します。動物実験では、種々の実験的不整脈に対して強い抗不整脈作用を示しながら、心抑制作用は比較的軽微であることが確認されています。
プロパフェノンの主な適応は頻脈性不整脈、特に心室性不整脈の治療です。心室性期外収縮、心室頻拍などの危険な不整脈に対して使用されます。
標準的な用法用量は以下の通りです。
投与開始時は1回100mgから開始し、効果が不十分な場合に150mgまで増量することも可能です。プロパフェノンは肝臓で代謝され、主要代謝物である5-OHプロパフェノンは未変化体の約2倍の生理活性を有するため、代謝速度の個人差が大きく、血中濃度測定が治療上有用とされています。
有効治療濃度は、プロパフェノンと5-OHプロパフェノンの総量値で評価されます。健康成人への投与では、ピーク濃度は1〜2時間後に達し、半減期は2〜3時間と比較的短いのが特徴です。
発作性心房細動に対しては、単回経口投与による薬理学的除細動も行われることがあり、これは長期投与による副作用を回避しつつ、早期に症状を軽減する目的で実施されます。
プロパフェノンの使用において最も注意すべきは重篤な副作用です。特に以下の副作用については十分な監視が必要です。
心血管系の副作用 🫀
その他の重篤な副作用
絶対禁忌となる患者
海外での臨床試験では、心筋梗塞発症後の無症候性または軽症状の心室性期外収縮患者において、プロパフェノンの類似薬がプラセボ群と比較して死亡率を有意に増加させたとの報告があるため、このような患者への投与は原則として避けるべきです。
定期的な心電図、脈拍、血圧、心胸比の検査が必要であり、特に基礎心疾患のある患者や高齢者では頻回な心電図モニタリングが推奨されます。
プロパフェノンは多くの薬剤と相互作用を示すため、併用薬の確認と調整が重要です。
併用禁忌薬剤 ⛔
重要な併用注意薬剤
注意すべき食品
セイヨウオトギリソウ(セント・ジョーンズ・ワート)含有食品は、CYP450誘導によりプロパフェノンの代謝を促進し、血中濃度を低下させるため摂取を避ける必要があります。
心臓ペースメーカー使用患者では、プロパフェノンがペーシング閾値を上昇させる可能性があるため、定期的な閾値測定が必要です。
プロパフェノンの治療において血中濃度モニタリング(TDM)は極めて重要な役割を果たします。この重要性は、プロパフェノンの代謝に大きな個人差があることに起因します。
代謝の個人差と遺伝的多型 🧬
プロパフェノンは主にCYP2D6により代謝され、5-OHプロパフェノンという活性代謝物に変換されます。CYP2D6の遺伝的多型により、患者は以下のように分類されます。
低代謝者では未変化体の血中濃度が高くなり、副作用のリスクが増大する一方、5-OHプロパフェノンの産生が少ないため治療効果が不十分となる可能性があります。
血中濃度測定の実際
有効治療濃度は、プロパフェノンと5-OHプロパフェノンの総量で評価されます。採血時期は次回投与直前(トラフ値)で行い、定常状態に達する投与開始から5〜7日後に測定することが推奨されます。
血中濃度が治療域を下回る場合は投与量の増量を、上回る場合は減量や投与間隔の延長を検討します。特に高齢者や腎機能障害患者では、血中濃度が予想より高くなる傾向があるため、より慎重なモニタリングが必要です。
個別化医療への応用
近年、薬物遺伝学的検査によりCYP2D6の遺伝型を事前に調べ、投与量を個別化する試みも行われています。これにより、副作用の回避と治療効果の最適化が期待されています。
また、心不全患者や肝機能障害患者では薬物クリアランスが低下するため、血中濃度モニタリングに基づく投与量調整がより重要となります。定期的な肝機能検査と併せて、総合的な患者管理を行うことが求められます。
プロパフェノンの臨床応用における血中濃度モニタリングは、単なる副作用回避の手段ではなく、個々の患者に最適化された精密医療を実現するための重要なツールとして位置づけられています。