リパーゼの基準値は測定方法や医療施設によって若干の差異があります。国立がん研究センター中央病院では13~55U/Lを基準値としていますが、他の施設では17~57U/Lや11~53U/Lを参考値として採用しているケースもあります。これは測定系の違いによるもので、アミラーゼが酵素標準物質を介した標準化により測定値の施設間差が縮小している一方、リパーゼの標準化は今後の課題とされています。
参考)腫瘍マーカー リパーゼ 
臨床検査を実施する際には、自施設の基準範囲を正確に把握し、その数値に基づいて判断することが重要です。特に急性膵炎の診断基準では、正常上限の3倍を上回る値が診断の根拠となるため、基準値の正確な理解が不可欠です。共用基準範囲対応のCTCAE v5.0では、リパーゼの基準範囲上限を53U/Lと定めています。
参考)https://jcog.jp/assets/ChgJCOG_kyouyoukijunchi-CTCAE_50_20190905.pdf
リパーゼは膵臓で産生される消化酵素であり、膵管の狭窄・閉塞による膵液のうっ滞や膵組織破壊が存在すると血中への逸脱が増加します。急性膵炎の典型例では、血中膵リパーゼは膵炎発症後4~8時間以内に上昇し、24時間で頂値に達し、1週間前後で正常に復するパターンを示します。
参考)リパーゼ 
血中膵リパーゼはアミラーゼよりも膵特異性が高く、異常高値の持続期間も長いことから、急性膵炎の診断には最も有用な検査とされています。実際に「急性膵炎診療ガイドライン2021」では、急性膵炎の診断には血中リパーゼの測定を推奨しています。特にアルコール性膵炎では、アミラーゼよりも高値となりやすく、アミラーゼ/リパーゼ比が3以上の場合にはアルコール性膵炎の可能性が高いとされています。
参考)https://www.suizou.org/APCGL2010/APCGL2021.pdf
慢性膵炎増悪期、膵嚢胞、膵癌の初期段階でもリパーゼ高値が認められますが、血中膵リパーゼ上昇の程度と膵炎の重症度は必ずしも並行しません。広範な壊死性膵炎では、病変の進行とともに血中膵リパーゼが低下することもあるため、総合的な評価が必要です。
リパーゼが低値を示す場合、慢性膵炎非代償期、膵癌における膵実質の広範な破壊、膵嚢胞線維症、糖尿病、急性肝壊死などの病態が考えられます。特に慢性膵炎が進行して膵臓の機能が大きく低下すると、アミラーゼやリパーゼの値はかえって低値を示す場合があります。
参考)慢性膵炎とは?症状・原因から膵臓がんとの関係までわかりやすく…
臨床現場でリパーゼ低値を認めた際に「自分は慢性膵炎が進んでしまった状態なのではないか」と心配される患者も多いですが、腹部エコーなど画像検査で異常がない場合は、まず心配ありません。低値の判断には、画像検査や臨床症状を含めた総合的な評価が不可欠です。
参考)302 Moved Temporarily
膵臓末期やウイルス性肝炎、糖尿病でも低値を示すことがありますが、病気が進行し膵臓や肝臓の機能が落ちていくとともに血液中のリパーゼ量が減少するため、病気の進行度を見るためにも用いられます。
リパーゼとアミラーゼは共に膵疾患の診断に用いられる重要な酵素検査ですが、両者には明確な違いがあります。アミラーゼには膵臓由来のP型と唾液腺由来のS型が存在し、アミラーゼが高値を示しても必ずしも膵疾患とは限りません。一方、リパーゼは基本的に膵疾患でしか上昇せず、その大半が膵臓で産生されるため膵特異性が高いとされています。
参考)アミラーゼとリパーゼを読む (臨床検査 61巻6号) 
血清アミラーゼ高値例の病態解析では、唾液腺型アミラーゼの影響とマクロアミラーゼの存在を常に考慮する必要がありますが、リパーゼではこのような問題が少ないのが利点です。膵型アミラーゼとリパーゼの膵疾患診断能はほぼ同等とされていますが、最近のガイドラインや報告では感度と特異度からリパーゼがアミラーゼを凌ぐとされています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/97/2/97_459/_pdf
急性膵炎発症24時間以降はリパーゼの方がアミラーゼより感度が高く、リパーゼの上昇がアミラーゼより遅れることもあり、より長期間高値が持続します。ただし、検査結果が判明するまで数日を要する施設もあるため、緊急性を要する場合にはアミラーゼも併用することがあります。
参考)https://www.tsuchiya-hp.jp/pdf/tty_syoukaki_no7.pdf
リパーゼは膵特異性が高いとされますが、膵疾患以外でも高値を示すケースがあります。腎不全では腎機能の低下によりリパーゼの排泄が減少し、血中濃度が上昇することがあります。肝硬変や糖尿病性ケトーシス、慢性非症候性アルコール症でも高値となることが報告されています。
消化器疾患では、十二指腸潰瘍穿孔(潰瘍で十二指腸に穴が開いてしまうこと)、腸炎、イレウス、腹膜炎などでもリパーゼの上昇が認められます。しかし、これらは比較的まれな疾患であるため、リパーゼ高値を認めた場合には膵疾患を第一に疑うのが臨床的には妥当です。
参考)lipase
まれにリパーゼが免疫グロブリンと結合したマクロリパーゼ血症(リパーゼ-IgG-λ)という病態も存在します。マクロアミラーゼおよびマクロリパーゼを同時に認めた症例も報告されており、両酵素とも免疫グロブリンの結合による偽高値であったケースがあります。この場合、病的なものではなくあくまで体質であり、詳しい検査が必要になります。
参考)コラム
臨床現場では、リパーゼの異常値を認めた際には、臨床症状、画像所見、他の血液検査データを総合的に評価し、膵疾患と膵外疾患を適切に鑑別することが求められます。特に腹痛、背部痛、体重減少、下痢などの消化器症状がある場合や、アルコール多飲者、中高年で急に糖尿病が出現した場合には、膵炎や膵癌を疑い、スクリーニング検査として血中膵リパーゼの測定が推奨されます。