アントラサイクリン副作用:心毒性・骨髄抑制の機序と対策

アントラサイクリン系抗がん剤は優れた抗腫瘍効果を持つ一方で、心毒性や骨髄抑制など重篤な副作用が問題となります。医療従事者として知っておくべき副作用の発現機序や予防・モニタリング方法、臨床における管理のポイントについて詳しく解説します。副作用リスクを最小限に抑えるために、どのような対策が有効なのでしょうか。

アントラサイクリン副作用の種類と発現機序

アントラサイクリン系抗がん剤の主要副作用
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心毒性(最重要副作用)

累積投与量依存性に心筋障害が発生し、心不全に至る可能性がある不可逆的な副作用です。

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骨髄抑制

白血球・赤血球・血小板の減少により感染症リスクや貧血、出血傾向が生じます。

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消化器症状・脱毛

悪心・嘔吐、口内炎、下痢などの消化器症状や完全脱毛が高頻度で発現します。

アントラサイクリン系抗がん剤は、ドキソルビシン、エピルビシン、ピラルビシン、アクラルビシンなどを含む薬剤群で、乳癌、消化器腫瘍、リンパ腫など様々な悪性腫瘍に広く使用されています。これらの薬剤は高い抗腫瘍効果を持つ一方で、体内に蓄積することで深刻な心障害を引き起こし、臨床応用が制限される重大な問題を抱えています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11234178/

アントラサイクリン系薬剤による心毒性の発現機序は複雑であり、完全には解明されていませんが、複数の分子メカニズムが関与していることが明らかになっています。主な機序としては、トポイソメラーゼⅡを介したDNA二本鎖切断、ミトコンドリア電子伝達系への影響によるROS(活性酸素種)生成、NADPHオキシダーゼ(NOX)や一酸化窒素合成酵素(NOS)への作用などが挙げられます。過剰なROSはミトコンドリア機能障害、小胞体ストレス、カルシウム放出、心筋細胞のアポトーシスや壊死を引き起こします。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11520218/

最近の研究では、ドキソルビシンが2型リアノジン受容体(RyR2)に直接結合し、四量体構造を不安定化させることでカルシウムイオンの漏出が起こり、これが小胞体ストレスの原因となることが発見されました。心毒性は用量依存性であり、ドキソルビシンの累積投与量が400mg/m²で3~5%、550mg/m²で7~26%、700mg/m²で18~48%の頻度で心不全が発症するとされています。このため、ドキソルビシン換算で500mg/m²までという累積投与量の制限が設けられています。
参考)https://www.yamaguchi-u.ac.jp/wp-content/uploads/2024/12/24121103.pdf

骨髄抑制はアントラサイクリン系薬剤に共通して見られる副作用であり、白血球、赤血球、血小板の減少が生じます。骨髄抑制は投与後3日~2週間目以降に起こりやすく、感染症リスクの増大、貧血、出血傾向などの臨床症状を引き起こします。また、アントラサイクリン系薬剤と他の抗悪性腫瘍剤を併用した患者では、二次性白血病や骨髄異形成症候群(MDS)が発生するリスクがあることも報告されています。
参考)アムルビシン単独療法

アントラサイクリン心毒性の発現機序とリスク因子

 

アントラサイクリン系薬剤による心毒性は、急性期と慢性期で異なる病態を示します。急性期には投与直後から数日以内に不整脈や心電図異常が出現することがありますが、一過性であることが多く、臨床的に問題となるのは主に慢性期の心筋障害です。慢性期には累積投与量依存性に心筋障害が蓄積し、心機能低下から心不全に進行する可能性があります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/shinzo/49/8/49_805/_pdf/-char/ja

心毒性のリスク因子として、累積投与量以外にも複数の要因が知られています。年齢(65歳以上または18歳以下)、女性、高血圧症などの基礎疾患の存在、急速静注、縦隔への放射線照射歴などが心毒性の危険因子として報告されています。特にHER2受容体陽性乳癌患者では、アントラサイクリン投与後にHER2受容体がアップレギュレートされるため、心臓がアントラサイクリンの影響を受けやすくなることが指摘されています。
参考)https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/03/JCS2024_Tsukada_Tetsuo.pdf

ミトコンドリアは心筋細胞のエネルギー産生を担う重要な細胞内小器官であり、アントラサイクリン心毒性の主要なターゲットとされています。アントラサイクリンはミトコンドリアの電子伝達系に作用し、ROSの過剰産生を引き起こします。これによりミトコンドリアの分裂、壊死、オートファジーが促進され、最終的に拡張型心筋症や心不全、不整脈に至ります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11523536/

アントラサイクリン副作用における骨髄抑制の特徴

骨髄抑制はアントラサイクリン系薬剤による代表的な副作用であり、血液細胞の産生が抑制されることで様々な臨床症状が出現します。白血球減少により感染症のリスクが高まり、赤血球減少による貧血では倦怠感や息切れなどの症状が、血小板減少では出血傾向が問題となります。
参考)乳がんの薬物療法の副作用

骨髄抑制の発現時期は投与後3日~2週間目以降であり、特に好中球減少は感染症の重大なリスク因子となるため、定期的な血液検査によるモニタリングが必須です。重度の好中球減少が遷延する場合には、G-CSF製剤の投与が考慮されます。また、骨髄低形成の遷延や副作用の増強にも注意が必要です。
参考)ドキソルビシン塩酸塩(DXR)(アドリアシン) href="https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/doxorubicin-hydrochloride/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/doxorubicin-hydrochloride/amp;#8211…

アントラサイクリン系薬剤の総投与量が多くなると、骨髄抑制以外にも二次性白血病や骨髄異形成症候群(MDS)が発生するリスクが増加することが報告されています。これらの二次性血液悪性腫瘍は、アントラサイクリン系薬剤とアルキル化剤などの他の抗悪性腫瘍剤との併用により、さらにリスクが高まることが知られています。したがって、治療計画の立案時には、これらの長期的リスクも考慮する必要があります。
参考)医療用医薬品 : イダマイシン (イダマイシン静注用5mg)

アントラサイクリン副作用としての消化器症状と脱毛

アントラサイクリン系薬剤による消化器症状は、患者のQOLに大きな影響を与える副作用です。悪心・嘔吐は投与直後から数日間持続することがあり、制吐剤の予防投与が標準的な対策となっています。最近では、オランザピン10mgの4日間内服を加えることで制吐効果がさらに高まることが示されていますが、ふらつきなどの副作用が問題となることもあります。
参考)https://mainichi.jp/articles/20250723/pr2/00m/020/187000c

口内炎は投与後5~10日頃に発現しやすく、下痢は投与後3~7日頃に出現します。これらの症状が重症化すると脱水や栄養障害を引き起こす可能性があるため、早期からの対症療法と栄養管理が重要です。口内炎に対しては含嗽や口腔ケアの徹底、下痢に対しては止痢剤の投与や水分・電解質補給が行われます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpstj/67/2/67_121/_pdf/-char/en

脱毛はアントラサイクリン系薬剤、特にエピルビシン、ドキソルビシン、ドセタキセルなどで高頻度に発現する副作用です。投与開始後2~3週間で始まり、完全脱毛に至ることも珍しくありません。眉毛、まつ毛、体毛も抜けることがあり、患者の精神的負担が大きいため、事前の説明とケアが重要です。部分脱毛の発現率は60~70%、完全脱毛は30~40%とされています。ウィッグやスカーフの紹介、脱毛ケア製品の案内、心理的サポートなど、多角的なケアが求められます。​

アントラサイクリン系薬剤による二次性白血病リスク

アントラサイクリン系薬剤を含む化学療法を受けた患者では、治療関連急性骨髄性白血病(t-AML)や骨髄異形成症候群(MDS)などの二次性血液悪性腫瘍が発生するリスクがあります。これらの二次性悪性腫瘍は、アントラサイクリン系薬剤単独ではなく、アルキル化剤などの他の抗がん剤との併用により発生リスクが高まることが知られています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7342598/

治療関連急性骨髄性白血病の発生頻度は全AML症例の約1~2%程度とされていますが、原発疾患や治療内容により変動します。アントラサイクリン系薬剤を含むR-CHOP様方案(環磷酰胺、アントラサイクリン系薬剤、ビンクリスチン、プレドニゾン、リツキシマブ)で治療されたリンパ腫患者における二次性白血病の発生も報告されています。​
アントラサイクリン系抗がん剤を含む化学療法を受けた急性骨髄性白血病(AML)患者では、治療開始後15年経過しても一般集団と比較して心不全のリスクが2.68倍高いことが報告されており、長期的なフォローアップの重要性が強調されています。二次性白血病は予後不良であることが多く、初発AMLと比較して治療反応が悪く、生存率も低い傾向があります。したがって、アントラサイクリン系薬剤を使用する際には、長期的なリスクも含めた総合的な評価が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10033265/

アントラサイクリン副作用の予防とモニタリング戦略

アントラサイクリン系薬剤による副作用を最小限に抑えるためには、治療開始前のリスク評価と治療期間中の適切なモニタリングが不可欠です。治療開始前には、過去の抗がん剤使用歴や放射線治療歴の確認、心機能評価、肝腎機能の評価などを行います。特に、アントラサイクリン系薬剤の使用歴がある場合は、累積投与量をドキソルビシン換算で合算し、リスクを検討する必要があります。
参考)【計算】アントラサイクリン系抗がん剤の累積心毒性 (ドキソル…

心毒性予防のための「3つの盾」として、心エコー検査、NT-proBNP検査、心保護薬の使用が提唱されています。心エコー検査は治療開始前、治療期間中の定期的な実施が推奨されており、左室駆出率(LVEF)の低下を早期に検出することができます。最近よく用いられているCTRCD(Cancer Therapeutics-Related Cardiac Dysfunction)の定義では、「左室駆出率がベースライン値と比較して10%ポイント低下し、かつ50%未満になること」とされています。
参考)ずっと安心エコー、はじめました アントラサイクリン心筋症を減…

心保護薬としては、ACE阻害薬β遮断薬が標準治療となっており、アントラサイクリン心毒性による心不全患者の82%で心機能が改善したという報告があります。また、ダントロレンの短期間投与により、ドキソルビシンによる心毒性を予防できることが最近発見されました。この新しい予防法は、2型リアノジン受容体を介したカルシウムイオン漏出を抑制することで心毒性を軽減します。
参考)https://www.yamaguchi-u.ac.jp/weekly/36961/index.html

抗酸化剤によるアントラサイクリン心毒性の抑制も動物実験で確認されていますが、臨床における抗酸化剤の保護効果はほとんど認められていません。現在のところ、国内外とも一般的な慢性心不全治療に準じた薬物療法が主体となっています。心不全の進展ステージは4段階に分けられ、アントラサイクリン治療により心不全ハイリスク(ステージA)に入りますが、心不全は3回予防できる機会があります:①心機能低下の予防、②心不全発症の予防、③慢性心不全の増悪予防です。
参考)アントラサイクリン系抗がん薬による心毒性と心筋保護薬の探索

骨髄抑制に対しては、定期的な血液検査によるモニタリングと、必要に応じたG-CSF製剤の投与が行われます。消化器症状に対しては、セロトニン受容体拮抗薬やニューロキニン1受容体拮抗薬、ステロイドなどの制吐剤を予防的に使用することで、悪心・嘔吐のコントロールが可能になっています。また、累積投与量をドキソルビシン換算で500mg/m²までに制限することで、重篤な心毒性のリスクを低減できます。
参考)アントラサイクリン系抗がん剤による心毒性の仕組みを解明・治療…

アントラサイクリン系薬剤の中でも、エピルビシンはドキソルビシンと比較して効果が同等で副作用が少ないことが臨床試験で示されており、特に好中球減少症、悪心・嘔吐、完全脱毛がFAC療法(ドキソルビシン使用)よりもFEC療法(エピルビシン使用)の方が有意に少ないという結果が得られています。うっ血性心不全に関しても、ドキソルビシンでは3例発生したのに対し、エピルビシンでは総投与量600mg以上の25人において1例も発生しませんでした。このように、薬剤選択の工夫により副作用リスクを軽減できる可能性があります。
参考)https://ameblo.jp/the-east-sky/entry-12880512434.html

日本薬学会:アントラサイクリン系抗がん薬による心毒性と心筋保護薬の探索
心毒性の発現機構と予防的アプローチについて、薬理学的観点から詳細に解説されています。

 

日本循環器学会:多様性に配慮した循環器診療ガイドライン
アントラサイクリン系薬剤による心毒性のリスク因子と管理について、循環器専門医の視点からまとめられています。

 

新潟市医師会:アントラサイクリン心筋症の予防対策
3つの盾(心エコー、NT-proBNP検査、心保護薬)による防御戦略と心不全の進展ステージについて解説されています。