エプレレノンとスピロノラクトンは、どちらもレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の最下流で作用するミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)として、高血圧や心不全の治療に用いられています。両薬剤はアルドステロンの作用をブロックすることで血圧を下げ、心臓や腎臓を保護する効果を発揮しますが、その薬理学的特性や臨床使用における違いは医療従事者にとって重要な知識です。
参考)『セララ』と『アルダクトン』、同じミネラルコルチコイド受容体…
最も重要な違いは受容体への選択性にあります。エプレレノンはミネラルコルチコイド受容体に選択的に作用するよう改良された薬剤で、糖質コルチコイド受容体への親和性は1/20以下、アンドロゲン受容体およびプロゲステロン受容体への親和性は1/100以下となっています。一方、スピロノラクトンはエプレレノンより約20倍強い鉱質コルチコイド受容体拮抗作用を持ちますが、性ホルモン受容体にも結合してしまうため、副作用のプロファイルが大きく異なります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/132/4/132_4_227/_pdf
エプレレノンの作用機序は、ミネラルコルチコイド受容体に選択的に結合してアルドステロンの作用を阻害することで、ナトリウムと水の排泄を促進し、カリウムの排泄を抑制します。エプレレノンのアルドステロン受容体への相対的親和性は0.51で、性ホルモン関連受容体への親和性が極めて低いことが特徴です。
参考)選択的アルドステロン受容体拮抗薬(エプレレノン) href="https://kobe-kishida-clinic.com/endocrine/endocrine-medicine/selective-aldosterone-receptor-antagonist/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/endocrine/endocrine-medicine/selective-aldosterone-receptor-antagonist/amp;#821…
スピロノラクトンもアルドステロン拮抗作用により利尿効果と降圧効果を発揮しますが、アンドロゲン受容体への相対的親和性が0.91、プロゲステロン受容体への親和性が0.70と高く、これが性ホルモン関連の副作用を引き起こす原因となっています。興味深いことに、in vitroでの受容体親和性の差がin vivoでは逆転する傾向があり、実際の臨床効果ではエプレレノンとスピロノラクトンは同程度以上の鉱質コルチコイド受容体刺激阻害作用を示します。
参考)第6回 スピロノラクトンの女性化乳房はなぜ起こるの?  
ラットを用いた実験では、エプレレノン0.3mg/kg以上でアルドステロンによる尿中Na⁺/K⁺比の減少を抑制し、スピロノラクトンとの間で抑制活性に大きな違いは見られませんでした。エプレレノンはスピロノラクトンに比べて約8倍も高いミネラルコルチコイド受容体に対する選択性を有しており、この選択性の高さが臨床上の利点となっています。
参考)セララ href="https://heart-clinic.jp/%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%A9" target="_blank">https://heart-clinic.jp/%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%A9amp;#8211; Welcome to 佐野内科ハート…
スピロノラクトンの最も特徴的な副作用は性ホルモン関連の症状です。男性では女性化乳房の発現頻度が約9%と高く、これはスピロノラクトンの代謝産物が女性ホルモン作用を持つことと、アンドロゲン受容体への拮抗作用によって起こります。女性化乳房は用量依存性で、長期服用により発現リスクが上昇します。
参考)全日本民医連 
女性患者では月経不順、無月経、閉経後の出血、音声低音化などの内分泌系症状が報告されています。これらの副作用は、スピロノラクトンがアルドステロン受容体だけでなく、プロゲステロン受容体やアンドロゲン受容体にも作用してしまうことが原因です。その他の副作用として、乳房腫脹、性欲減少、陰萎、多毛なども報告されています。
参考)スピロノラクトンで女性の薄毛は治るの?乳がんになるって本当?…
高血圧や心不全などの治療では長期に渡って薬を使い続ける必要があるため、これらの性ホルモン関連の副作用は患者のQOLを低下させ、治療継続の妨げとなることがあります。実際の臨床現場では、スピロノラクトン服用中の男性患者が「おっぱいが痛い」と訴えて受診するケースも報告されており、薬剤師による適切な副作用モニタリングが重要です。
エプレレノンは大規模臨床試験でその有効性が実証されています。EPHESUS試験では、急性心筋梗塞後の収縮不全を伴う心不全患者に対してエプレレノンを投与することで、心不全による入院を含む心血管複合アウトカムのリスクが低下し、総死亡率が15%減少しました。また、EMPHASIS-HF試験では、急性心筋梗塞を除いたNYHA II度の症例でも同様にエプレレノンの有効性が示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1200656/
これらの試験の参加者の約30%が糖尿病を合併しており、糖尿病の有無による交互作用は認められていないことから、糖尿病患者にも適用可能と考えられています。エプレレノンは日本人を対象とした国内第III相試験でも同様の結果が確認され、2016年12月に慢性心不全の適応症が追加されました。
参考)https://jsn.or.jp/journal/document/61_4/477-481.pdf
高血圧治療に関しては、スピロノラクトンが降圧効果を発揮するためにかなりの投与量が必要だったのに対し、エプレレノンは常用量でカルシウム拮抗薬と同等以上の降圧効果があることが報告されています。近年の研究では、高血圧や心不全に対する効果はエプレレノンの方が優れるというデータも増えてきており、相互作用リスクが問題にならなければエプレレノンを使う機会が多くなってきています。
参考)https://www.lifescience.co.jp/cr/zadankai/0608/4.html
アルドステロン受容体拮抗薬の治療における考慮事項について、薬剤の構造と機能の関係、代謝産物と半減期の詳細が記載されています
両薬剤の適応症には明確な違いがあります。スピロノラクトンは高血圧症(本態性・腎性等)、心性浮腫(うっ血性心不全)、腎性浮腫、肝性浮腫、特発性浮腫、悪性腫瘍に伴う浮腫および腹水、栄養失調性浮腫、原発性アルドステロン症の診断および症状の改善と、非常に広範な適応を持っています。小児への使用も可能で、各種ガイドラインでの推奨グレードがAであり、大規模臨床試験でも重症心不全に対する臨床効果に優れることが示されています。
参考)https://kirishima-mc.jp/data/wp-content/uploads/2023/04/591df898c9ffcdc0e6696946e640a967.pdf
エプレレノンの適応症は高血圧症と慢性心不全に限定されています。慢性心不全の適応は、ACE阻害薬、ARB、β遮断薬、利尿薬などで基礎治療中の患者に対して使用されます。適応範囲はスピロノラクトンより狭いものの、大規模臨床試験でも高い臨床効果が実証されています。
参考)https://sakuragaoka.jcho.go.jp/wp-content/uploads/2024/08/MR%EF%BC%882024.8-.pdf
用法用量について、スピロノラクトンは通常成人1日50~100mg(2~4錠)を分割経口投与し、年齢・症状により適宜増減します。エプレレノンは高血圧症では1日1回50mgから投与を開始し、効果不十分な場合は100mgまで増量できます。慢性心不全に対する用法用量は別途設定されており、病態に応じた細かな調整が必要です。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00062871.pdf
両薬剤に共通する重要な副作用として高カリウム血症があります。エプレレノンは高カリウム血症の患者、もしくは本剤投与開始時に血清カリウム値が5.0mEq/Lを超えている患者では禁忌とされています。重度の腎機能障害患者でも高カリウム血症を増悪させるおそれがあるため使用できません。スピロノラクトンも同様にカリウム貯留作用があり、両剤とも血清カリウム値を定期的に観察する必要があります。
参考)医療用医薬品 : エプレレノン (エプレレノン錠25mg「杏…
NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)との併用には特に注意が必要です。明確な機序は不明ですが、プロスタグランジン産生が抑制されることによって、ナトリウム貯留作用による降圧作用の減弱と、カリウム貯留作用による血清カリウム値の上昇が起こる可能性があります。カリウム製剤との併用も高カリウム血症のリスクを高めるため、併用禁忌または慎重投与となっています。
参考)https://www.fuso-pharm.co.jp/med/wp-content/uploads/sites/2/2024/05/SK_20200324171837_781.pdf
薬価については、スピロノラクトンは25mg錠で約5.9円と非常に安価で経済性に優れています。エプレレノンの先発品(セララ)は25mg錠で20.6円、50mg錠で40.2円、100mg錠で68.1円です。後発品(エプレレノン「杏林」)は25mg錠で10.9円、50mg錠で21.2円、100mg錠で41.4円とやや安価ですが、それでもスピロノラクトンに比べると高価格です。このコスト差は、特に長期治療が必要な慢性疾患において重要な選択要因となります。
参考)エプレレノンの同効薬比較 - くすりすと
エプレレノンとスピロノラクトンの副腎細胞ステロイド産生に対する対照的な効果について、詳細な研究結果が掲載されています
臨床現場での使い分けには、いくつかの重要な判断基準があります。第一に、性ホルモン関連の副作用のリスクが高い患者では、エプレレノンが第一選択となります。特に長期治療が必要な若年男性患者や、QOLを重視する必要がある患者では、女性化乳房の発現頻度が約0.5%と極めて低いエプレレノンの利点が大きくなります。
適応症の範囲による使い分けも重要です。肝硬変や腎性浮腫、各種浮腫性疾患に対してはスピロノラクトンのみが適応を持つため、これらの病態ではスピロノラクトンを選択せざるを得ません。原発性アルドステロン症の診断および症状改善にもスピロノラクトンが用いられますが、エプレレノンも使用可能で、副作用プロファイルから患者の状態に応じて選択できます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/2d726ce1aef7d859d906b9335a4ee09e1dbb8d0f
コスト面での考慮も実臨床では無視できません。スピロノラクトンは後発品で5.9円/錠と非常に安価であり、医療経済的な観点からは有利です。一方、エプレレノンは先発品で20.6~68.1円/錠、後発品でも10.9~41.4円/錠と価格差があります。しかし、副作用による治療中断のリスクや、女性化乳房などの副作用治療に要する医療費を考慮すると、総合的なコスト効果は必ずしもスピロノラクトンが優位とは限りません。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/e05a5a67a46688b8c8931a2fbd599eafbbea3e41
心不全治療に関しては、両剤ともガイドラインで推奨されていますが、近年はエプレレノンの優位性を示すデータが蓄積されています。特に心筋梗塞後の心不全や収縮不全を伴う慢性心不全では、エプレレノンの有効性が大規模臨床試験で実証されており、副作用プロファイルの良好さと合わせて第一選択として考慮されるべきです。ただし、重症心不全に対する臨床効果はスピロノラクトンも優れているため、経済性や適応症の広さから依然として重要な選択肢となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10227849/
高血圧治療においては、低レニン高血圧など特定の病態ではMRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)が有効であり、エプレレノンは常用量で十分な降圧効果を示します。スピロノラクトンも降圧効果はありますが、より高用量が必要となる傾向があり、それに伴い副作用リスクも上昇します。最終的には、患者の年齢、性別、併存疾患、経済状況、副作用リスクなどを総合的に評価して、個別化された薬剤選択が求められます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8109356/
エプレレノンとスピロノラクトンの心不全患者における比較効果と安全性についてのシステマティックレビューとメタアナリシスの詳細が掲載されています